2016年10月25日

●「奴隷制をめぐる南部と北部の諍い」(EJ第4387号)

 米国大統領選において、今の時点で「オクトーバー・サプライ
ズ」が起きるかどうは不明です。ここでオクトーバー・サプライ
ズとは、メール問題でヒラリー・クリントン候補が失脚すること
を意味します。これは、10月中でなくても、11月に入ってか
らでも起きますし、11月8日に仮にクリントン氏が大統領に選
ばれたとしても、その後に起きる可能性もあります。米国にとっ
てきわめて深刻な事態です。
 ネットでは、今年の5月頃から、その種の情報が一貫して流れ
ており、9月以降多くなっています。これに関し、評論家の副島
隆彦氏は、2016年10月20日付で、次の新刊書を緊急上梓
しています。
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                      副島隆彦著
  『ヒラリーを逮捕、投獄せよ/ロック・ハー・アップ』
                       光文社刊
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 「逮捕、投獄」とは穏やかならざる言葉ですが、トランプ氏も
テレビ討論で「大統領になったら、クリントン氏を投獄する」と
いっています。そこには、なかなかメール問題でクリントン氏を
逮捕しない米司法当局への苛立ちが読み取れます。
 EJでは、この情報について現在リサーチしており、そのうえ
で取り上げるつもりです。それまでは、アメリカ合衆国の歴史を
書いていきます。アメリカという国を知るためです。
 3代大統領から6代大統領までは、民主共和党、すなわち、リ
パブリカン党の大統領が続くのですが、この党の中も二つに分か
れてきます。このことは、19日のEJ第4383号で述べてい
ますが、再現します。
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  1.民主共和党 ・・   アンドリュー・ジャクソン
  2.国民共和党 ・・ ジョン・クインシー・アダムズ
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 アンドリュー・ジャクソン率いる民主共和党は、ジャクソンが
7代大統領になると同時に「民主党」になり、6代大統領のジョ
ン・クインシー・アダムズは、リパブリカン党(民主共和党)を
「国民共和党」と改称し、以後主導します。これがホイッグ党に
なっていくのです。やがてこのホイッグ党が、後の共和党になる
のです。そこにからんでくるのは、次の2つの問題です。
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           1.保護貿易
           2.奴隷制度
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 「1」は「保護貿易」です。
 当時の米国は、北部では商工業が発展し、南部では綿花の栽培
が盛んだったのです。しかし、北部では、国際競争力はまだ十分
ではないので、国内市場を守るため、高い関税をかける貿易保護
政策をとります。
 これに対して南部では綿花の栽培をしていたのですが、コスト
の低い奴隷の労働力を前提としていたので、国際競争力はあった
のです。そのため、南部の民主党は自由貿易を主張し、議会はこ
の問題で何回も紛糾します。
 「2」は「奴隷制度」です。
 奴隷制度に関しては南部と北部は完全に意見が割れてしまって
います。南部にとって奴隷制度は安い労働力確保のため不可欠で
あるのに対して、北部は奴隷制度を廃止すべきであると訴えたか
らです。当時、奴隷制度を存続すべきかどうかは、州の判断に任
せられており、奴隷制度を存続させる州は「奴隷州」、そうでな
い州は「自由州」と呼ばれていたのです。
 米国の州は、西部の開拓を進め、数が増えて行ったのですが、
それらの州が自由州になるか奴隷州になるかは、お互い死活問題
になります。とくに南部は、自由州が過半数に達することを非常
に恐れていたのです。もし過半数になると、奴隷制度を廃止する
憲法の批准・成立につながるからです。
 こういう状況では、奴隷は当然スキを見て自由州に脱出しよう
とします。そのさい、追手の南部としては、その奴隷の奪還や殺
害を企てることの是非が、頻繁に議会に持ち込まれるようになっ
ていたのです。
 民主党の初代大統領のアンドリュー・ジャクソンは、奴隷に対
する思いやりに欠けた人物だったといわれています。次の広告は
ジャクソンが大統領になる前の1804年9月に、テネシー・ガ
ゼット紙に掲載されたジャクソンの逃亡奴隷に関する広告です。
南部では、こういうことは日常茶飯事に行われていたのです。
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 逃亡者捕獲に50ドル!
 ナッシュヴィル近くに住んでいた白人と黒人の混血児の奴隷が
6月25日逃亡。前記賞品は、同奴隷を捕捉して引き渡し、もし
くは捕捉後、刑務所に収監された方に進呈。後刻、当方引きとり
に参上。もし奴隷がすでに他州に逃亡の際には、前記賞金のほか
に必要経費を進呈。さらに何人であれ、この男に対するムチ打ち
100回ごとに、さらに10ドル進呈。最大300回を限度とし
支払の用意あり。──コルマック・オブライエン著/平尾圭吾訳
             『大統領たちの通信簿』/集英社刊
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 こういう時期に登場したのが、後に16代大統領になるエイブ
ラハム・リンカーンです。リンカーンは、奴隷制度反対論者だっ
たのですが、最初からそれを主張していたのではないのです。彼
が一番心配していたのは奴隷制度を巡る国家の分裂です。リンカ
ーンは、国家の分裂回避のために奔走しています。
 このとき、新規領土が奴隷州になることに反対して、民主党を
離党する人は多くなっていたのです。
            ──[孤立主義化する米国/072]

≪画像および関連情報≫
 ●奴隷解放の目的は何か
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   高校の世界史では、19世紀半ばのアメリカ合衆国におけ
  る奴隷制問題を、「奴隷制を廃止したい北部とそれを維持し
  たい南部の対立」として説明します。またその具体的な対立
  点として、第一に、北部が推奨する保護貿易と南部が主張す
  る自由貿易の対立、第二に、西部開拓によって誕生した新し
  い州を、北部(自由州)と南部(奴隷州)のどちらに組み入
  れるかという勢力争い、さらに中央政府の権利を強める連邦
  主義(北部)と州の力を強める州権主義(南部)の対立など
  が挙げられています。
   これらは、政治や経済を中心にした解釈です。しかし、文
  化史的に見ると、「働くことへの価値観の変容」として奴隷
  制の問題をとらえることもできます。
   現在私たちは「働いて自立することはよいことであり、し
  なければならないことだ」という考え方に馴染んでいますが
  19世紀半ばのアメリカにおいて、その考え方は必ずしも一
  般化したのもではありませんでした。「働くこと」を奴隷に
  任せる南部では、労働が社会的に肯定される行為として認め
  られていなかったのです。他方で産業化が進み賃金労働者が
  増えていた北部では、各自の「自由な労働」を積極的に評価
  する社会になっていきました。奴隷制問題が深刻化する背景
  には、こうした南北間の「働くこと」をめぐる価値観の対立
  もあったのです。         http://bit.ly/2eU1BYK
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副島隆彦氏の新刊書.jpg
副島隆彦氏の新刊書
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 孤立主義化する米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする