2016年05月31日

●「ベンガジ事件とイラン・コントラ」(EJ第4287号)

 リビア・ベンガジ米領事館事件で、当時のヒラリー・クリント
ン国務長官と私用メールアドレスを使って連絡をとっていたのは
当時のリビア大使ではなく、ブルーメンソールなる人物であった
ことが明らかになっています。このブルーメンソールという人物
は何者なのでしょうか。
 2015年5月23日付の「産経ニュース」によると、ブルー
メンソール氏について次の情報があります。
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 ベンガジ事件の直後、クリントン氏が夫のビル・クリントン元
大統領と設けた「クリントン財団」に所属していた側近のシドニ
ー・ブルーメンソール氏がメールで、リビアの国際テロ組織アル
カーイダ系の組織が1ヶ月前から攻撃を準備していたと伝達。こ
れに対してヒラリー・クリントン氏はメールで、国務省内部で早
急な対応が必要であると指示していた。
       ──2015年5月23日付、「産経ニュース」
                   http://bit.ly/1WrlwwI
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 ベンガジ事件で、反政府組織から兵器の回収交渉の任に当たっ
ていたのは、スティーブンス大使ではなく、どうやらブルーメン
ソール氏だったようです。したがって、クリントン氏が頻繁に私
用アドレスでメールのやりとりをしていた相手もリビア大使では
なく、ブルーメンソール氏だったことになります。
 ところで、米国がリビアの反政府勢力に兵器を供与したことは
確かですが、これは議会を通していないのです。このことは常識
的にはオバマ大統領も知っていたはずです。国務長官の独断では
できないからです。大統領と国務長官が組んで、議会に無断で大
量の兵器をある国家を転覆させるために、その反政府勢力に貸与
することなど本来はあり得ないことです。まして戦争が嫌いなオ
バマ大統領がやるはずがないと考える人は多いと思います。
 しかし、米国はそういうことをよくやる国なのです。その歴史
を振り返ってみるとわかります。「イラン・コントラ事件」とい
うのを聞いたことがあると思います。この事件の概要を百科事典
的に説明すると、次のようになります。
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 1986年11月、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NS
C)がイランに対し、1985年夏から86年秋にかけてイスラ
エル経由などで対戦車や対空ミサイル、戦闘機部品を極秘裏に輸
出し、その代金の一部をニカラグアの反政府右派ゲリラ「コント
ラ」への援助に流用していたことが発覚した。
 当時アメリカ政府は「テロ支援国家イラン」とは交渉せず、武
器の輸出もしないことを国際的に宣言しており、コントラに対す
る援助も議会によって法的に禁止されていた。ホワイトハウスが
ひそかにこれらに違反し、大統領であったレーガンがそれを止め
なかったことは議会・世論の激しい非難を浴び、政権は最大の危
機にみまわれた。           http://bit.ly/1U28L5A
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 もう少し詳しく説明しましょう。米国は国王時代のイランとは
緊密な関係を築いており、兵器も輸出していたのです。ところが
1979年1月にホメイニ革命が起こり、国王を追放してからは
米国との関係がスムーズにいかなくなります。
 ホメイニ革命の10ヶ月後のことですが、ホメイニの信奉者が
イランの米国大使館を占拠し、大使館員を人質にします。米国と
イランの関係は険悪化し、時のカーター大統領は、イランに経済
制裁を課し、兵器禁輸の措置をとったのです。
 この人質事件がなかなか解決しないことが、カーター大統領が
大統領選に敗れ、レーガン政権ができるきっかけになるのです。
米大使館の人質は、レーガンが大統領に就任した日に解放された
のですが、米国のイランへの兵器禁輸は、レーガン政権になって
からも、続いたのです。
 これによってイランは窮地に陥るのです。イランは国王時代に
大量の兵器を米国から購入しており、それらの兵器の予備部品が
入手できないと兵器として使えないからです。そこに話を持ち込
んできたのは、寡頭勢力が支配する兵器ディーラーです。ここで
も既出のディロン社のような兵器ディーラーが登場するのです。
 1980年にイラク軍がイランに攻め込み「イラン・イラク戦
争」が始まると、イランの兵器の需要は一気に高まったのです。
ちなみに、当時のイランはソ連の支援を受けており、イラクは米
国の同盟国イスラエルの敵であったのです。
 イスラエルは、ほぼ公然と米国から輸入した兵器をイランに転
売していたのです。イスラエルにとってイラクもイランも敵であ
り、イランに兵器を売り込むことで、イランとイラクが殺し合う
ことは国益になると考えていたからです。
 1983年10月に、ベイルートの米大使館と海兵隊兵舎がテ
ロで爆破され、多くの米国人が誘拐されたのです。米政府は「イ
ランは国際テロのスポンサーである」と非難声明を出します。
 このときホワイトハウス直属の国家安全保障会議(NSC)に
所属するノース中佐は、イスラエルを介してイランに兵器を売却
する構想を推し進め、それを実現させたのです。
 この兵器売却の結果、NSCには大量の資金が入ってきたので
す。そこでこの資金を議会の承認を得ずに、ニカラグアの反政府
ゲリラ「コントラ」の支援に注ぎ込んだのです。西半球を共産主
義から救うためです。つまり、米国は、テロリズムの反対を唱え
る一方で、反政府ゲリラのコントラを支援したわけです。
 このときの首謀者は、何とホワイトハウスに所属するNSCの
ノース中佐であり、ホワイトハウスが議会に諮ることなく、勝手
にコトを実行に移したことになります。これが「イラン・コント
ラ事件」ですが、リビア・ベンガジ事件に酷似していることがわ
かると思います。ヒラリー・クリントン氏は、この事件の中心人
物になっているのです。単なる私用メール問題のレベルではない
のです。        ──[現代は陰謀論の時代/100]

≪画像および関連情報≫
 ●映画『アルゴ』の裏には、もうひとつ現代史がある!?
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   映画『アルゴ』は、1979年のイラン革命の混乱のなか
  で起きたアメリカ大使館人質事件を題材としたアメリカ映画
  で、第85回アカデミー賞作品賞を受賞した。
   イスラム過激派の学生たちがアメリカ大使館を占拠する直
  前、6人の大使館職員が裏口から脱出し、カナダ大使の公邸
  に匿われる。人質救出を専門とするCIA工作員トニー・メ
  ンデス(ベン・アフレック)は、『アルゴ』という架空のS
  F映画の制作を理由に単身イランに潜入し、6人を映画のス
  タッフに偽装させて死地からの脱出を試みる、というのがス
  トーリーだ。良質の愛国映画であると同時に、隠された現代
  史を発掘したことが他の有力候補を抑えてアカデミー賞を獲
  得した理由だろう。
   ところでこの映画を観て、なぜこんな荒唐無稽な作戦が成
  功したのか、疑問に思わなかっただろうか?1981年1月
  16日、ルクセンブルクの金融情報会社に勤めるエルネスト
  ・バックスは奇妙な依頼を受けた。米系金融機関がタックス
  ヘイヴンに保有する口座から総計700万ドルの有価証券を
  引き出し、アルジェリア国立銀行を通じてイランの首都テヘ
  ランにある銀行に入庫してほしいというのだ。エルネストが
  驚いたのは、取引の内容だけではない。依頼主がFRBとイ
  ングランド銀行、すなわち、アメリカとイギリスの中央銀行
  だったからだ。          http://bit.ly/22rENhn
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映画「アルゴ」より.jpg
映画「アルゴ」より
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代は陰謀論の時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする