2015年05月01日

●「国連新統計によると日本は世界一」(EJ第4027号)

 安倍政権は従来の自民党政権とは少し違うと思います。その違
いは経済政策──アベノミクスにあり、次の2つの点で、従来政
権と異なっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.経済政策としては少数派のリフレ政策を取り上げ、その
   実現のため人事面を固めて政策を推進している。
 2.成長では財政再建できないという財務省のポリシーに反
   する政策を推進し、デフレ克服を目指している。
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本経済は、バブル崩壊後にデフレに陥り、20年近くデフレ
下にあります。そこからなかなか抜け出せないし、これまでの自
民党政権と民主党政権は、デフレから脱却するための有効な政策
を実施してきたとはいえないからです。なぜ、政策を実行できな
いかというと、財務省の強い抵抗にあって、結局そのいいなりに
なってしまったからです。
 しかし、安倍政権は経済学的には少数派のリフレ政策を取り上
げ、それを強力に推進するため、日銀総裁と副総裁、日銀審議委
員などの人事を固め、リフレ政策を大胆に実施しています。そし
て、その成果については異論はあるものの、明らかに経済の状況
は好転しつつあるといえます。
 この政策は、財務省にとことん抵抗しないとできないのです。
期待した民主党政権は、財務省に抵抗するどころか、屈従してし
まい、公約違反の消費税増税の旗振りまでする始末です。この民
主党政権の後が安倍政権ですが、この劣悪な政権の後ならどんな
政権でもよく見えてしまうものです。そういう点において安倍政
権はツイているといえます。いずれにせよ、財務省に安倍政権が
抵抗したことについては高く評価できます。
 経済政策に成功した政権は確実に支持率は高くなり、選挙では
無類の強みを発揮して勝ち続けるものです。しかし、安倍政権は
その高支持率の陰で、集団的自衛権問題、沖縄問題、原発問題、
報道機関抑制など、かなり問題のある政権運営をしています。し
かし、経済政策に少しでも成功の兆しがあると、そういうことは
すべて覆い隠してしまうものなのです。
 日本人は悲観論が好きです。1000兆円を超える政府の借金
からはじまって、世界第2位の経済大国の地位も中国に奪われ、
国民1人当たりのGDPにいたってはシンガポールの方が上で、
24位から29位、やがて韓国や台湾にも抜かれる。そして長期
デフレからいつまでも脱却できない日本経済──これではどうし
ても悲観的になってしまいます。
 しかし、それは真の日本の姿ではないのです。現在国連の統計
局は、GDPに代わる、新しい統計指標を開発しています。これ
は、2009年に米コロンビア大学のスティグリッツ教授が、主
査になってまとめた新しい経済指標です。
 この国連新統計では、次の4つの資本に着目し、それを数値化
することによってその国の国民の生活の豊かさと、経済の持続性
を示すものです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.    国民の頭脳力である人的資本
     2.        ヒトが生産した資本
     3. 国民の信頼関係である社会関係資本
     4.農業や鉱物資源を中心とした天然資本
―――――――――――――――――――――――――――――
 2008年の統計データを使って、数値化の難しい社会関係資
本を除く3資本の資産残高を計算した結果、日本は国別では米国
に次いで2位であるものの、一人あたりでは4354億6600
万ドル(2000年米ドル換算)となり、2位の米国の3863
億5100万ドルを13%も上回って、ダントツの1位に輝いた
のです。そのベスト10を示すと、次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
             総合的豊かさ  国全体の順位
   1位      日本  435,466       2位
   2位      米国  386,351       1位
   3位     カナダ  331,919      7位
   4位   ノルウェー  327,621     15位
   5位 オーストラリア  283,810     11位
   6位     ドイツ  236,115      4位
   7位      英国  219,089      5位
   8位    フランス  208,623      6位
   9位 サウジアラビア  189,043     12位
  10位   ベネズエラ  110,264     13位
         ──『21世紀の日本最強論』/文藝春秋編
                     文春新書1023
―――――――――――――――――――――――――――――
 『21世紀の日本最強論』の著者の一人である野村総合研究所
の福島清彦氏はこの結果について、次のように述べています。日
本人はもう少し自分の国に自信を持つべきであります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 蓄えた資産(豊かさ)で見る限り、日本は世界一豊かな国であ
る。日本人がこれまでに蓄積した富は、アメリカと比較して、約
500億ドル(5兆円)も多い。ここで計算している資産は、単
なる預金や株式などの金融資産ではなく、人的資本、道路・港湾
などの物理的資本、天然資本の合計だ。これが世界一だというこ
とは、日本が最も発展的持続力のある豊かな国だということであ
る。       ──『21世紀の日本最強論』/文藝春秋編
                     文春新書1023
―――――――――――――――――――――――――――――
 昨年の11月19日以来109回にわたって書いてきた「検証
アベノミクス」は、今回を持って終了します。長期間にわたって
のご愛読を感謝いたします。5月7日からは新しいテーマがはじ
まります。   ── [検証!アベノミクス/109/最終回]

≪画像および関連情報≫
 ●衝撃レポート/「これが日本の実力だ」/福島清彦氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日本は世界で一番豊かな国である――。こう述べると、自信
  喪失のただなかにある多くの日本人は、「空元気はやめてく
  れ」と言いたくなるかもしれない。長期デフレを克服できず
  GDPでは中国にも抜かれ、人口減で衰退の道を進むほかな
  い。そんな日本像が蔓延しているからだ。しかし、それは誤
  解である。GDP中心主義、すなわち経済成長率が豊かさを
  計る唯一の基準だという誤った認識に基づいているからだ。
  日本のように成熟した経済先進国が、大幅な経済成長を続け
  られるはずがないし、それを目指す必要もない。実は、今、
  一国の豊かさについて、新しい考え方が、欧米各国に浸透し
  つつある。それは経済活動の規模(GDP)を前の年に比べ
  てどれだけ大きくしたか(経済成長率)ではなく、国民の福
  利厚生度がどれだけ高い水準にあるか、将来にわたってその
  水準を維持し、さらに高めてゆく能力があるかを判断の基準
  にするものだ。すでにEUでは、2020年に向けての長期
  戦略で、GDPという言葉を使っていない。その代わりに眼
  目となっているのは、若者の学力向上や、貧困者数削減など
  5項目についての具体的な数値目標である。米国でも、20
  20年度の予算教書では、母子家庭数、銃による死亡者件数
  高校中退者数などの推移を「社会的な諸指標」として、それ
  らの数値改善を政策課題として重視している。
                   http://bit.ly/1CH20D1
  ―――――――――――――――――――――――――――

福島清彦氏.jpg
福島 清彦氏
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2015年05月07日

●「STAP細胞事件は何だったのか」(EJ第4028号)

 世の中には納得のできないことがたくさんあります。最近の出
来事でいうと、「STAP細胞事件」があります。あの世紀の大
発見は一体何だったのでしょうか。
 STAP細胞について最初に会見が行われたのは2014年1
月28日のことです。神戸市にある理研の発生・再生科学総合研
究センター(CDB)においてです。事前に「幹細胞基礎分野で
大きな発展」という案内が報道各社に配られ、それ以上どういう
内容なのかは明らかにされず、会見で「STAP細胞の発見」が
発表されたのです。当日、CDBの会場には、新聞・テレビ16
社から約50人の記者やカメラマンが集まったのです。
 そして、STAP細胞発見の第1報は、2014年1月30日
の朝刊各紙で伝えられ、世界中に驚きが拡散して行ったのです。
まさに世紀の大発見であり、ノーベル賞級の業績である、と。し
かもその発見者は、30歳の無名の若い研究者で、米ハーバード
大学がえりの小保方晴子氏という女性であることがわかったので
す。そして、そのときから、いわゆる「小保方フィーバー」なる
ものが、日本中で巻き起こったのです。
 しかし、発表から2週間も経過しないうちに、総合学術雑誌で
ある『ネイチャー』に掲載された論文の内容に疑惑が浮上し、理
研では調査委員会を立ち上げて、その真相解明のための調査が行
われる事態になったのです。
 『ネイチャー』は、1869年に英国の天文学者、ノーマン・
ロッキャーによって創刊された総合学術雑誌で、ここに論文が掲
載されれば、それは科学として正しいというお墨付きが与えられ
たといっても過言ではないのです。それだけに、大騒ぎになって
しまったわけです。
 その後、何回かにわたって理研の調査報告が行われ、論文のメ
インの執筆者である小保方氏の不正の事実を認定します。論文発
表からたった2ヵ月での不正認定です。小保方氏以外にも大勢い
る共著者は論文を十分精査したうえで、共著者に加わったのでは
なかったのでしょうか。
 4月になって、理研から不正の認定を受けた小保方氏による反
論会見、その2週間後の小保方氏のメインの指導教官である笹井
芳樹氏の補足会見などがあって、遂に『ネイチャー』が7月3日
号で論文を撤回するに及んで、世界から注目されたこの世紀の発
見は、発表から5ヵ月で白紙に戻ることになったのです。
 悲劇はそれだけでは終わらなかったのです。その約1ヶ月後の
8月5日のことですが、このSTAP細胞事件の中心人物の一人
である笹井芳樹氏がCDB内で自殺をしてしまったのです。
 STAP細胞事件を最初から最後まで熱心に取材した毎日新聞
科学環境部記者の須田桃子氏は、笹井氏の自殺を自著で次のよう
に書いています。
─────────────────────────────
 毎日新聞は5日付夕刊の一面で、笹井氏の自殺を報じた。兵庫
県警によると、笹井氏はCDBと通路でつながった先端医療セン
ターの研究棟の4階と5階の間にある踊り場で亡くなっていた。
 午前11時3分、搬送先の中央市民病院で死亡が確認された。
理研によると、午前9時前に発見された際にはすでに、駆け付け
た先端医療センターの医師が「死亡している」と話したという。
52歳だった。半袖シャツにスラックス姿で、踊り場に革靴とカ
バンが置かれていた。捜査関係者によると、カバンの中に理研幹
部や小保方氏にあてた3通の遺書が残されていた。
            ──毎日新聞科学環境部/須田桃子著
       『捏造の科学者/STAP細胞事件』/文藝春秋
─────────────────────────────
 なぜ、笹井芳樹氏は自殺をしたのでしょうか。それに死に場所
が自宅ではなく、なぜ先端医療センターのなかでなければならな
かったのでしょうか。おそらく笹井氏の自殺で、最大のショック
を受けたのは、小保方氏だったと思います。
 その後小保方氏も参加して、「STAP細胞は果たして存在す
るのか」についても検証実験が行われましたが、最終期限である
11月までにSTAP細胞は再現されず、その結果、このSTA
P細胞事件は幕引きになったのです。
 おそらく誰もがこの結果を予想しなかったと思います。誰も納
得がいかないはずです。一般的なイメージとしては、巨額の予算
を使う理化学研究所という組織が小保方晴子氏という一女性研究
者に責任をかぶせて、幕引きをはかったというものです。
 STAP細胞は本当に存在しないのでしょうか。驚くべきこと
に、この事件に登場する人物のすべてが不幸になっていることで
す。この事件には深い闇がその背景にあると思います。
 その闇を探るには情報が極端に限られています。単行本として
は私の知る限り、現在のところ3冊しかありません。そのためこ
の事件をEJのテーマとして書くことは困難性が伴いますが、あ
えて挑戦することにします。テーマは次の通りです。
─────────────────────────────
  STAP細胞事件をわれわれはどのようにとらえるべきか
     ── 事件の背後に潜む闇を解明する ──  
─────────────────────────────
 そもそもSTAP細胞とは何なのでしょうか。iPS細胞とは
どう違うのでしょうか。それにES細胞との違いについても知る
必要があります。
 なぜ、先に発見され、先行したはずのES細胞が、後から発見
されたiPS細胞に後れを取ったのでしょうか。どちらもマウス
でもヒトでも成功している発見であり、両方ともノーベル賞を受
賞しています。これに対してSTAP細胞は、どのような位置づ
けになるのか、調べてみる必要があります。
 このような化学工学の世界は、工学のなかでは、サイエンスと
いう意味での科学から最も遠い世界であるという人もいます。こ
のあたりのことについて、明日から考察を試みたいと思います。
             ── [STAP細胞事件/001]

≪画像および関連情報≫
 ●「STAP細胞疑惑」と旧石器発掘ねつ造事件
  ───────────────────────────
  理化学研究所の小保方晴子氏らが、2014年1月に科学雑
  誌「ネイチャー」に発表した、あらたな万能細胞・STAP
  細胞の生成に関する疑惑が世間を騒がしている。この事件の
  構図を見ていて、著者は、2000年11月に日本で発覚し
  た旧石器発掘ねつ造事件と、事件の構図が酷似していること
  に気がついた。旧石器発掘ねつ造事件は、日本にも数十万年
  前の旧石器時代の遺跡が存在するという、長い間実証されて
  こなかった、当時の考古学界の権威の説を「実証」するもの
  として、一考古学徒によって、次と次と各地の遺跡から旧石
  器が発見されたが、この石器は「発見者」が意図的に地層中
  に挿入した旧石器とは似てもつかない縄文時代の石器であっ
  たことがあきらかとなった事件である。この事件は発見者が
  プロの考古学者ではなく、熱心な一愛好家であり、当初から
  この愛好家でなければ遺跡から旧石器を取り出せないので、
  彼のことを「神の手」と読んで、マスメディアも含めて大い
  に持ち上げた。こんな馬鹿なことがまかり通った背景には、
  この遺跡ねつ造者の行為が、長らく実証できなかった学会の
  権威の説を「実証」するように見えたので、その権威者およ
  びその直系の著名な考古学者らがこの「発見」にお墨付きを
  与えたことがあった。そして一部の考古学者から発掘された
  石器が旧石器ではなく、もっと後代の技術が進捗した時代で
  ある縄文の石器に酷似しているという批判があったが、この
  批判は「どうして彼以外のものが石器を発掘できないのか」
  というまっとうな批判とともに、学会において無視され続け
  たのであった。          http://bit.ly/1JkUEEL
  ───────────────────────────

小保方晴子氏.jpg
小保方 晴子氏
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2015年05月08日

●「常温核融合騒ぎと似ている諸現象」(EJ第4029)

 STAP細胞事件のような「事件」は、実は他にいくつも似た
ような事例があるのです。STAP細胞事件に非常に似ていると
思われるものに、同じ科学ものである「常温核融合事件」があり
ます。STAP細胞事件に入る前にこの事件をざっと振り返るこ
とにします。
 「常温核融合」とは何でしょうか。ウィキペディアの解説は次
のようになっています。
─────────────────────────────
 常温核融合とは、室温で、水素原子の核融合反応が起きるとさ
れる現象。もしくは、1989年にこれを観測したとする発表に
まつわる社会現象。常温での水素原子の核融合反応は、きわめて
低い頻度ながら、トンネル効果や宇宙線に含まれるミューオンに
よって実際に起き、観測もできる科学的に証明された物理現象で
ある。      ──ウィキペディア http://bit.ly/1IcFpAk
─────────────────────────────
 「常温核融合」がいかに凄い技術であるかを知るには、核融合
とは何かを理解する必要があります。基礎から考えましょう。わ
れわれの身のまわりの物質は全て「原子」でできています。その
原子の中心には「原子核」があります。
 この原子核同士をぶつけると、その勢いでひとつに融合するこ
とがあります。これを「核融合」といいます。核融合が起きると
そこに膨大なエネルギーが発生します。このエネルギーを利用し
たものが、水素爆弾です。
 それでは、原子爆弾と水素爆弾は、どうに違うのでしょうか。
─────────────────────────────
     原子爆弾 ・・・ 「核分裂」型熱核兵器
     水素爆弾 ・・・ 「核融合」型熱核兵器
─────────────────────────────
 原子力の利用には、「核分裂反応」を使うものと、「核融合反
応」を使うものの2つがあります。原子爆弾は核分裂反応を使い
水素爆弾は核融合反応を利用しているのです。ところで、原子力
発電はすべて核分裂反応を利用して発電しています。
 ところが、核分裂反応を使うと、燃料の燃えカスとして高レベ
ルの放射性廃棄物が発生するのです。これが原子力発電の最大の
欠点であることは周知の事実になっています。
 しかし、核融合反応では、燃料・材料の放射化共に高レベルに
は至らないように運転することが可能なのです。仮に、制御不能
に陥っても、その性質上暴走・爆発などを起こさないという特色
があるのです。つまり、クリーン・エネルギーなのです。
 それなら、なぜ、核融合反応を利用した原子力発電所がないの
でしょうか。
 それは核融合反応を維持するのが非常に難しいからです。核融
合反応は超高温・高圧状態を保ってやらないと、反応が即座に止
まってしまうからです。世界中の科学者が取り組んでいますが、
現在もなお、商業利用できるレベルの炉が作れないのです。
 このように、核融合は超高温・超高圧という条件下でのみ発生
する現象ですが、常温核融合は室温程度の温度で発生する核融合
反応のことであり、極めて画期的なことであるといえます。これ
が実現すると、安全なクリーン・エネルギーがいくらでも利用で
きることになります。
 この常温核融合は、英国のマーティン・フライシュマン教授と
米国のスタンレー・ポンズ教授が、その現象を発見したとマスコ
ミに発表しています。1989年3月のことです。
 このフライシュマン教授とスタンレー・ポンズ教授が実験した
約1ヶ月後に、ほぼ同じやり方で実験に成功したのが、米国のス
ティーブン・ジョーンズ教授です。彼は、それを論文にまとめて
『ネイチャー』に投稿したところ、掲載が認められたのです。
 論文の掲載が認められたのは、ジョーンズ教授がミューオン触
媒核融合の権威であり、実績がものをいったのです。いずれにせ
よ、『ネイチャー』に掲載されると、常温核融合は科学として認
められたことになるので、大騒ぎになったのです。どんなやり方
でやったのかについて簡単にまとめます。
─────────────────────────────
 重水を満たした試験管(ガラス容器)に、パラジウムとプラチ
ナの電極を入れ暫らく放置、電流を流したところ、電解熱以上の
発熱(電極の金属が一部溶解したとも伝えられた)が得られ、核
融合の際に生じたと思われるトリチウム、中性子、ガンマ線を検
出したとしている。           ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 しかし、『ネイチャー』に論文が掲載された直後に疑惑が噴出
したのです。続いて起きたのは、フライシュマン、ポンズ両教授
との争いです。当時米国の特許制度は、「先発明主義」を採用し
ていたのです。この制度は、特許を申請していなくても日時を特
定できる論文があれば、早く発明した者が特許を取得できるとい
うものです。これによって「カネ絡み」の争いに発展します。
 そこに同業者からの激しいバッシングが入ります。世界中の研
究機関がどこも追試に成功していないという報告です。論文通り
に実験をやっても、過剰熱どころか、核融合の証拠であるはずの
中性子などの放射線すら測定できないという報告が相次ぎ、論文
内容に多くの疑問が寄せられたのです。
 これに対してジョーンズ教授は公開実験を実施すると宣言し、
実験を行ったのです。2002年、ニュートリノ研究でノーベル
賞を受賞した「素粒子検出」で世界最高の設備を誇る日本のカミ
オカンデで行われたのですが、再実験に失敗しています。
 この結果を受けて『ネイチャー』は、今後常温核融合に関する
論文は掲載しないことを宣言しています。STAP細胞でも小保
方晴子氏自身によるCDBでの再現実験が行われていますが、再
現に失敗し、結局、「STAP細胞はない」ということで幕が引
かれてしまったのです。しかし、常温核融合もSTAP細胞もな
いとは断言できないのです。── [STAP細胞事件/002]

≪画像および関連情報≫
 ●常温融ってなあに?
  ──────────────────────────
  世間を騒がせたおぼちゃんのSTAP細胞細胞。捏造という
  ところでだいたい決着したような感じですが、彼女の捏造に
  言及するさい、「常温核融合なみのスキャンダル」というフ
  レーズがよく使われていました。へー、なんて思ってテレビ
  を観ていたわけですが、よく考えてみると、そもそも「常温
  核融合」がわからない。というか「核融合」もわからない。
  というわけで、文系の管理人がちょっと調べてみました。助
  成金を申請したら・・・。今を去ること四半世紀、1989
  年3月23日のことです。ユタ大学が出した一枚のプレスリ
  リースが、世界を揺るがせました。ソルトレイクシティ発ユ
  タ大学化学研究室において、二名の研究者が、室温での持続
  的な核融合反応を起こすことに成功した。この成功によって
  クリーンで、実質的に無尽蔵の核融合が、世界のエネルギー
  源となる可能性がある。この驚くべき技術を発見したのは、
  サウサンプトン大学のマーティン・フライシュマン教授と、
  ユタ大学のスタンレー・ポンズ教授。2人は一躍、時の人と
  なります。世界中の注目を集めるなか、ユタ大学にてフライ
  シュマンは記者会見を開催。この会見にはユタ大学の学長な
  ども同席していました。こうして、常温核融合発見のニュー
  スは、またたくまに世界を駆け巡りました。
                   http://bit.ly/1ABBuW2
  ───────────────────────────

常温核融合の実験.jpg
常温核融合の実験
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2015年05月11日

●「論文発表をなぜそんなに急いだか」(EJ第4030号)

 「常温核融合」のその後の経過をもう少しご紹介することにし
ます。STAP細胞事件とも関係するからです。常温核融合事件
の主役は次の3人です。
─────────────────────────────
    1.フライシュマン教授/     ユタ大学
    2.    ポンズ教授/     ユタ大学
    3.  ジョーンズ教授/ブリガムヤング大学
─────────────────────────────
 フライシュマン教授は、英国の電気化学の大家として知られ、
ポンズ教授はその弟子だったのです。2人ともユタ大学に属して
いたのです。
 あるとき彼らは偶然に不思議な現象を発見したのです。それは
重水を満たしたガラスの試験管にパラジウムとプラチナの電極を
入れて電流を流したところ、電解熱以上の発熱が起きたのです。
その過剰熱からは中性子とガンマ線が検出されたので、電極の金
属と重水の分子が核融合したエネルギーである可能性が浮上した
のです。しかし、常温での核融合など考えられない現象です。
 2人はその現象を大学の上層部に報告したところ、さらにその
研究を進めるために、エネルギー省に研究費の申請をしようとい
うことになったのです。そこまでは大学や研究者としては当然の
対応をしたわけです。
 しかし、その申請の審査員の一人が、別の観点から常温核融合
を研究していたジョーンズ教授だったのです。ジョーンズ教授は
同じユタ州のブリガムヤング大学の教授であり、しかもミューオ
ン触媒核融合の研究者として知られていたのです。
 「これはまずい。アイデアを盗まれる」──大学側はそう考え
たのです。そこで「先発明」の権利を獲得するため、不十分な実
験結果であることを百も承知で、フライシュマン、ポンズ両教授
に急遽論文をまとめさせ、記者会見による発表に踏み切ったので
す。その結果、この研究予算は認められたのです。
 一方、ジョーンズ教授は、自分の今までの研究結果におそらく
フライシュマン、ポンズ両教授のアイデアを加えて論文をまとめ
『ネイチャー』にそれを掲載したのです。
 問題になったのは、フライシュマン/ポンズ両教授が記者会見
で論文を発表した日時と『ネイチャー』がジョーンズ教授の論文
を正式に受理した日時がほとんど一緒だったことです。これが激
しい特許紛争のはじまりだったのです。
 もとよりフライシュマン/ポンズ両教授の論文も、ジョーンズ
教授が『ネイチャー』に発表した論文も、短い時間で執筆されて
いたこともあって多くのミスなどが指摘され、何よりもほとんど
の追試が成功していないことがダメージになったのです。それに
加えてジョーンズ教授による公開の再現実験も成功しなかったの
で、『ネイチャー』が今後常温核融合関係の論文は掲載しないと
いう発表をしたことは、前回のEJで述べた通りです。
 問題なのは、この出来事によって常温核融合の技術がニセ科学
とされてしまったことです。こうなってしまうと、世間から相手
にされなくなるのは当然として、学会においてもトンデモ科学と
して予算もつかず、研究が打ち切られてしまうのです。
 ここまでの経過は、そのままSTAP細胞事件に当てはまるの
です。万能細胞研究には、山中伸弥教授による「iPS細胞」が
先行し、既にノーベル賞を受賞しています。iPS細胞が世界的
に広がってしまう前にCDBが何とか一矢報いたいと考えても不
思議はないのです。
 そのため、笹井芳樹CDB副センター長は、小保方晴子氏に論
文作成を急がせ、十分な検証を尽くさないまま、派手な発表に踏
み切ったのではないかと考えられるのです。この経過は常温核融
合事件とよく似ています。
 気の毒なのは、フライシュマン、ポンズ両教授です。できもし
ない常温核融合で、莫大な研究費を騙しとった詐欺師として大学
を追われてしまったのです。一番悪いのは大学側ですが、国家予
算を使っているので、誰かを悪者にしないと収まらないのです。
 もう一方の当事者であるジョーンズ教授も、この騒ぎで核融合
研究の最前線から外れています。しかし、このジョーンズ教授の
名前は、2001年9月11日の米同時多発テロ事件で目にする
ことになるのですが、これについては関連情報をご覧ください。
 フライシュマン、ポンズ両教授は、一時期トヨタに誘われて、
子会社の「テクノバ」──技術系シンクタンクで、常温核融合の
研究を続けていたとされています。
 興味深いのはフライシュマン氏です。真偽の確認はとれていま
せんが、米国海軍の研究所に転籍し、常温核融合技術による熱機
関を開発したといわれています。その熱機関は、平均20ワット
の熱出力を17時間連続して出力できるというもので、その再現
性は60%という極めて高いものです。
 常温核融合は、世間的には「ニセ科学」とされてしまっていま
すが、ひとかどの科学者が長年をかけて研究開発したものであり
トンデモ科学などではあり得ないのです。これは、STAP細胞
についてもいえることです。
 フライシュマン氏は、アメリカ国防高等研究計画局/DARP
Aに移っているともいわれています。なぜなら、現在、常温核融
合のメッカはDARPAであるといわれているからです。ここで
あれば、豊富な予算がつくので、十分な研究ができます。現在、
スマホなどで使われている人工知能(AI)などもDARPAで
開発され、実用化されたものです。
 しかし、軍事目的として研究開発されたもののほとんどは、仮
にそれが実用レベルに達しても、それが世に出て、民間で使われ
ることはないといわれます。
 再現実験には相当時間がかかるものです。STAP細胞の再現
もたとえ開発者であっても、数ヶ月レベルの実験で再現できると
は限らないのです。STAP細胞も本当に不正と断定できるのか
は疑問です。       ── [STAP細胞事件/003]

≪画像および関連情報≫
 ●WTC崩壊には小型水爆が使われている!?
  ───────────────────────────
  米国では、水面下では、レーザーによる核融合研究がかなり
  進んでいるようだ。水爆を起爆するのに十分なテラワット級
  の出力が得られているらしいし、レーザー点火の小型化も、
  ローレンス・リバモア研究所などで進められ、既に出来上が
  っている可能性が高い。また、今、サーマイト倒壊説を唱え
  て注目を浴びているBYUのジョーンズ博士の専門は常温核
  融合である。これも、もし完成していれば、純粋水爆の起爆
  に使える。しかも極めてコンパクトな起爆装置で事足りる。
  だが、80年代末から90年代初めにユタ大学やカリフォル
  ニア大学で研究され脚光を浴びはしたが、「いい加減であり
  信用できない」、イロモノの技術だと学会から烙印を押され
  科学界から葬り去られた形になった。だが「イロモノ」「オ
  カルトっぽい怪しい技術」といったレッテル貼りを、メディ
  アや学界の権威がすることによって、常温核融合から衆目を
  引き離したかったのかもしれない。この技術が実現できてい
  るのであれば、それを自分たちだけで独占し、特定の用途に
  応用したほうが、利益になる人たちがいる。常温核融合は水
  爆の起爆にすぐにも応用できる最重要軍事技術である。水爆
  にしろ原爆にしろ、使えば敵だけでなく隣の友好国家も壊滅
  させてしまう。核汚染で長い間地域に入れない。これでは、
  実戦には使えない。常温核融合で純粋水爆を起爆できれば、
  高熱でターゲットを的確に破壊し、かつ発生した中性子が減
  衰する数十時間後には現場に入ることも出来る。
                   http://bit.ly/1KfTTwP
  ───────────────────────────

フライシュマン/ポンズ両教授.jpg
フライシュマン/ポンズ両教授
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2015年05月12日

●「ES細胞について知る必要がある」(EJ第4031号)

 現在、STAP細胞についての大方の認識は、次のようなもの
になっていると思います。
─────────────────────────────
 STAP細胞の正体はES細胞である。何者かが故意に、も
 しくは過失によってES細胞を混入して作成したものであり
 STAP細胞なる万能細胞は存在しない。これは理研の調査
 委員会の結論である。
─────────────────────────────
 疑問に思うのは、理研の調査委員会がES細胞の混入者を特定
していないことです。この研究のメインの研究者である小保方晴
子氏が当然一番疑われますが、あえて混入者の特定を避けている
のは、確証がないからなのか、犯人捜しをすると、理研自体に影
響が及ぶので、あえて避けているものと思います。
 ところで、この事件を理解するには、まず、「ES細胞」につ
いて知らなければなりません。もともと「万能細胞」と呼ばれる
もののおおもとはES細胞であるからです。最初に、ES細胞の
正式な名称を覚える必要があります。
─────────────────────────────
       「胚性幹細胞」 ─→ ES細胞
─────────────────────────────
 卵子と精子が受精すると受精卵ができます。この受精卵は次の
ように分裂していきます。
─────────────────────────────
 受精卵→2細胞期→4細胞期→8細胞期→16細胞期→32細
 胞期→桑実胚(そうじつはい)期→胚盤胞(はいばんほう)期
─────────────────────────────
 最初の分化は、この「桑実胚期」と「胚盤胞期」の間に起こり
次の2つ細胞に分かれるのです。
─────────────────────────────
  1.栄養外胚葉/Trophoectoderm/TE
    ──将来、胎盤などの胚体外組織を作る細胞
  2.内部細胞塊/Inner cell mass/ICМ
    ── 将来、胎児などの胚体組織を作る細胞
─────────────────────────────
 このうち「2」の「内部細胞塊」を体外で培養できるようにし
たものが、ES細胞なのです。胎児を構成するすべての細胞は、
この内部細胞塊、すなわちES細胞から生まれることから、ES
細胞は「万能細胞」と呼ばれるのです。
 1981年に英国のケンブリッチ大学のマーチン・エバンス教
授らがマウスでのES細胞の作成に成功しています。続いて19
98年には、米国のウィスコンシン大学のジェームズ・トムソン
教授らによって、ヒトのES細胞が作成されています。
 2007年のノーベル医学・生理学賞には、マリオ・カペッキ
マーチン・エバンス、オリバー・スミシーズの3氏が受賞してい
ます。それは「ノックアウトマウス」を作った功績によるもので
す。ノックアウトマウスとは何でしょうか。
 ノックアウトマウスとは、遺伝子の働きを調べたり、新薬の効
果を調べたりするさいに利用されるもので、さまざまな医学的な
貢献に寄与するものです。
 例えば、機能のわからない遺伝子が見つかった場合、遺伝子操
作によって、その遺伝子を働かなくしたマウスを作ります。これ
がノックアウトマウスです。ノックアウトというのは、その特定
の遺伝子を働かないようにすることをいうのです。そのうえで、
そのノックアウトマウスと正常なマウスを比較すれば、その機能
の異常が見つかることになります。
 また、高血圧を下げる新薬の実験では、生まれつき高血圧にな
るようなノックアウトマウスを作り、新薬の高血圧への効果の有
無の判定を行うのです。
 このノックアウトマウスを作成するには、ES細胞が不可欠な
のです。2007年のノーベル医学・生理学賞にマーチン・エバ
ンス教授が入っているのはそのためです。
 それでは、ヒトのES細胞の作成に成功したジェームズ・トム
ソン教授は、なぜノーベル賞をもらえないのでしょうか。それは
マウスの場合はよいのですが、ヒトのES細胞を作るには、倫理
的問題があるからです。
 これについて、龍谷大学講師の清水万由子氏は、次のように述
べています。
─────────────────────────────
 ES細胞はヒトの胚を壊して取り出したものからつくるという
点が問題となる。胚はそのまま胎内にあればヒトとなる存在であ
るため、研究のためにヒト胚を壊したり操作を加えるのは許され
ないという反対意見がある。この問題は、胚は生命と言えるのか
という問題から発生しているように思われる。それは、生命であ
るとしたらいかなる条件でも胚を壊すことは許されないのか、生
命でないとしたらどこからが生命なのかという問いに続くことに
なろう。               http://bit.ly/1F7dd1s
─────────────────────────────
 これに対して京都大学の山中伸弥教授は、マウスのしっぽの皮
膚の細胞に4つの遺伝子を入れると、ほとんどの種類の細胞に分
化しうる「多能性」を持つ細胞群が現れたとする内容の論文を発
表したのです。2006年8月のことです。それは、まるでES
細胞そのものであったのです。
 人間の体には、およそ200種類、合計60兆個の細胞がある
といわれますが、それらのおおもとは1個の受精卵なのです。そ
れが何回も細胞分裂を繰り返すなかで、皮膚、肝臓、腸、神経と
いったさまざまな種類の細胞に分化していきます。
 これは幹から枝が、枝から葉ができてくるのと同じですが、山
中教授の発表は、まさに「葉から幹へ」戻れることを証明した結
果になったのです。そのため、世界中に驚きが拡大していったの
です。          ── [STAP細胞事件/004]

≪画像および関連情報≫
 ●「ES細胞、iPS細胞、幹細胞の利用」/日本医師会
  ───────────────────────────
  人の胚(受精卵)の内部細胞塊から、体中の細胞に分化でき
  る多能性を持つ幹細胞=ES細胞(胚性幹細胞)の樹立に成
  功したとの論文発表があったのは、1998年11月のこと
  だった。同時期に同等の多能性を持つ幹細胞(EG細胞)が
  死亡胎児の始原生殖細胞から樹立できたとの論文も発表され
  た。再生医療研究はこのときから始まったといえるが、それ
  はまた重い倫理的課題の始まりでもあった。胚を壊してつく
  るES細胞や、人工妊娠中絶による死亡胎児由来のEG細胞
  の研究は、人の生命の始まりを犠牲にする行為として、キリ
  スト教保守派を中心とした社会勢力から激しい反対を引き起
  こした。日本では欧米ほどの世論の反発はなかったものの、
  政府が倫理指針を設けて研究を管理する慎重な姿勢がとられ
  た。その際、EG細胞の研究は、問題が多いとして承認が見
  送られた。その後2002年に、骨髄の間葉系細胞に多能性
  を持つ幹細胞が含まれることが発見され、いち早く臨床応用
  されるに至った。患者自身の体から採取できるので、医学的
  倫理的ハードルが低かったためである。日本でも閉塞性動脈
  硬化症に対する骨髄幹細胞移植が、先進医療に認められてい
  る。ただ骨髄由来幹細胞はES細胞に比べ増殖能と分化能が
  弱く、治療に用いるには限界があった。
                   http://bit.ly/1FQUqWN
  ───────────────────────────

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山中 伸弥京都大学教授
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2015年05月13日

●「世界中の研究者が目指す万能細胞」(EJ第4032号)

 2015年5月8日付の朝日新聞は、近畿大発生生物学の岡村
大治講師らの研究グループのES細胞に関する論文が、7日付で
『ネイチャー』誌電子版に掲載されたことを伝えています。
 簡単に論文の内容を説明するとこうなります。ヒトのES細胞
を独自の方法で培養したうえでマウスの子宮に着床した胚を取り
出し、そこに移植したのです。その胚を試験管で1日半培養した
ところ、ヒトES細胞はマウスの細胞と混じり、神経や筋肉など
に成長する細胞に分化することが確認できたというものです。
 これまで、ヒトES細胞をブタなどの動物の胚に入れて人間の
臓器を作ることができれば、高度な再生医療が可能になると期待
されていたのですが、人間とは異なる種の細胞を混ぜた状態で成
長させることはできなかったのです。
 そういう意味で、今回の岡村大治グループの成果は、人間とは
異なる種の細胞を混ぜた状態でも神経や筋肉に成長させる可能性
を示したことは大いに意義があることです。しかし、その取り出
した胚を動物の体内に戻して成長させる技術は確立されていない
のです。これについて岡村氏は次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 人間の細胞が着床後にどのようにして分化していくのかを詳
 しく調べられるので、人間の発生学の研究には大きな前進に
 なる。       ──近畿大発生生物学の岡村大治講師
                  http://bit.ly/1FSFBDd
─────────────────────────────
 このES細胞に対して、山中伸弥教授の開発したiPS細胞は
受精卵には触れていないことが大きな特色です。iPS細胞につ
いても、正式な名称を覚える必要があります。
─────────────────────────────
   iPS細胞 ─→ induced pluripotent stem cell
   人工多能性幹細胞
─────────────────────────────
 「induced」 は直訳すると「誘導された」、「pluripoten」は
「多能性」、「stem cell」 幹細胞という意味です。すなわち、
特定の4種類の遺伝子を人工的に体細胞に導入して作った多能性
を持つ細胞という意味になります。
 ちなみに、なぜ「i」だけ小文字にしたのかというと、ちょう
どそのとき大流行しつつあったアップルの「iPod」のように
広く普及して欲しいという願いを込めた命名だったと山中伸弥氏
自身が打ち明けています。
 1999年12月のことですが、山中伸弥氏は奈良先端科学技
術大学院大学に助教授として採用され、自分の研究室を持ったの
です。思えば、これがiPS細胞の発見に結びつくことになるの
です。自分の研究室を持つということは、上に立つ教授がおらず
自分の裁量で研究を進めることができるのです。
 奈良先端科学技術大学院大学は、学生は他の大学を卒業して大
学院生として入学してくるのです。それらの大学院生は、入学直
後に自分が希望する研究室を選び、所属する仕組みになっている
のです。そのため、各研究室長は自らの研究を紹介し、研究室に
勧誘するプレゼンを行う必要があります。
 当時山中助教授は、まったく無名の研究者に過ぎず、プレゼン
でよほどがんばらないと、学生が一人もいない研究室になってし
まう恐れがあったのです。人手が足りないと研究が進まず、研究
室の存亡にかかわると山中氏は危機感を持ったといいます。この
ときの山中氏の心境を朝日新聞大阪本社科学医療グループは、次
のように書いています。
─────────────────────────────
 「はったりでもよい。夢のある研究を。夢のある大きなテーマ
を掲げれば、だまされてくる学生がいるかもしれんなあ」。
 自らの研究を紹介し、研究室への勧誘をするプレゼンテーショ
ンで、山中さんがぶち上げたのが、体細胞の時計の針を巻き戻し
て、多能性のある細胞をつくる研究テーマだった。
 そのためには、すでに知られていた万能細胞のES細胞を徹底
的に調べるのが近道だ。しかし、ES細胞からさまざまな種類の
細胞に変化させる研究は、すでに世界中で進んでいた。「じゃあ
逆を行く」。すでに分化した体細胞を、ES細胞のような多能性
を持つ細胞に巻き戻そう。山中さんはそう考えた。
          ──朝日新聞大阪本社科学医療グループ編
       『iPS細胞とはなにか/万能細胞研究の現在』
                  講談社/ブルーバックス
─────────────────────────────
 山中氏の必死のプレゼンの結果、3人の学生が山中研究室を選
んで入ってくれたのです。そのなかには、iPS細胞発見に重要
な働きをする高橋和利氏も含まれていたのです。iPS細胞の研
究はここからスタートしたのです。
 山中伸弥氏が、奈良先端科学技術大学院大学で研究室をスター
トさせた2000年の時点では、同じ先端科学の研究者の道を目
指し、ES細胞の研究で輝かしい業績を上げながら、2014年
8月に不可解な自殺を遂げた笹井芳樹氏は、京都大学再生医科学
研究所教授との兼務で理化学研究所発生・再生科学総合研究セン
ター(CDB)のグループディレクターに就任しているのです。
 この2人の研究者は、同じ関西の出身で、日本が世界に誇る前
途を嘱望される優れた研究者だったのです。
─────────────────────────────
     ◎笹井芳樹氏/1962年3月5日生まれ
       1986年3月/京都大学医学部卒業
     ◎山中伸弥氏/1962年9月4日生まれ
       1987年3月/神戸大学医学部卒業
─────────────────────────────
 STAP細胞事件は、このまったく同年齢の研究者の存在と無
関係ではないのです。2000年には笹井芳樹氏は既にES細胞
研究で有名だったのです。 ── [STAP細胞事件/005]

≪画像および関連情報≫
 ●「成功の鍵」/イベント・フォーラム
  ───────────────────────────
   iPS細胞という技術は、2006年にマウスで、そして
  07年に人間でできた比較的新しい技術です。ネズミや人間
  の皮膚細胞、または血液細胞を採ってきて、四つの遺伝子を
  導入すると、1か月くらいして、iPS細胞という元の皮膚
  や血液とは能力も性質も全く違う幹細胞に変わります。ほぼ
  無限に増やせ、体のいろいろな細胞を作ることができます。
  なぜ日本の私たちが成功できたかというと、二つの鍵があっ
  たと思います。一つは、私が37歳の時でしたが、1999
  年に奈良にある先端科学技術大学院大学で主任研究者として
  採用されました。すなわち、30代で独立して自由に研究を
  するチャンスを与えられたこと。もう一つは、日本医療研究
  開発機構(AMED)と同じような文部科学省のファンディ
  ングエージェンシー(資金供与機関)であるJST(科学技
  術振興機構)から年間5000万円、年によっては1億円と
  いう非常に大きな研究費を5年間受けられたことです。大型
  の研究費をいただいて、考え方が変わったことを覚えていま
  す。京都大学iPS細胞研究所は今、二つの方向で医療への
  応用を目指しています。一つはiPS細胞を変化させて作っ
  た細胞や組織を患者に移植して治療する「再生医療」です。
                   http://bit.ly/1Jv6dZW
  ───────────────────────────

「iPS細胞とはなにか」.jpg
「iPS細胞とはなにか」
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2015年05月14日

●「皮膚細胞から万能細胞を作成する」(EJ第4033号)

 2000年の春、奈良先端科学技術大学院大学の助教授に就任
し、はじめて自らの研究室を持った山中伸弥氏は、研究室員を募
集するためのプレゼンテーションで次のよう訴えたのです。
─────────────────────────────
 私の研究室では、すでに分化した体細胞をES細胞のような
 多能性を持つ万能細胞に巻き戻す研究をする。体細胞の時計
 の針を巻き戻してみようじゃないか。
─────────────────────────────
 このとき、山中伸弥助教授がブチ上げた「体細胞の時計の針の
巻き戻し」は、普通では絶対に起こり得ないことなのです。山中
氏はそれが「できる」と宣言したのですから、多くの学生は敬遠
したと思うのです。それがなぜ起こり得ないことなのかについて
考えてみることにします。
 ヒトは約60兆個の細胞から成っています。しかし、その細胞
の元をたどると、1個の細胞である受精卵になります。その受精
卵が分裂を繰り返して、ヒトを構成するあらゆる組織や臓器が作
られるのです。
 このように、生物が発生する過程で、細胞がある目的にあった
形態や機能を持つように変化することを「細胞の分化」といいま
す。そしてその分化した細胞を「体細胞」というのです。
 一度体細胞になった細胞が他の細胞になることはあり得ないこ
とです。つまり、一度心臓になった細胞が腎臓に代わることはな
いのです。しかし、分化した細胞がさらに同じ細胞に分化するこ
とはあります。怪我をして細胞が死んだりしたときに、その修復
のために、同じ細胞に分化することが必要だからです。
 しかし、分化した細胞は数十回分化を繰り返すと、それで「打
ち止め」になってしまうのです。打ち止めになると、その細胞は
死んでしまい、その後の新陳代謝や傷の修復はできないことにな
ります。
 そのため、本来幹細胞は1つなのですが、分化する前の状態で
存在し、他の種類の細胞を生み出すことのできる幹細胞がほんの
少数ですが、体内に存在するのです。
 でも、体内にある幹細胞は、限られた細胞にしか分化すること
はできないのです。ヒトが持つ幹細胞には、赤血球や白血球、血
小板などを作る造血幹細胞、神経細胞を作る神経幹細胞、肝臓の
細胞を作る肝臓幹細胞などにしか分化しないのです。このような
幹細胞のことを「成体幹細胞」と呼んでいます。つまり、ヒトの
体内にはどんな細胞にでもなれる万能幹細胞はないのです。
 「プラナリア」という生物がいます。淡水、海水および湿気の
高い陸上に生息します。この生物の再生能力は凄いのです。
─────────────────────────────
 プラナリアの再生能力は著しく、ナミウズムシの場合、前後に
3つに切れば、頭部からは腹部以降が、尾部側からは頭部が、中
央の断片からは前の切り口から頭部、後ろの切り口から尾部が再
生される。このような各部から残りの部分が正しい方向で再生さ
れるのを、極性があるといい、具体的には何らかの物質の濃度勾
配ではないかとされている。再生が秩序正しく行われるための体
内の濃度勾配を司る遺伝子としてNou-darake遺伝子 が同定され
ている。     ──ウィキペディア http://bit.ly/1chJPbx
─────────────────────────────
 このプラナリアの細胞が「多能性幹細胞」なのです。こういう
細胞をヒトが持っていれば、事故で手や足を切断するようなこと
になっても、元通り再生できることになります。まさに夢の医療
です。しかし、ヒトは多能性幹細胞を持っていないのです。
 ところがその夢の医療の道を開いたのが英国のマーチン・エバ
ンス教授によるES細胞の発見なのです。既に述べたように、受
精卵が何回も分裂して胎児になるのですが、胎児になるまでの細
胞の塊のことを「胚」といいます。
 エバンス教授は、その胚の内部の細胞を取り出して培養し、E
S細胞を作ったのです。ES細胞は多能性幹細胞であり、多能性
を持つのです。マウスのES細胞は、マウスのあらゆる細胞にな
ることができますし、ヒトのES細胞はヒトのあらゆる細胞にな
る能力を持つ万能細胞なのです。
 ES細胞からさまざまな種類の細胞に変化させる研究は、世界
中の科学者が取り組んでおり、この分野の先駆者は世界中に大勢
いるのです。山中氏が自分の研究室に3人の学生を集めた時点で
日本では笹井芳樹氏が、既にES細胞の分野で数々の業績を上げ
ていたのです。
 しかし、ES細胞は、それをヒトに応用するには受精卵を壊さ
なければならず、そこに倫理上大きなかべがあることは既に述べ
た通りです。そこで山中氏は、最初からES細胞という選択肢を
捨てて多能性細胞の研究に臨んだのです。具体的にいうと、皮膚
細胞に何らかの処置を施して万能細胞を作る試みです。皮膚は受
精卵から分裂を繰り返したすえの体細胞です。この体細胞から時
計の針を巻き戻すように逆行しようというわけです。そんなこと
ができるのでしょうか。
 それは絶対にできないとはいえないのです。受精卵から分化し
た細胞は、すべて受精卵と同一のDNAを持っています。つまり
皮膚も、どんな細胞にでも変化できるDNAを持っているわけで
す。しかし、分化して生体のある機能を受け持つようになった細
胞は、他の細胞にはなれないのです。なれるDNAは持っている
のですが、封印されているわけです。
 それは当然のことです。たとえば、心筋に分化した細胞が突然
皮膚細胞になってしまったら、どうなるでしょうか。そんなこと
が起きれば、生体の全システムは崩壊し、個体の生存は不可能に
なります。したがって、そういうことが起こらないようにDNA
には鍵がかけられ、厳重に管理されているのです。
 しかがって、そのDNAの鍵を外すことに成功すれば、理屈上
は万能細胞を作ることは不可能ではないのです。
             ── [STAP細胞事件/006]

≪画像および関連情報≫
 ●万能細胞による新しいバイオ産業の始まり
  ───────────────────────────
  幹細胞ビジネスを進めていくなか、日々、多くの方々と意見
  交換し、将来のバイオ産業像について語る機会も多い。ただ
  残念ながら、ポジティブな将来像を持った方は少なく、ネガ
  ティブな見方、危機感を抱いている方が圧倒的に多い。21
  世紀の次世代産業として、IT、バイオ、ナノの3分野が強
  調されて久しい。最近では、グリーン・イノベーションとラ
  イフ・イノベーションが推進されているように、バイオやラ
  イフサイエンスは次世代産業の有力候補である。それにもか
  かわらず、多くの方がネガティブな印象を持っているのはな
  ぜであろうか。本稿において普段感じている問題点を整理す
  ることで、日本のバイオ産業の将来に少しでも役立てて欲し
  いと願っている。まず、そもそも直感的に、今後日本でアム
  ジェンやジェネンテックと肩を並べる世界的なバイオテック
  企業が日本から発進するというイメージを持てる方が果たし
  てどれぐらいいるだろうか。また、バイオテック企業の経営
  者は、自分の会社がそのように成長すると思えるだろうか。
  恐らく、大方の答えはノーであろう。両社とも、当時発明さ
  れたばかりの遺伝子組み換え技術を活用し、いわゆるバイオ
  医薬品の開発に成功、世界的な企業に成長した。しかし、日
  本の製薬企業の多くはごく最近に至るまでバイオ医薬品には
  無頓着であり、彼我の差は大きく開いてしまっている。この
  ように、新産業を興すためには画期的な製品や新しいビジネ
  スモデルが求められ、それをつくり出せるかが大きく勝敗を
  分けている。           http://bit.ly/1H5dBen
  ───────────────────────────

マーチン・エバンズ教授.jpg
マーチン・エバンズ教授
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2015年05月15日

●「開発のヒントになった2つの実験」(EJ第4034号)

 「皮膚細胞から万能細胞を作る」──奈良先端科学技術大学院
大学助教授時代の山中伸弥氏は、これが不可能なことではないと
いうヒントを掴んでいたのです。ヒントは2つあったのです。
─────────────────────────────
     1.ジョン・ガードン博士のクローン実験
     2.多田高准教授のES細胞を使った実験
─────────────────────────────
 「1」のジョン・ガードン博士の実験について考えます。
 「分化した細胞は受精卵と同一のDNAを持っている」──昨
日のEJでご紹介した細胞生物学の基本的な考え方ですが、19
50年代のはじめには、細胞生物学者たちは分化後の細胞が分化
前のDNAを維持するのは難しいのではないかと疑いをもってい
たのです。しかし、ガードン博士は、実験によってそれが正しい
ことを証明してみせたのです。
 どんな実験かというと、アフリカツメガエルのオタマジャクシ
の腸の細胞から核を取り出し、そこにあらかじめ核を抜いておい
た卵子を入れたところ、その卵子の一部がカエルに成長すること
を明らかにしたのです。
 これは、核を提供したカエルと同じDNAを持つ脊椎動物で初
めての「クローンカエル」の誕生だったのです。この実験は19
50年代から60年代にかけて行われているのです。
 もしガードン博士のこの実験がなければ、1997年の英国ロ
スリン研究所のイアン・ウィルムット教授らが発表したクローン
羊の「ドリー」もなかったはずです。
 イアン・ウィルムット教授らは、羊の乳腺の細胞から核を取り
出し、あらかじめ核を抜いておいた卵子に移植したのです。そし
てこれを代理母になる羊の子宮に入れることで、乳腺の細胞を取
り出した羊と遺伝的に同じクローン羊を誕生させたのです。そう
いう功績で、ガードン博士は、山中伸弥教授と一緒に2012年
のノーベル生理学・医学賞を受賞しているのです。
 続いて「2」の京都大学の多田高准教授の実験です。
 多田高准教授は、ES細胞を再生医療に使えないかと考えてい
たのです。しかし、ES細胞から治療に必要な組織を作っても、
患者にとっては受精卵を提供した他人の細胞なので、移植すると
拒絶反応が起きる恐れがあったのです。
 多田准教授は、マウスのリンパ球などの体細胞とES細胞に電
気ショックを与えて融合させたところ、体細胞が万能性を獲得し
たといいます。多田准教授はそのことを論文にまとめ、2001
年に発表したのです。これが多田准教授の実験の成果です。山中
氏はこの論文を読んで「これだ!」と思ったというのです。
 これまで成功したクローン──ガードン博士のアフリカツメガ
エルのクローンも、ロスリン研究所のドリー羊のクローンも、い
ずれも体細胞の核に卵子を入れて誕生させています。したがって
体細胞を万能細胞に初期化するパワーは卵子にあると多くの学者
は考えていたのです。
 しかし、多田氏の場合は卵子を使っていないのです。というこ
とは、体細胞を初期化するパワーはES細胞にあって、その因子
が体細胞の核に移ったのではないかと山中氏は考えたのです。
 それならば、ES細胞のなかにあるそれらの因子を発見するこ
とができれば、体細胞を初期化できるのではないかと考えたので
す。そういう意味において山中氏は「多田さんからは重要なヒン
トをいただいた」とよく口にするそうです。
 その多田高准教授は、山中伸弥教授を「情熱の人」と評し、次
のように述べています。
─────────────────────────────
 そのとき、最もできるはずのないという手法で登ろうとしたの
が、山中さんでした。できるはずがないと言われても、説得して
やり続ける情熱が科学には重要です。山中さんの情熱が、だれよ
りも勝った。そして運をつかむ才覚があった。
          ──朝日新聞大阪本社科学医療グループ編
       『iPS細胞とはなにか/万能細胞研究の現在』
                  講談社/ブルーバックス
─────────────────────────────
 やるべきことは、ES細胞のなかにある体細胞を初期化する因
子を突き止めることです。しかし、これは容易ならざる作業なの
です。なにしろ、ヒトの遺伝子は2万2000個ほどあるといわ
れているからです。
 ところが、山中教授は運の強い人です。ちょうど時を同じくし
て、理化学研究所ゲノム科学総合研究センターがマウスの遺伝子
のデータベースを公開したのです。山中チームはこのデータベー
スを利用して、遺伝子の絞り込みに着手したのです。もし、この
データーベースが公開されなかったら、遺伝子の絞り込みはさら
に時間がかかったはずです。
 山中チームは、ES細胞で特徴的に動く遺伝子を約100個に
絞り込んだのです。そしてさらに動物実験を重ねて、可能性のあ
る遺伝子を24個まで絞り込んでいます。ここまでに要した期間
約4年、もしデータベースがなければ、ゆうに10年以上かかっ
ていたはずです。
 問題は24の遺伝子のなかに体細胞を初期化する遺伝子がある
かどうかです。それを確かめるには24個の遺伝子を全部入れて
みることです。この実験をやってみると、間違いなくES細胞の
ような塊があらわれたのです。これは、まさに奇跡としかいえな
いような出来事だったと山中氏は述懐しています。
 2004年10月、山中氏は京都大学再生医科学研究所教授に
就任します。高橋和利氏は講師として山中教授をサポートするよ
うになったのです。
 この時点で問題は、24個の遺伝子が全部必要なのか、それと
も、もっと少なくていいのかということであったのです。これは
高橋氏のアイデアで解決し、問題の遺伝子は遂に4個に絞り込む
ことができたのです。   ── [STAP細胞事件/007]

≪画像および関連情報≫
 ●アメリカで教わった「V」と「W」/山中伸弥教授
  ───────────────────────────
   研究者に転向するためにアメリカに渡りました。そこで研
  究者としてのトレーニングを受けたのです。受け入れてくれ
  たのは、サンフランシスコのグラッドストーン・インスティ
  テュートでした。そこで、トーマス・イネラリティ先生の指
  導のもと、ポスドクとしてトレーニングされました。そこで
  のもう一つの大切な出会いは、当時の研究所所長ロバート・
  マーレー先生との出会いです。そこでわたしは生涯モットー
  とすべき考えを学んだんです。
   あるとき、ボブ(ロバートの愛称)がわたしたち若い研究
  者を集めて、「大切なのはVWだ」と述べました。当時も今
  も彼はフォルクスワーゲン(VWと略す)に乗っていて、わ
  たしは今もそうですが当時もトヨタに乗っていたので「ああ
  車からダメだなぁ」と思ったんですが、もちろんこれは車の
  VWのことではありません。これは「ビジョン(Vision)」
  と「ハードワーク(Hard Work)」のことです。
   ハードワークについては、わたしは誰にも負けないくらい
  一生懸命に働いていたという自負がありました。でも、ボブ
  から「Shinya, what’s your vision?」と尋ねられたとき、
  「いい論文を書くため」とか「いい職につきたいから」と答
  えたところ「伸弥、それはビジョンじゃない。ゴールだ。本
  当のビジョンは何だ?どうして医者をやめてアメリカに来た
  んだ?」と言われて初めて、あ、自分が研究者になったのは
  論文を書くためではなかったんだと思い出しました。
                   http://bit.ly/1cCZeUu
  ───────────────────────────

ジョン・ガードン博士.jpg
ジョン・ガードン博士
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2015年05月18日

●「なぜ4つの遺伝子に特定できたか」(EJ第4035号)

 山中伸弥研究チームは、細胞の初期化を起こすとみられる遺伝
子を24個に絞り込んだのです。この24個の遺伝子と皮膚細胞
を培養すると、ES細胞のような細胞の塊が出現したのです。
 したがって、この24個のなかに細胞の初期化を起こすものが
入っていることは間違いないのです。問題は、それが1個なのか
8個なのか、20個なのかは分からないことです。こういう問題
を解くには、順列・組み合わせの数学を使います。24個のなか
の「r個」の組み合わせは次の式で解くことができます。
─────────────────────────────
  nCr ・・ n個のなかのr個の組み合わせを求める
─────────────────────────────
 例えばこんな問題があるとします。「10人の人がいて、この
なかから8人のグループを作りたい。何通りの作り方があるか」
です。どのように解けばよいでしょうか。
 このようなときは、nに10、rに8を入れ、「10C8」 を解
けばよいのです。そうすると、答えは45通りになります。
 山中研究チームの場合、nに24を入れ、1〜24までのrに
対する組み合わせを求めると1677万7215になるのです。
この組み合わせをすべてテストすると、毎日実験しても実に35
年もかかってしまう計算になります。
 この難問をいともあっさりと解決したのが高橋和利氏です。こ
れについて、東京大学名誉教授の黒木登志夫氏は、iPSについ
て書いた近著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 実験を担当していた大学院生の高橋和則は、スマートな方法を
考え出した。24個から1つずつ除いたセットを作り、それをマ
ウスの細胞に感染させたのである。もし、本当に必要な遺伝子が
入っていなければ、初期化は起こらないはずである。
                     ──黒木登志夫著
 『iPS細胞/不可能を可能にした細胞』/中公新書2314
─────────────────────────────
 添付ファイルのグラフをご覧ください。これは、24個の遺伝
子から1遺伝子を除いたグループを作り、皮膚細胞との培養実験
を行った結果、ナンバー14、15、20の遺伝子を除いた組み
合わせからは初期化細胞ができなかったのです。なお、22を除
いた組み合わせでは、一応はできたものの、不完全なものしかで
きなかったといいます。
 そこで、この22を含めた遺伝子は次の4つであり、この4つ
をセットに培養することで、ES細胞のような初期化細胞ができ
ることを発見したのです。現在ではこれら4つの遺伝子は「山中
ファクター」と呼ばれています。
─────────────────────────────
       1.Oct4 (ナンバー14)
       2.Sox2 (ナンバー15)
       3.KIf4 (ナンバー20)
       4.c-Myc(ナンバー22)
─────────────────────────────
 山中ファクターは、それぞれの遺伝子の頭文字をとって、「O
SKM」とも呼ばれていますが、それぞれの遺伝子について簡単
に説明しておきます。
 もともとOct4とSox2は、ES細胞の多様性を維持する
ための遺伝子として知られていたのです。しかし、残りの2つの
遺伝子はがんに関係のある遺伝子であり、c-Myc はがん遺伝
子そのものです。
 本来がんは細胞の増殖や分化と深いかかわりがあり、その遺伝
子が入っても不思議はないのですが、多くの学者はこの2つの遺
伝子については予測できなかったといいます。
 山中教授によると、c-Myc については他のグループから報
告があり、KIf4については高橋和利氏も最初は候補遺伝子に
含めていなかったのですが、大学院生の徳澤佳美氏がその重要性
を指摘したといわれています。
 これら4つの遺伝子について、黒木登志夫教授は、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 これらの遺伝子に共通しているのは、いずれも転写因子を作る
遺伝子であることだ。転写因子とは、遺伝子の上流に結合し、そ
の遺伝子を活性化し、DNAからRNAに「転写」させるような
タンパクをいう。転写因子がないと、遺伝子は発現してこない。
つまり、山中ファクターの4遺伝子は、その後に起きるであろう
連続的なプロセスの引き金役なのだ。そのプロセスはこれからの
宿題である。         ──黒木登志夫著の前掲書より
─────────────────────────────
 ES細胞を軸として、世界中の学者があらゆる角度から万能細
胞に挑戦してきましたが、そのなかで山中伸弥研究チームが一番
実現性から遠いところにいたはずなのです。
 しかし、iPS細胞が発表されて、似たような研究を進めてき
た学者が、一番ショックを受けたのは、それがたった4つの遺伝
子から作られるということだったといいます。「何でそんなに簡
単なのか」というわけです。
 それだけに山中教授は、4つの遺伝子のことは秘中の秘にして
それが漏れないよう慎重にも慎重を期したといいます。研究室で
も、公開ラボを中止し、実際に研究を担当した山中教授と2人の
大学院生、高橋和利氏と徳澤佳美氏の3人以外は誰も知らない事
実だったのです。このシンプルさでは、誰かが卒業論文として発
表しても何ら不思議はなかったからです。
 2006年3月にカナダで行われた幹細胞のシンポジウムで山
中教授は講演を行っていますが、その講演の質疑応答でも山中教
授は、4つの遺伝子のうち、Oct4しか明らかにしていないの
です。ちょっとしたことで、先を越されてしまうのが、この世界
の厳しいところです。   ── [STAP細胞事件/008]

≪画像および関連情報≫
 ●山中伸弥教授/新経済連盟イノベーション大賞受賞!
  ───────────────────────────
  楽天の三木谷浩史氏が代表理事を務める新経済連盟は、日本
  におけるイノベーションの創出を促進することを目的に、独
  創的・先進的なイノベーションにより経済・社会に貢献した
  人物を表彰する「新経済連盟イノベーション大賞」を創設。
  その第1回受賞者に京都大学iPS細胞研究所所長で、20
  12年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授を
  選出した。2014年7月8日には都内において授賞セレモ
  ニーが行われ、山中教授が受賞を記念してスピーチを行って
  いる。発表内容によると、山中教授がイノベーション大賞を
  受賞した理由としては、iPS細胞という科学技術のイノベ
  ーションそのものだけでなく、それを実用化させるためのエ
  コシステム構築の推進や、実用化に向けた様々な活動のマネ
  ジメントに対する評価も挙げられている。日本の研究環境を
  変えるために尽力している山中教授のスピーチは、「アイデ
  アだけでは世の中を変えられない」「イノベーションは社会
  の理解と様々な支援があって初めて、世の中に革新をもたら
  す」ということを示唆している。これは学術分野だけでなく
  企業社会においても同じことが言えるのではないだろうか。
                  http://huff.to/1KQNw3o
  ───────────────────────────
 ●グラフ出典/──黒木登志夫著の前掲書より

24候補遺伝子から4つに絞り込む.jpg
24候補遺伝子から4つに絞り込む
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2015年05月19日

●「山中論文と黄禹錫の論文捏造疑惑」(EJ第4036号)

 iPS細胞が間違いなく作れると確信したとき、山中伸弥教授
が悩んだのは、いつどこで発表すべきかという判断です。科学の
発見は論文として発表されたときに初めて認められるのです。そ
のためには、講演もしなければならないし、しかるべき権威ある
科学雑誌に論文を掲載する必要があるのです。
 結局山中教授が選んだのは、米コロラド州のキーストン・シン
ポジウムであったのです。2006年3月28日のことです。そ
のとき、一番前の席に生命科学分野で最も権威のある「セル」誌
の編集者が座っていましたが、「ネイチャー」誌の編集者は会場
にはいなかったといいます。
 「セル(Cell)」誌は、米国のセル出版が発行している学術雑
誌で、1974年に創刊されています。医学・生化学・分子生物
学など、ライフサイエンス分野における世界最高峰の学術雑誌と
いわれています。
 山中教授は、商業性よりもサイエンスを大事にするセル誌に論
文を発表することに決めていたのです。山中氏はこのキーストン
のシンポジウムでも、4つの遺伝子のうちOct4しか明らかに
せず、あと3つは何だろうということが学者の間で大きな話題に
なったのです。
 論文を科学雑誌に掲載する場合、その分野の専門家に査読者に
なってもらいます。これを「ピア・レビュー」と呼んでいます。
iPS細胞の論文の審査日程は次のようになっています。
─────────────────────────────
   論文受付         2006年4月24日
   審査意見による修正         6月18日
   採択                7月20日
   オンライン発表           8月10日
                     ──黒木登志夫著
 『iPS細胞/不可能を可能にした細胞』/中公新書2314
─────────────────────────────
 投稿からわずか3ヶ月の速さです。これほど革命的な論文でこ
の速さは例外的です。山中教授は慎重に時期を選び、講演にセル
誌の編集者を招くという巧みな戦略でiPS細胞においてプライ
オリティを獲得したのには理由があったのです。
 それは、iPS細胞の論文の発表前後に起きた韓国・ソウル大
学の生物学者で獣医でもある黄禹錫(ファン・ウソク)教授によ
る幹細胞に関する論文捏造事件です。これよって、幹細胞研究に
関して懐疑的な雰囲気ができており、慎重に時期を選ばないと相
手にされない恐れがあったのです。この事件についてふれる必要
があると思います。
 黄禹錫教授らは2004年2月、世界に先駆けてヒトクローン
胚からES細胞を作る実験に成功したと科学雑誌「サイエンス」
誌電子版に発表。卵子242個を使い、1株のES細胞を作った
ことを公表したのです。
 具体的にいうと、核を取り除いたヒトの卵子に、ヒトの皮膚細
胞の核を移植することにより、その胚からヒトES細胞を樹立し
たというのです。
 続いて、2005年5月には再び「サイエンス」誌電子版に患
者のクローン胚からのES細胞作りにも成功したと発表。こちら
は卵子185個を使い、11株のES細胞を作り、その効率の良
さを強調したのです。
 この発表に狂喜した韓国政府は、黄教授に「最高科学者」の称
号を授与し、韓国初の生理学または医学賞でのノーベル賞受賞を
夢見たのです。韓国は、2000年に金大中元大統領がノーベル
平和賞を獲得しただけだったので、受賞への期待は大きく盛り上
がったのです。
 しかし、2005年末からデータの捏造や、実験用の卵子売買
などの数々の疑惑が噴出したのです。そこで、ソウル大学では、
同年12月12日に調査委員会を設立し、実態解明に乗り出すと
発表したのです。そして2006年1月10日、調査に基づく次
の発表を行ったのです。
─────────────────────────────
 黄禹錫教授らがヒトクローン胚からつくったとしたES細胞は
存在せず、データは捏造されていた。
          ──朝日新聞大阪本社科学医療グループ編
       『iPS細胞とはなにか/万能細胞研究の現在』
                  講談社/ブルーバックス
─────────────────────────────
 黄教授は、2006年3月にソウル大学を懲戒免職され、最高
科学者の称号も取り消されたのです。これに追い打ちをかけるよ
うに、研究費を流用したり、不法に実験用の卵子の提供を受けた
りしたとして、業務上横領や生命倫理法違反の罪に問われ、ソウ
ル中央地裁に起訴されたのです。そして、ソウル地裁は2009
年10月に黄氏に対し、懲役2年執行猶予3年の刑をいい渡して
います。これが黄禹錫論文捏造事件のいきさつです。
 これについて、2005年12月24日付、産経新聞は次の報
道を行っています。「やった、やった!」あるいは、「ウリナラ
(わが国)最高!」的な世論の愛国主義が複合的に重なった結果
であると分析しています。
─────────────────────────────
 ◎タイトル:「韓国、過剰な「愛国」暗転」のコラム
  ≪事件の背景≫
   1.韓国でよく見られる成果や業績を急ぐあまりの拙速
   2.国際的な配慮や慎重さを欠いた「やっちゃえ」主義
   3.政権の業績にしたい韓国政府の過剰期待と過剰支援
                  http://bit.ly/1bEzRdj
─────────────────────────────
 山中教授は、この事件の直後であるだけに、論文の提出のタイ
ミングを慎重に探って、それで発表に踏み切ったのです。
             ── [STAP細胞事件/009]

≪画像および関連情報≫
 ●黄禹錫博士の近況/復活を伝える報道
  ───────────────────────────
  2014年に入り、韓国の論文捏造事件の主役・黄禹錫(フ
  ァンウソク)元ソウル大学教授の報道が相次いでいる。ネイ
  チャー2014年1月14日号の記事のタイトルは「クロー
  ニング・カムバック」、サイエンス1月17日号の記事は、
  「ザ・セカンド・アクト(第二幕)」。いずれも、青い手術
  着姿の近影を載せ、一度は表舞台を去った博士の復活を伝え
  ている。ネイチャーに掲載された年表は「上昇、転落、そし
  て上昇の黄禹錫」の題がついている。ソウル大学教授だった
  博士は、2004年にヒトクローン胚から胚性幹(ES)細
  胞をつくったとサイエンスに発表。05年5月、さらに11
  の細胞株をつくったと主張する第二論文を発表した。第一論
  文が出たあと、大統領から最高勲章である「創造章」が与え
  られ、博士の特別記念切手も発行された。第二論文のあとに
  は「第一号最高科学者」に選定された。ソウル大学内では黄
  禹錫研究所の建設が始まり、「世界ES細胞ハブ」も大学病
  院内にできた。しかし、卵子の入手方法が倫理的でないとい
  う疑念が欧米の研究者の間に広まっていった。通常のES細
  胞は体外受精で使われなかった受精卵から作る。ヒトクロー
  ン胚は第三者の細胞核を未受精卵の核に入れ替えて作るので
  未受精卵を入手する必要がある。その未受精卵をどうやって
  手に入れるのか。自分に直接のメリットがないのに卵子を取
  り出して提供する女性がたくさんいるとは考えにくい。謝礼
  欲しさに提供するのは、倫理にもとるというのが欧米の常識
  だった。遂に06年11月に共同研究者のジェラルド・シャ
  ッテン米ピッツバーグ大教授が博士との決別を宣言する。
                   http://bit.ly/1JO7ZFy
  ───────────────────────────

元ソウル大学黄禹錫教授.jpg
元ソウル大学黄禹錫教授
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2015年05月20日

●「ヒトiPS細胞作成をめぐる競争」(EJ第4037号)

 STAP細胞事件の本質を明らかにするため、もう少しiPS
細胞や山中伸弥教授のことについて述べる必要があります。
 山中教授が2006年8月に「セル」誌にマウスでのiPS細
胞の論文を発表するや、その時点から、次の目標であるヒトiP
S細胞作成の競争が世界中で始まったのです。何しろ山中レシピ
はシンプルであり、論文発表を機に、世界中のこの分野の学者は
一斉にヒトiPS細胞の作成に取り組んだのです。
 そもそもマウスとヒトの細胞はどう違うのでしょうか。素人に
はわかりにくいことですが、東京大学名誉教授の黒木登志夫氏は
これについて次のように説明しています。これによって大体のイ
メージはわかると思います。
─────────────────────────────
 ヒトの細胞は、マウスの細胞とは、ずいぶん違っている。私も
ヒトの細胞を試験管内でがん化させるべく実験を重ねたがついに
成功しなかった。iPS細胞でも、マウス細胞を単にヒトに置き
換えればよいということではなかった。
 まず、マウスとヒトではES細胞の形も培養方法も異なる。マ
ウスのES細胞は、お椀をひっくり返したように盛り上がってい
るが、ヒトのES細胞は、せんべいのように薄べったい。その上
マウスとヒトのiPS細胞では、細胞培養のための培地成分が違
う。(一部略)その上、ヒト細胞には遺伝子が導入できにくかっ
た。マウスでは80パーセント以上の細胞にレトロウイルスに組
み込んだ遺伝子を導入できたのに、ヒト細胞では20パーセント
くらいしか入らない。           ──黒木登志夫著
 『iPS細胞/不可能を可能にした細胞』/中公新書2314
─────────────────────────────
 ヒトiPS細胞が作成されると、病気の治療やそのメカニズム
の解明に応用でき、医療の革命を起こすことが可能になります。
したがって、この分野の競合は熾烈を極めたのです。もちろん、
山中教授は2005年からヒトiPS細胞作成の準備を進めてき
ており、そこに抜かりはなかったのです。ただ、問題はヒト細胞
を作るとなると、日本では倫理委員会への申請手続きなどが煩雑
で時間がかかるので、商業的に確立された細胞を米国から輸入し
てこの問題をクリアしたのです。
 このようにして2007年秋ごろには、山中研究室では、ヒト
iPS細胞についても実験データが整い、論文を発表できる準備
ができていたのです。
 ところが、山中教授は出張先の米国で、どこかの研究チームが
ヒトiPS細胞に成功し、論文準備を進めているという情報を得
たのです。そこで、山中教授は急遽帰国の飛行機のなかで一気に
論文を完成させて「セル」誌に投稿。「セル」誌はこの論文をわ
ずか3週間の超スピード審査で、インターネット上で発表したの
です。2007年11月20日(火)のことです。
 実は、ヒトiPS細胞の作成に成功し、論文発表を進めていた
のは、世界初のヒトES細胞の作成者であるウイスコンシン大学
のジェームス・トムソン教授のチームだったのです。強敵です。
 トムソン論文は、2007年11月22日(木)の「サイエン
ス」誌のオンライン版で発表する予定だったのですが、20日に
「セル」誌で山中論文が発表されるという情報を掴むや毎週木曜
日の本来の発刊日を2日前倒しし、山中論文と同じ20日(火)
に発表したのです。雑誌社が発行日を変更するのは極めて異例の
ことであり、いかにこの分野での競合が熾烈なものであるかを物
語っています。
 しかし、トムソン教授は、山中教授に次のメールを送り、自身
の敗北を認めています。
─────────────────────────────
 競争に負けたのは残念だ。しかし、負けた相手がシンヤで良
 かった。         ──ジェームス・トムソン教授
              ──黒木登志夫著の前掲書より
─────────────────────────────
 ちなみに、トムソン教授が使った4つの遺伝子は、山中ファク
ターと同一ではないのです。2つは同一でしたが、残りの2つは
山中教授とは異なるアプローチで、ヒトiPS細胞の作成に成功
しているのです。
─────────────────────────────
       1. Oct4
       2. Sox2
       3.Nanog →トムソンチームが発見
       4.Lin28 →トムソンチームが発見
─────────────────────────────
 これによりこの時点で、山中伸弥教授のノーベル賞受賞はほぼ
確定したといってよいのです。
 山中伸弥教授のこの一連の快挙に当時の福田康夫首相は、発表
から1週間後の2007年11月28日に科学政策の司令塔であ
る総合科技術会議を招集し、再生医療を進めるための研究環境づ
くりについて次のように指示しています。
─────────────────────────────
 再生医療の実用化に向け、臨床試験の進め方など、この研究を
円滑に進めるための環境づくりを早急に進めていただきたい。
                     ──福田康夫首相
─────────────────────────────
 この福田首相の指示を受けて、2008年度予算案の復活折衝
で、文部科学省のiPS細胞研究に約22億円が投入されること
になったのです。2007年度が約2億7000万円だったこと
を考えると、約8倍の増額になったのです。
 文科省は、2008年2月にiPS細胞研究の拠点として、京
都大学、東京大学、慶応義塾大学、理化学研究所を選定していま
す。そして3月にはこれらの施設を核に、20を超す大学や公的
研究機関が連携するネットワークが立ち上がったのです。
             ── [STAP細胞事件/010]

≪画像および関連情報≫
 ●iPS細胞の発見は人類にとって「福音」となるのか?
  ───────────────────────────
  2012年10月、山中教授にノーベル医学生理学賞授与の
  発表があった。同時受賞をしたのは、英国人のジョン・ガー
  ドン氏。1962年にオタマジャクシを使って最初のクロー
  ン(遺伝子が同じ生命体)を作りだした研究者で、今年79
  歳だ。山中氏は50歳。ノーベル賞受賞者としては最年少に
  近いのではないだろうか。山中教授の受賞を聞いて、筆者は
  ジェームズ・トムソン教授(ウィスコンシン大学)が同時受
  賞しなかったのを意外に思った。トムソン教授は98年に、
  ヒトES細胞の開発に成功し、幹細胞の研究で先人的役割を
  果たしてきた。両教授はそれぞれ、2007年11月に専門
  誌上に、人間の受精卵を使わずに皮膚細胞からiPS細胞が
  できると発表して世界を驚かせた。米国の新聞は、山中氏の
  受賞を自国の受賞のように喜び称賛している。理由の一つに
  は同氏が、93年からカリフォルニア大学サンフランシスコ
  校グラッドストーン研究所の研究員であったことが挙げられ
  る。山中氏は大阪市立大学で博士号を取得後、米国で研究を
  展開するためにいくつもの大学や研究所に研究員としての願
  書を提出したが、受け入れてくれたのはグラッドストーン研
  究所だけであった。グラッドストーンでの山中氏の研究課題
  は、遺伝子移植でクローン再生したマウスを使ってコレステ
  ロールの研究・実験することだった。この実験は十分な成果
  を出せなかったが、その時の経験を幹細胞の研究に投入して
  いった。             http://bit.ly/1A6RZ1C
  ───────────────────────────

黒木登志夫教授の本.jpg
黒木 登志夫教授の本
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2015年05月21日

●「対照的運命/笹井芳樹と山中伸弥」(EJ第4038号)

 考えてみると不思議な話です。山中伸弥氏は1962年に大阪
で生まれ、現在は52歳です。英国のジョン・ガードン博士が学
位論文を発表したのが同じ1962年なのです。5月15日付の
EJ第4034号でご紹介したアフリカツメガエルのクローンを
作った細胞生物学者で、現在78歳です。
 まさか、1962年に大阪で生まれた男の子と、カエルの実験
で学位を取得した英国人が、50年後にノーベル賞を分かち合う
ことになるとは、本人たちはもちろんのこと、一体誰が想像した
でしょうか。誠に不思議な縁といえます。
 似たような話があるのです。ハンス・シュペーマンというドイ
ツの発生学者(1869〜1941)の話です。動物発生のごく
初期の段階の細胞の塊を「胚」といいますが、シュペーマンはそ
こに二次胚を誘導し、体のそれぞれの部分に分化させる司令塔の
役割をする謎の物質があると指摘し、その功績によって1935
年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
 しかし、シュペーマンはその謎の物質を生み出しているものが
何であるか自分の生涯において突き止めることはできなかったの
です。そのためその謎の物質を生み出すものは、それを指摘した
シュペーマンの名前をとって、「シュペーマン・オーガナイザー
(形成体)」と呼ばれているのです。
 その謎の物質の正体を突き止めたのは日本人の研究者で、その
名は笹井芳樹氏──STAP細胞事件の主役の一人です。笹井氏
は1994年に米カルフォルニア大学ロサンゼルス校に医学部客
員研究員としての留学中に「自分が謎の物質を特定する」と宣言
し、その言葉通りそのメカニズムを解明するとともに、シュペー
マン・オーガナイザーが生み出している物資は「コーディン」と
いう名のタンパク質であることを発見しています。まさに天才を
絵に描いたような男であり、これによって停滞が続いた発生学は
笹井の発見で息を吹き返したというのです。その笹井芳樹氏も、
山中伸弥氏と同じ1962年生まれなのです。
 シュペーマン・オーガナイザーは、初期胚の背側部分に存在す
る小さな組織で、これから分泌されるコーディンなどの司令因子
の濃度勾配によって、分化する組織が決まるというのです。濃度
が高いところでは脳など背側の組織が、濃度が低いところでは造
血組織など腹側の組織が形成されるというのです。
 1913年6月に理化学研究所は、このコーディンに関係する
次の研究成果を公表しています。
─────────────────────────────
 ◎動物の体を相似形にするメカニズムを発見/「大きなカエ
  ルも小さなカエルも同じ形になる」という長年の謎を解明
                  http://bit.ly/1HldQCf
─────────────────────────────
 山中伸弥氏と笹井芳樹氏の関係を整理しておきます。山中伸弥
教授というと、京都大学のイメージが強いですが、出身は神戸大
学医学部の出身(1987年3月)であり、笹井芳樹氏が京都大
学医学部の出身(1986年3月)なのです。同年齢であり、同
じ関西の出身ということで、生い立ちはよく似ています。
 実は、笹井氏が謎の物質コーディンを発見するため、カルフォ
ルニア大学に客員研究員として渡米していた時期に、山中氏も同
じカルフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のグラッ
ドストーン研究所に博士後研究員として留学していたのです。
 しかし、その時点では笹井氏が既に天才といわれていたのに対
し、山中氏の場合は研究員としてはスタート時点に立ったばかり
であり、2人の間には大きな差が開いていたのです。
 山中氏は整形外科医を目指したものの、その技量には問題があ
り、普通なら10分で終わる手術が1時間も2時間もかかるとい
う有様だったのです。周囲からはちゃんと名前を呼んでもらえず
居ると邪魔という意味で「ジャマナカ」といわれたのです。
 「自分は臨床医に向いていないのじゃないか」と考えた山中氏
は、基礎研究で身を立てる決心をし、大阪市立大学大学院医学研
究科薬理学専攻博士課程において基礎研究をはじめたのです。博
士号を取得し、どこかの研究室で「ポスドク」として一定期間研
究をすることができるからです。ポスドクとは「博士後研究員」
という意味です。
 山中氏は研究者として身を立てるには、米国で勉強する必要が
あると考えたのです。そこで、科学雑誌に載っている研究員募集
に片っ端から応募したものの、ほとんど無視されたと山中氏は述
懐しています。
 結局最初に返事をくれたカルフォルニア大学サンフランシスコ
校のグラッドストーン研究所に電話で面接を受け、採用され、サ
ンフランシスコに渡ったのです。1993年4月のことです。
 しかし、サンフランシスコでの生活は3年で終り、帰国するこ
とになったのですが、戻る場所がないのです。このときのことを
山中伸弥教授は、日本経済新聞「日曜に考える」のインタビュー
で、次のように述べています。
─────────────────────────────
 僕もかつて米国で研究した後で帰るところが見つからずに困り
日本学術振興会の特別研究員として救われた。戻れないという恐
怖心はよくわかる。──2015年5月17日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 その一方で笹井芳樹氏は、山中氏が日本学術振興会の特別研究
員になった1996年には、京都大学医学部助教授として「生体
情報科学講座」を担当し、2年後の1998年5月には、京都大
学再生医療科学研究所の教授に就任しているのです。まさに京都
大学の再生医療の星的存在になっていたのです。
 山中氏は1996年10月には、大阪市立大学医学部助手とし
て薬理学教室を担当しますが、米国と違って研究室の設備は貧弱
なうえに予算もなく、研究らしい研究ができないでいたのです。
しかし、2OO3年になって奈良先端科学大学院大学に採用され
研究の道が開けたのです。 ── [STAP細胞事件/011]

≪画像および関連情報≫
 ●インタビュー「この人に聞く」/笹井芳樹氏/2013
  ───────────────────────────
  聞き手:ES細胞に注目し、研究に使うようになったきっか
  けはどんなものでしたか。
  笹井:私が京都大学に入学したのは1980年。その1年後
  には、マウスES細胞がすでにつくられていましたので、学
  生時代からその存在はもちろん知っていました。一方、私が
  実験対象として扱っていたのは、アフリカツメガエルです。
  このモデル動物は、初期の神経分化制御機構を解析するのに
  とても優れています。1993年から96年にかけて、カリ
  フォルニア大学(UCLA)医学部に留学していたときに、
  研究プロジェクトの中でアフリカツメガエルから「コーディ
  ン」という神経誘導因子を単離することができました。コー
  ディンは、初期胚のシュペーマン形成体という部分から分泌
  され、外胚葉に働きかけて神経細胞の前段階となる神経前駆
  細胞を分化誘導します。この研究は予定通りに進みました。
  その後、京都大学に戻ってきてから、取り組んだのは主に2
  つのことです。1つは、引き続きアフリカツメガエルを使っ
  て、今度はコーディンから誘導された神経前駆細胞からどの
  ように複雑な脳ができていくのか、そのパターン形成を調べ
  ていったのです。もう1つは、発見したコーディンによって
  神経ができていくしくみを、哺乳類を用いて観察することで
  した。この研究で使ったのが、マウスのES細胞です。ES
  細胞は、初期胚の「増えていく」という特徴をよく反映して
  います。             http://bit.ly/1Gh9Cg5
  ───────────────────────────

笹井芳樹氏(2013年当時).jpg
笹井 芳樹氏(2013年当時)
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2015年05月22日

●「笹井芳樹/ノーベル賞級の研究者」(EJ第4039号)

 36歳の若さで京都大学再生医科学研究所教授に就任した笹井
芳樹氏は、その輝かしい研究成果によって、文科省や科学技術振
興機構などの国がからむ大型プロジェクトに参加するようになり
その名声をさらに高めていったのです。
 それに笹井氏は、日本の大学における研究環境に疑問を持って
いて、若い研究者が実力を発揮できる研究環境を何とか確立した
いと考えていたのです。
 日本の大学では、若手研究者は雑用が多かったり、研究成果を
嫉妬されたり、自分の研究室を持つことが困難だったりといろい
ろ問題があります。そういうわけで、理化学研究所からのCDB
(理研発生・再生科学総合研究センター)設立には早くから関心
を示し、その設立メンバーに加わっていたのです。CDBができ
ると若手研究者に大学とは比べ物にならない快適な研究環境を与
えられると考えたからです。
 2000年にCDBができると、笹井氏は、京都大学の再生医
科学研究所教授と兼務で、CDB細胞分化・器官発生研究グルー
プ・グループディレクターを務めるようになったのです。このと
きから笹井氏は、京都大学とは少しずつ距離を置くようになり、
2003年にCDBの専任になったのです。
 京都大学もそういう笹井氏の動きを察知していて、ひそかに笹
井氏の後任の教授を探していたのです。その結果、目を付けたの
が山中伸弥氏だったのです。そのとき、山中氏は奈良先端科学大
学院大学にいたのです。
 そして2004年10月、京都大学は42歳になった山中伸弥
氏を笹井氏の後任の再生医科学研究所教授として迎えたのです。
iPS細胞が発見される2年前のことです。それがノーベル賞受
賞に結びついたのですから、京都大学は先見の明があったという
べきでしょう。
 しかし、京都大学の研究環境は最悪で、笹井氏がイヤになって
飛び出すだけのことはあったのです。これについて、黒木登志夫
教授は次のように書いています。
─────────────────────────────
 京都大学で与えられた研究環境は、奈良先端大と比べると余り
にひどかった。ぼろぼろの建物の古い部屋、机はなく、エアコン
は故障していた。奈良から一緒に来てくれた学生や技術員とiP
S細胞に向かって新たな研究のスタートが切られた。それから6
年経った2010年、山中の研究グループはiPS細胞のために
作られた「iPS細胞研究所」(CiRA)に移ることになる。
そして、今、京大CiRAは、スタッフ300人を超える研究所
になり、建物もさらに二棟増築されようとしている。
                     ──黒木登志夫著
 『iPS細胞/不可能を可能にした細胞』/中公新書2314
─────────────────────────────
 CDBの笹井芳樹氏は、ES細胞による研究を加速させている
のです。2005年には眼科医の高橋政代氏と組んで、ES細胞
による網膜の分化誘導に成功し、2006年にはES細胞から視
床下部前駆細胞を分化誘導させることにも成功し、2008年に
その論文を「セル」誌に発表しています。
 さらに、2011年にはマウスのES細胞から網膜全体を作る
ことに成功したことを「ネイチャー」誌に発表しています。ES
細胞から網膜を立体的に作ったのは世界初の試みであり、「この
分野を一変させた」として、高く評価されています。これら一連
の研究により、笹井氏は次の各賞を受賞しています。
─────────────────────────────
    文部科学大臣賞 ・・・・ 2009年 4月
    大阪科学賞   ・・・・ 2010年10月
    井上学術賞   ・・・・ 2012年 2月
    塚原仲晃記念賞 ・・・・ 2012年 9月
    山崎貞一賞   ・・・・2012年第12回
    武田医学賞   ・・・・・  2012年度
─────────────────────────────
 このように笹井芳樹氏のES細胞を中心とする研究は、大きな
成果を上げていたのです。それは、竹市雅俊CDBセンター長を
して、「笹井さんなしでは今のセンターはなかった」といわしめ
るほどであったのです。また、CDBのあるポートアイランドの
関連企業からも、「神戸全体の発展や産学連携を見据えるまれな
存在だった」と高い評価を受けていたのです。この時点では、笹
井氏がCDBセンター長に就くのは時間の問題だったのです。
 そして、2012年12月、安倍総裁率いる自民党が、民主党
から政権を奪い返すことになる総選挙直前のある日、笹井芳樹氏
は、小保方晴子氏のCDBユニットリーダー採用面接に立ち会う
ことになるのです。2人が会うのはこれが最初であるといわれて
います。そして、竹市センター長から小保方氏の論文の指導を依
頼されるのです。
 しかし、2012年12月といえば、山中伸弥教授のノーベル
賞受賞の興奮が冷めやらぬさなかです。笹井氏としては、同年齢
の山中氏に先を越されたという思いはあったと思います。そのた
め、その時点では海のものとも、山のものともつかぬ小保方氏の
論文に笹井氏が過度の期待を抱いたとしても、それは不思議なこ
とではなかったといえます。
 2012年末までは、山中伸弥教授にノーベル賞で先を越され
たとはいえ、発生・再生科学分野での研究者としての実績では笹
井芳樹氏の方が山中氏を上回っていたし、国からの予算も十分獲
得できていたのです。
 しかし、iPS細胞がノーベル賞を受賞すると、国からの予算
もiPS細胞に大きくシフトし、笹井氏の研究する分野には予算
が思うように獲得できなくなっていったのです。ちょうどその時
期が2013年度であり、笹井氏としては何とか再生医療の分野
において、iPS細胞を超える何かを求めるようになっていった
のです。         ── [STAP細胞事件/012]

≪画像および関連情報≫
 ●「理研が落ちた『わな』」/再生医療の覇権争い
  ───────────────────────────
  寺田寅彦、湯川秀樹、朝永振一郎・・・。日本を代表する科
  学者が在籍した理研は日本唯一の自然科学の総合研究所だ。
  全国に8主要拠点を持ち職員約3400人。2013年度の
  当初予算844億円は人口20万人程度の都市の財政規模に
  匹敵、その90%以上が税金で賄われている。予算の3分の
  2を占めるのが、理研の裁量で比較的自由に使える「運営費
  交付金」。STAP細胞の研究拠点である神戸市の理研発生
  ・再生科学総合研究センター(CDB)には年間30億円が
  配分される。研究不正の疑いがもたれている小保方晴子・研
  究ユニットリーダーは5年契約で、給与とは別に総額1億円
  の研究予算が与えられている。英科学誌「ネイチャー」に掲
  載されたSTAP細胞論文の共著者、笹井芳樹CDB副セン
  ター長は、疑惑が大きく報じられる前の毎日新聞のインタビ
  ューで「日本の独自性を示すには、才能を見抜く目利きと、
  若手が勝負できる自由度の高い研究環境が必要」と語り、こ
  の10年で半減されたものの運営費交付金がSTAP細胞研
  究に「役立った」としている。理研関係者によると、小保方
  さんに「自由度の高い」研究室を持たせ、大がかりな成果発
  表を主導したのは笹井さんだった。
                   http://bit.ly/1cMmVsZ
  ───────────────────────────

笹井芳樹氏.jpg
笹井 芳樹氏
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2015年05月25日

●「AO入試第1期生/小保方晴子氏」(EJ第4040号)

 いよいよ小保方晴子氏について述べるところにきました。5月
22日のEJで、小保方晴子氏が2012年12月にCDBの採
用面接を受けたことについて書きましたが、そもそも小保方氏は
どのような経緯で、CDBの採用面接を受けることになったので
しょうか。このことについては、報道ではあまり明らかになって
いないのです。
 小保方晴子氏を日本中、いや世界中の人が知ることになるのは
2014年1月28日に神戸市のポートアイランドにあるCDB
での記者会見の席上です。それまで、小保方氏はどこで、何をし
て、どういう経緯でCDBに採用され、1月28日の発表に至っ
たかについてはあまりわかっていないのです。
 CDBがメディアに対して28日の記者会見の案内をファック
スで送ったのは、1月24日のことです。しかし、発表者はもと
より、何を発表するかについても書かれていないのです。
 しかし、毎日新聞社の科学環境部記者・須田桃子氏は、笹井氏
をはじめ複数のCDB関係者から、発表内容や発表者について事
前に情報を入手しています。須田桃子氏は、早稲田大学大学院理
工学部研究科出身で、生殖補助医療や生命科学、ノーベル賞など
を担当する毎日新聞の科学記者で、理研などを中心に幅広い人脈
を持っているのです。須田記者は、記者会見前に小保方晴子氏に
ついて掴んだ情報について自著で次のように書いています。
─────────────────────────────
 関係者のオフレコ情報によると、論文の掲載誌は英科学誌ネイ
チャー。発表者はまだ30歳前後の小保方晴子・研究ユニット・
リーダーで、CDBでごく小規模な研究室(研究ユニット)を主
宰している。(一部略)
 小保方氏がどんな人かを尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「他の人にない非常にユニークなセンスを持っている。笹井さん
の秘蔵っ子。将来性がある人なので、彼女自身について取材して
みても面白いかもしれない」
 メールでの報告は深夜になったが、永山デスクからすぐに返信
があり、末尾にはこんな感想があった。「笹井さんの秘蔵っ子っ
て、どれほどすごい人なんだろう。とんでもなく頭がいい人であ
ることは間違いないですね」         ──須田桃子著
      『捏造の科学者/STAP細胞事件』/文藝春秋刊
─────────────────────────────
 小保方晴子氏が、早稲田大学理学部応用化学科に入学したのは
2002年4月のことです。普通の入学試験を受けて入学したの
ではなく、「創成入試」(現在は特別選抜入試と改称)による入
学です。創成入試は「AO入試」と呼ばれています。
 AO入試とは、「Admissions Office」 のことで、「学力以外
の視点で大学に相応しい人物を募集する入試」という特別枠での
入試であり、私立大学の70%が設けています。早稲田大学では
当時「創成入試」と称し、ホームページでは創成入試について次
のように説明しています。
─────────────────────────────
 志願者の学力的側面を評価の中心に据えつつも高等学校時代で
の様々な活動経験や、当学部への志望動機をあわせて評価対象と
することで、学力・知識のみに偏重せず、問題発見・解決能力の
基礎となる思考力や表現力、それらを実行に移す上での行動力ま
で含めて評価の対象とする総合選抜型の入学試験です。
                   http://bit.ly/1Lr0NR7
─────────────────────────────
 理屈はいろいろつけていますが、芸能人の特別枠入学もAO入
試(一芸入試ともいう)であり、要するに特別枠での入学のこと
です。早稲田大学と慶応義塾大学のAO入試は有名ですが、選考
基準が大きく異なるのです。早稲田大学の方は出願条件が厳しい
のに対し、慶応義塾大学は面接に重点を置いています。専門家は
次のように述べています。
─────────────────────────────
 慶應大学では、「これまでやってきたこと」と「今やっている
こと」と「これからやりたいこと」の一貫した説明を受験生に求
めます。志望理由書も早稲田大学が800字なのに対し、慶應大
学は2千字と多い。慶應大学は、入学後のビジョンが書類、面接
で厳密に問われます。         http://bit.ly/1HlpU3Q
─────────────────────────────
 早稲田大学はAO入試に対し、出願要件に高い「活動実績」を
求めています。小保方氏はそのときは有名人ではありませんし、
大学入学以前に何か特別の研究をしていたのかというと、少なく
ともそれはないようです。それでは、なぜ、小保方氏はAO入試
に合格したのでしょうか。
 もちろん本人の創造性というか何か光るものがあったことは確
かでしょうが、小保方氏を取り巻く相当強いコネクションもAO
入試合格に一役買っていると思います。
 というのは、小保方氏の父親は一流商事会社の役員ですが、母
親の小保方稔子氏は、帝京平成大学健康メディカル学部臨床心理
学科長をしており、姉の小保方晶子氏も大学の准教授という学者
一家なのです。            http://bit.ly/1F4WMNP
 小保方晴子氏は、2006年3月に早稲田大学を卒業すると、
そのまま大学院に進学し、常田聡教授の指導の下で、東京湾の微
生物の研究を始めたのです。しかし、2007年に突然再生医療
の研究に転身し、東京女子医科大学先端生命医科学研究所研修生
として、大和雅之東京女子医科大学教授の指導の下で、医工融合
研究教育拠点である先端生命医科学センター(TWIns)にお
いて、再生医療の研究を開始するのです。
 ここに大和雅之教授が登場するのですが、この名前はメディア
ではほとんど伝えられていないのです。しかし、大和雅之氏は、
STAP論文の共著者の一人であり、小保方氏の研究の転身に深
く関係するのです。これについては明日のEJで述べます。
             ── [STAP細胞事件/013]

≪画像および関連情報≫
 ●AO/推薦入試による入試制度の多様化は望ましいか
  ───────────────────────────
  AO推薦入試の是非を巡る問題は、結局のところ、大学を教
  育機関とみなすか評価機関とみなすかという問題になる。大
  学側は、自分たちを教育機関とみなしているから、様々な人
  材に教育の機会を与えるために、入試制度を多様化しようと
  するのに対して、企業側は大学内部の教育や成績を信用せず
  入学試験による選抜が持つ評価機能を学歴に期待している。
  学力試験なしで志願者の入学を許可することは、教育機関と
  しては問題ではないが、評価機関としては問題がある。一般
  入試の厳しい競争を勝ち抜いた学生と学力試験も受けずに面
  接だけで入学した学生が同じ大学・学部のブランドだと、採
  用する企業側が困ってしまう。そこで最近では、面接時に人
  事担当者が、AO推薦入試で入学したかどうかを遠回しに尋
  ねたり、出身高校をも調べたりといったことが行われている
  そうだ。この問題を別のたとえで説明しよう。内閣府に設置
  された食品安全委員会は、安全性と有効性が科学的に認めら
  れる健康食品に「特定保健用食品(トクホ)」の表示を認め
  ている。消費者の中には、このブランドを参考にして購入を
  決めている人も多い。もしも食品安全委員会が、特定保健用
  食品を多様化するためという大義名分の下、企業が自己推薦
  する商品に検証することなくトクホの表示を許可したら、ト
  クホはブランドとして機能しなくなる。ブランドが評価機能
  を持つためには、内部に多様性を持ってはいけないのであり
  消費者の選択の自由に資する多様性はブランド間の多様性と
  して確保されなければならない。  http://bit.ly/1FBIQP5
  ───────────────────────────

小保方晴子氏.jpg
小保方 晴子氏
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2015年05月26日

●「STAP細胞事件のウラ側の人脈」(EJ第4041号)

 小保方晴子氏が、早稲田大学大学院で、突然専門分野を転向し
た理由について解明する必要があります。直接的には、東京女子
医科大学の大和雅之教授の働き掛けがあったと考えられますが、
なぜ大和教授は小保方氏に目をつけたのでしょうか。
 これを明らかにするには、岡野光夫氏なる人物について触れる
必要があります。岡野光夫氏は、現在、東京女子医科大学学長付
特任教授で66歳です。1979年に早稲田大学大学院で高分子
化学の博士号を取得し、1999年に東京女子医科大学医用工学
研究施設長になり、2001年に日本再生医療学会の理事長に就
任しています。
 1998年当時岡野教授には、組織工学の研究費として、年間
1億5000万円の予算が、文科省が所管する日本学術振興会の
未来開拓学術研究推進事業として、5年間にわたって付くことに
なっていたのです。
 なぜ、岡野光夫教授にこれほど巨額な予算がつくのかというと
筏義人京都大学教授のおかげなのです。筏氏の専門分野は、岡野
氏と同じ高分子であり、その付き合いは長く、筏氏は岡野氏のこ
れまでの業績を高く評価していたのです。
 2人は、高分子の研究は既に盛りを過ぎており、その将来像を
組織工学、そしてさらにそれを再生医療へと発展させるという点
で意見は一致していたのです。そういうわけで筏、岡野両氏は、
これからは生体内のバイオマテリアル(生体材料)の研究が重要
になると考えていたのです。
 筏京都大学教授は、日本学術振興会の未来開拓学術研究推進事
業の委員長(2001年3月まで)をしており、予算を差配でき
る立場にあり、高分子研究の新たなフィールドとしての組織工学
に期待を込めて、岡野氏の研究に予算を付けたのです。
 ここで、「組織工学」について知っておく必要があります。組
織工学は次のようにいわれています。
─────────────────────────────
     組織工学とは、Tissue Engineeringである
─────────────────────────────
 1993年のことです。米国のある医師と工学者が新しい提案
をしたのです。それが「ティッシュ・エンジニアリング」です。
「ティッシュ」は、人の身体の細胞組織のことを意味し、「エン
ジニアリング」は、工学または工業技術のことです。この2つを
組み合わせるので、「組織工学」というのです。その狙っている
ことは、生きた細胞を用いて、生体機能を備えた組織や臓器を人
工的に作り出すことです。つまり、組織工学とは再生医療と同意
義なのです。
 それでは、米国のある「医師」と「工学者」とは具体的にだれ
を指すのでしょうか。
─────────────────────────────
     医 師 ・・・・ ジョセフ・バカンティ
     工学者 ・・・・  ロバート・ランガー
─────────────────────────────
 工学者の方から説明します。ロバート・ランガー氏は、米国の
生体工学者で、現在マサチューセッツ工科大学(MIT)で化学
工学科および生物工学科の教授職を務めています。専攻はドラッ
グ・デリバリーとティッシュ・エンジニアリングです。
 医師はジョセフ・バカンティ氏──この名前を聞くと、ハーバ
ードー大学で小保方晴子氏を指導したバカンティ教授のことかと
誰でも思いますが、そちらはチャールズ・バカンティ氏のことで
ジョセフはチャールズの兄に当たるのです。といっても無関係で
はないのです。実は、バカンティは4人兄弟で、全員が、最先端
の外科医で、移植・再生医療の研究者なのです。STAP細胞事
件に深く関わるので、この4人兄弟をご紹介しておきます。
─────────────────────────────
         ジョセフ・バカンティ
        チャールズ・バカンティ
        マーティン・バカンティ
        フランシス・バカンティ
─────────────────────────────
 ジョセフとチャールズのティッシュ・エンジニアリングの関係
について、ネイバーのまとめブログは次のように書いています。
─────────────────────────────
 それまで最先端だった移植医療はドナー不足、拒絶反応などで
行き詰まりを見せていた。ジョセフはいち早くティッシュ・エン
ジニアリングに目を向け、ティッシュ・エンジニアリング・ソサ
イティを創設し、会長になった。美容整形、難病治療などに役立
つ再生医療は、ベンチャー投資家からも注目を集めるビジネスに
なった。1986年、ジョセフの再生医療チームはロバート・ラ
ンガーも参加した。チャールズも呼ばれて参加したのが、彼と再
生医療の付き合いの始まりになった。  http://bit.ly/1LrgI1a
─────────────────────────────
 実は、STAP細胞の国際特許出願者7名のなかに、チャール
ズとマーティンの名前が入っていますが、これについては改めて
述べます。ちなみに、STAP細胞と関係の深いチャールズ・バ
カンティ教授の現在の役職は、ハーバード・メディカル・スクー
ル及びブリガム&ウィメンズ病院教授です。
 ここで岡野光夫氏に話を戻します。筏義人教授がいかに再生医
療に賭けていたかは、1992年に日本バイオマテリアル学会の
会長に就任したことでもわかります。岡野氏は、期待に応えてそ
の同じ年に日本バイオマテリアル学会賞を受賞しています。
 しかし、岡野氏には悩みがあったのです。それは「生化学」の
研究のできる人材がいないことです。そこでそのことを懇意にし
ていた東京大学の林利彦教授に相談をしたところ、林教授の弟子
筋に当たる学者を紹介してもらったのです。それが大和雅之氏な
のです。大和氏は当時日本大学で、コラーゲンの研究をやってい
たのです。        ── [STAP細胞事件/014]

