2016年07月20日

●「なぜ、NATOは創設されたのか」(EJ第4322号)

 国連憲章第51条をもう一度読んでみましょう。第51条を再
現します。
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 ≪国連憲章/第51条≫
 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃
が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維
持に必要な措置をとるまでの間、「個別的又は集団的自衛の固有
の権利」を害するものではない。(一部省略)
             「」は著者 http://bit.ly/XZ7yG3
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 この第51条は、世界の平和を脅かす紛争には、基本的に国連
の安全保障理事会が対応するが、その手続きが整うまでの間、当
事国がその敵と戦う自衛権(個別自衛権)の発動を妨げるもので
はないことを規定しています。
 この場合、個別自衛権に加えて「集団的自衛権」も認められて
いることは注目に値します。これは、実質的には、2国間、多国
間の同盟を指していることが明らかだからです。これは、安全保
障理事会による集団安全保障システムがきちんと機能すれば、国
連加盟国が多国と同盟を結び、集団的自衛権を行使する必要はな
いはずです。まさにこれは、理想と現実のギャップであり、その
ギャップは現在に至るも解決できないでいるのです。
 日本は個別的自衛権を発動させるために、事実上の軍隊(自衛
隊)を持ったものの、米国と同盟を結んでも集団的自衛権だけは
憲法の関係上使えないようになっていたのです。しかし、安倍政
権による安保法制の成立によって、制約付きではあるものの、集
団的自衛権が使えるようになったのです。
 国際連合の基本フレームを構築したのは、米国のルーズベルト
大統領、英国のチャーチル首相、ソ連のスターリン書記長の3人
ですが、理想主義者のルーズベルト、現実主義者のチャーチル、
狡猾なスターリン──彼らはまるで性格が違うのです。
 国連構築の会議において、スターリンは終始笑顔で、機嫌が良
かったそうです。そのため、ルーズベルトはスターリンを信頼し
てしまい、個人的な親近感を深めつつあったといいます。「ソ連
とだって十分話し合いができる」と思い込んでしまったのです。
そして拒否権などの絶対に譲ってはならないものもソ連に譲歩し
てしまっています。
 しかし、チャーチルは、スターリンの笑顔の裏に隠された野心
を持つ独裁的な性格を早くから見抜き、当時欧州に広がりつつあ
ったソ連共産主義は脅威と考えていたのです。そして、まさに事
態はチャーチルの懸念した通りになったのです。これに関して、
白鴎大学の高畑教授は次のように述べています。
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 ルーズベルトの理想を阻んだのは、大戦終結と同時に始まった
東西冷戦の現実である。それを端的に示すエピソードが、早くも
2ヶ月後に起きている。英国首相を退いたチャーチルは1946
年3月、トルーマン大統領の招きで訪米し、ミズーリ州アルトン
のウエストミンスター大学で国際情勢に関する演説を行った。こ
の中でチャーチルは、すさまじい勢いで欧州に広がるソ連共産主
義の脅威について「バルト海のシュテッティンからアドリア海の
トリエステまで、欧州大陸を横切る『鉄のカーテン』が降ろされ
た。中欧、東欧の歴史ある国々の首都がカーテンの向こう側に閉
ざされた」と警告し、欧州が東西に分断されつつある深刻な状況
に目を向けるよう訴えた。冷戦の緊張を象徴する「鉄のカーテン
演説」として知られる有名なスピーチである。 ──高畑昭男著
           『「世界の警察官」をやめたアメリカ/
       国際秩序は誰が担うのか』/株式会社ウエッジ刊
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 チャーチルのいうシュテッティンは、ポーランド北西部の都市
であり、トリエステはイタリア北東部の現スロベニア国境のある
港町です。これら両都市を結ぶラインの左側にあるポーランド、
チェコスロバキア、ハンガリー、ユーゴスラヴィア、ルーマニア
ブルガリアなどにソ連の鉄カーテンが降ろされ、それらの国はい
ずれも自由のない暗黒の世界に引きずり込まれた──チャーチル
はこのように訴えたのです。
 1949年にソ連は原爆開発に成功します。そうすると、米国
の核兵器独占態勢は崩れ、ソ連の脅威は一層強くなります。これ
によって生まれたのがNATO(北大西洋条約)です。ベルギー
オランダ、ルクセンブルグ、イギリス、アメリカの西欧5ヶ国は
イタリア、ポルトガルの南欧2ヶ国、アイスランド、デンマーク
ノルウェーの北欧3ヶ国にカナダを巻き込んで、北太平洋条約を
締結し、軍事同盟のNATOが生まれたのです。1949年4月
のことです。北大西洋条約の第5条には次の規定があります。こ
こにも国連憲章第51条が出てくるのです。
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≪北大西洋条約/第5条≫
 締約国は、ヨーロッパまたは北アメリカにおける1または2以
上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなすこ
とに同意する。したがって、締約国は、そのような武力攻撃が行
われたときは、各締約国が、国際連合憲章第51条の規定によっ
て認められている個別的又は集団的自衛権を行使して、北大西洋
地域の安全を回復し及び維持するために、その必要と認める行動
(兵力の使用を含む)を個別的に及び他の締約国と共同して直ち
に執ることにより、その攻撃を受けた締約国を援助することに同
意する。               http://bit.ly/29CsBJh
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 要するに、「NATO加盟国に対する武力攻撃は、全加盟国に
対する武力攻撃とみなす」を柱とする集団的自衛権です。これに
対してソ連も1955年に東側陣営を糾合したワルシャワ条約機
構(WTO)を創設して、NATOに対抗したのです。
            ──[孤立主義化する米国/007]

≪画像および関連情報≫
 ●欧米唯一の指導者/ウラジミール・プーチン
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   売女マスコミ人間、ロビン・エモットとサビーヌ・シーボ
  ルトによるロイターのニュース報道が、欧米には正直で理性
  的で信頼できるジャーナリストや政府幹部が全くいないこと
  を示している。http://reut.rs/29vmAJy
   まず、記者の不誠実さ、無能さを検討し、次に欧米政府幹
  部のそれを検討しよう。エモットとシーボルトは、NATO
  を“欧米の防衛同盟”と表現している。クリントン政権以来
  NATOは、アメリカ合州国が確立したニュルンベルク原則
  の下では、戦争犯罪にあたる攻撃的戦争を仕掛ける同盟だ。
  NATOの旗印のもとで、NATOの隠れ蓑の下で、アメリ
  カ政府によって、多数の国々が爆撃され、侵略され、政府を
  打倒された。これら破壊された国々は、NATO同盟の国々
  に対する、いかなる脅威ともなっておらず、NATO加盟諸
  国に対する、いかなる攻撃的行動も行ってはいなかった。ロ
  イターの記者や編集者連中は、一体どうして、これに気がつ
  かずにいられるのだろう?彼らは、一体なぜ、アメリカ政府
  の侵略道具を“防衛同盟”と呼ぶのだろう?エモットとシー
  ボルトは、“ロシアによる侵略が”NATOが、3000人
  から、4000人の兵士をバルト諸国やポーランドに派兵し
  ている理由だと報じている。言い換えれば、バルト三国とポ
  ーランドに対する、ありもしないロシア侵略なるものが、軍
  事的配備によって対抗すべき事実とみなされているのだ。
                   http://bit.ly/29DUvRx
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スターリンソ連書記長.jpg
スターリンソ連書記長
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 孤立主義化する米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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