2016年05月25日

●「米国はリビアで何をしていたのか」(EJ第4283号)

 2012年9月11日のことです。当日は、奇しくも米国同時
多発テロ「911」と同じ日です。リビアのベンガジで、クリス
トファー・スティーブンス駐リビア米国大使と大使館職員および
CIA職員など4人がテロに襲われ、殺害されたのです。
 米国の大使館はリビアの首都トリポリにあります。当然ですが
そこは警備が厳重であり、警備員も多数いるので、テロといえど
も容易に襲撃できるものではないのです。スティーブンス米国大
使らが殺害されたのは、そこではないのです。
 スティーブンス大使らがテロに襲撃され、殺害されたのはトリ
ポリの大使館ではなく、リビア北東部に位置する主要な港湾都市
ベンガジにある米国領事館なのです。その領事館は警備がまった
くないビルの一室であり、武装テロに襲撃されればひとたまりも
なかったと思われます。
 この領事館は正式なものではなく、単なる派出所に過ぎないも
のだったと考えられます。なぜなら、領事館としての最小限度の
警備も備えておらず、国際法によって定められているホスト国へ
の通知も行われていなかったからです。それでは、何のための派
出所だったのでしょうか。
 そうでなくても2011年10月には、リビアではカダフィー
大佐が殺害されており、そのせいで国内が混乱しており、とくに
ベンガジの治安には問題があったのです。しかし、9月11日、
スティーブンス大使は部下3人を連れて、ベンガジの領事館に出
掛けているのです。しかも、彼らは丸腰であり、ピストルを携帯
していたのはCIA職員一人だけだったのです。これでは、殺さ
れに行くようなものです。
 スティーブンス大使がリビアに赴任したのは、2012年5月
であり、ベンガジの領事館の警備を強化して欲しいと600回も
国務省にメールで要請したのですが、ヒラリー・クリントン国務
長官はその要請をすべて却下しているのです。これは記録で確認
されています。
 問題は、スティーブンス大使が何の目的でそのとき危険なベン
ガジに出掛けて行ったかです。その目的は今もってわかっていな
いのです。それは、そもそもなぜベンガジに、このような中途半
端な領事館を置いたのかということに関係してきます。
 実はベンガジは、独裁者であるカダフィー大佐を倒そうとする
反政府勢力が結集していた場所だったのです。米国のCIAのエ
ージェントたちはこの地で、反政府勢力に最新鋭の武器を与える
などの支援を行っていたのです。ベンガジの領事館のビルの一室
はおそらくその拠点であったと考えられます。
 オバマ政権としては、仏英米によるリビアの首都部への空爆の
一方で、ベンガジを中心に反政府勢力を支援し、カダフィー政権
を崩壊させたのです。これは一種の武器密輸ということになりま
す。オバマ政権はシリアでもアサド政権に対抗する反政府勢力に
対して同じようなことをやっているのです。
 ここからわかってくることがあります。ベンガジの領事館を中
途半端な派出所にしておいたのは、国際法によって定められてい
るホスト国への通知などの面倒なことをしなくても済むので、か
えって好都合だったからではないかと思われます。
 しかし、それでも警備は必要です。そのため、オバマ政権は2
つの備えをしていたのです。1つの備えは、派出所から2キロ離
れた場所にCIAの詰所を置いていたことです。本来、派出所と
詰所は同じ場所に置いておくべきですが、あえて離れた場所に置
いていたのは、何らかの意図があったと考えられます。
 もう1つは、米国のドイツ駐留の特殊部隊「C110」です。
この部隊は本来ベンガジ事件のようなテロが起きたときのために
訓練を重ねてきているのです。ドイツとベンガジでは距離があり
ますが、演習はクロアチアで行うことが多く、ベンガジ事件が起
きたとき、C110はクロアチアで演習を行っていたのです。
 地図を見るとわかると思いますが、ベンガジとクロアチアは地
中海をはさんでいるものの意外に近く、1488キロしか離れて
いないのです。飛行機で急行すれば、3時間半で現場に到着でき
ます。しかし、この2つの備えは、ベンガジ事件のときはまった
く機能していないのです。
 それでは、スティーブンス大使らを襲撃したのは、何者なので
しょうか。
 これについて、「マスコミに載らない海外記事」というブログ
に、米国がリビアの反政府勢力(カダフィー大佐の敵)について
の次の情報が出ています。
─────────────────────────────
 陸軍士官学校の対テロセンターが刊行した2007年の報告書
によると、リビアのベンガジは、アルカイダ本部の一つで、カダ
フィーを打倒する前は、アルカイダ戦士をイラクに送り込む基地
だった。ヒンドゥスタン・タイムズは昨年(2011年)こう報
じた。「アルカイダのリビア支部、リビア・イスラム戦闘団が反
政府派の一部であることに疑問の余地はない」と元CIA職員で
一流のテロ専門家ブルース・リーデルはヒンドゥスタン・タイム
ズに語った。それは常にカダフィーの最大の敵であり、その牙城
はベンガジだ。     ──「マスコミに載らない海外記事」
                   http://bit.ly/1XLup3H
─────────────────────────────
 これによると、カダフィー政権時においてベンガジはアルカイ
ダの牙城であったというのです。カダフィー大佐は、ベンガジを
テロリストの温床であるとして、2011年にベンガジ侵攻の準
備をしていたのです。
 これを知った仏英米のNATO多国籍軍は、カダフィー大佐に
それをさせまいとして、トリポリを空爆し、ベンガジを守ったの
です。カダフィー大佐は、リビアを本当の民主主義国にしようと
して実績を積み上げてきたのに、仏英米の寡頭勢力はアルカイダ
を支援して、リビアを壊滅させたのです。
            ──[現代は陰謀論の時代/096]

≪画像および関連情報≫
 ●『アルカイダを支援してリビアの政権をとらせる米国』
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   アジアタイムスによると、リビアの反政府軍を率いる司令
  官はアブデルハキム・ベルハジという男だ。彼が率いるリビ
  アの反政府軍は、リビアにやってきた米軍特殊部隊から2ヶ
  月間の軍事訓練を施され、戦闘能力を高めた上で首都トリポ
  リを攻略し、カダフィが住む要塞を攻撃して陥落させ、反政
  府派を内戦勝利に導いている。
   米国にとっての問題は、このベルハジ司令官が、米国の仇
  敵『アルカイダ』の幹部であることだ。司令官がアルカイダ
  ということは、リビア反政府軍の主要な勢力がアルカイダの
  同調者だということだ。
   米軍は、アルカイダに軍事訓練を施して強化したことにな
  る。ベルハジは1966年生まれで、80年代にアフガニス
  タンに行き、米CIAの支援のもとでソ連軍と戦った『聖戦
  士』だった。その後、彼はリビアに戻って『リビア・イスラ
  ム戦闘団(LIFG)』を組織した。96年にアフガニスタ
  ンがタリバン政権になると、アラブ諸国からアフガンに戻っ
  た他のアルカイダ系組織と同様、ベルハジらLIFGはアフ
  ガンに戻り、カブール近郊に訓練拠点を作り、アルカイダと
  しての軍事訓練(テロ訓練)に励んだという。
            田中宇氏/  http://bit.ly/1U8hmGj
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カダフィー政権時代のリビア勢力図.jpg
カダフィー政権時代のリビア勢力図
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 現代は陰謀論の時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする