2015年11月13日

●「助けられた議員と無視された議員」(EJ第4158号)

 大韓航空機撃墜事件は、明らかに仕組まれた事件であるといえ
ます。なぜなら、この事件が起きることを事前に知っていた人物
ないし団体があったからです。
 KAL007便に搭乗する予定だった米国議員は、ニクソン元
大統領のほかにも多くいるのです。しかし、ある一人の議員を除
いて、搭乗数日前に“ある電話”があって、1983年8月31
日、ロサンゼルス発のKAL015便に乗り換えています。彼ら
は九死に一生を得たことになります。
 その命拾いをした米議員のなかに、ジェシー・ヘルムズ上院議
員と同僚のスティーブン・シムズ上院議員の2人がいます。この
なかでヘルムズ議員は、後に出てくる生存者情報と密接な関係が
あるのです。
 これら2人の議員について、9月8日付、産経新聞は次のよう
に伝えています。
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 両議員はソウルでの米韓安保関係会議(9月1日〜3日)に出
席のため、8月31日ニューヨーク発の007便を予約していた
が、国内の政治活動日程の都合により、数日前になって″(議
会筋)31日、ロサンゼルス発のKAL015便に変更したとい
う。・・・・ヘルムズ議員らが出発直前に搭乗便を変更したこと
は犠牲者の遺族の気持ちなどを考えて公表が差し控えられてきた
ようだ。
 撃墜後、ヘルムズ議員はただちに米国務省に対し、同議員の搭
乗予定とソ連軍機による撃墜との間に何らかのかかわり合いがあ
るのではないかと調査を進めている。米議会筋は、ヘルムズ議員
は米政権が対ソ融和を図ろうとするときに、常に最大の阻止力に
なってきたことを指摘するとともに同議員の007搭乗予定
は韓国へ電話連絡されていたことからソ連側も知りえたはずだと
し、撃墜とヘルムズ議員搭乗予定との関係は、証明することも
できないが、同時にその可能性も排除できない。今後の真相究明
に当って配慮されるべき要素だ″とコメントしている。
            ──1983年9月8日付、産経新聞
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 この命拾いをした議員の一人であるジェシー・ヘルムズ上院議
員は、共和党の重鎮で、上院外交委員会委員長などを歴任したベ
テラン議員で、2008年7月4日に死去しています。
 KAL007便に生存者がいることを伝えたレポートの制作者
であるシフリン氏は、このヘルムズ上院議員に生存者の件を議会
で取り上げてもらう窓口として白羽の矢を立て、ヘルムズ議員宛
に生存者情報を送ったのです。そのヘルムズ事務所から「この件
について確認」というメッセージがシフリン氏に届いたのは19
90年11月のことです。
 そして1991年5月に、ヘルムズ議員の側近幹部と名乗る3
人の男──J・シェル博士、サリバン博士、V・ヘディの3人が
エルサレムのシフリン氏のところに訪ねてきたのです。
 そのとき、シフリン氏はソ連から特別に招いた収容所看守2名
を証人として彼らに面接させる労までとっています。このときの
ことをシフリン・レポートは次のように伝えています。
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◎3人の幹部らは、大韓航空ボーイング747機のKAL007
 便は大破せず、緊急着水して乗員乗客らは無事生存している、
 とするわれわれの主張を完全に納得した。
◎われわれは調査結果をヘルムズ議員に渡す以上、KAL007
 便269名(うち合衆国市民63名)を誘拐する結果になった
 この事件を、上院公開聴聞会の議題としてヘルムズ議員が取り
 上げ、行政レベルで徹底調査するよう3人に依頼した。
◎そういう調査をワシントン政府は、早めに進めておくべきだっ
 た。しかし、本件に関しては、調査と名のつくものがただの一
 度も行なわれなかった。飛行機事故発生直後に通常実行される
 おきまりの調査でさえも・・・       ──高橋五郎著
          『早すぎた死亡宣告』/ジーオー企画出版
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 このとき、シフリン氏は「ヘルムズ議員ならきっとやってくれ
るだろう。米国国民も63人もいるのだから」と期待していたと
いいます。しかし、アクションは何も起こらなかったのです。
 その代わり、ワシントン・ポスト紙の編集者、エリザベス・ラ
リー・ウェイマウス女史が、ヘルムズ議員の紹介状をもって、シ
フリン氏のもとに取材に訪れたのです。必ず記事にすると約束す
るので、シフリン氏は生存者の証拠資料を渡し、ウェイマウス女
史はそれを米国に持ち帰ったのです。
 しかし、すべては期待外れだったのです。ヘルムズ議員からも
ウェイマウス女史からも何の連絡もなく、無視されたのです。あ
まりのことにハラを立てたシフリン氏は、自ら記者会見を開いて
そのことを訴えようとしたのですが、記者会見会場には記者が誰
ひとり現れず、不発に終わったことは、11日のEJ第4156
号で述べた通りです。
 おそらくシフリン情報は米国のCIAとソ連のKGBに渡った
ものと思われます。その結果、CIAからは例のCIA秘密報告
書が作成されています。CIA秘密報告書は明らかにシフリン・
レポートを下敷きにしているからです。
 それでは、KGBはどう動いたかというと、イズベスチヤ紙に
よる大韓航空機007便撃墜事件についての「事件の真相」と題
する25回にわたる連載記事が掲載されたことです。もちろん、
この連載では生存者情報は出ていませんが、何も報道しないより
は、大きな前進だったといえます。
 高橋五郎氏は、これは「シフリン・レポートをまったく無視し
ようとした米ソ両国が歩調を合わせて行った事件の隠蔽作戦」で
あるとしています。米ソどちらもいまさら、生存者がいることを
正式に認めることなどできるはずがないからです。
           ──[航空機事故の謎を探る/033]

≪画像および関連情報≫
 ●アブラハム・シフリンの再調査
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   1993年まで、KAL007便の乗員乗客は全員死亡と
  ロシア共和国大統領ボリス・エリツィンによって宣告されて
  いたが、アブラハム・シフリンはKAL007便便の生存者
  がいる事を告発した。シフリンの話によれば、乗客はKGB
  によって捕らえられ、荷物と一緒に矯正収容所へ連れ去られ
  た。民間機を装ったスパイ機と知らされていれば、KGBは
  KAL007便の生存者たちを、いつ、どこへ連れて行き、
  何をさせていたか。シフリンはそれに関して詳しい情報を得
  ており、ソビエト社会の暗部の仕組みをまじえて告発した。
  その話の中には、非常に正確な情報もあるため、彼の話の全
  てを否定する事はできない。
  @アメリカ合衆国上院議員ジェシー・ヘルムズは、アブラハ
  ム・シフリンからKAL007便に関する情報と報告書を受
  け取っている。
  Aジェシー・ヘルムズ上院議員は、アンカレッジでKAL0
  07便に乗ったグレンフェル家の娘たち、3才のステーシー
  と5才のノエルを直接見送った。「例え一千年生きようとも
  私はあの少女たちの事を忘れない。私の膝の上で遊び、笑い
  頬に口付けしたあの娘たち。愛らしい2人の少女。忘れよう
  にも忘れられるものではない。なぜ、あの少女たちが犠牲に
  ならなければならないのだ」。   http://bit.ly/20NpcJl
  ───────────────────────────

ヘルムズ上院議員.jpg
ヘルムズ上院議員
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 航空機事故の謎を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする