2016年10月03日

●「5015作戦計画は実行できるか」(EJ第4372号)

 「5015作戦計画」の話を続けます。「コード50」は朝鮮
半島をあらわし、「コード15」は「排除」を意味します。排除
とは、具体的には強制的な排除、つまり、暗殺を含む排除を意味
しています。「核承認者の排除」という表現も使われています。
 これまで「コード15」は、ウサマ・ビン・ラディンやISの
ジハーディ・ジョン(聖戦士)に対し行われ、成功しています。
ジョンについては無人戦闘機が使われています。イラクのフセイ
ン大統領についても行われたのですが、これについては失敗し、
全面戦争になってしまったのです。
 このような国家による要人暗殺は、当然表に出ることはなく、
標的に知られぬように秘密裏に行われるのが普通です。しかし、
金正恩委員長について米国は、5015作戦の実施を公表してい
るのです。どのように公表されているかについて、9月27日発
行の「夕刊フジ」は、次のように報道しています。
─────────────────────────────
 驚かないでいただきたい。「中国が、米国の北朝鮮に対する先
制攻撃を認め、オバマ政権が作戦決行日のXデーの検討に入った
もようだ」という衝撃情報が浮上している。
 まず、中央日報(日本語版)は、20日、「中国が北朝鮮の核
施設を狙った米軍の軍事作戦を黙認する方針を決めた」と、中国
情勢に詳しい台湾有力誌の報道を引用するかたちで報じた。
 朝鮮日報(同)も24日、「北核実験・・米報道官が『先制軍
事行動』に言及」とのタイトルで、米ホワイトハウスのアーネス
ト報道官が22日(現地時間)のブリーフィングで、「一般論的
に、そして北朝鮮と特定することなく言いたい」と前置きしつつ
も、「作戦事案の一つである『先制軍事行動』は事前に論議しな
い」と語った、と答えた。 ──「米軍北先制軍事攻撃Xデー」
             9月27日発行/「夕刊フジ」より
─────────────────────────────
 9月2O日に開催された国連総会で演説した安倍首相は、時間
の大半を北朝鮮による核実験の非難に費やしています。そのとき
中国の李克強首相と米国のケリー国務長官が会談を行っているの
ですが、そのときからこの未確認情報が流出をはじめたのです。
おそらく米中で何らかの合意があったことは確かです。
 これに関連する動きがあります。それは、米司法省と財務省が
中国遼寧省丹東市の貿易会社「鴻祥実業発展有限公司」と4個人
を刑事訴追したことです。
 この会社は、北朝鮮の核兵器開発に関与し、国連安保理決議に
違反した疑いが持たれているのです。北朝鮮が8月に成功した潜
水艦発射ミサイル(SLBM)にも、中国の技術が流れたといわ
れています。中国はこのことを米国に指摘され、中国としては条
件付きで、米軍の軍事作戦を黙認せざるをえなくなったのではな
いかと思われます。
 これまでも北朝鮮が核実験やミサイル発射を行うたびに、国連
安保理決議で北朝鮮に対する制裁が何回も行われていますが、実
は「民生品はOK」という抜け穴があり、それを利用して中国は
国際社会から孤立した北朝鮮に多大な支援を行っているのです。
2012〜13年には、北朝鮮の貿易の4分の3以上を中国が占
めているのです。北朝鮮が中国からの支援を受け続ける限り、米
国による制裁は、たとえ同盟国の賛同があってもうまくいかない
公算が大きいのです。
 しかし、今回は米国から動かぬ証拠を突き付けられ、米国の北
朝鮮に対する5015軍事作戦を黙認せざるを得なくなったとみ
られます。
 これに呼応して韓国でも動きがあります。9月21日のことで
すが、韓国国会において、韓民求・国防部長官は5015作戦の
存在を認める発言をしています。
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 金正恩を除去するための特殊作戦部隊を運用する計画がある。
                  ──韓民求・国防部長官
─────────────────────────────
 このように、米韓両国ともに暗殺計画である5015作戦計画
を公開しているのです。これには次の2つの狙いがあります。
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  1.あえて北朝鮮に知らせて、暴発を思い止まらせる
  2.北朝鮮が先制攻撃をしてきても十分に対応できる
─────────────────────────────
 狙いの「1」は、あくまで北朝鮮の暴発を止めるための計画で
あり、北朝鮮が行動を改めれば、攻撃などはしたくないのです。
そのため事前に知らせて威嚇することによって、暴発させないよ
うにしようというわけです。
 狙いの「2」は、確かに北朝鮮は一連の核実験やミサイルの発
射を成功させていますが、米韓両国はまだそれを実戦配備できる
ところまでいっていないと判断しているのです。もちろん通常兵
器では反撃してくるでしょうが、核先制も核反撃もできないとみ
ています。しかし、もう少し北朝鮮に時間を与えると、核兵器の
実戦配備が進んでしまうでしょう。今がチャンスなのです。
 もし、5015作戦計画が実施されると、次のようなことが十
分起こりうるのです。
─────────────────────────────
 201X年某日深夜、ステルス型軍用ヘリコプター4機が北朝
鮮領空内に極秘で侵入した。数分後、平壌から××キロメーター
地点に15名で構成される韓国軍・特殊部隊メンバーが降り立っ
た。暗視スコープを装着し、アサルトライフルやサブマシンガン
で武装した一行は陸路、平壌を目指した。○韓×分、平壌市内の
主席宮近くの公邸を急襲、激しい銃撃戦が繰り広げられた。数十
分後に建物を制圧、寝室にいた最高指導者に銃口が向けられた。
            ────『週刊文春』/10月6日号
─────────────────────────────
            ──[孤立主義化する米国/057]

≪画像および関連情報≫
 ●米軍も動き出した金正恩暗殺計画/2016年2月
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   アメリカが金正恩の暗殺に動きだしたという情報が、飛び
  交っている。北朝鮮が開発を進めるミサイルがアメリカの心
  臓部である東海岸に届く可能性が高まり、アメリカも無視で
  きなくなってきたからだ。
   米軍はすでに第1空輸特戦団や第75レンジャー連隊所属
  の特殊戦兵士を韓国入りさせている。イラク戦やアフガニス
  タン攻撃に投入され、要人を暗殺する「斬首作戦」を実行し
  てきた特殊部隊だ。海軍特殊部隊のネイビーシールズもすで
  に韓国で訓練を始めている。軍事誌「PANZER」の和泉
  貴志編集長はこう言う。
  「北朝鮮が1月に強行した4度目の核実験以降の米国の一連
  の動きは、国連の制裁決議に従わなければ、ミサイル発射場
  の東倉里を攻撃するという警告でした。なのに、北朝鮮がそ
  れに耳を貸さず、発射を断行したことで、米国も本腰を入れ
  ざるを得なくなった。極秘潜入を得意とする米空軍の特殊部
  隊支援機MC―130Jの投入は、プレッシャーになってい
  るはずです」韓国国防省は、半島有事を想定した米韓合同軍
  事演習「キー・リゾルブ」を3月7日〜4月30日に実施す
  ると発表。過去最大規模になるという。
                   http://bit.ly/2dEQtem
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5015作戦計画
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2016年10月04日

●「北朝鮮先制攻撃への韓国の本気度」(EJ第4373号)

 「5015作戦計画」について韓国はどのように捉えているの
でしょうか。米国の北朝鮮への攻撃は、当然のことながら、韓国
の同意がなければできないからです。韓国の事情について考えて
みることにします。
 朴槿恵大統領は、金正恩委員長に対しては、相当怒りを持って
いることは確かです。どうしてかというと、朴氏が大統領になる
直前に金正恩委員長が彼にとってはじめての、北朝鮮にとっては
3回目の核実験をやったからです。明らかに朴槿恵大統領の就任
を牽制するための核実験と考えられます。
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  3回目の核実験を実施 ・・・ 2013年2月12日
  朴槿恵大統領の就任日 ・・・ 2013年2月25日
─────────────────────────────
 このとき朴大統領は、自分の任期中に北朝鮮問題を解決するこ
とを心に誓ったのだと思います。しかし、これまでのように、日
米韓の枠組みでは解決しないと考えて、親中政策を取ることにし
たのです。彼女は、北朝鮮問題の解決には中国の力が不可欠であ
ると考えていたからです。反日離米親中姿勢です。
 最初の何年かはよかったのです。中国に歩調を合わせて、安倍
首相との首脳会談を頑なに拒否し、執拗に慰安婦問題の解決を強
く日本に迫ったのです。中国の求めに応じ、AIIBへも進んで
参加し、副総裁の地位につこうとしたのです。
 そして、米国から強く求められていたTHAAD配備から逃げ
回り、2015年9月3日に朴大統領は、習近平主席、プーチン
大統領らとともに、中国・天安門の壇上にいたのです。米国の反
対を押し切り、抗日戦争70周年記念式典に出席したからです。
それほどまでして、北朝鮮問題解決のために米国から離れて、中
国に擦り寄ったのです。習主席とのホットラインも設置し、いつ
でも連絡がとれるようにしたのです。
 しかし、2016年1月6日、北朝鮮は4回目の核実験を強行
します。朴槿恵大統領は、ホットラインを使って習主席と連絡を
取ろうとしたのですが、肝心なときに、習主席とは連絡がとれな
かったのです。習主席は意図的に電話に出なかったからです。
 このとき韓国大手3紙は、2016年1月12日付で、一斉に
朴大統領の親中離米政策の批判を掲載したのです。以下に、最大
手の「朝鮮日報」の記事の要約を示します。
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・核実験の直後、中国と共同対応を取るため、韓国は国防相によ
 る電話会談を要請したが、1月11日になっても何の回答もな
 い。昨年末に開通し、決定的瞬間に効果を発揮するはずのホッ
 トラインが、いざ必要な時に無用の長物になっていたのだ。
・首脳同士の電話会談もまだ行われていない。中国の態度は、外
 交関係の常識に大きく反すると言わざるを得ない。
・昨年9月、朴大統領は欧米諸国から冷たい視線を浴びながらも
 中国で行われた抗日戦勝70周年記念式典に出席、韓中関係は
 大きく好転し、関係も深まるかと思われた。しかし今回、それ
 は完全に無に帰した。
・尹炳世(ユン・ビョンセ)外相は昨年7月、韓中関係は「史上
 最高」と語り「米国と中国の双方からラブコールを受けるのは
 祝福だ」とも発言した。ところが危機的状況に直面すると、韓
 中間には越えられない大きな壁があることが判明した。外交の
 責任者が自慢げに語った言葉が数ヶ月後には虚しい戯言になっ
 てしまった。
・朴槿恵政権が取り続けてきた中国重視政策の影響で、同盟国で
 ある米国からも韓国の中国傾斜を懸念する声が出始めている。
 北朝鮮による核実験という決定的瞬間に中国がその本心をさら
 け出した今、我々は対日外交に続き、対中戦略についても方針
 の見直しを迫られている。
・このままでは国としての誇りを持ち続けることも、国民に「政
 府は外交によって国益をもたらしている」という信頼を持たせ
 ることもできない。
・外交政策担当者の失敗によるものであるなら、今すぐ担当者を
 交代させ、新たな戦略と方針を定めねばならない。大統領の間
 違った指針が今の状況を招いたのなら、大統領自らすぐにでも
 国民に説明すべきだ。       http://nkbp.jp/2dkvxda
─────────────────────────────
 北朝鮮が本格的に核兵器の開発に取り組んだのは、朝鮮戦争終
戦後のことです。当初はソ連の支援を受け、寧辺に核施設を建設
し、開発を進めたがうまく行かず、ソ連も原子力の協力は、平和
利用に限定されるべきとの立場を崩さなかったのです。
 それでも核兵器の開発にこだわる北朝鮮は1964年に原子爆
弾を保有した中国に懇願し、核兵器開発の支援を要請したのです
が、断られてしまいます。しかし、それでも北朝鮮はあくまで核
兵器を持つことに執着し、国際原子力機構(IAEA)を脱退し
核兵器の独自開発を目指そうとしたのです。
 これに対して危機感を抱いたのは、当時の米国のクリントン大
統領です。彼は中国に続いて北朝鮮まで核保有国を増やしたくな
かったからです。そこで、北朝鮮の寧辺の核施設に先制攻撃をす
ることを韓国に提案したのです。ところが、当時の金泳三韓国大
統領はこれを拒否し、先制攻撃プランは中止されたのです。
 いま考えると、あのとき北朝鮮を攻撃し、金政権を倒しておけ
ば、北朝鮮による核危機で、世界中が振り回されることはなかっ
たといえます。そして、再びめぐってきた北朝鮮への先制攻撃プ
ランの5015作戦計画。今度は朴槿恵大統領はハラをくくって
いるので、いつ行われても不思議はない状況です。
 朴槿恵大統領の任期は来年の12月までであり、任期中に北朝
鮮を屈服させることに強い意欲を持っています。むしろ問題は退
任が迫っているオバマ大統領の方です。またしてもシリアへの攻
撃のように腰砕けになる可能性もあるからです。
            ──[孤立主義化する米国/058]

≪画像および関連情報≫
 ●金泳三元大統領、米国の北朝鮮爆撃計画阻止を後悔
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  「私がビル・クリントン米大統領の(1994年)北朝鮮寧
  辺(ニョンビョン)核施設爆撃計画を阻止していなければ、
  今ごろ韓半島は非核化されていたはずだが・・・」。
   金泳三(キム・ヨンサム)元大統領が08年に当時のバー
  シュボウ駐韓米国大使に会い、このように打ち明けたという
  米国務省の外交公電が内務告発サイト「ウィキリークス」を
  通して公開された。
   94年の第1次北核危機当時、米国の北朝鮮爆撃計画を金
  前大統領が引き止めたことは知られているが、本人がこれを
  後悔しているということは初めて公開された事実だ。ウィキ
  リークスが公開した米外交公電25万1287件のうち、こ
  うした北朝鮮関連文書は数千件にのぼる。北朝鮮に関する些
  細な情報も逃さず収集する米国の執拗さが分かる。
   在韓米国大使館が09年2月10日に国務省に報告した公
  電は、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記に対する
  警護について記述している。金正日が特別列車で地方を巡回
  したり、中国・ロシアを訪問する際、列車が移動する線路に
  は50メートル間隔で私服を着た秘密要員が配置される。少
  しでも異常があれば線路に設置された非常ベルを響かせる。
  また列車移動経路の周辺の村には私服警察が多数投入され、
  徹底した検問が実施される。この公電は、金委員長の列車旅
  行の度に警護を担当した北朝鮮保衛部出身の幹部との面談に
  基づいて作成された。       http://bit.ly/2df93uu
  ───────────────────────────

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金泳三元韓国大統領
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2016年10月05日

●「脱北者を訓練して北に潜入させる」(EJ第4374号)

 「5015作戦計画」に対する韓国の朴政権の本気度について
さらに検証します。まず、朴槿恵大統領の金生恩朝鮮労働党委員
長に対する怒りのレベルをその公式発言から分析します。
─────────────────────────────
◎2016年02月16日/金生日総書記生誕日
  もう既存の方式と善意で北朝鮮の核開発意志を折ることは
 できない。核開発では生き残れず、むしろ体制崩壊を促すだ
 けだとということを金生恩政権に思い知らせる。
◎2016年09月09日/5回目の核実験実施
  金正恩の精神状態は制御不能である。さらに挑発するとき
 は即座に政権を終わらせる。
─────────────────────────────
 韓国の歴代政権では、北朝鮮の「体制崩壊」について口にする
ことはタブーとなっていたのですが、朴大統領はそれをはじめて
口にしています。
 朴大統領は、これまで北朝鮮を呼ぶときは、「金生恩政権」と
か、「金生恩委員長」のように何らかの称号をつけていましたが
5回目の核実験のときは「金生恩」と呼び捨てにし、「精神は制
御不能」と狂人扱いにしています。そして、さらにこれ以上の挑
発をするときは、「直ちに政権を終わらせる」という強い表現を
使っています。これは、朴大統領の怒りがいかにすさまじいかを
示しているといえます。
 「コリア・レポート」編集長の辺真一氏は、「週刊文春」で次
のように述べています。
─────────────────────────────
 朴槿恵大統領の任期は、来年12月の大統領選挙で事実上終わ
る。朴大統領は「北朝鮮を制裁と圧力で屈服させる」と明言して
いますが、彼らが自ら屈服する可能性は低い。では、任期中にど
う北朝鮮問題を解決するのか。
 韓国には延べ3万人と言われる脱北者がいます。勿論、元軍人
や元工作員もいる。彼らを再教育して、暗殺部隊として北朝鮮に
送り込む。そんな腹案を朴大統領が持っていたとしてもおかしく
はない。        ────『週刊文春』/10月6日号
─────────────────────────────
 「脱北者を北朝鮮に送り込む」という腹案を朴大統領が持って
いてもおかしくない──このように辺真一氏がいっているのには
理由があります。
 朴槿恵氏は、韓国の第5代〜第9代大統領である朴正煕氏の長
女として生まれています。彼女がフランスのグルノーブル大学に
在学中の1974年に母親が文世光事件で暗殺されたのです。
 朴槿恵氏は急遽フランスから帰国し、母の代わりに父親のファ
ーストレディを務めていたのですが、その父親も1979年に暗
殺されてしまうのです。朴槿恵氏は、父母ともに暗殺されるとい
う大変な悲劇に直面し、政治の道を選ぶことになります。
 その朴正煕大統領時代の1968年、北朝鮮特殊部隊によって
大統領府(青瓦台)が狙われ、朴正煕大統領が暗殺されかかる事
件があったのです。朴正煕大統領はその報復として、軍の特殊犯
(死刑囚)31人を孤島の実尾島(シルミド)に集め、厳しい訓
練を施し、北朝鮮に潜入させ、金日成首相を暗殺させようとした
ことがあるのです。辺真一氏は、朴槿恵大統領は父親のその作戦
を受け継ぎ、金正恩委員長の暗殺部隊を養成しているのではない
かといっているのです。
 この話は、2003年に『シルミド(実尾島)』という映画で
公開されています。その簡単な解説は次の通りです。このビデオ
はレンタルショップでも入手可能です。
─────────────────────────────
 死刑囚31人がシルミ島に集められ、金日成を暗殺するために
“殺人マシーン”へと仕立てあげられていく悲劇を描いた実話の
映画化。韓国では1000万人を超える大ヒットとなった。監督
は『幸せは成績順じゃないでしょう』の韓国のヒットメイカー、
カン・ウソク。主演に『オアシス』などで演技派として評価の高
いソル・ギョング。脇を固める俳優陣も『リ・ベラメ』のホ・ジ
ュノや『黒水仙』のアン・ソンギらなど、韓国の大スターが名を
連ねる。クライマックスシーンの銃撃戦は息詰るほどのすさまじ
い迫力!               http://bit.ly/2dl7Dy6
─────────────────────────────
 辺真一氏によると、休戦協定の1953年から、南北対話が始
まった1972年までの間に、北朝鮮に送り込まれた工作員のう
ち、逮捕あるいは失踪した工作員は7726人いるがわかってい
ます。相当多くの工作員が北朝鮮に入っていますが、一度も成功
していないのです。
 また、韓国軍の武装も急ピッチで進められています。ある軍事
ジャーナリストは次のように述べています。
─────────────────────────────
 特殊部隊用の小銃などの火器、送信装備整備等のために300
億ウォン(約27億円)の予算が計上され、秘密裡に平壌に侵入
できるステルス空軍用ヘリ、輸送機などの配備も、検討されてい
る。さらに韓国空軍には長距離空対地ミサイル・タウルスを導入
することも決まっている。タウルスは、射程が500キロもあり
韓国南部の上空から平壌に向けて発射が可能です。その威力は、
厚さ6メートル以上の強化コンクリートを突き抜けて地下施設を
焦土化できるほど強力で、仮に金正恩委員長が平壌の地下施設に
潜んでいたとしても逃げ切ることはできないのです。
            ────『週刊文春』/10月6日号
─────────────────────────────
 このように韓国はどうやら本気です。このことは当然金正恩委
員長に伝わっています。それでは、Xデーはいつが考えられるで
しょうか。10月10日の朝鮮労働党記念日、この日が一番可能
性があります。もしこの日に北朝鮮が第6回目の核実験をやれば
確実にXデーになります。──[孤立主義化する米国/059]

≪画像および関連情報≫
 ●国に裏切られ抹消された部隊/実尾島事件
  ───────────────────────────
   こんにちは、まめ柴です。みなさんいきなりですが、お国
  に指示され、そのお国の為頑張ってたのに裏切られたらどう
  思います?まぁ、日本は、そんな国じゃないと信じたいです
  が・・・。
   実尾島事件(シルミド事件)、1971年朴正煕(パク・
  チョンヒ)今の韓国の大統領、パク・クネのお父さんが大統
  領だった時代、に秘密裏に『684部隊というのが作られま
  した。その部隊が作られる発端になったのが、『青瓦台襲撃
  事件』です。この青瓦台とは韓国の大統領府です。韓国の大
  統領の家みたいなものかな?これは北朝鮮が派遣した軍隊、
  31名によって韓国を襲撃しようとした事件です。結局、失
  敗におわったのですが・・・。
   このうち一人の工作員を捕まえ尋問すると、目的は偉大な
  大韓民国大統領の暗殺とわかり、朴正煕(パク・チョンヒ)
  はブチ切れます。朴正煕は、その報復措置をとることにしま
  す。その報復措置とは、こちらも秘密部隊を作り北朝鮮に送
  り込み、金日成を退治しなさい!とのことでした。そこで秘
  密裏に作られた部隊が『684部隊』なのです。この部隊も
  北朝鮮に対抗したのか同じ31名で形成し、実尾島でとても
  過酷な訓練をさせられるのです。(ちなみにこの過酷すぎる
  訓練ですでに7名も死んでいます) http://bit.ly/2dt7TN2
  ───────────────────────────

映画「シルミド」.jpg
映画「シルミド」
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2016年10月06日

●「オバマは5015を決断できるか」(EJ第4375号)

 5015作戦が実行されると、米軍はどのように行動するので
しょうか。
 それは何度も米韓合同軍事演習で繰り返し行われていることで
すが、まず、原子力空母と原子力潜水艦で、北朝鮮の周辺海域を
海上封鎖します。そのうえで、米軍の最新鋭のステルス戦闘機で
あるF22や、戦闘爆撃機のB1、B2などにより、北朝鮮のミ
サイル発射場、地下秘密基地、核実験場など約700ヶ所を徹底
的に破壊することになります。
 実は北朝鮮のどこを攻撃すべきかの情報は、米国がこれまで諜
報活動を重ねてほとんど掴んでいるといわれます。これと同時に
米海軍特殊部隊「ネイビーシールズ」などの最強特殊部隊が、既
に北朝鮮に潜入している韓国工作員と呼応し、金正恩氏ら北朝鮮
幹部を急襲し、確保・排除する──北朝鮮はほとんど何もできず
その圧倒的な軍事力の前に100%敗北すると思われます。
 Xデーは、朝鮮労働党創立記念日ではないかといわれています
が、米韓両軍のこれに対する備えは盤石です。10月3日〜21
日まで、米アラスカ州で核施設への攻撃を想定した空軍主体の合
同軍事演習を行う予定になっていますし、10月10日〜15日
は韓国西方の黄海などで、米原子力空母「ロナルド・レーガン」
も参加し、米韓合同軍事演習を行うことになっているからです。
この演習期間に北朝鮮が何らかの反撃を行うと、そのまま、50
15作戦の本番に移行することになります。
 さらにカーター米国防長官は、最近しきりに次の言葉を使って
いるそうです。
─────────────────────────────
     Fight Tonight !/ファイト・トゥナイト!
              ──カーター米国防長官
─────────────────────────────
 これは「今夜でも戦闘開始できる!」という意味であり、まさ
に米韓両軍は臨戦態勢に入っているのです。
 問題は、肝心のオバマ米大統領が本当に5015作戦の実行を
決断できるかどうかです。今まで何回もあったように、軍として
は作戦通りにコトを進めても、最後の土壇場で「GO!」を出せ
ない大統領に米軍幹部は苛立っています。
 しかし、核廃絶を唱えるオバマ大統領としては、米国を名指し
して北朝鮮に今年に入って2回も核実験を実施され、「なめられ
ている!」と激怒しているといわれます。レガシー(業績)を遺
したいオバマ大統領としては、暴走する北朝鮮に対して最後の仕
事として、5015作戦を実行したいと考えている可能性は十分
あると思います。
 ところが、オバマ大統領の評価は芳しくないのです。国際ジャ
ーナリストの落合信彦氏は「オバマは第2次世界大戦以来、最悪
の大統領である」と断じ、最新刊の著書で次のように、オバマ大
統領の無能さを痛烈に批判しています。
─────────────────────────────
 オバマの無能さはこれまで何度も見せつけられた。
 例えば、2012年、リビアのベンガジでクリストファー・ス
テイーヴンス大便を含む4人が暴徒(イスラム過激派)に殺され
た。一国の大便は、大統領の代わりとして着任している。しかも
スティーヴンスはオバマの親しい友人だった。(中略)
 本来ならオバマは、スティーヴンスを殺したリビアのイスラム
過激派を爆撃するか、海兵隊を送ってもよさそうなものだが、そ
れもやらなかった。かつてレーガンは西ドイツのディスコ「ラ・
ベル」でリビア人テロリストが仕掛けた爆弾によってアメリカ兵
が殺された時、軍に命じてリビアのトリポリやベンガジを爆撃さ
せた。カダフィは震え上がって、その後テロは起こさなかった。
たった一人のアメリカ兵が殺されても相手を爆撃するレーガンの
ようを大統領はしばらくはアメリカには出てこないだろう。
 オバマは何もせず、2隻の駆逐艦をリビア沖に送っただけ。駆
逐艦は何の活動もせず、ただ地中海に停泊していただけだった。
その後アメリカは、シリアが化学兵器を使って反体制派を攻撃し
たと判断し、オバマが地中海に駐留していた駆逐艦数隻をシリア
近くに進めるよう命令を出した。駆逐艦はミサイルの攻撃態勢に
入ったが、いざ発射という時、オバマが命じて止めてしまった。
       ──落合信彦著/『そして、アメリカは消える』
                         小学館刊
─────────────────────────────
 この攻撃停止が米国の威信を大きく傷つけたのです。ロシアは
完全に米国の足元を見て、以後アサド政権を助けるためにISだ
けでなく、反政府軍にも平然と空爆をはじめたのです。
 北朝鮮もロシアと同じような目でオバマ大統領を見ているはず
です。だからこそ第5回の核実験を行い、「核弾頭実験成功!」
と世界に喧伝したのです。北朝鮮は、「米国は核を持つ国に絶対
に戦闘を仕掛けない」と見ており、まして、任期があとわずかの
オバマ大統領がやるはずがないと考えています。
 現在、米国では史上最低の2人の候補者による大統領選が行わ
れています。どうしてこんなことになったのでしょうか。それは
オバマ大統領にも大きな責任があります。もっともそういうオバ
マ氏に8年間も米国を委ねた米国民にも責任はあります。現在の
米国について、落合信彦氏は次のように苦言を呈しています。
─────────────────────────────
 無能で口先だけのオバマ。それを当選させた無知な国民たち。
そして一般アメリカ人たちの引きこもり状態。これだけ条件が揃
えば、当然、国家は没落する。没落した国家を直すには3倍の年
月が必要であると、学生時代に政治科学の教授から聞いたことが
ある。オバマは8年かけてアメリカを壊してしまった。このまま
いけばアメリカは永遠の眠りについてしまうかもしれない。
                ──落合信彦著の前掲書より
─────────────────────────────
            ──[孤立主義化する米国/060]

≪画像および関連情報≫
 ●朴槿恵は「北爆」を決意できるのか/鈴置高史氏
  ───────────────────────────
  ──9月9日、北朝鮮が5回目の核実験を実施しました。韓
  国はどうするのでしょうか。
  鈴置:核武装論に勢いが付きました。その偽装版ともいうべ
  き原子力潜水艦の保有論も広がっています。注目すべきは、
  北朝鮮への先制攻撃論が浮上したことです。戦術核の再配備
  を望む声が政界から上がりましたが、米国は応じてくれそう
  にない。韓国が自前の核を持とうにも、核弾頭も、第2撃能
  力――弾道ミサイルを発射できる潜水艦を造るにも時間がか
  かる。「目前の核」に対抗するには「先制攻撃しかない」と
  の思いです。
   核実験当日のハンギョレの記事「早期に帰国した朴大統領
  『金正恩の精神状態、制御不能』」(9月9日韓国語版)。
  小見出しを読むだけで「先制攻撃論」浮上の経緯がよく分か
  ります。それを引用します。
   ・4時間前倒しで帰国し、会議を招集
   ・オバマ、安倍と連続して電話
  ・「国内不純勢力」の徹底監視も注文
  ・政府は即刻、非常対策会議に突入
  ・「核武器の被害時には北指導部を直接、膺懲」
   ラオス訪問中だった朴槿恵(パク・クンヘ)大統領は北朝
   鮮の5回目の核実験に虚を付かれました。あわてて帰国し
  オバマ大統領だけではなく、日本の安倍晋三首相とも電話で
  話しました。          http://nkbp.jp/2d5v6BS
  ───────────────────────────

5015作戦はいつでもはじめられる.jpg
5015作戦はいつでもはじめられる
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2016年10月07日

●「中国と北朝鮮の本当の関係を探る」(EJ第4376号)

 「唇亡歯寒」(くちびるほころびてはさむし)という中国の言
葉があります。互いに助け合うべき関係にあるものは一体であっ
て、一方がなくなってしまうともう一方も危くなることを例えた
言葉です。これは中国と北朝鮮の関係を指してもいえるのです。
 現在、北朝鮮の対中国貿易依存度は80%以上であり、北朝鮮
市場で中国製品が占める割合は90%を超えています。中国の電
話帳には北朝鮮の電話番号も載っているし、北朝鮮国内では人民
元が大量に流通しています。
 このように考えると、少なくとも経済に関しては、中国と北朝
鮮は一体であるといえます。このような状況では、国連で北朝鮮
にいくら制裁をかけても、中国としては、自国の国益上、北朝鮮
の息の根を止めることなどできないと考えられます。
 中国の立場に立って考えると、日本と米国との関係が悪化する
ような局面においては、北朝鮮という国はおろそかにできない存
在なのです。とくに政治・軍事面において北朝鮮は中国にとって
戦略的価値の高い国といえます。
 あくまで推測ではありますが、北朝鮮は事実上中国が完全に支
配しており、ミサイルの発射にしても、核実験にしても、中国の
意思を北朝鮮が担っているのではないかと考えられます。つまり
中国としては表立ってはできないことでも悪役の北朝鮮が代わっ
てやっているのではないかという疑いです。こういう構図であれ
ば、国連の制裁が効くはずがないのです。
 もし、中国と北朝鮮が国家として一体化していると仮定すると
当然ミサイル技術も、核技術も中国の技術供与が行われているも
のと思われます。それなら、北朝鮮の核・ミサイル技術が意外に
高度なのも納得ができます。とくに潜水艦からのミサイル発射技
術などは、北朝鮮が単独でマスターするのは困難です。
 おそらく現状はそこまでいっていないと思われますが、そうで
あっても、北朝鮮の命運が中国によって完全に握られている以上
いずれそれに近いかたちになることは容易に想像できます。
 もし、本当にそうなった場合、北朝鮮は中国に取って、戦略的
にきわめて使い勝手の良い国になる可能性があります。国際社会
としては、そうならないように、北朝鮮の暴走を止める有効な手
を打っていく必要があります。
 しかし、金正日総書記の時代から金正恩委員長の時代に代わっ
てからは、中国のコントロールがいささか効かなくなりつつある
のではないかと思われます。
 何しろ、父である金正日総書記の在任中は、16発のミサイル
発射実験と2回の核実験を実施しただけなのに対して、金正恩委
員長は、この4年間で既に、35発のミサイル発射実験と3回の
核実験を行っています。しかし、これらがすべて中国の容認の下
に行われたかについては疑問があります。
 しかも今年に入って行われた2回の核実験と3発のミサイルの
同時発射については中国は相当怒っているはずです。なぜなら、
9月5日の3発のミサイル発射は、中国がホストを務める杭州G
20サミットの開催中に行われていますし、9月9日の核実験は
大統領選が行われている米国に対して、「北朝鮮は既に核保有国
である」ことを誇示したものと思われます。
 とくにG20開催中のミサイルの発射は、中国のメンツを完全
に潰しており、許し難いものであったはずです。1月の第4回の
核実験、そして9月9日の核実験もその実施を直前に知らされて
いたとはいえ、中国は強い危機感を感じたといわれます。
 そういうわけで、9月20日開催の国連総会における中国の李
克強首相とケリー米国務長官との会談で、中国は米韓の5015
作戦実施を条件付きで受け入れたのでしょう。ここで条件という
のは、北朝鮮という国を潰し、韓国による併合をさせないという
ものであると思われます。中国としては、北朝鮮がなくなること
は絶対に反対だからです。
 そこで、予測不能で不都合な行動をとる金正恩委員長のクビは
取り、トップを代えて、北朝鮮自体は存続させるという考え方で
合意したのでしょう。それでは、金正恩委員長の後継者は誰なの
でしょうか。これについて、次のサイトでは、具体的な後継者に
ついて次のように予測しています。
─────────────────────────────
 あるいはこのまま米国に口実を与えないため、中国が先に動く
ことも選択肢の一つとして考えられる。
 「中国は亡命中の“金正男カード”を持っている。北朝鮮国内
で暗殺やクーデターが起きればいつでも正恩の首などすげ替えら
れるのです。そうすれば在韓米軍の緩衝地帯としての北朝鮮を温
存できます。
 しかし、正男の賞味期限は過ぎている。そこで担ぎ出されるの
が金漢率(キム・ハンソル)。正男の長男です。儒教文化圏では
長男が家督を継ぐことが当然という認識ですから、中国から見て
も最も正統的な後継者といえます。米国も漢率なら乗りやすい。
 '13年8月にパリ政治学院に進学しているし、'12年10月
にフィンランド国営放送が行ったインタビューでは、北朝鮮の福
祉の向上に寄与すること、人権改善のために努力し世界の平和を
構築したい、という抱負を明らかにしていますから、米国にとっ
ても“適任者”といえます。      http://bit.ly/2dWYzBO
─────────────────────────────
 中国としては、米韓両国による5015作戦によって、北朝鮮
の政権が終わるのは望ましくないはずです。そうであるならば、
中国が先に動いて、北朝鮮の政権交代を実施する方が、次の体制
を中国主導で構築できるので、そのように動く可能性はゼロでは
ないと思います。
 いずれにしても、北朝鮮の金正恩体制は、今後の動き方しだい
では、その命運は風前の灯になろうとしています。しかし、金正
恩委員長の方も、そういうことに対しては相当慎重になっている
はずです。簡単にクビを取られるわけにはいかないからです。
            ──[孤立主義化する米国/061]

≪画像および関連情報≫
 ●北朝鮮と世界大戦の危機/田中宇/2013年4月11日
  ───────────────────────────
   北朝鮮がミサイルを発射しそうな状況になっている。北朝
  鮮で最も尊敬されている国父の金日成(今の権力者である金
  正恩の祖父)の誕生日が4月15日で、北朝鮮の最大の年中
  行事である金日成生誕記念日(太陽節)の祭典の一環として
  歌舞音曲公演のたぐいと並び、国威発揚の意味を込めて、4
  月11日から15日ごろまでの間に、ミサイルが発射される
  と、日米などで予測されている。
   北朝鮮はこれまで毎年のように、太陽節やその他の国家的
  な節目の時期に、短距離や中距離、長距離のミサイルを発射
  してきた。北朝鮮政府は以前、発射するものを「ミサイル」
  でなく「人工衛星を打ち上げるロケット」と説明し、ロケッ
  トの先端に入れる人工衛星の実物を海外の記者たちに公開し
  て平和利用であることを強調した。昨年の打ち上げ後には、
  米国のNASAが北の打ち上げた人工衛星が衛星軌道に乗っ
  たことを認めた。だが北朝鮮政府は、昨年末に核実験を挙行
  し、核兵器保有国であることを宣言した後、打ち上げたもの
  が核弾頭を搭載可能なミサイルであり「米韓などが北を潰す
  と威嚇する限り、北朝鮮は、抑止力として核ミサイルを持つ
  権利がある」という説明に転換した。
                   http://bit.ly/2cOHBWk
  ───────────────────────────

ケリー米国務長官/李克強首相.jpg
ケリー米国務長官/李克強首相
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2016年10月11日

●「女性蔑視的発言でトランプ氏苦境」(EJ第4377号)

 米大統領選をめぐって大変なことが起きています。この原稿は
10月9日に執筆していますが、本日の夜、米国では、民主党大
統領候補ヒラリー・クリントン氏と共和党大統領候補ドナルド・
トランプ氏による第2回目のテレビ討論が行われます。日本時間
は10月10日の午前10時からとなります。したがって、この
原稿は第2回テレビ討論の結果を見ないで書いていることをお断
りしておきます。
 10月7日のことです。米ワシントンポスト紙がある動画を公
開したのです。その動画とはゴシップ番組「アクセス・ハリウッ
ド」が10年前に偶然収録したものです。同番組に出演していた
トランプ氏の待機中の会話をマイクが拾い、記録されたのです。
 問題はその内容です。それは、ドナルド・トランプ氏がいかに
女性を思い通りにできるかを淫らで攻撃的な言葉で自慢している
会話です。なお、このニュースに関しては在ニューヨークの東洋
経済特約記者であるピーター・エニス氏の記事(東洋経済オンラ
イン)をベースに書いています。
 その動画の会話は、あまりにも卑猥であり、文章でご紹介する
には差し支えがあるので、次の動画をご覧ください。(英文)
─────────────────────────────
    「アクセスハリウッド」の問題の動画/52秒
               http://bit.ly/2dZ7fVv
─────────────────────────────
 この動画の反響はすさまじいものだったのです。あっという間
に全米に広がり、テレビのニュースでは米南東部に大きな被害を
もたらしているハリケーン「マシュー」よりも、その扱いは大き
かったといいます。
 共和党本部は大混乱になったのです。これをめぐって、トラン
プ氏と共和党本部役員との電話会議は、8日の早朝まで延々と続
いたといわれます。
 これに関して共和党の関係者は、次々に次のような深刻なコメ
ントを出しています。
─────────────────────────────
◎CNBC政治コメンテーター/ジョン・ハーヴッド氏
  全国の共和党役員らは絶望している。トランプ氏が共和党大
 統領候補であることは変えられないため、共和党は負けるだろ
 う。上院下院ともに民主党員が多数になるかもしれないという
 現状を涙ながらに飲み込んでいる。
◎テッド・クルーズ氏のスポークスマン/リック・タイラー氏
  これでもうトランプ氏が当選することはないだろう。この国
 のリーダーとなる人物としては、トランプ氏はモラルに欠け過
 ぎている。
─────────────────────────────
 現在、下院議長を務めるポール・ライアン氏も、この報道を受
けて次のようにコメントしています。そして予定していたウィス
コンシン下院議員選挙区へのトランプ氏の同行を拒否し、副大統
領候補のマイク・ペンス氏が出席することになっています。
─────────────────────────────
  気分が悪くなる。この状況を深刻に受け止めることを望む
                 ──ポール・ライアン氏
─────────────────────────────
 トランプ氏を大統領候補から下ろすべきであるとの国民の声も
高まってきています。候補者を副大統領候補のマイク・ペンス氏
に差し替える案も出ていますが、今となって候補を差し替えるこ
とは法的に不可能になっています。そのマイク・ペンス氏でさえ
も今回の件については怒り心頭に発しているといいます。
 しかし、当のトランプ氏はこうした国民の怒りにまともに応え
ようとしていないのです。トランプ氏はこの10年前の発言に関
して次のコメントを出し、お詫びの動画を公開しています。しか
し、反省の姿勢は動画でも一向にみられないのです。
─────────────────────────────
 私の発言で怒らせてしまったかもしれない人たちに対して謝
 罪する。           ──ドナルド・トランプ氏
         「お詫び動画」/ http://bit.ly/2dOBa5l
─────────────────────────────
 トランプ氏は、謝罪はしているものの、一向にめげておらず、
この映像流出を「大統領選への注意をそらすもの」と呼び、クリ
ントン候補の夫ビル・クリントン元大統領の過去の不倫問題につ
いて「このことについては今後数日のうちにもっと語る。9日の
討論会で会おう」と述べ、米ミズーリ州セントルイスで行われる
2回目のテレビ討論会で取り上げることを示唆しています。
 この問題は、共和党にとってはきわめて深刻です。そもそもト
ランプ氏が大統領候補に選ばれること自体が問題なのです。その
深刻さについてピーター・エニス氏は次のように伝えています。
─────────────────────────────
 保守的で宗教心の強いユタ州では特にトランプ氏に反対する動
きが顕著だ。現在のユタ州の州知事であるゲーリー・ハーバート
氏はトランプ氏への支援を取り下げ、同様に影響力のあるマイク
・リー上院議員、ジェイソン・チェイフェッツ下院議員も後に続
いた。ユタ州だけに限らず、全国各地の共和党員が今、大混乱の
中にいる。特に11月の上院選挙での再選がかかっている共和党
の上院議員にとって重要だ。この中にはジョン・マケイン氏(2
008年共和党代表大統領候補)も含まれ、マケイン氏はトラン
プ氏の問題発言に対し、「許しがたいことだ」とコメントしてい
る。その中でも連邦議会で最も有力な共和党の女性議員とされる
ニューハンプシャー州から選出されたケリー・エイヨット上院議
員に対する影響はかなり大きく、再選挙に出馬することすらでき
なくなってしまう危険と現在隣り合わせであるという。
                   http://bit.ly/2dOHcCV
─────────────────────────────
            ──[孤立主義化する米国/062]

≪画像および関連情報≫
 ●わいせつ会話、トランプ氏痛手/朝日新聞デジタル
  ───────────────────────────
   米大統領選は投開票日まで残り1ヶ月となった。ここに来
  て共和党候補トランプ氏(70)は、過去のわいせつな会話
  を暴露されて党内から支持撤回の動きが出るなど支持率を落
  としている。9日(日本時間10日午前)には、民主党候補
  のクリントン氏(68)との2回目のテレビ討論会がある。
  逆風の中、トランプ氏がどう巻き返すのかが注目される。
   米紙ワシントン・ポストが7日に報じたのは、トランプ氏
  が2005年、テレビ番組の収録に向かうバス内で、既婚女
  性と性的関係を持とうとしたことを説明する会話だ。胸に付
  けたマイクで録音したとみられる音声を、バス外からの映像
  とともに公開した。
   「スターになれば、何でもできる」「私は自動的に美しい
  ものに引きつけられ、キスを始めた。磁石のように。もはや
  待てなかった」などと下品な性的表現で自慢げに語った。ト
  ランプ氏は声明で「気分を害する人がいたら謝罪する」と釈
  明した。同氏はこれまでもミスコン優勝者を「ミス子豚」と
  侮蔑するなど、女性蔑視との批判を受けていた。
   共和党に影響力を持つライアン下院議長は同日、「発言に
  うんざりしている」と声明を出し、8日に予定していた初め
  てのトランプ氏の集会への参加を急きょ取りやめた。同党の
  チェイフェッツ下院議員もインタビューで「もはや道義的に
  大統領として承認できない」と支持撤回を表明。「致命傷」
  になりかねない状況に陥っている。 http://bit.ly/2e16DyM
  ───────────────────────────

トランプ氏の「お詫びビデオ」.jpg
トランプ氏の「お詫びビデオ」
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2016年10月12日

●「米国はなぜここまで劣化したのか」(EJ第4378号)

 日本時間の10月10日、第2回目のトランプ氏とクリントン
氏のテレビ討論会が、ミズーリ州セントルイスのワシントン大学
で行われました。終了直後のCNNの世論調査は次の結果であり
一応クリントン氏の勝利になっています。
─────────────────────────────
                  第2回  第1回
    ドナルド・トランプ ・・・ 34%  27%
   ヒラリー・クリントン ・・・ 57%  62%
─────────────────────────────
 トランプ氏にとって、これほどのスキャンダルが明らかになり
ながら、それでも34%の支持を得ているということは、なんと
か戦線に踏みとどまったといえる結果です。トランプ氏の支持率
は、第1回の27%よりも増えているからです。
 トランプ氏の女性蔑視発言について、テレビ朝日の「スクラン
ブル」(10日)で、外交ジャーナリストの手嶋龍一氏は次の趣
旨のコメントをしています。
─────────────────────────────
 米メディアのほとんどは、トランプ氏の大統領としての資質に
問題ありとして、クリントン氏支持を表明しています。そのため
トランプ氏のスキャンダルを収集しており、この女性蔑視発言の
情報も早くからワシントンポスト紙は握っていたと思います。
 もし、クリントン氏が圧倒的に優勢であれば、本当はこんな情
報は出したくなかったはずです。しかし、トランプ氏の支持率が
選挙の終盤にきてもかなり高く、大統領になる可能性があるので
いまこの時期にそれを出さざるを得なくなったところに、アメリ
カ合衆国という国の劣化を感じます。     ──手嶋龍一氏
   2016年10月10日テレビ朝日「スクランブル」より
─────────────────────────────
 米メディアは、別にクリントン氏に特別に肩入れしているので
はないと思います。予備選の結果、共和党も民主党も、大統領に
必ずしも相応しくない人物が候補に選ばれてきたといえます。し
かし一方の候補は、明らかに資質に欠ける候補なので、消去法と
して民主党のクリントン氏を支持せざるを得なくなったのです。
 そういう候補が選ばれるのは、既に米国という国が傷んでいる
証拠といえます。なぜなら、政治家を選ぶのは国民であり、資質
に欠ける候補が選ばれるのは国民に責任があります。なかでも共
和党はトランプ氏の女性蔑視発言で現在大混乱に陥っており、有
力議員は次々とトランプ氏には投票しないとまでいっています。
一体共和党はどうなってしまったのでしょうか。
 日本人は米国という国について、いろいろ知っているようで意
外に知らないことがたくさんあると思います。そこで来年大統領
が代わるアメリカについて知っておく必要があります。そこで、
米国の2大政党である民主党と共和党について、まず考えてみる
ことにします。
 参考にする本はたくさんありますが、アメリカ論には定評のあ
る冷泉彰彦氏の次の新刊書を参考にします。
─────────────────────────────
                       冷泉彰彦著
         『民主党のアメリカ/共和党のアメリカ』
                    日本経済新聞社刊
─────────────────────────────
 そもそも米国の民主党と共和党はいつできたのでしょうか。そ
の2大政党ができる前に米国には、どのような政党があったので
しょうか。
 民主党と共和党の創設時期は次の通りであり、民主党の方が先
に創設されています。共和党創設の26年前です。
─────────────────────────────
       民主党 ・・・・・ 1828年
       共和党 ・・・・・ 1854年
─────────────────────────────
 ところで、米国が英国との独立戦争に勝利して、アメリカ合衆
国において、最初の大統領選挙が行われたのは、1789年2月
4日のことです。選挙人を選出する方法の決定は、各州にまかさ
れたのです。当時アメリカ合衆国は13州で、10州のみが選挙
人団の投票を行っています。その結果、初代の米大統領は独立戦
争を勝利に導いたジョージ・ワシントン将軍が選ばれたのです。
政党は無所属です。
 民主党選出の大統領がはじめて就任したのは、第7代のアンド
ルー・ジャクソン大統領からです。参考までに、初代大統領から
第7代大統領のまでの大統領の名前と所属政党、在任期間につい
て次に示します。
─────────────────────────────
    ◎初代大統領/ジョージ・ワシントン
     ・1789年〜1797年/無所属
    ◎2代大統領/ジョン・アダムズ
     ・1797年〜1801年/フェデラリスト
    ◎3代大統領/トーマス・ジェファーソン
     ・1801年〜1809年/リパブリカン
    ◎4代大統領/ジェームズ・マディソン
     ・1809年〜1817年/リパブリカン
    ◎5代大統領/ジェームズ・モンロー
     ・1817年〜1825年/リパブリカン
    ◎6代大統領/ジョン・クインシー・アダムズ
     ・1825年〜1829年/リパブリカン
    ◎7代大統領/アンドルー・ジャクソン
     ・1829年〜1837年/民主党
        ──コルマック・オブライエン著/平尾圭吾訳
             『大統領たちの通信簿』/集英社刊
─────────────────────────────
            ──[孤立主義化する米国/063]

≪画像および関連情報≫
 ●【米大統領選2016】第2回テレビ討論会
  ───────────────────────────
   11月8日の米大統領選に向け、民主党候補のヒラリー・
  クリントン前国務長官と共和党候補のドナルド・トランプ氏
  による第2回テレビ討論会が9日(日本時間10日午前)、
  ミズーリ州セントルイスのワシントン大学で行われた。
   討論開始から間もなく、司会者を務めるCNNのアンダー
  ソン・クーパー氏が、トランプ氏が「スターなら(女性に)
  何でもできる」などと発言した録音テープを米紙ワシントン
  ・ポストが7日に報じたことについてトランプ氏に質問。ト
  ランプ氏は、「誇りに思っていない。家族に謝罪した」と述
  べたものの、すぐにテロ対策などに話題をかえ、「ISIS
  (いわゆる「イスラム国」の別称)を打ち負かす」を倒すな
  どと述べた。クリントン氏はテープの内容について、「どん
  な人物なのか物語っている」、「(あらゆる人を侮辱してき
  た)これまで見てきたトランプそのものだ」とトランプ氏を
  批判した。
   ワシントン・ポストが入手して伝えたビデオは、2005
  年の米NBC番組収録前に司会者と交わした会話を録音した
  もの。トランプ氏は既婚女性とセックスしたいと言い、他の
  女性にキスしたい、女性器をわしづかみすればいいなどと語
  っていた。
   トランプ氏は、クリントン氏が国務長官在任中に公務に私
  用メールアカウントを使っていた問題について話題を向け、
  「恥を知るべきだ」と批判。クリントン氏は「間違いを犯し
  た。とても申し訳ないと思っている」とし、機密情報を手に
  入れるべきでない人物に渡った証拠はないと語った。
                   http://bbc.in/2dNf5lF
  ───────────────────────────

手嶋龍一氏.jpg
手嶋 龍一氏
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2016年10月13日

●「米国の独立戦争には特殊性がある」(EJ第4379号)

 今回の米大統領選挙の結果、民主党のトランプ候補が勝つにせ
よ、トランプ候補が勝つにせよ、日本にとっては同盟国である米
国にどのように向き合うべきかが問われることになります。
 日本人はそういうことを今まであまり真剣に考えてこなかった
と思うのです。しょせんは他国の選挙であり、どちらが勝っても
アメリカには変わりがないと思ってきたからです。
 しかし、今回の選挙では、ドナルド・トランプ氏という異色の
候補が出てきて、「日米安保条約には不満がある」と明言し、そ
の見直しを示唆するなど、もしトランプ候補が大統領になると、
日本の安全保障に重大な影響が出る可能性が現実のものになりつ
つあります。つまり、今までのように、他国の選挙として傍観視
できないのが今回の米国の大統領選挙なのです。
 仮に大統領に選ばれるのがクリントン氏であったとしても、ト
ランプ氏のような候補が共和党の大統領候補に選ばれるというこ
と自体が、米国民のなかにはトランプ氏の主張を幅広く支持する
世論があることを意味しており、日本としてはそれに真剣に向き
合う必要があるからです。そのためには、米国の建国の歴史を少
し振り返ってみる必要があると思います。EJがこの時期に米国
を取り上げているのは、そういう理由からです。
 米国の独立戦争後から民主党が結成される1828年頃まで存
在していた政党は次の2つです。
─────────────────────────────
          1.フェデラリスト
          2. リパブリカン
─────────────────────────────
 米国の初代大統領は、ジョージ・ワシントンです。記録による
と、ワシントンの所属政党は「無所属」になっています。これに
対して、2代大統領のジョン・アダムズの政党は「フェデラリス
ト」です。フェデラリストとは何でしょうか。
 フェデラリストは「連邦派」と呼ばれており、アメリカ合衆国
憲法の制定過程で、連邦政府の権限を強いものにして、統一をは
かることを主張した人びとのことで、その後もアメリカ合衆国の
有力な党派として続いたのです。そういう意味では、初代大統領
のワシントンは無所属となっていますが、基本的には連邦派であ
るといえます。
 連邦政府の権限を強化する憲法の制定は、ワシントン政権のと
きのハミルトン財務長官らが中心となって進められたのです。そ
れは、強力な政府に指導される統一的な国家の形成をめざすもの
であり、その財政基盤としての商工業の発達を促そうというもの
であったので、商工業者の支持が強かったといいます。
 しかし、アンチ・フェデラリスト(反連邦派)といってこの連
邦政府の強大化に反対する勢力が出現したのです。3代大統領の
トーマス・ジェファーソンはアンチ・フェデラリストです。そし
て憲法の草案が発表されると、それこそ嵐のごとき大論議が巻き
起こったの起こったのです。
 この議論に対して、アレクザンダー・ハミルトン、ジョン・ジ
ェイ、ジェイムズ・マディスンらは、87年10月から88年5
月の間に85本の論文を書き、ニューヨークの新聞に発表し、そ
れは他邦の新聞にも転載され、88年春には『フェデラリスト』
として刊行される一大労作になっています。
 このアンチ・フェデラリストは、「リパブリカン」ないし「民
主共和党」と称され、実質的には、現在の民主党の先駆けとなっ
たのです。ウィキペディアの「歴代アメリカ大統領一覧」には、
民主共和党と記載されています。
 この党は、どちらかというと、フェデラリストが主張する強力
な中央政府よりも、州政府の権利を重視したのです。農業的利益
をはかること、王制を廃し共和制を樹立したフランス革命の正当
性を支持することを基本理念にしていたのです。
 ここで考えるべきことがあります。それは米国の英国の植民地
からの独立戦争は、通常の独立戦争とは異なるということです。
ある独立国が侵略国家に征服され、その国の植民地になったとし
ます。その植民地にされた国が独立する場合、過去の国家の正当
性を主張して、昔の国家の再現を図ろうとするケースが多いので
す。これは新しい国家の建設というよりも、あくまで独立の回復
なのです。
 しかし、米国の場合は征服された国家の再現ではないのです。
これについて、冷泉彰彦氏は、次のように米国の独立の特殊性に
ついて述べています。
─────────────────────────────
 これに対して、アメリカの独立戦争の場合は、国家の正統性を
証明する「過去」が全くなかった。ここにユニークな点がある。
独立以前のアメリカは宗主国英国の植民地であったが、その英国
が「侵略」する以前に、この地に住んでいたのはアメリカ先住民
なのであって、独立を考え始めた植民地人ではなかった。そして
英国からの入植者とその子孫からなる植民地人としては、先住民
国家の正統性を継承するという考えは皆無であったから、独立と
いっても過去の国家の復元という意味合いを持たなかったのであ
る。           ──冷泉彰彦著/日本経済新聞社刊
          『民主党のアメリカ/共和党のアメリカ』
─────────────────────────────
 アメリカ大陸には、ヨーロッパ人はいなかったのです。先住民
としてインディアンが住んでいただけです。そこで、大航海時代
になって、ヨーロッパの国々がこぞってアメリカへと渡っていく
ことになります。スペイン、フランス、オランダ、スウェーデン
もアメリカに進出して、植民地をつくったのです。
 そして、最後に英国が進出したのです。そして、18世紀の幾
度にもわたる戦争の結果、その地をほぼ手中に収めたのが、英国
だったのです。しかし、英国はフランスとも戦争をしており、国
家財政は破綻の一歩手前に来ていたのです。そこで植民地は英国
の重税に喘ぐことになります。[孤立主義化する米国/064]

≪画像および関連情報≫
 ●アメリカは最初からイギリスのものだったわけではない
  ───────────────────────────
   アメリカ合衆国が元々イギリスの植民地から始まった国で
  あるということ(もともとは先住民の大地であること)は皆
  さんご存知の通りですが、実はその前にはいろいろな国が取
  り合いをしていた地域でした。これはお隣のカナダも同じで
  すね。最終的に戦争に勝って利権を獲得したのはもちろんイ
  ギリスですけども、その頃には新たな問題が発生してしまい
  ます。
   当時イギリスは北米大陸だけでなく、インドを植民地化す
  るための戦争やスペインとのすったもんだなど、いくつかの
  ドンパチを立て続け・並行して行っていた時期でした。その
  ため、あっちでもこっちでも多額の費用が必要になり、その
  穴埋めに新たな課税をするハメになってしまったのです。国
  内はもちろん、新たに加わったアメリカ13州(以下13植
  民地)もその例外ではありません。
   ここで、13植民地特有の事情が絡んできます。13植民
  地が他の植民地と決定的に違うのは、現地住民を征服したの
  ではなく、新たに移り住んだ人々の土地であったということ
  です。簡単に言えば白人がたくさんいたということになりま
  すね。そのためか、他の植民地と比べて税金が低く、イギリ
  ス本国内と比べてもかなり優遇されていました。
                   http://bit.ly/2dTtOxd
  ───────────────────────────

アレクサンダー・ハミルトン.jpg
アレクサンダー・ハミルトン
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2016年10月14日

●「アメリカ独立戦争はなぜ起きたか」(EJ第4380号)

 米国の独立戦争勃発から初代大統領が就任するまでの一連の流
れを以下に示しておくことにします。すべて一気に決まったわけ
ではないからです。
─────────────────────────────
 ◎1775年 4月
  独立戦争勃発(レキシントン・コンコードの戦い)
 ◎1776年 7月
  独立宣言採択(フィラデルフィアでの第二回大陸会議)
 ◎1781年10月
  独立戦争終結(ヨークタウンの戦い)
 ◎1787年 9月
  合衆国憲法制定(草案完成、批准と発効は後日)
 ◎1789年 4月
  初代大統領就任(憲法の発効による連邦政府の発足)
             ──冷泉彰彦著/日本経済新聞社刊
          『民主党のアメリカ/共和党のアメリカ』
─────────────────────────────
 米国の独立戦争が勃発したのは1775年4月のことです。問
題は、何が原因で独立戦争が起きたかですが、通常の独立の戦い
とはいささか様相が違うのです。
 かたちのうえでは、米国は英国の植民地ではあったのですが、
米国人は、英国人を中心とするヨーロッパ人であり、いわば「も
うひとつの英国」とでもいうべき存在だったのです。したがって
米国は通常の植民地とは異なる扱いを受けていたのです。
 しかし、当時は次の3つの背景があり、英国としては米国にも
重い税をかけざるを得ない状況になっていたのです。
─────────────────────────────
 1.英国は対外戦争の戦費が増大しており、本国はもちろん
   のこと、全属州の増税は不可避であったこと
 2.植民地の米国、とくに北米の経済力は勢いがあり、それ
   は本国である英国を上回る状況にあったこと
 3.啓蒙主義が広まり、フランス革命がブルボン朝絶対王政
   を打倒し、市民革命の波が盛り上がったこと
─────────────────────────────
 「代表なくして課税なし」という言葉があります。英国議会は
納税額などによって代表を決める仕組みになっており、米国から
税を取り立てるのであれば、当然米国からも英国議会に代表を送
る権利を認める必要があります。
 しかし、米国代表を入れると、英国議会で圧倒的な多数となる
可能性が強く、どっちが本国かわからなくなってしまうので、英
国議会は米国代表を排除していたのです。そうであるならば、米
国としては「代表なくして課税なし」の原則の通り、税を納める
必要はないことになります。
 それに加えて時あたかも、ルネサンスに始まる人間解放の思想
が、宗教改革を経て、封建社会の教会や王権の絶対的権威が揺ら
ぐなかで生まれたルソーなどの啓蒙思想が広がっており、それが
米国独立の起爆剤になったトマス・ペインのパンフレット『コモ
ン・センス』の発行に結びついたのです。
 『コモン・センス』は、トマス・ペインによって発行されたパ
ンフレットであり、タイトル通り、人々の「常識」に訴える平易
な英文で、アメリカ合衆国の独立の必要性を説き、合衆国独立へ
の世論を大いに高める役割をしたのです。
 こういう状況のなかで英国は米国に対して次々と税金をかけて
いきます。1764年に砂糖法、植民地に輸入する砂糖に関税を
かけたのです。1年後の1765年には印紙法、米国で刊行され
るすべての印刷物に対して英国の印紙を貼ることを義務付けるも
のです。2年後の1767年にはタウンゼント法、酒、茶、紙、
ガラス、ペンキなどの日用品に非常に高率の関税を掛けるもので
す。英国は「代表なくして課税なし」の原則を無視して、なり振
り構わず、米国へ課税を強行したのです。
 このことがきっかけになって起こったのが、「ボストン茶会事
件」です。これが、そうでなくても高まっていたアメリカの独立
戦争に火をつけたといえます。
─────────────────────────────
 1773年、イギリスが茶法(茶条令)を制定し、東インド会
社に茶の専売権を与えたことに反対するアメリカ植民地の急進派
が起こした事件。ボストン港に入港していた同会社の船に侵入し
たモホーク族に変装した男達が、茶箱342箱(価格1万8千ポ
ンド)を海中に投棄し、夜陰に乗じて逃げた。イギリス当局は犯
人を捕らえようとしたが、植民地人は「ボストンで茶会(ティー
パーティー)を開いただけだ」と冗談を言ってごまかし、真犯人
は検挙できなかった。
 これに対する報復としてイギリス本国はボストン港を封鎖し、
さらに強圧的諸条令を制定して植民地側を屈服させようとした。
反発した植民地側はイギリス製品の不買運動などに立ち上がり、
1774年9月にフィラデルフィアで大陸会議を開催して13植
民地の代表が集まり、本国との対立は決定的となって、1775
年のアメリカ独立戦争となる。このようにボストン茶会事件は、
アメリカ独立戦争勃発の引き金となった事件であった。
                   http://bit.ly/2dPfK6I
─────────────────────────────
 1774年、英国への対応をめぐり第1回大陸会議がフィラデ
ルフィアで開催されたのです。これにはジョージア州を除く12
の植民地の代表が集まり、英国に対して通商断絶の決議が行われ
たのです。植民地代表がいないところで決められた課税に対して
は断固拒否しようと決めたわけです。
 そして翌年の1775年、ボストン郊外にてイギリスと植民地
の人たちにおける武力衝突が勃発します。これがレキシントンの
戦いであり、独立戦争の第1戦がはじまったのです。
            ──[孤立主義化する米国/065]

≪画像および関連情報≫
 ●ティーパーティー(茶会)とボストン茶会事件
  ───────────────────────────
   「ティーパーティー」という名称は、当時の宗主国イギリ
  スの茶法(課税)に対して反旗を翻した1773年のボスト
  ン茶会事件に由来しており、同時にティーは「もう税金はた
  くさんだ(Taxed Enough Already)」の頭字語でもある。
   「オバマケアより危険なものはない」。クルーズ上院議員
  は11日、ワシントンでの保守系政治団体の会合でオバマケ
  ア批判を展開した。来年1月から個人の保険加入義務化が始
  まるオバマケアの扱いは、予算協議の焦点のひとつだ。小さ
  な政府を志向する茶会は義務化を「自由の侵害」ととらえて
  おり、クルーズ氏は茶会の立場に寄り添ったかたちだ。
   イギリスは、莫大な戦費のために国の財政が窮乏した。そ
  こで、時の国王ジョージ3世は「植民地防衛のための費用な
  のだから、植民地の連中に分担させよう!」と考え、関税法
  を改めて税金の取りたてを強化した。
   イギリスの北アメリカ植民地ではタウンゼンド諸法の撤廃
  (1770)後も茶税のみ残され,73年には茶税法が制定
  され、茶は植民地人にとって本国の重商主義的圧制のシンボ
  ルとなっていた。こうした事態の中、1773年12月16
  日の夜に事件は起こった。毛布やフェイスペイント等でモホ
  ーク族風の簡易な扮装をした3グループ、50人ほどの住人
  がボストン港に停泊していた東インド会社の船を襲撃。「ボ
  ストン港をティー・ポットにする」と叫びながら、342箱
  の茶箱を海に投げ捨てた。     http://bit.ly/2dJSRBq
  ───────────────────────────

トマス・ペイン.jpg
トマス・ペイン
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2016年10月17日

●「米独立戦争前後の3種類の人たち」(EJ第4381号)

 既出の冷泉彰彦氏の本によると、米国の独立戦争が勃発する前
後には、米国には次の3種類の人たちがいたのです。
─────────────────────────────
          1.ロイヤリスト
          2.厭戦ノンポリ
          3.パトリオット
─────────────────────────────
 「ロイヤリスト」とは、米国に移っても、あくまで英国王を支
持する人たちです。彼らは本国の英国からいくら重税をかけられ
ても、仕方がないとし甘んじて受け入れる層です。もちろん彼ら
は、本国の英国との戦争には絶対に反対です。
 「厭戦ノンポリ」とは、もともと政治には関心がなく、戦争に
は反対する層です。つまり、厭戦派です。彼らは農園などを経営
して生活水準も安定しており、重税は困るが、戦争に訴えてまで
英国から独立しようとする気はない層です。
 「パトリオット」は、英国からの増税は不当であり、あくまで
米国は独立を目指すべきであるとして独立を推進しようとする人
たちです。それも単に独立するだけでなく、世界初の共和制民主
主義国家アメリカを建設しようとしていたのです。パトリオット
とは「愛国者」を意味しています。
 パトリオットといえば、映画『パトリオット』という次の映画
があります。この映画は、1775年の米国独立戦争を描く米国
建国の歴史ドラマです。
─────────────────────────────
        映画『パトリオット』/2000年製作
   ローランド・エメリッヒ監督/メル・ギブソン主演
           予告編/ http://bit.ly/1F1xDm6
─────────────────────────────
 映画の内容を明かすのは問題ですが、概要を知っていただく必
要があります。この映画の概要を紹介しているサイトはいくつも
ありますが、一番わかりやすいと思われるサイトを以下にご紹介
します。まずは読んでいただきたいと思います。
─────────────────────────────
 1776年のイギリス植民地時代のアメリカ、サウスキャロラ
イナにおいて。かつてはフレンチ・インディアン戦争の英雄とし
て名を馳せたベンジャミン(メル・ギブソン)だったが、妻には
先立たれ、7人の子供達と一緒に農夫として暮らしている。
 イギリス本国の植民地アメリカに対する重税政策はアメリカの
13州の反発を呼び、今やサウスキャロライナの議会でもイギリ
スに対して、戦争を挑むか否かの決断が迫られていた。戦争を経
験して己の過去を悔いているベンジャミンはイギリスとの開戦に
は反対していたのだが、息子のガブリエル(ヒース・レジャー)
は、そんな父親に反発しアメリカ大陸軍に入隊する。
 そんなある日のこと、戦火はベンジャミンの家のすぐ近くまで
迫ってきていた時に、ガブリエルが負傷して帰ってくる。そこへ
イギリス軍のダビントン大佐(ジェイソン・アイザックス)一行
が現われ、ガブリエルをスパイ容疑で連れ去ろうとし、それを止
めようとした弟のトーマスが撃ち殺されてしまう。
 目の前で息子が殺され、家を焼き討ちされたベンジャミンは怒
りから、かつての戦闘本能が呼び起され、三男、四男坊を連れて
イギリス軍の一行に奇襲攻撃を喰らわせて、ガブリエルを救出。
このままではイギリスの横暴が続いてしまうことを悟ったベンジ
ャミンは荒れくれ男達等を集めて民兵団を結成し、イギリス帝国
軍団に戦いを挑むのだ・・・!     http://bit.ly/2dm4dfm
─────────────────────────────
 ここで重要なのは、メル・ギブソン扮するベンジャミンが独立
戦争に反対していることです。彼はインディアンとの戦いで戦功
があり、英雄といわれる勇壮な人物ですが、本人は戦争には反対
だったのです。しかし、息子のガブリエルはそんな父親に反対し
て、アメリカ大陸軍に入隊するのです。
 冒頭の3分類によると、父親のベンジャミンはノンポリ、つま
り厭戦派であり、息子のガブリエルはパトリオットということに
なります。この映画では、父親と息子の葛藤を描き、ノンポリと
パトリオットとの対立軸があったことを表現しています。映画の
製作者は、この対立軸をドラマの中心テーマにしているのです。
 それにベンジャミンは戦争の経験があるだけに、戦争はするべ
きではないと考えたのです。まして相手はインディアンなどでは
なく、当時世界最強の英国軍です。寄せ集めの米軍が勝つのは容
易なことではないという事情もあります。
 しかし、英国軍に息子のカブリエルを連行され、それを阻止し
ようとした次男を射殺されたベンジャミンは怒りを持って立ち上
がるのです。このように、独立戦争前後には冒頭の3種類の人た
ちがおり、ロイヤリストを含む厭戦ノンポリとパトリオットの明
確な対立軸が存在したのです。
 このように、米国の独立戦争にいたる経緯を調べると、通常の
他の国の独立戦争のそれとは違うものが見えてきます。独立とい
うことで米全国民が一本化されたのではないのです。冷泉氏はこ
れについて次のように書いています。
─────────────────────────────
 いずれにしても、独立戦争の前後には心情的な対立軸、つまり
「戦争に訴え、外国の力を借りてでも世界初の共和制民主国家を
作る」という心情と、「生活が保障されているのなら、植民地で
あっても構わないし、戦争や外国との同盟には反対」という心情
の対立が生まれていた。そして、これがアメリカの歴史を貫く対
立軸の原型になっていった。この対立は、やがて独立を果たした
新国家において連邦政府を置くべきかという論争に発展する。
             ──冷泉彰彦著/日本経済新聞社刊
          『民主党のアメリカ/共和党のアメリカ』
─────────────────────────────
            ──[孤立主義化する米国/066]

≪画像および関連情報≫
 ●映画「パトリオット」感想
  ───────────────────────────
   メル・ギブソン主演の映画「パトリオット」を見てみた。
  アメリカ独立戦争を舞台にした戦争映画である。評判にたが
  わず、すばらしい映画だったので、感想を皆さんに披露する
  次第である。
   いやあ、イギリス軍のかっこいいこと。ぴっちり組んだ歩
  兵の隊列、号令とともに一糸乱れず構え―狙い―撃ち―装填
  する、そろった動きの美しさ。歩兵戦列の前進とともに着弾
  点をずらしていく砲兵の正確さ(おそらく散兵線を制圧する
  ためだろう)。あれこそが軍隊ですな。
   それに対して民兵ども、ありゃ明らかに反則だ。戦争じゃ
  ない。戦闘時でもないのに、輸送隊が次々に賊に襲われて殺
  されていく。将校もお構いなしに皆殺しだ。その将校たちの
  同僚の気持ちを考えれば、タピントン大佐みたいなのが出て
  くる気持ちもわからないではない。
   ところでタピントン大佐、やはり育ちの悪さが出ている。
  まあ、当時の騎兵サーベルは斬る剣なのかもしれないが、あ
  の剣の振り回し方は将校というよりならず者だ。いろいろ苦
  労してはるんですね。しかし、どうしてあの状態からイギリ
  ス軍が負けたのかいまいち納得しかねる。反斜面陣地で第一
  線が壊滅しはしたが、コーンウォリス閣下はちゃんと予備の
  戦列を後ろに配置して、味方の退却を支援収容している。
                   http://bit.ly/2d92RGj
  ───────────────────────────

映画『パトリオット』.jpg
映画『パトリオット』
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2016年10月18日

●「米国独立戦争前後の2つの対立軸」(EJ第4382号)

 独立戦争を経て、アメリカという国のかたちが形成されていっ
たプロセスをもう一度振り返ってみます。
─────────────────────────────
    ◎1774年 9月 ・・・ 第1回大陸会議
    ◎1775年 4月 ・・・  独立戦争勃発
    ◎1775年 5月 ・・・ 第2回大陸会議
    ◎1776年 7月 ・・・  独立宣言採択
    ◎1781年10月 ・・・  独立戦争終結
    ◎1787年 9月 ・・・ 合衆国憲法制定
    ◎1789年 4月 ・・・ 初代大統領就任
─────────────────────────────
 このプロセスから、米国の独立が通常の国の独立運動とは違う
ところが見えてきます。次の2つのポイントがあります。
─────────────────────────────
 1.独立戦争が始まってから、1年3ヶ月後に「独立宣言」
   が採択されていること
 2.戦勝の6年後に憲法が制定され、その1年半後に連邦政
   府が発足していること
─────────────────────────────
 「1」から考えます。
 英国による米国植民地への懲罰的な課税に反発して、米国植民
地13州のうち、ジョージア州をのぞく12洲がフィラデルフィ
アに集まって、会議を開いています。これが第1回大陸会議とい
われるものです。1774年9月のことです。
 このとき、パトリオット(愛国者)、ロイヤリスト(王政派)
厭戦ノンポリ、それぞれ3分の1ずつであったといいます。それ
ぞれ議論はあったものの、パトリオットの主張によって、「宣言
と決議」で植民地に対する英国議会の立法権の全面的否定と、英
国の不輸入、不輸出、不消費を守るための「大陸通商断絶同盟」
結成を宣言したのです。この参加者のなかに、初代大統領になる
ヴァージニア州代表のジョージ・ワシントンがいたのです。
 戦争はいきなりはじまったのです。ことは英国軍がボストン近
郊のコンコードに貯蔵されていた植民地側の軍需物資を接収する
ため出動したことが発端です。
 この当時、植民地側の米国には、州ごとに州兵や地方を守る民
兵がいただけで、職業的な軍隊などなかったのです。とても精強
な英国軍に太刀打ちできるレベルではなかったのです。当時の状
況については、ウィキペディアを参照します。
─────────────────────────────
 戦争が始まったとき、アメリカには職業的な陸軍も海軍もなく
各植民地には地元の民兵隊が存在するのみで、これが自らの地域
防衛にあたっていた。独立戦争前のアメリカでは、イギリス軍が
各植民地の民兵隊を補助的に用いていた。開戦時、一部を除いて
この民兵隊のほぼ全てがアメリカ軍に加わった。
 民兵の装備は簡単なものであり、ほとんど訓練されておらず、
通常は制服もなかった。当時、民兵の従軍期間は数週間から数か
月間に限られており、家から遠く離れた所へは行きたがらなかっ
たので、通常大規模な作戦には使えなかった。民兵には正規兵の
ような訓練や規律が欠けていたが数では勝り、レキシントン・コ
ンコードの戦い、ベニントンの戦いとサラトガ、さらにボストン
包囲戦では正規兵を打ち負かすことができた。米英両軍共にゲリ
ラ戦を用いたが、アメリカ軍はイギリス軍正規兵がいない地域で
効果的に王党派の活動を抑えた。    http://bit.ly/2daPKV3
─────────────────────────────
 英国軍がコンコードの軍事物質を奪いに来るという情報は事前
に漏れていて、米国側はほとんどの物質を移動していたのですが
やって来た英国軍とレキシントンで衝突し、ゲージ将軍率いる英
国軍兵士数名が死亡、コンコードでは244名が死傷するという
戦闘に発展したのです。これが独立戦争の事実上のはじまりにな
ったのです。これが「レキシントン/コンコードの戦い」です。
 パトリオットたちは、これは独立戦争の開始であると捉えて、
1775年5月10日、フィラデルフィアで第2回大陸会議を開
催します。この会議は米国独立革命の最高の連絡会議になってい
たからです。
 この会議において、13州の代表は「武力抵抗の理由と必要の
宣言」を採択し、アメリカ連合軍を創設し、ジョージ・ワシント
ンを総司令官に任命したのです。これを受けてワシントン将軍は
ボストンに向い、ヨーロッパ諸国と外交関係を結ぶために、外交
使節の派遣と戦争遂行に必要な紙幣の発行を決めています。そし
て、ペンシルヴァニア州代表のフランクリンが「連合の規約と永
久の連合」案を作成し、1776年7月に独立宣言を採択したの
です。「1」の独立戦争開始の1年3ヶ月後に独立宣言が採択さ
れた事情は、以上の通りです。
 独立戦争がはじまる前の状況では、いわゆる「パトリオット」
と「ロイヤリスト+厭戦ノンポリ」が強く対立していたのです。
しかし、「ロイヤリスト+厭戦ノンポリ」は、「パトリオット」
のリーダーシップに引きずられたといえます。トマス・ジェファ
ーソン、アレクサンダー・ハミルトン、トーマス・ペインなどが
強力なリーダーシップを発揮したのです。
 冷泉彰彦氏の本には、「パトリオット」と「ロイヤリスト+厭
戦ノンポリ」の対立軸が出ているので、それを添付ファイルにし
てあります。実は冒頭の「2」、すなわち「戦勝の6年後に憲法
が制定され、その1年半後に連邦政府が発足していること」につ
いての解明はこの対立軸に深く関係します。
 つまり、連邦政府を設立することに対して、パトリオットによ
る「理想を追い求める賢人政治」とロイヤリストと厭戦ノンポリ
による「現実のなかで個別の実利を追い求める大衆世論」の対立
が生まれるのですが、後者がポピュリストと呼ばれる勢力になっ
ていきます。これについては、明日のEJで述べます。
            ──[孤立主義化する米国/067]

≪画像および関連情報≫
 ●欧米で台頭するポピュリズム、背景にあるもの
  ───────────────────────────
   現在の政治ムードを表す言葉を1つ挙げるとすれば何だろ
  うか。怒り、不安、ポピュリズム(大衆迎合主義)――。い
  ずれを選ぶにしても確かなのは、大西洋を挟む両サイドの雰
  囲気に等しく当てはまるだろうということだ。欧州と米国の
  政治潮流は往々にして同調するが、今ほどそれが如実なこと
  はめったにない。どちらでも政治的な既成勢力が揺らぎ、非
  主流派が舞台の中央に躍り出ている。各政党は様変わりし、
  有権者は従来の支持政党から離れているようだ。
   米国でこうした流れを明白に表しているのが、大統領選の
  共和党候補指名争いで富豪のドナルド・トランプ氏が首位を
  走っていることだ。トランプ氏は政党登録を5度変えており
  すんなりと定義づけられるイデオロギーや政策綱領を持たな
  い。最も知られている政策は不法移民のほか、少なくも一時
  的にイスラム教徒を国から締め出すという方針だ。同氏の主
  なセールスポイントは、米国の政治階級を「ばか」と呼んで
  はばからないことと、大統領就任のあかつきにはワシントン
  の全てをぶち壊すと公約している点だ。
   しかし、これはトランプ氏だけにとどまらない。左派のバ
  ーニー・サンダース上院議員が民主党の指名争いで大健闘し
  ている。彼らが実践する反体制的な政治は、大統領選に出馬
  する数カ月も前から欧州でも拡大していた。欧米でこうした
  機運をあおっているのは、中間層が感じている経済的な不安
  や、流入する移民に雇用を奪われ、社会保障費などの公的資
  金が吸い取られることへの警戒感だ。
                 http://on.wsj.com/2ecvyhC
  ───────────────────────────
 ●図表の出典/冷泉彰彦著/『民主党のアメリカ/共和党のア
  メリカ』/日本経済新聞社刊

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独立戦争から建国当初の対立軸
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2016年10月19日

●「独立戦争後における民主党の誕生」(EJ第4383号)

 米国の独立戦争が通常の国の独立運動と違う2つのポイントを
再現します。
─────────────────────────────
 1.独立戦争が始まってから、1年3ヶ月後に「独立宣言」
   が採択されていること
 2.戦勝の6年後に憲法が制定され、その1年半後に連邦政
   府が発足していること ←
─────────────────────────────
 「2」について考えます。
 フランスと同盟を結んで英国と戦った米国の独立戦争は、17
81年10月の「ヨークタウンの戦い」に勝利して終結していま
す。独立戦争当時、英国軍の最終拠点だったバージニア州ヨーク
タウンにおいて、同年9月にフランス海軍は、チェサピーク湾の
海戦で英国艦隊を打ち破り、英国のコーンウォリス将軍が脱出で
きないよう封鎖したのです。ワシントン将軍は、ニューヨークか
ら急遽米仏連合軍を南部に移動させ、1万7000人の大部隊で
10月初めにヨークタウンを包囲します。これによって1781
年10月19日に全軍が米仏軍に降伏したのです。
 このヨークタウン降伏によって、イギリス国王ジョージ3世は
休戦の方向に進む議会への支配力を失い、その後は陸上で大きな
戦闘がなくなり、事実上戦争は終結したのです。
 問題はここからです。戦争終結から合衆国憲法の制定まで6年
の年月を要しています。そのときの米国の状況について、冷泉彰
彦氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 独立戦争に「勝っただけ」の1781年の時点では、英国を追
い出したが連邦政府は作らないとか、独立はするが憲法は作らな
いという選択肢があり、それを主張する勢力があったのである。
その中でアメリカを独立国として確立し、憲法を整備しながら連
邦政府の機能を確立しよう、という政治的な立場が生まれていっ
た。この立場は、英国への反抗に立ち上がった「パトリオット」
の延長線上にあるものだが、もはや目的は反英ではなく、連邦政
府の確立に移っていったので「フェデラリスト」(連邦主義者)
と呼ばれることになる。  ──冷泉彰彦著/日本経済新聞社刊
          『民主党のアメリカ/共和党のアメリカ』
─────────────────────────────
 独立戦争以前の「パトリオットVSロイヤリスト+厭戦ノンポ
リ」の対立構図は、独立戦争終了後は連邦政府を設立するかしな
いかをめぐって、次の対立構図に変化したのです。
─────────────────────────────
        「連邦派」VS「州権派」
─────────────────────────────
 ここで「連邦派」とは、かつてのパトリオット、独立戦争後の
「フェデラリスト」のことであり、連邦政府を設置し、憲法を制
定し、連邦税を課税する体制をつくるというものです。兵力の持
ち方については、国際情勢に対応して、連邦として常備軍を保有
すべきであるという考え方です。
 これに対して「州権派」とは、州があるのだから連邦政府など
不要であるという考え方です。やっと独立戦争をして英国を追い
払い、英国からの課税を免れたのに、なぜ屋上屋の連邦政府を設
立し、課税するのか理解できないというものです。もちろん憲法
制定にも反対であるし、兵力についても州兵制で十分であるとい
う意見です。
 冷泉彰彦氏は、この連邦政府の設立をめぐる論争は、一部のエ
リート層による賢人政治と、これに反発する大衆の支持を背景に
して個別の実利を追い求める大衆政治に各州が政治的に二分され
る危機に発展する恐れがあったことを指摘しています。実際には
連邦派の強いリーダーシップによって連邦政府が作られ、アメリ
カ合衆国が建設されていくのですが、以来現代まで米国にはこれ
ら2つの対立軸はかたちを変えて残っていくことになります。そ
れは次の構図です。
─────────────────────────────
     「フェデラリスト」VS「ポピュリズム」
─────────────────────────────
 1787年9月に合衆国憲法が制定され、1789年4月に初
代大統領にワシントンが就任するのですが、1791年に民主共
和党(リパブリカン)が結成されます。この党を代表する最初の
大統領は、3代大統領のトーマス・ジェファーソンです。これに
ついて、ウィキペディアには次のように記述しています。
─────────────────────────────
 民主共和党は、リパブリカン党あるいはジェファソニアン・リ
パブリカン党と自称したが、実質的には現在の民主党の先駆けと
いえる。民主共和党は強力な中央政府よりも州政府の権利を重視
した。農業的利益をはかること、王制を廃し共和制を樹立したフ
ランス革命の正当性を支持することを基本理念とした。この政党
はまた、イギリスと密接に手を結ぶことに反対した。
         ──ウィキペディア http://bit.ly/2ecd42p
─────────────────────────────
 このあと、4代のマディソン、5代のモンローと民主共和党の
大統領が続くのですが、1820年にはいわゆる連邦派は消滅し
ていたのです。それと同時に民主共和党では内部分裂が起こり、
次の2つの派閥に分派したのです。
─────────────────────────────
  1.民主共和党 ・・   アンドリュー・ジャクソン
  2.国民共和党 ・・ ジョン・クインシー・アダムズ
─────────────────────────────
 国民共和党の代表のジョン・クインシー・アダムズが6代大統
領になり、7代大統領は民主共和党を「民主党」と改称し、アン
ドリュー・ジャクソンが就任するのです。
            ──[孤立主義化する米国/068]

≪画像および関連情報≫
 ●日本にもポピュリズム破綻のリスク/2016年5月
  ───────────────────────────
   足元の経済・金融市場はほとんど硬直状態というところだ
  が、米国の大統領選挙や英国の国民投票など政治にまつわる
  トピックはそれこそ枚挙に暇がない。政治に関しては門外漢
  の経済学者としても、米国のトランプ氏の発言など気になる
  ことが多い。
   最近のトランプ氏の発言を見ると、「アメリカ・ファース
  ト(米国の事情が最優先)で、海外からの輸入品には高関税
  を課する」としている。そうすることによって、米国内の労
  働者を保護すると主張する。
   しかし冷静に考えると、米国企業が海外で生産した製品を
  米国内に持ってくる場合、高関税が課されるとなると、米国
  の消費者はその分の関税を負担することになる。米国企業と
  しても、海外の安価な労働力を利用するメリットを放棄せざ
  るを得ない。
   米国ほど大規模な経済になると、経済を巡る様々な要素は
  複雑に絡みあっており、同氏が想定するほど簡単なことでは
  ない。少なくとも、同氏の不動産ビジネスのように単純には
  いかない。また、米国をはじめ世界の主要国が自国の利益ば
  かり追い求めるようになると、様々な問題を巡って国際協調
  体制を作ることが難しくなる。その結果、主要国がメリット
  ・デメリットを分け合いながら世界的な問題に対処すること
  ができなくなる。         http://bit.ly/2eg3FL5
  ───────────────────────────

コーンウォリス将軍の降伏.jpg
コーンウォリス将軍の降伏
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2016年10月20日

●「ウィスキーへの課税で内戦に発展」(EJ第4384号)

 米国の独立戦争後に顕著になったのは次の2つの勢力の対立構
図です。再現します。
─────────────────────────────
     「フェデラリスト」VS「ポピュリズム」
─────────────────────────────
 1789年4月に合衆国憲法の発効による連邦政府が発足し、
ジョージ・ワシントンが初代大統領に就任します。この政権の最
大の悩みは、独立戦争の戦費だったのです。ところで、米国はど
のようにして独立戦争の戦費を調達したのでしょうか。
 もともと独立軍には大した財源はなかったのですが、当時米国
の最大の都市であったフィラデルフィアの豪商たちが戦費を用立
てたのです。つまり、民間資本で戦費を賄ったことになります。
その代表的な人物の一人がロバート・モリスです。モリスは、米
国の財政を立て直すためにいろいろな努力をしているのですが、
最大の貢献はそれを託す人物として、アレクサンダー・ハミルト
ンを初代の財務長官に指名したことです。
 通常の国家の独立は、独立前の反乱軍の全ての債務を破産処理
して、新生国家は借金ゼロでスタートするのが普通です。しかし
ハミルトン財務長官は、独立戦争の戦費(債務)を新生のアメリ
カ合衆国が継承する決断をしたのです。これによって、アメリカ
合衆国はマイナスからのスタートになったのです。
 何とかカネを稼ぐ必要がある──ハミルトン財務長官はウイス
キーに目をつけます。当時米国の主要な産物は小麦だったのです
が、出荷した後で余った小麦で、ウイスキーを作っている農家が
多かったのです。当時の米国農家のウィスキー作りについて書い
てあるサイトから引用します。
─────────────────────────────
 酒はもともと、作物の余剰生産物により生産される。生きるた
めに必要な穀物の他に、余った穀物を、簡単な構造の単式蒸留機
により、家内工業的に少量生産された。その蒸留酒となり付加価
値を持った酒が、市場に出て、貨幣との交換価値を得る。農民た
ちの汗の結晶から、僅かばかりの酒が生まれ、その酒を売却する
ことにより、多くの農民は生活必需品を得たのである。
                   http://bit.ly/2dxk1Mn
─────────────────────────────
 ワシントン大統領とハミルトン財務長官は、このウィスキーに
対し連邦税をかけることを決断します。しかし、その税制は大農
業主よりも小規模農場主に対して厳しかったのです。それに大統
領のワシントン自身が大農業主であり、ウィスキーも作っていた
ので、中部から南部の州を中心として、連邦政府に対して不公平
だという声が強く出てきたのです。
 とくにウイスキー生産のメッカであるペンシルベニアでは、重
税反対運動が盛り上がり、大勢の人が集結し、連邦政府と一戦も
辞さずという不穏な空気が広がります。これに対して、ハミルト
ン財務長官の方も、反乱は断固鎮圧するという強い意思を示しま
す。これが「ウィスキー税内乱」です。1794年のことです。
これについて冷泉彰彦氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 これに対して、ハミルトンは強硬だった。「今こそ、連邦政府
の権威と権力を見せつけるとき」だという決意をしたのである。
独立戦争直後の時点ということもあって、同じような「民兵の召
集」が行われ、一万二千の軍隊が投入された。政府軍と反乱側の
規模の差は圧倒的なものとなった結果、戦闘らしい戦闘にはなら
ず、代表者数十名が逮捕され、その中の数名が病死するなどした
というだけで事件は収束、国家の分裂というような事態にはなら
なかった。        ──冷泉彰彦著/日本経済新聞社刊
          『民主党のアメリカ/共和党のアメリカ』
─────────────────────────────
 冷泉彰彦氏の指摘で重要なのは、ハミルトンが1万2000人
の軍隊を出した理由が、このさい連邦政府の力を見せつけて、連
邦制に反対させないようにしたという点です。その時点では、連
邦制に反対の州はまだ多かったからです。
 実際に連邦制が定着したのは、初代大統領のワシントンと2代
大統領のアダムズがともにフェデラリスト(連邦派)であり、ワ
シントンの8年間、アダムズの4年間の計12年間で、何とか連
邦制そのものに対する反対はなくなったのです。
 しかし、2代大統領のジョン・アダムズにとって気の毒だった
のは、副大統領が、リパブリカンのトーマス・ジェファーソンで
あったことです。リパブリカンは州権派、すなわち、民主共和党
であり、大統領とは党が異なるのです。なぜこんなことになった
のかについて、『大統領たちの通信簿』のオブライエン氏は次の
ように説明しています。
─────────────────────────────
 さらに事を面倒にしたのは、副大統領のトーマス・ジェファー
ソンが、フェデラリストではなく、リパブリカンだったことであ
る。1804年に選挙法が修正されるまで、副大統領の地位は大
統領選挙で第2位になったものが獲得していたのだ。当然アダム
ズとジェファーソンは折り合いが悪く、ジェファーソンはあらゆ
る機会を捉えて、大統領の反対派をマスコミを通じて応援した。
        ──コルマック・オブライエン著/平尾圭吾訳
             『大統領たちの通信簿』/集英社刊
─────────────────────────────
 3代大統領は、2代大統領の副大統領であったジェファーソン
が就任します。ここからがリパブリカンの天下となります。以来
4代から6代大統領までは、リパブリカンの出身者で占められ、
第7代大統領は、リパブリカンを「民主党」に名称変更して、ア
ンドルー・ジャクソンが就任します。
 このジャクソン政権において、ポピュリズムが明確に姿をあら
わすことになります。これについては、明日のEJで述べます。
            ──[孤立主義化する米国/069]

≪画像および関連情報≫
 ●ジョン・アダムズについて
  ───────────────────────────
   アダムズはアメリカ革命の初期に著名になった。大陸会議
  には、マサチューセッツ湾植民地の代表として出席し、17
  76年に大陸会議がアメリカ独立宣言を採択するときに指導
  的な役割を果たした。大陸会議からヨーロッパに派遣され、
  イギリスとのパリ条約締結では交渉の主役となり、またアム
  ステルダムから重要な借款を得る中心人物だった。
   アダムズは独立に貢献したことで、ジョージ・ワシントン
  の下で2期副大統領を務め、また第2代大統領にも選出され
  ることになった。この大統領としての任期の間、自身の連邦
  党(アレクサンダー・ハミルトンが率いる一派)内部での抗
  争と、新しく頭角を現したジェファーソン流共和主義者との
  党派抗争に悩まされることになった。また論争の多かった外
  国人・治安諸法に署名した。大統領任期中の最大の功績は、
  1798年にフランスとの擬似戦争危機を平和的に解決した
  ことである。
   1800年大統領選挙で、トーマス・ジェファーソン(当
  時の副大統領)に再選を阻まれた後は、マサチューセッツ州
  に引退した。妻のアビゲイル・アダムズとともにアダムズ政
  治一家と呼ばれる政治家、外交官および歴史家の家系を作り
  育てた。彼の息子ジョン・クィンシー・アダムズは第6代ア
  メリカ合衆国大統領になった。アダムズの功績は当時他の建
  国の父ほどは評価されなかったが、現代ではより大きな評価
  を受けるようになってきた。    http://bit.ly/2eEKhH6
  ───────────────────────────

ジョン・アダムズ米2代大統領.jpg
ジョン・アダムズ米2代大統領
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2016年10月21日

●「ジャクソン大統領はポピュリスト」(EJ第4385号)

 7代米大統領のアンドリュー・ジャクソンは、ポピュリストと
いわれています。それは、ジャクソンが普通選挙で選ばれた最初
の大統領であることにも原因があります。
 既に述べたように、大統領を選ぶ選挙は、各州の有力者が選挙
人になって決めていたのですが、やがて各州の議会が選挙人を選
ぶ間接選挙になり、1828年の選挙から、選挙人を普通選挙で
選ぶ現在の方式になったのです。この普通選挙で選ばれた最初の
大統領が、アンドリュー・ジャクソンであり、はじめての民主党
の大統領なのです。
 このアンドリュー・ジャクソンの政治について、冷泉彰彦氏は
次のように述べています。
─────────────────────────────
 ジャクソンは大衆の支持を背景に、連邦政府の縮小を図り、同
時にフロンティアの白人農場主の意向を反映し、アメリカ先住民
に対して過酷な移住を強制したりもした。さらに南部出身のジャ
クソンは北部の商業にばかり有利なものとして、銀行や紙幣制度
を軽視、国立第二銀行を閉鎖するなど、発展しつつあった金融業
を攻撃した。その結果、多くの銀行が、経営破綻に陥ることにも
なった。         ──冷泉彰彦著/日本経済新聞社刊
          『民主党のアメリカ/共和党のアメリカ』
─────────────────────────────
 アンドリュー・ジャクソン政権は8年間続いたのですが、大統
領としての評価は、上記の冷泉氏の指摘にもあるように、大衆の
支持を受けて連邦政府の縮小を図ったり、金融業の発展を阻害す
るなど、けっして高いとはいえなかったのです。
 しかし、ジャクソン大統領は国民には人気があったのです。そ
れは、1812年〜15年に勃発した「米英戦争」に自ら指揮し
て英国に完勝したからです。ところで、米英戦争とはどういう戦
争だったのでしょうか。
 米英戦争とは、第2の独立戦争といわれる戦争で、どのような
原因で戦争が勃発したのかについて、ネットの「世界史の窓」か
ら引用します。
─────────────────────────────
 ナポレオン戦争中に起こったアメリカ合衆国とイギリスの戦争
で、1812年戦争、第2次アメリカ独立戦争とも言う。ヨーロ
ッパの戦争に対し、アメリカ合衆国は当初中立政策を採り、貿易
の利益を守っていたが、ナポレオンの大陸封鎖令に対抗してイギ
リスも逆封鎖したためアメリカにとっても貿易が途絶え、大打撃
を受けた。一方イギリス海軍がアメリカ人船員の強制徴用を行う
など、海上権の侵害が続いたため、国内で主戦論が台頭した。第
4代マディソン大統領(リパブリカン党)は国内の主戦論に押さ
れ、一方的にイギリスに宣戦した。   http://bit.ly/2e8r4Mo
─────────────────────────────
 ジャクソンは、ジェファーソンのリパブリカンを取り込んで民
主党を結成したのですが、このジャクソン政権は、自身の出身地
である南部の農業主などの大衆世論を背景に、ワシントンの国政
に大きな影響を与えることになったのです。だから「ポピュリズ
ム」といわれたのです。
 このジャクソン民主党の政治の特徴について、冷泉彰彦氏は次
の4つを上げています。
─────────────────────────────
   1.            商工業ではなく農業
   2.   「大きな政府」ではなく「小さな政府」
   3.      北部に対抗する勢力としての南部
   4.ワシントンのエスタブリッシュに対するアンチ
                ──冷泉彰彦著の前掲書より
─────────────────────────────
 現在の米民主党といえば「大きな政府」が基本スタンスですが
ジャクソン政権はもともとリパブリカン(州権派)であり、連邦
制の縮小を図ろうとしていたので、「小さな政府」路線に立脚し
ていたのです。
 ちなみに民主党でもすべて大きな政府路線であるとは限らない
のです。1980年代のロナルド・レーガン政権(共和党)以来
米国の経済政策はおおむね小さな政府路線を維持してきています
が、レーガン政権後の唯一の民主党政権であるクリントン政権は
自立を重視した福祉改革など、政権後半にかけて中道寄りの姿勢
を強め、レーガン政権の小さな政府路線に大きな変更を加えてい
ないのです。これに対してオバマ政権は、明らかに大きな政府で
あるといえます。
 南部と北部──当時の米国は、多くの面で南北の対立が激しく
なっていったのです。農業を中心に政治に発言力を増してきた南
部と、北部を中心とした商工業の発展は、連邦政府による産業保
護政策や、通商の安全を確保するための軍事力を強めようとする
政策で、北部との対立は深まっていったのです。
 この南部を代表するのが民主党ですが、これに対抗するために
1833年に誕生したのが「ホイッグ党」です。ホイッグ党は英
国にもありましたが、これとは無関係です。ホイッグ党について
は、ウィキペディアを参照します。
─────────────────────────────
 第7代大統領アンドリュー・ジャクソンおよび民主党の政策に
ついて「専制的であり、近代化に対する反動である」として反対
し、大統領に対する議会の優越、社会や金融の近代化、保護貿易
による国民経済活性化などを実現するために結成された。
 ホイッグという名は、アメリカ独立革命の際の独立派(パトリ
オット)が、反王政派である自らを呼ぶのに使っていた名であり
イギリスのホイッグ党との直接的な関係はない。連邦党や第6代
大統領ジョン・クィンシー・アダムズ支持派の国民共和党の系列
である。     ──ウィキペディア http://bit.ly/2e8J6hq
─────────────────────────────
            ──[孤立主義化する米国/070]

≪画像および関連情報≫
 ●アンドリュー・ジャクソンとその時代/佐藤清文氏
  ───────────────────────────
   2006年9月26日で、小泉純一郎政権が幕を閉じ、安
  倍晋三政権がスタートしました。小泉前首相は自民党の派閥
  を解体させ、派閥主義を終焉させましたが、その代わり、多
  くのグループが乱立してはいるものの、無批判的な政党に変
  容させてしまいました。安倍新総理はそうした雰囲気を背景
  に誕生したのです。
   振り返って見ると、小泉手法は1829年から37年まで
  在任した合衆国第7代大統領アンドリュー・ジャクソンによ
  く似ていました。ジャクソンの政治は「ジャクソニアン・デ
  モクラシー」として知られ、後継者のマーティン・ヴァン・
  ビューレンと合わせてその治世は「ジャクソンの時代」と呼
  ばれています。1812年戦争の英雄であり、初の西部出身
  の大統領である彼の粗野さと無教養は、今日では伝説となっ
  ています。”OK”の語源が”All Correct” の略として彼
  が用いたエピソードに由来していることはその一端がうかが
  われます。
   今でこそ二大政党制の国と言われていますが、アメリカに
  も一党優位制の時代がありました。1820年から1828
  年の間は、共和派の候補者同士が大統領選挙を争っていたの
  です。派閥抗争は激しいもので、政治が滞ることもしばしば
  でした。             http://bit.ly/2ealjQN
  ───────────────────────────

アンドリュー・ジャクソン7代米大統領.jpg
アンドリュー・ジャクソン7代米大統領
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2016年10月24日

●「米大統領選はクリントン氏勝利か」(EJ第4386号)

 10月19日に米大統領選の3回目のテレビ討論会がラスベガ
スで行われ、CNNテレビの世論調査ではクリントン氏が勝利し
たことを伝えています。
─────────────────────────────
               第3回  第2回  第1回
  ドナルド・トランプ ・・ 39%  34%  27%
 ヒラリー・クリントン ・・◎52% ◎57% ◎62%
─────────────────────────────
 クリントン氏の3連勝です。しかし、これだけでは最終結果を
判断できないのです。なぜなら、CNNは民主党系のメディアで
あり、民主党の大統領候補に有利だからです。それに、クリント
ン氏は勝っているとはいえ、62、57、52と毎回ポイントを
減らしているのに対し、トランプ氏は、27、34、39と逆に
ポイントを増やしています。
 トランプ氏は、政治の経験がないことに加えて、討論の準備も
不十分であり、政策論ではクリントン氏に勝てないことを米国民
はよく知っています。したがって、クリントン氏が討論に勝つの
は織り込み済みなのです。それにトランプ氏には最低な女性蔑視
問題もあり、本来であれば、80対20ぐらいでクリントン氏が
勝っていても不思議ではないのに13ポイント差しかないのは、
クリントン氏が米国民に嫌われている証拠といえます。
 それでは、あと2週間後に迫った大統領選挙の結果はどうなる
のでしょうか。
 主な世論調査を平均した米政治専門サイト「リアル・クリア・
ポリティクス」が20日に公表した最新の支持率は、次のように
なっています。
─────────────────────────────
     ドナルド・トランプ ・・・ 42.1%
    ヒラリー・クリントン ・・・◎48.5%
─────────────────────────────
 クリントン氏は、トランプ氏に6.4 ポイントの差をつけてい
ます。米国の大統領選では、終盤にきて5ポイントの差があれば
当選安全圏にあるといわれます。したがって、この2週間、何事
もなければ、クリントン氏の楽勝であるといえます。
 しかし、クリントン氏には弱点があります。それは、健康問題
とメール問題の2つです。これについては、改めて述べますが、
あと1週間しかないものの、オクトーバー・サプライズが起きて
も不思議ではない状況です。
 もう少し詳しく見ることにしましょう。10の重要州における
支持率を分析します。項目のなかの「12年結果」とは2012
年の前回選挙でその州で勝利した政党です。このときはオバマ大
統領が勝ったので、当然民主党が多くなっています。
─────────────────────────────
            トランプ   クリントン 12年結果
     アリゾナ ◎42.5%   41.8%   共和党
     オハイオ ◎46.5%   46.0%   民主党
    バージニア  36.0%  ◎46.8%   民主党
     フロリダ  43.8%  ◎47.4%   民主党
      ネバダ  41.8%  ◎46.5%   民主党
     ミネソタ  41.3%  ◎45.3%   民主党
     アイオワ ◎45.0%   41.7%   民主党
ニューハンプシャー  38.4%  ◎45.6%   民主党
 ノースカロライナ  44.2%  ◎47.0%   共和党
    ジョージア ◎46.8%   41.5%   共和党
        ──2016年10月21日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 この10州のなかで、アリゾナ、オハイオ、バージニア、フロ
リダはとくに重要な州です。アリゾナは、共和党が過去50年で
一度しか落としていない牙城です。しかし、現在接戦になってお
り、クリントン氏は十分逆転可能です。
 米大統領選では「フロリダ州とオハイオ州をとった方が勝利す
る」といわれています。それは、オハイオ州とフロリダ州は、い
わゆる激戦州であり、毎回どっちが勝つかわからないからです。
それに両州は選挙人が多い州です。オハイオ州は18人、フロリ
ダ州は29人です。したがって、フロリダ州をとった方が勝つと
いわれているのです。
 オハイオ州はトランプ氏が勝っていますが、差はわずかであり
大接戦です。フロリダ州についてはクリントン氏が3.6 ポイン
トリードしています。10州の勝敗は、トランプ氏4州、クリン
トン氏6州とクリントン氏が大きくリードしています。よほどの
ことがない限り、クリントン氏の勝利は動かないでしょう。
 このような情勢をふまえて、現在、両候補の獲得している選挙
人の数は次の通りです。ちなみに選挙人の総数538人中270
人が過半数になります。
─────────────────────────────
     ドナルド・トランプ ・・・・ 170人
    ヒラリー・クリントン ・・・・ 260人
─────────────────────────────
 クリントン氏は選挙人をあと10人とれば勝ちです。オハイオ
州で逆転できればそれで決まりです。しかし、投票率やまだ態度
を決めていない有権者も10%程度いると思われます。そういう
意味で、選挙は何が起きるかわからないのです。
 21日晩のフジプライムニュースに出演した著名な米国の歴史
学者、エドワード・ルトワック氏は、今回の大統領選について、
「どちらが大統領になっても弱い大統領になるだろう。したがっ
て、議会の力が強くなり、議会は内向きなので、どうしても政権
は『内向き』にならざるを得ない。しかし、秘密外交はできる。
次の大統領は、きっとニクソンのような大統領になるかもしれな
い」という意味深なコメントしています。
            ──[孤立主義化する米国/071]

≪画像および関連情報≫
 ●最後のテレビ討論でトランプ氏のある一言
  ───────────────────────────
   米国大統領選挙に向けた共和党のドナルド・トランプ候補
  と民主党のヒラリー・クリントン候補による最後のテレビ討
  論会が水曜夜、ラスベガスで開かれた。冒頭で握手を交わす
  こともなく、すぐさま最高裁と妊娠中絶問題についての討論
  になったが、この日ツイッターで大きな話題となったのは、
  討論開始15分ほどで、移民政策についてトランプ氏が発し
  た言葉だった。
   「この国に居る"悪いオンブレ"(hombre=スペイン語で、
  「男、ヤツ」の意味)たちを追い出すのだ」と、特にメキシ
  コからの不法移民に立ち向かう自らの姿勢を表明したのであ
  る。この発言に先立ち、トランプ氏は、「アメリカは麻薬組
  織のリーダーを国内から排除する手段を講じなければならな
  い」と発言している。
   この"悪いオンブレ"という言葉は瞬く間にネットで拡散、
  多くの人々がその言葉の使い方を非難した。「ドナルドさん
  よ、アンタはどうしようもないね。"悪いオンブレ"なんちゃ
  って、ヒスパニック系の票は諦めたんだね」「俺たち“悪い
  オンブレ“はバッド・カンパニー(=英国のハードロックバ
  ンド、意味は悪友)"の曲をフォーク/ウエスタンでカバーす
  る新しいバンドだぜ」などをツイート。また、この発言に端
  を発して交わされた論戦は、今回のテレビ討論会が始まって
  から最初の1時間で最も白熱したものとなった。
                   http://bit.ly/2eYNscc
  ───────────────────────────

米大統領選/第3回テレビ討論会.jpg
米大統領選/第3回テレビ討論会
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2016年10月25日

●「奴隷制をめぐる南部と北部の諍い」(EJ第4387号)

 米国大統領選において、今の時点で「オクトーバー・サプライ
ズ」が起きるかどうは不明です。ここでオクトーバー・サプライ
ズとは、メール問題でヒラリー・クリントン候補が失脚すること
を意味します。これは、10月中でなくても、11月に入ってか
らでも起きますし、11月8日に仮にクリントン氏が大統領に選
ばれたとしても、その後に起きる可能性もあります。米国にとっ
てきわめて深刻な事態です。
 ネットでは、今年の5月頃から、その種の情報が一貫して流れ
ており、9月以降多くなっています。これに関し、評論家の副島
隆彦氏は、2016年10月20日付で、次の新刊書を緊急上梓
しています。
─────────────────────────────
                      副島隆彦著
  『ヒラリーを逮捕、投獄せよ/ロック・ハー・アップ』
                       光文社刊
─────────────────────────────
 「逮捕、投獄」とは穏やかならざる言葉ですが、トランプ氏も
テレビ討論で「大統領になったら、クリントン氏を投獄する」と
いっています。そこには、なかなかメール問題でクリントン氏を
逮捕しない米司法当局への苛立ちが読み取れます。
 EJでは、この情報について現在リサーチしており、そのうえ
で取り上げるつもりです。それまでは、アメリカ合衆国の歴史を
書いていきます。アメリカという国を知るためです。
 3代大統領から6代大統領までは、民主共和党、すなわち、リ
パブリカン党の大統領が続くのですが、この党の中も二つに分か
れてきます。このことは、19日のEJ第4383号で述べてい
ますが、再現します。
─────────────────────────────
  1.民主共和党 ・・   アンドリュー・ジャクソン
  2.国民共和党 ・・ ジョン・クインシー・アダムズ
─────────────────────────────
 アンドリュー・ジャクソン率いる民主共和党は、ジャクソンが
7代大統領になると同時に「民主党」になり、6代大統領のジョ
ン・クインシー・アダムズは、リパブリカン党(民主共和党)を
「国民共和党」と改称し、以後主導します。これがホイッグ党に
なっていくのです。やがてこのホイッグ党が、後の共和党になる
のです。そこにからんでくるのは、次の2つの問題です。
─────────────────────────────
           1.保護貿易
           2.奴隷制度
─────────────────────────────
 「1」は「保護貿易」です。
 当時の米国は、北部では商工業が発展し、南部では綿花の栽培
が盛んだったのです。しかし、北部では、国際競争力はまだ十分
ではないので、国内市場を守るため、高い関税をかける貿易保護
政策をとります。
 これに対して南部では綿花の栽培をしていたのですが、コスト
の低い奴隷の労働力を前提としていたので、国際競争力はあった
のです。そのため、南部の民主党は自由貿易を主張し、議会はこ
の問題で何回も紛糾します。
 「2」は「奴隷制度」です。
 奴隷制度に関しては南部と北部は完全に意見が割れてしまって
います。南部にとって奴隷制度は安い労働力確保のため不可欠で
あるのに対して、北部は奴隷制度を廃止すべきであると訴えたか
らです。当時、奴隷制度を存続すべきかどうかは、州の判断に任
せられており、奴隷制度を存続させる州は「奴隷州」、そうでな
い州は「自由州」と呼ばれていたのです。
 米国の州は、西部の開拓を進め、数が増えて行ったのですが、
それらの州が自由州になるか奴隷州になるかは、お互い死活問題
になります。とくに南部は、自由州が過半数に達することを非常
に恐れていたのです。もし過半数になると、奴隷制度を廃止する
憲法の批准・成立につながるからです。
 こういう状況では、奴隷は当然スキを見て自由州に脱出しよう
とします。そのさい、追手の南部としては、その奴隷の奪還や殺
害を企てることの是非が、頻繁に議会に持ち込まれるようになっ
ていたのです。
 民主党の初代大統領のアンドリュー・ジャクソンは、奴隷に対
する思いやりに欠けた人物だったといわれています。次の広告は
ジャクソンが大統領になる前の1804年9月に、テネシー・ガ
ゼット紙に掲載されたジャクソンの逃亡奴隷に関する広告です。
南部では、こういうことは日常茶飯事に行われていたのです。
─────────────────────────────
 逃亡者捕獲に50ドル!
 ナッシュヴィル近くに住んでいた白人と黒人の混血児の奴隷が
6月25日逃亡。前記賞品は、同奴隷を捕捉して引き渡し、もし
くは捕捉後、刑務所に収監された方に進呈。後刻、当方引きとり
に参上。もし奴隷がすでに他州に逃亡の際には、前記賞金のほか
に必要経費を進呈。さらに何人であれ、この男に対するムチ打ち
100回ごとに、さらに10ドル進呈。最大300回を限度とし
支払の用意あり。──コルマック・オブライエン著/平尾圭吾訳
             『大統領たちの通信簿』/集英社刊
─────────────────────────────
 こういう時期に登場したのが、後に16代大統領になるエイブ
ラハム・リンカーンです。リンカーンは、奴隷制度反対論者だっ
たのですが、最初からそれを主張していたのではないのです。彼
が一番心配していたのは奴隷制度を巡る国家の分裂です。リンカ
ーンは、国家の分裂回避のために奔走しています。
 このとき、新規領土が奴隷州になることに反対して、民主党を
離党する人は多くなっていたのです。
            ──[孤立主義化する米国/072]

≪画像および関連情報≫
 ●奴隷解放の目的は何か
  ───────────────────────────
   高校の世界史では、19世紀半ばのアメリカ合衆国におけ
  る奴隷制問題を、「奴隷制を廃止したい北部とそれを維持し
  たい南部の対立」として説明します。またその具体的な対立
  点として、第一に、北部が推奨する保護貿易と南部が主張す
  る自由貿易の対立、第二に、西部開拓によって誕生した新し
  い州を、北部(自由州)と南部(奴隷州)のどちらに組み入
  れるかという勢力争い、さらに中央政府の権利を強める連邦
  主義(北部)と州の力を強める州権主義(南部)の対立など
  が挙げられています。
   これらは、政治や経済を中心にした解釈です。しかし、文
  化史的に見ると、「働くことへの価値観の変容」として奴隷
  制の問題をとらえることもできます。
   現在私たちは「働いて自立することはよいことであり、し
  なければならないことだ」という考え方に馴染んでいますが
  19世紀半ばのアメリカにおいて、その考え方は必ずしも一
  般化したのもではありませんでした。「働くこと」を奴隷に
  任せる南部では、労働が社会的に肯定される行為として認め
  られていなかったのです。他方で産業化が進み賃金労働者が
  増えていた北部では、各自の「自由な労働」を積極的に評価
  する社会になっていきました。奴隷制問題が深刻化する背景
  には、こうした南北間の「働くこと」をめぐる価値観の対立
  もあったのです。         http://bit.ly/2eU1BYK
  ───────────────────────────

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副島隆彦氏の新刊書
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2016年10月26日

●「共和党はどのように結成されたか」(EJ第4388号)

 米国の民主党といえばリベラルな党であり、人権にうるさい政
党であるという印象が少なくとも日本にはあります。したがって
そういう印象で民主党を考えると、きっと奴隷制度に反対したの
は民主党ではないかと思ってしまいます。これに関して共和党は
どちらかというと、こわもて(強面)で戦争好きな印象ですが、
日本にとっては共和党は「親日」というイメージが強いです。
 確かに太平洋戦争時、ときのルーズベルト大統領は民主党です
し、その大戦中の日系人の強制収容について公式に謝罪し、補償
を行ったのは共和党のブッシュ政権です。また、かつて安倍首相
が靖国神社に参拝したとき、オバマ政権は「失望」を表明しまし
たが、これについて自民党の萩生田光一衆院議員は次のように発
言しています。
─────────────────────────────
 共和党政権のときはこんな揚げ足をとったことはなかった。民
主党のオバマ政権だから言っている。
        ──自民党青年会議の話/萩生田光一衆院議員
                http://s.nikkei.com/1dZ6J12
─────────────────────────────
 しかしこれはいずれも間違いです。そのときどきの大統領の発
言やとった行動や、印象的な歴史的出来事だけで、そのように判
断ているに過ぎません。「民主党は反日」という考え方について
冷泉彰彦氏は、「ニーズウィーク/日本版」において、次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 例えば、日本の文化について「クールジャパン」であるとして
高い関心を示す動きは、現在でもアメリカでは根強く続いていま
す。こうした異文化への関心、特にキリスト教的な善悪二元論と
は「異なる価値観」に興味と尊敬を示すというのは、アメリカの
場合は民主党カルチャーです。JFKが上杉鷹山の思想に私淑し
ていたとか、そのお嬢さんのキャロライン・ケネディ大使が『方
丈記』に象徴される日本の世界観に深く共感しているというよう
な例は、決して例外的な事象とは言えません。
 特に現在のオバマ政権の姿勢というのは、基本的に明確な親日
政権であり、多くの問題に関して「これ以上望みようのない」そ
して「ブレのない」姿勢で、軍事外交に関しても、二国間の文化
や社会的な交流にしても日本を重視していると言って過言ではな
いと思います。            http://bit.ly/1aFGYVW
─────────────────────────────
 既に述べているように、民主党はかつて連邦派といわれるフェ
デラリストの反対派のリパブリカン(民主共和党)なのです。こ
のリパブリカンは洲権派、すなわち、連邦政府よりも州の権利を
重視する一派です。
 そこで、北部で奴隷制廃止運動が盛り上がると、南部では奴隷
制を採用する(奴隷州となる)か採用しないか(自由州となる)
かは各州の裁量であるとの主張がなされ、奴隷制を正当化してい
たのです。
 もちろん民主党のなかにも奴隷制に反対する人がいて、それら
の人々は民主党を出て、ホイッグ党と自由土地党に分かれるので
す。彼らは奴隷制度には反対ですが、奴隷制度そのものを廃止し
ようというよりも、もうこれ以上奴隷州を増やさないという考え
方だったといえます。
 当時は、西部の開拓が進んでいて、米国の州は増加していった
のですが、今後なるべく奴隷州を増やさないように一定の歯止め
をかける「ミズーリ協定」と呼ばれる取り決めが、奴隷擁護派と
反奴隷制派の間に成立したのです。ミズーリを州にするさい、そ
こに奴隷制を認めるか否かをめぐり,連邦議会で北部と南部の議
員が対立し,その収拾策として成立したものです。
 しかし、1853年、大陸横断鉄道を敷くためにミズーリ州の
西方を准州にする構想が、イリノイ州選出の民主党上院議員であ
るスティーブン・ダグラスから提案されます。この准州は、18
20年のミズーリ協定によれば、当然自由州に編入されることに
なるので、南部の上院議員は激しく反対したのですが、鉄道敷設
に強い関心を持っていたダグラスは、この南部派の反対に対して
ネブラスカをも追加で准州とする案を出し、仮にカンサスが奴隷
州になっても、ネブラスカを自由州にして上院のバランスの維持
を可能にしようとしたのです。
 このダグラスによるこれらの法案はいわゆる「カンサス・ネブ
ラスカ法」として1854年5月に成立します。しかしこれは、
結局1820年のミズーリ協定を事実上破棄してしまうことを意
味し、そしてその結果、南部の奴隷州拡張を北部の方向へ推し進
めることを許し、実質的に南北の対立をかえって激化させる結果
になったのです。
 これに反発したのが、ほとんど消滅しかかっていたホイッグ党
と民主党を離党した自由土地党の人たちです。彼らは、1854
年3月20日、ウィスコンシン州リポンの学校校舎で、第1回の
「反ネブラスカ法」地方集会が開き、この場で新しい反奴隷制政
党を結成することに決定し、その政党の名を「共和党」と名付け
たのです。
 1854年7月6日、州規模の党大会がミシガン州ジャクソン
近郊で開催され、はじめて「共和党」の綱領を採択し、新規獲得
領土への奴隷制度拡大に反対することを宣言します。新政党の主
張は、準州における奴隷制度の問題だけに留まらず、米国の近代
化を大局的な目標に掲げたのです。
 西部の新規開拓領土については、奴隷所有者が好条件の土地を
買い上げるがままに任せるのではなく、奴隷制のない「自由」な
土地として農民に与えることを主張し、銀行を拡大し、鉄道や工
場の建設を推進しようとしたのです。
 共和党は、ミシガン、オハイオ、インディアナ、ニューイング
ランド、ニューヨークに発展、1855年頃には共和党は全国規
模組織になったのです。 ──[孤立主義化する米国/073]

≪画像および関連情報≫
 ●「ミズーリ協定」について/「世界史の窓」
  ───────────────────────────
   1819年段階で合衆国には22の州があり、11が奴隷
  州、11が自由州であった。北部では黒人奴隷制反対の感情
  が強まりつつあり、すでに禁止されたかあるいは急速に絶滅
  に向かっていたが、他方南部では綿花栽培が広まるにつれて
  奴隷制支持の感情が強まってきた。
   ワシントンやジェファーソンら古い南部出身の政治家は奴
  隷制度を害悪と見なしていたが、若い世代の南部人はそれを
  白人にとっても黒人にとっても、利益なものと考えるように
  なっていた。そのような情勢で、ミズーリが奴隷州として加
  入を申請してきたので、議会は大問題となり、北部諸州は激
  しく加入に反対した。結局妥協が成立しミズーリの加盟を認
  める代わりに、マサチューセッツ州からメイン州を自由州と
  して独立させることとし、均衡を保った。また合衆国がルイ
  ジアナとして獲得した地域でミズーリを除く北緯36度30
  分以北は奴隷制度が禁止された。
   その後奴隷制をめぐる対立はさらに激しくなり、1850
  年にカリフォルニアが州に昇格したときはそれを自由州とす
  るかわりに逃亡奴隷取締法を強化するという妥協(「185
  0年の妥協」と言われる)が成立したが、1854年のカン
  ザス=ネブラスカ法、また57年のドレッド=スコット判決
  での最高裁の見解などでミズーリ協定は否定される。
         ──「世界史の窓」 http://bit.ly/2eMAquc
  ───────────────────────────

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スティーブン・ダグラス上院議員
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2016年10月27日

●「映画『リンカーン』を観て考える」(EJ第4389号)

 16代大統領エイブラハム・リンカーン──おそらく米国の大
統領のなかで最も有名で、史上最高の最も尊敬されている大統領
の一人であり、新生共和党の初代の大統領です。
 リンカーンがはじめに注目されたのは、カンザス・ネブラスカ
法案に反対し、見事な雄弁と説得で民主党のスティーブン・ダグ
ラス議員に論戦を挑み、奴隷制度の反対を貫いたからです。
 共和党が結成され、リンカーンがみるみる頭角を現すのを見て
南部諸州は連邦離脱を宣言します。南部の民主党は、もともと州
権派であり、意見が合わなければ、離脱するという意思は強かっ
たのです。奴隷制度は彼らにとって不可欠なものであったからで
す。南北戦争はそのために起きたのです。
 ところで、リンカーンといえば、2013年劇場公開のアメリ
カ合衆国の伝記戦争映画があります。ハリウッドの巨匠、スピル
パーク監督の作品です。
─────────────────────────────
  映画『リンカーン』/スティーブン・スピルバーク監督
          主演/ダニエル・デイ=ルイスを主演
             予告編 http://bit.ly/2eN9HgS
─────────────────────────────
 この映画については、安倍首相も観て、リンカーンの奴隷制度
廃止を実現する「合衆国憲法修正第13条」の可決に奮闘するリ
ンカーンの姿に自分を重ね合わせたようです。これについては、
≪画像および関連情報≫に作家の阿川尚之氏のコメントを紹介し
てあります。
 この映画のあらすじは、次の通りです。ライブトアのサイトか
ら引用します。
─────────────────────────────
 1865年1月。大統領再選を果たしたリンカーンは大きな苦
境に立たされていた。自らの夢である「奴隷解放」の賛否を巡っ
て起こった国を二分する南北戦争は4年目に突入。“すべての人
間に本当の自由を”という理想に突き進む中で、多くの若い命が
失われていく。悲願を実現するためには、憲法修正を議会で成立
させねばならない。なりふり構わぬ政治工作を仕掛けるリンカー
ンだったが、戦争の長期化の影響で形勢は極めて不利。しかも法
案を通すためには、あと“20票”も足りないのだ。
 一方、長引く戦争はリンカーンの息子ロバートまでも戦場へと
駆り立てた。すでに2人の息子を亡くしていた母メアリーの反対
を押し切り、ロバートは軍に入隊。息子に反発され、妻からは叱
責を浴び、一国の指導者たるリンカーンは、政治家としての手腕
問われるだけでなく、父親としても大きな試練に直面していくの
だった・・・。本当の「自由」か、愛する「家族」か、一人の人
間としてリンカーンが下した究極の決断とは――?史上“最も愛
された大統領”リンカーンの知られざる“真実の物語”が、いま
明かされる。             http://bit.ly/2eEgUB0
─────────────────────────────
 リンカーンは奴隷制度反対論者なのですが、奴隷州が増えて行
くことに危機感を持ったのです。なぜなら、これが進むと、アメ
リカという国家が二分してしまうからです。この国家分裂回避こ
そリンカーンの狙いだったのです。映画『リンカーン』にはそれ
が描かれています。
 実はこの映画には原作があります。ピューリッツァー賞を受賞
している歴史家ドリス・カーンズ・グットウィンによる『リンカ
ーン』(中央公論新社刊)です。ここに描かれているのは、奴隷
廃止法案(「合衆国憲法修正第13条」)を成立させるためのあ
らゆる権謀術数工作です。
 例えば、大統領に当選後、リンカーンは選挙時の政敵だった4
人をそっくり主要閣僚に抜擢する奇手を使うなど、国政にとって
有能と判断すれば、リンカーンの失脚を謀略した財務長官でさえ
最高裁判所長官に任命したほどです。法案を成立させるためには
裏取引や根回しも含めてあらゆる手を使っている様子なども描か
れています。そして、リンカーンは南北戦争という未曾有の国難
を乗り切り、目的を果たしています。
 映画『リンカーン』は、このドリス・カーンズ・グットウィン
の原作を基にしているので、南北戦争の戦争シーンを期待してこ
の映画を観て、面白くなかったという批評もネットにはたくさん
出ています。
 リンカーンには、「ゲティスバーク演説」という有名な演説が
あります。ゲティスバークは南北戦争の激戦地です。この演説は
南北戦争での戦死者のための3分ほどの追悼演説なのですが、そ
のなかに、なぜ「人民の人民による人民のための政治」と言葉が
必要だったのかについて、冷泉彰彦氏は自著で次のように述べて
います。
─────────────────────────────
 どうして追悼の演説に「人民の人民による人民のための政治」
という一句を入れなくてはならなかったのかというと、その意味
合いは「諸君の死はムダではない。諸君はエスタブリッシュメン
トのために死んだのではなく、全員のために死んだのであり、諸
君が守ったアメリカ合衆国は一部の人間のための存在ではない」
というメッセージがどうしても必要だったからだ。
 戦争は南部社会の破壊だけでなく、北部においても甚大な被害
をもたらすことになった。その犠牲が「一部のエスタブリッシュ
メントのため」ということでは、とうてい国は治まらず、精神的
なスローガンとしての「人民の政治」という理念がどうしても必
要だった。この演説が偉大とされるのにはそうした背景がある。
っまり「ポピュリズム」を暴走させないという意識が計算されて
いるからであって、単に格好の良い民主主義のスローガンを思い
ついたからではない。   ──冷泉彰彦著/日本経済新聞社刊
          『民主党のアメリカ/共和党のアメリカ』
─────────────────────────────
            ──[孤立主義化する米国/074]

≪画像および関連情報≫
 ●映画『リンカーン』と日米憲法改正比較/阿川尚之氏
  ───────────────────────────
   しばらく前に安倍晋三首相が都内で映画『リンカーン』を
  鑑賞されたそうだ。1865年1月、リンカーン大統領がい
  かにして反対派の強い抵抗を抑え、議会下院での憲法修正第
  13条可決を実現し、恒久的な奴隷制度廃止に道を開いたか
  を描く、スピルバーグ監督渾身の作である。
   首相は鑑賞後に記者団から感想を問われ、「常に指導者は
  難しい判断をしなければいけないということだ」と語ったと
  いう。日本国憲法第96条の改正によって、まず憲法が定め
  る改正手続きそのものを変え、それによって将来憲法の個別
  条項改正を実現させたい。そう考える安倍首相は、あらゆる
  政治手段に訴えて憲法修正実現をめざすリンカーン大統領の
  苦心と苦悩に共感したのだろう。メディアはそうコメントし
  た。しかしこのニュースには、映画『リンカーン』で取り上
  げられた修正第13条可決について、総理もメディアも触れ
  なかったことがいくつかある。
   第1に、下院による修正第13条可決には、3分の2の賛
  成が必要であった。合衆国憲法第5条は、議会は上下両院そ
  れぞれ3分の2の賛成によって憲法修正(改正)を提案する
  と定める。この規定は1788年にアメリカ憲法が発効して
  以来、一度も変わっていない。アメリカ憲法には他にも、条
  約の批准や最高裁判事任命の承認には議会上院の3分の2の
  賛成を必要とするなど、同じような規定がいくつかある。
   憲法96条改正を唱える人々の一部には、改正の発議・提
  案に衆参両院それぞれ総議員3分の2の賛成を必要とする現
  在の規定は厳しすぎて実質上改憲を不可能にするとの議論が
  あるが、アメリカ憲法と日本憲法の提案要件はこのとおり同
  じである。            http://bit.ly/2f5zXZd
  ───────────────────────────

映画『リンカーン』.jpg
映画『リンカーン』
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2016年10月28日

●「リンカーン暗殺には『謎』がある」(EJ第4390号)

 1861年4月12日に開始された南北戦争は1865年4月
9日に終了しています。この米国人同士の戦争に4年の歳月がか
かっているのです。南北戦争は、1864年4月から後に大統領
になるユリシーズ・グラント将軍が総司令官に就任して総指揮を
執るようになってから目に見えて戦況は北軍に優勢になり、18
65年4月に南部の首都リッチモンドを陥落させたことによって
戦争は終結したのです。
 しかし、戦争終結の5日後にリンカーン大統領は暗殺されてし
まうのです。実はこのリンカーン大統領暗殺事件は多くの謎に包
まれています。そこでリンカーンの話が出たところで、この「暗
殺の謎」について書いてみることにします。
 リンカーンは、戦争が終結した5日後のことですが、北軍総司
令官のグラント将軍と芝居を観に行く約束をしていたのです。こ
の日はグラント将軍がワシントンに帰還してくることになってい
たので、そこで戦勝の慰労を兼ねて劇場に行く約束をしていたの
です。ところが、ここでおかしなことが起こったのです。それは
次の2つの突然の変更です。
─────────────────────────────
     1.当日になって劇場が変更になったこと
     2.グラント将軍が誘いを断ってきたこと
─────────────────────────────
 「1」は、劇場の変更です。
 もともとは、グローバー劇場に行くことになっていたのですが
当日になって急遽フォード劇場に変更になったのです。劇場が変
更になれば、当然芝居の演目も変わることになるので、そんなこ
とは普通は起こり得ないことです。
 もちろんリンカーン自身が変更したのではなく、側近の誰かが
変更したのですが、誰がなぜ変更したかについては、いまもって
わかっていないのです。
 「2」は、同行者の変更です。
 本当はグラント将軍の慰労だったのです。したがって、本人と
事前に連絡を取り、将軍も承諾していたのです。大統領からの誘
いであり、よほどの理由がなければ断らないはずです。まして当
日になって断るなどということは、本人が急病にでもならない限
り、あり得ないことです。
 ところがそのあり得ないことが起きたのです。当日の朝、大統
領を中心に、ホワイトハウスで閣議が行われ、グラント将軍も出
席しています。もし、グラント将軍が当日に観劇に行けないので
あれば、真っ先に大統領にそのことを告げるはずです。
 しかし、グラント将軍はそうしていないのです。つまり、閣議
の始まる前までは大統領と観劇に行く予定だったのです。しかし
閣議が終わったとき、使いの者が持ってきたメモを見て、その場
で大統領にキャンセルしています。究極のドタキャンです。その
メモが誰からのものであり、何が書いてあったのかについては、
いまもってわかっていないのです。
 リンカーンは、単に自分の楽しみのために観劇をするつもりは
なかったのです。何よりも戦争が勝利で終結したことを国民に感
じてもらうことにあったのです。そのためには、大統領は総司令
官のグラント将軍を帯同する必要があったのです。そんなことは
グラント将軍はよくわかっていたはずですが、それを当日に自分
の都合でキャンセルするには、よほどのことがメモに書かれてい
たものと思われます。
 リンカーン大統領は、グラント将軍が行けなくなったので、代
わりの同行者について、エドウィン・スタントン陸軍長官に相談
しているのです。
─────────────────────────────
  今夜、エッケルト少佐を貸してくれないか。一緒に劇場に
  行って欲しいのだが・・・。   ──リンカーン大統領
─────────────────────────────
 エッケルト少佐とはスタントン陸軍長官の主席副官です。しか
し、スタントン長官は、これを重要な仕事があるという理由で即
座に断っています。非常に非協力な態度です。
 そこでリンカーン大統領は、若いラスボーン少佐に直接声をか
け、やっと了解をとったのです。これによって、フォード劇場に
行くメンバーは、リンカーン大統領夫妻とラスボーン少佐とその
婚約者であるクララ・ハリスの4人ということになったのです。
 1865年4月14日、20時10分頃、4人は馬車に乗って
フォード劇場に出発したのです。劇場には、20時30分に到着
し、4人は劇場に入り、2階のボックス席に案内されたのです。
 芝居ははじまっていたのですが、観客は総立ちで出迎え、俳優
たちも一時芝居を中断して大統領一行を迎えたといいます。その
ときの芝居の演目は次のものといわれます。
─────────────────────────────
   「われらがアメリカのいとこ」/Our American Cousin
─────────────────────────────
 ボックス席は2つ用意されていたのです。2階の7号室と8号
室です。2階のボックス席はもっとたくさんあるのですが、劇場
側はそれ以外は「満席」といっていたのです。しかし、これは事
実と異なります。実際には7号室と8号室以外はすべて空席だっ
たからです。2組みのカップルのボックス席は次のように割り当
てられたのです。
─────────────────────────────
   7号室 ・・・      リンカーン大統領夫妻
   8号室 ・・・ ラスポーン少佐とクララ・ハリス
─────────────────────────────
 重要なことがあります。ボックス席は内鍵がかかりますが、8
号室は鍵が壊れていたといいます。つまり、劇場側は、大統領夫
妻をわざわざ鍵の壊れている8号室に案内したのです。それに加
えて大統領夫妻の警備にも大きな問題があったのです。来週に詳
しく説明します。    ──[孤立主義化する米国/075]

≪画像および関連情報≫
 ●リンカーンはユダヤの金融制度に挑戦して暗殺された
  ───────────────────────────
   当初ロスチャイルド家は、北側(アメリカ南北戦争)には
  戦争を遂行するための金は一銭も渡せないという原案を発表
  していた。リンカーン大統領は、戦争を行うための金をニュ
  ーヨークで借りることができなかった。しかし彼はこの拒絶
  にひるまず、緑色の法定紙幣三億四六〇〇万ドルを発行して
  銀行家どもを狼狽させ、そして北軍の装備を整えた。この行
  為により彼は、憲法にのっとった最初の大統領、つまり国家
  主権という原則を最初に行使した大統領になったのだ。もし
  これだけの紙幣を銀行家が発行したとしたら、結果的には利
  子で一一〇億ドルも儲けることになっただろう。
   明らかに、リンカーンの行為によって銀行家たちは妨害を
  受けた。ロスチャイルドの息がかかっている新聞「ロンドン
  ・タイムズ」は、次のようなコメントを出している。「もし
  北米共和国ではじまったこの有害な財政政策が継続されて定
  着するようなことにでもなったら、そのさいには、北米共和
  国政府はコストなしで自国通貨を供給することになる。過去
  の負債を全額支払い、将来は負債なしでやっていくことにな
  る。商業活動に必要な通貨を、すべて所有するようになるの
  だ。世界の歴史にも先例のない繁栄がもたらされるだろう。
  あらゆる国の頭脳も富も、北アメリカに殺到するだろう。こ
  んな政府は叩きつぶしてしまわなければ、世界中の君主国が
  反対にやられてしまうことになる」。
                   http://amba.to/2eT57Pq
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エイブラハム・リンカーン16代米大統領.jpg
エイブラハム・リンカーン16代米大統領
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2016年10月31日

●「暗殺できる状況を作ったのは誰か」(EJ第4391号)

 1865年4月14日、リンカーン夫妻、ラスボーン少佐と婚
約者は、フォード劇場の2階のボックス席に案内されます。ボッ
クス席は2つ用意されており、7号室にはリンカーン夫妻、8号
室にはラスボーン少佐のカップルが通されたのです。
 重要なのは、ボックス席は内鍵がかかるようになっていたので
すが、リンカーン夫妻が案内された7号室の鍵は壊れていたこと
です。おそらく犯人はわざと壊しておいたものと思われます。
 そもそも劇場が当日になって変更され、予定していた同行者が
キャンセル、そしてわざわざ鍵の壊れたボックス席に案内される
──これはどのように考えても暗殺者が可能な限り暗殺しやすい
状況を作り出そうとしていたとしか思えないのです。
 さらにお粗末なのは大統領の警備です。いうまでもなく、大統
領は最重人物であり、その警備は最も厳重であるべきです。とこ
ろが大統領の警備はジョン・パーカーという警察官が一人配置さ
れただけなのです。南北戦争の終わった直後のことであり、もっ
と厳重な警備体制が敷かれてしかるべきです。
 しかも、このジョン・パーカーという警察官は、日頃から勤務
態度は悪く、勤務中でも酒を飲んだり、たいした理由もなく拳銃
を発砲したり、上司に反抗したりと、札つきのワルの警察官であ
り、大統領の警備役としては最もふさわしくない人物だったので
す。どうして、このような警察官が大統領の警備役として任命さ
れたのでしょうか。
 実際にパーカーが大統領のボックス席を警備していたのは、ほ
んの数分、すぐに持ち場を離れて、2階の特等席に座って芝居を
観ていたかと思うと、すぐに劇場を離れ、外のバーで酒を飲んで
おり、まったく大統領を警備していないのです。ところが、不思
議なことにパーカーは、大統領が暗殺されたのにもかかわらず、
何の罰も受けていないのです。
 芝居が佳境に入った午後10時13分になったときです。ある
一人の男が大統領のボックス席のドアを開けて忍び込み、大統領
の背後に接近し、至近距離から大統領の後頭部めがけてに拳銃を
発射したのです。それは、男優のセリフに大きな笑い声が劇場中
に巻き起こった瞬間のことだったといいます。
 犯人が拳銃を発射した時間にはもうひとつ説があります。午後
11時17分という説です。昔の事件ではあるものの、一国の大
統領が殺害される一大事件であり、多くの目撃者がいるのに、犯
行時刻が1時間も違うもうひとつの説があるのはヘンな話です。
 この暗殺者は、ジョン・ウィルクス・ブースという俳優である
ことがわかっています。南軍の一員としてリンカーン大統領の北
軍と戦っており、その恨みということになっていますが、この暗
殺は単独犯行ではとうていできるものではなく、大きな組織が関
わっていると考えられます。
 大統領暗殺の状況について、ウィキペディアは次のように書い
ています。
─────────────────────────────
 ブースは、大統領の背後に近づいて、後頭部めがけて、デリン
ジャーピストルで銃弾を発射した。撃たれた大統領はイスに座っ
たまま、前のめりになった。これに気づいたラスボーン少佐は、
すぐさまブースに飛びかかったが、ブースは手にもっていたナイ
フを振り上げてラスボーンめがけて切りつけた。
 一瞬ひるんだラスボーンは、舞台に飛び降りようとするブース
を取り押さえようとした。ブースは手すりを超えて舞台に飛び降
りたが、かかとについた拍車が飾りの旗にひっかかって足をとら
れた。不安定な姿勢ながらなんとか舞台に飛び降りたブースはナ
イフをかかげ、観客に向かって、「シク・センペル・ティラニス
(ラテン語:暴君はかくのごとし)」と叫んだ。これはヴァージ
ニア州のモットーであった。このとき、彼が「南部は復讐を果た
した!」とも叫んだという証言もある。ブースはすぐにきびすを
返して舞台の裏手に出て、劇場の裏口から待たせてあった馬にま
たがった。観客の中でこれをすぐに追いかけた者もいたが、ブー
スは逃げ去った後だった。       http://bit.ly/1QP0yFC
─────────────────────────────
 リンカーンは即死ではなかったのです。大統領は病院に運ばれ
外科医の懸命な手当ても空しく、翌日の午前7時22分に息を引
き取っています。
 この暗殺事件の捜査の指揮をとったのは、陸軍長官のエドウィ
ン・スタントンです。ところがスタントの捜査は信じられないほ
どひどいものであったのです。彼は、犯人のブースが捕まらない
ようにむしろいろいろ捜査を妨害したのです。2つの大きな捜査
ミスがあります。
─────────────────────────────
 1.スタントンは犯人がブースであることを認めず、見当違
   いの方向を捜査していること
 2.ブースの手配書の写真を間違えて別の人物の写真を掲載
   して、逃亡を助けていること
─────────────────────────────
 「1」の捜査ミスについて述べます。
 スタントンは、犯人がブースであることをなかなか認めず、見
当違いの方向を探しています。事件は劇場で起きており、目撃者
は多数おり、観客のなかには俳優としてのバースの顔を知ってい
る者もいたのです。また、ブースが逃げた方向も南方面であると
証言する者もいたのに、スタントンはそれらの証言を信用せず、
逃げた方向と正反対の北方面を捜査するなど無駄な時間を過ごし
ています。スタントンが犯人をバースと認めたのは事件が起きて
から5時間も経過した後だったのです。
 「2」の捜査ミスについて述べます。
 手配書の写真を間違えるのは、あまりにも初歩的な捜査ミスで
あるといえます。それは、スタントンがなぜか犯人のブースの逃
亡を意図的に助けているとしか思えないのです。
            ──[孤立主義化する米国/076]

≪画像および関連情報≫
 ●リンカーン暗殺事件と犯人の末路
  ───────────────────────────
   今回は、第16代合衆国大統領の暗殺事件と、その犯人に
  関して語ります。とくに興味深いのが後者で、定説は追い詰
  められた農家の納屋で命を絶ったとされていますが、実はそ
  うではなかったのです。
   1865年4月14日、エイブラハム・リンカーンは奥方
  を伴い、ワシントンのフォード劇場で演劇を観賞します。ボ
  ックス席には、南北戦争の功労者であるグラント将軍とその
  奥方が招待されていましたが、この日、夫妻は急用と称して
  フィラデイフィアへ行きました。絶対的であるはずの、大統
  領の招待を断ったのです。また、彼らの代わりに招待された
  陸軍の高官も、それに応じませんでした。この経緯が現在で
  も尚、陰謀説が囁かれる要因です。
   そして、10時20分。役者の名演技が観客の目を舞台に
  惹きつけていたとき、リンカーンは背後のおよそ1メートル
  という至近距離から銃弾を受けました。ちなみにそのとき、
  大統領警護の警察官はなぜかひとりもリンカーンの周りにい
  なかったそうです。犯人は役者のJ・W・ブースという男性
  で、劇場から逃走し12日間逃げ回ったあげく、バージニア
  州の農家の納屋で警察隊に囲まれ、自ら命を絶った・・・と
  されております。         http://bit.ly/2eX5oRr
  ───────────────────────────

エドウィン・スタントン陸軍長官.jpg
エドウィン・スタントン陸軍長官 
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