≪画像および関連情報≫
 ●「オーク・ジャーナル」/C・バカンティとは何者か
  ───────────────────────────
   バカンティ氏は生物の成体に小さなサイズの細胞が眠った
  状態の多能性細胞が存在するのではないかとの仮説を提唱て
  おり、小保方氏がこの仮説を検証する過程で細胞が刺激によ
  り多能性細胞に変化するという新たな仮説を立て、STAP
  細胞を開発したことになっています。要はSTAP細胞はア
  イディアはバカンティ教授、実際モノにしたのは小保方氏と
  いう立ち位置となっています。これだけ見ると、優秀な麻酔
  医の先生が再生医療の研究までされてご立派なこと、という
  話で着地します。
   一方、チャールズ・バカンティ教授に対し否定的な見方を
  される方もおられます。代表例は、「新潮45」4月号の記
  事。「C・バカンティ医師→ボストンの麻酔科医。ハーバー
  ド大には在籍しているが、関連病院の勤務医であり、医学博
  士ではない。小保方氏はおそらくバカンティ教授に個人的に
  雇われていたものとみられる。1997年に、さも「人間の
  耳をマウスの背中に再生させたかのような」「バカンティマ
  ウス」を全世界に発表。世を騒がせたが、結局、耳の形の金
  型で作成した軟骨細胞を皮下に移植しただけのものと分かり
  悪趣味と判批判されるや、あくまで軟骨細胞の移植技術を披
  露しただけと開き直った。     http://bit.ly/1LxqKyd
  ───────────────────────────

チャールズ・バカンティとジョセフ・バカンティ.jpg
チャールズ・バカンティとジョセフ・バカンティ
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2015年05月27日

●「工学が主導する医学との連携強化」(EJ第4042号)

 『新潮45』という新潮社発刊の雑誌があります。1982年
に『新潮+45』の名前で創刊され、45歳以上の中高年層向け
の健康雑誌だったのですが、そのリニューアルに伴い、「+」の
記号が外され、現在の誌名『新潮45』になったのです。
 『新潮45』はその後何回かのリニューアルを経て、2008
年に次のような編集方針で現在の『新潮45』になったのです。
新潮社のホームページには次のようにあります。
─────────────────────────────
 自らに課したテーマは、ネット全盛で、長く活字メディアが苦
境に陥っている中、どうすれば、雑誌はこの時代と充分に闘え、
生き残っていけるのか、ということでした。答は簡単には見出せ
ませんが、その方策のひとつは、ジャーナリズムの原点への回帰
でした。タブーをおそれず、常に事実といわれるものを疑い、己
が真っ当と信ずるところを発言していく。重要な役割りの一つに
「報道」があることを今一度肝に銘じ、周りや時流に迎合せず、
自身の立ち位置を堅守して、生きた情報と論評を発信していく姿
勢を第一にしたのです。そこから再出発し、結実したビジョンが
「ネットより深く、新聞・テレビより鋭く、新書より速い“最先
端メディア”」――。それが生まれ変わった『新潮45』の形で
す。                 http://bit.ly/1dr9Whf
─────────────────────────────
 なぜ、『新潮45』の話を取り上げたのかというと、STAP
細胞事件の疑惑をこの雑誌が初めて取り上げ、次のタイトルで連
載をはじめたからです。2014年4月号から、同9月号までの
全6回です。この連載は、その後加筆・改稿が行われ、2014
年11月には単行本化されています。
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               小畑峰太郎+本誌取材班
  「STAP細胞に群がる悪いやつら」/『新潮45』
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 フリーライターの小畑峰太郎氏は、2014年1月28日の理
研によるSTAP細胞発見の記者会見の翌日に『新潮45』の編
集部に次の申し入れを行っているのです。
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 あれは科学的偉業の発見としてはまったく不可解な発表のされ
方で、小保方という研究者にはどこか胡散臭さが付きまとう。佐
村河内守の贋作騒ぎと似た臭いがする。調べるから、書かせてほ
しい。                  ──小畑峰太郎著
      『STAP細胞に群がった悪いヤツら』/新潮社刊
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 小畑峰太郎氏の本を読むと、メディアの報道ではほとんど伝え
られていないSTAP細胞事件のウラ側の事情が見えてきます。
これからの真相究明のために参照させていただくつもりです。
 筏義人と岡野光夫両教授に共通していたのは次の考え方です。
工学には面白い技術がたくさんあり、技術的知見も豊富にある。
したがって、再生医療に関しては、工学と医学が連携し、工学の
技術的知見を最大限に生かすために、工学の研究者がこの分野を
強力に牽引すべきであるというものです。
 そのかたちは整いつつあったのです。1998年に筏義人氏が
京都大学再生医科学研究所教授に就任した翌年に、岡野光夫氏は
東京女子医科大学医用工学研究施設・施設長に就任し、連携がと
れる体制ができたからです。とくに京都大学再生医科学研究所に
は、36歳の若さで教授に昇進した笹井芳樹氏が意欲的にES細
胞の研究を進め、数々の成果を上げはじめたからです。
 2001年になると、岡野氏は「セルシード」という会社を立
ち上げ、自ら役員に就任するのです。再生医療を将来産業化させ
るための布石とみられます。これに関する岡野氏の狙いについて
小畑峰太郎氏は次のように書いています。
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 岡野には更なる独自の野望があった。仮に技術が確立しても、
産業化されなければ意味がない。「産業化」こそ、この新分野に
おける自らの最大の課題であるという強迫観念にも似た思いが、
岡野を魅了していたのだ。岡野は「産業」自体を自らの手で作っ
てしまう思い切った行動に出る。
 2001年、セルシードという会社を自ら設立し、取締役に就
任したのである。同社の目的は「細胞シート」を開発し、それを
普及させることだった。細胞シートとは、患者から採取した細胞
を培養、増殖させてシート状にしたものだ。それを患部に貼って
治療に用いると、拒否反応などが少ないため劇的に治癒が進むと
いう、いわゆる再生医療の一種だが、この時点では実用化を目指
して研究が進められている段階に過ぎなかった。それでも、岡野
は産業化を急いだ。この性急な姿勢にはおおいに疑問を感じざる
を得ない。        ────小畑峰太郎著の前掲書より
─────────────────────────────
 細胞シート工学──これは、ティッシュ・エンジニアリングそ
のものです。細胞シートは身体のどの部位の細胞(細胞ソース)
からも作成できるのです。あらかじめ患者からこの細胞シートを
作って保存しておけば、再生医療に飛躍的な効果をもたらすもの
といえます。皮膚の細胞から作るiPS細胞などはその典型です
が、岡野氏が「セルシード」を立ち上げた時点ではまだ研究が緒
についたばかりだったのです。
 「医療を経済に組み込む」という岡野氏のアプローチに共鳴し
たのは大和雅之氏です。産業のひとつとしての医療を考えて、そ
こに産業としての規制をあてはめる──医療に比べて産業は規制
が相対的に緩やかなので、研究を大きく前進させることができる
からです。そのため、大和氏は政府が進めようとしている特区な
どの制度を研究し、活用し、学問と学問のはざまで、新しい世界
を作り出すことはできないか──岡野氏が進める「セルシード」
に協力して行くことを大和氏は誓ったものと考えられます。
             ── [STAP細胞事件/015]

≪画像および関連情報≫
 ●「セルシード」とは何か
  ───────────────────────────
   セルシードは、2001年に設立された東京女子医科大学
  発の再生医療企業です。日本発・世界初の再生医療プラット
  フォーム技術である「細胞シート工学」を基盤技術とし、細
  胞シート工学を用いて組織や臓器を再生することによって、
  様々な難治性疾患・損傷を治療する「細胞シート再生医療」
  の事業化・世界普及を目指しております。細胞シート工学は
  東京女子医科大学の岡野光夫教授らが世界に先駆けて開発し
  た「温度応答性細胞培養器材」で、細胞からシート状の組織
  (「細胞シート」)を培養し無侵襲に回収するという革新的
  な技術です。この技術によって作製される細胞シートは、接
  着タンパク質を失わずに保持しているため移植時に縫合なし
  で患部に生着し、また幹細胞を多く含んでいることから効率
  良くかつ継続的に患部組織の再生を促すなど、再生医療医薬
  品として多くの特長を有しています。当社は、この細胞シー
  ト工学を基盤とした2種類の事業を推進しております。
   1つは「細胞シート再生医療事業」であり、細胞シート工
  学に基づいて作製された様々な種類の再生組織・臓器(細胞
  シート)を安全かつ高品質な医薬品(「細胞シート再生医療
  医薬品」)として世界中の医療現場及び患者さまにお届けす
  ることを主な目的としております。現在当社が当事業におい
  て研究開発を進めている主な細胞シート再生医療医薬品パイ
  プラインは、角膜再生上皮シート、食道再生上皮シート、歯
  周組織再生シートなど合計5つです。
                   http://bit.ly/1Q4dIcp
  ───────────────────────────

小畑峰太郎氏の本.jpg
小畑 峰太郎氏の本 
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2015年05月28日

●「安倍首相と岡野/大和教授の関係」(EJ第4043号)

 STAP細胞事件は「科学」という聖域で起きた事件です。一
般的に、科学は芸術などと同様に巨額の金が動く利権に結びつく
分野とはみなされていないのです。
 もちろん研究費は研究対象によっては巨額になりますが、そう
かといって、新幹線や道路や橋などを作る公共事業に比べれば、
金額的に比較にならないと思われ勝ちです。
 しかし、本当にそうでしょうか。国土交通省の公共事業関係費
と文部科学省の予算を比較すると次のようになります。
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  2013年度公共事業関係費 ・・ 4兆4891億円
  2014年度文部科学省予算 ・・ 5兆3262億円
       うち科学技術予算 ・・   9713億円
─────────────────────────────
 公共事業の道路整備には1兆323億円かかりますが、治水に
は5942億円、新幹線には706億円程度であり、これらと比
べると、科学技術予算の9713億円はいかに巨額であるかがわ
かると思います。しかし、これでも国際比較で日本は米国、EU
中国の後塵を拝しているのです。
 科学技術予算は、安倍首相がアベノミクスの成長戦略として、
再生医療分野に力を入れているので、急速な上昇カーブを描いて
伸びています。財政健全化のあおりを受けて公共事業費が抑えら
れるなかにあって、「聖域」として科学技術の研究および振興に
関する予算は上昇しつつあるのです。
 しかし、科学技術予算といってもいろいろあります。なかでも
安倍首相は、iPS細胞に代表される再生医療の研究費に関して
は、2013年4月19日の「成長戦略」スピーチにおいて次の
ように述べています。
─────────────────────────────
 従来の医療は、「疾病治療」が中心でした。病気になった後に
治療する、というやり方です。そのおかげで、日本は、世界に冠
たる「平均寿命」の長い国となりました。
 しかし、「健康寿命」は、平均寿命より6歳から8歳低いとも
言われています。本来の寿命が来るまでに、病気で苦しんだり寝
たきりになる期間があります。私が目指すのは、同じ長寿でも、
病気の予防などに力を入れることで、「健康」な体の維持を重視
する社会です。「健康」は、誰もが求める、世界共通のテーマで
す。「健康長寿社会」が構築できれば、必ずや日本から世界にも
広がると信じています。
 その鍵の一つが、再生医療・創薬です。山中教授のノーベル賞
受賞に象徴されるように、iPS細胞の利用などこの分野の「研
究」で日本が世界一であることは間違いありません。この研究の
強みを、さらに高めるために、私はiPS細胞研究に対し、10
年間1100億円程度の研究支援を行うこととしました。
              動画→  http://bit.ly/1chqBCD
─────────────────────────────
 この部分の首相の発言は、動画の15分43秒からのものを抜
き出しています。
 安倍首相はここで「iPS細胞研究に対し、10年間1100
億円程度の研究支援を実施する」と明言。もちろん首相は、「i
PS細胞研究に」とはいっているものの、iPS細胞だけでなく
ES細胞なども含む再生医療・創薬研究全般に資金を投ずるとい
う意味なのですが、iPS細胞がノーベル賞を受賞していること
によって、予算獲得に有利になったことは確かです。しかし、こ
の2013年4月の時点では、理化学研究所も有利なポジション
を維持していたのです。それは、内閣府にイノベーション担当の
倉持隆雄政策統括官(当時)がいたからです。
 倉持政策統括官は文科省出身の官僚です。大学で生物化学を専
攻し、旧科学技術庁を経て文科省では所管する理化学研究所の理
事を務め、本省の研究振興局局長を歴任して、政策統括官に就い
ていたのです。このように、理研理事経験がある政策統括官が総
理直轄の内閣府にいれば、理研としては予算獲得でも有利なポジ
ションに立てるのです。
 もうひとつ安倍首相は、先の演説(動画)の18分15秒のと
ころで、次のように述べています。
─────────────────────────────
 先日、東京女子医大の研究施設を訪問しました。早稲田大学の
理工学部との連携により、細胞の培養を大量に行う医療機械の開
発が進んでいます。              ──安倍首相
─────────────────────────────
 安倍首相が訪問したのは、東京女子医科大学・早稲田大学連携
先端生命医科学研究教育施設(TWIns)です。この研究施設
の当時の施設長は岡野光夫氏なのです。これをみてもわかるよう
に、岡野氏は安倍首相と懇意の仲なのです。
 しかし、岡野氏は、2001年から同施設の所長と教授を務め
ていますが、同じ2001年に細胞シート再生医療事業などを実
施するベンチャー企業である株式会社セルシードを立ち上げてい
るため、利益相反であるとの批判も出ていたのです。
 岡野光夫氏は、2014年3月31日に東京女子医科大学を定
年退職し、同年4月1日から後任の同施設の所長と教授に就任し
たのが大和雅之氏なのです。しかし、所長代理付きの就任になっ
たのです。
 どうしてかというと、大和雅之氏は、2014年2月5日に脳
出血で倒れ、入院・長期療養を余議なくされたからです。8月に
は一時現場復帰したものの、その後も所長代理が事実上の所長を
務めているのです。
 病気が病気であり、こういう場合は別の人事が発令されるのが
当然ですが、どうしても大和雅之氏でないと困る事情があるもの
と考えられます。小保方氏を支えるバックグラウンドには、こう
いう複雑きわまる人間関係があるのです。
           ――── [STAP細胞事件/016]

≪画像および関連情報≫
 ●政府/再生医療の産業化へ議論スタート
  ───────────────────────────
  政府は2013年7月10日、iPS細胞(人工多能性幹細
  胞)などを使う再生医療の産業化に向けた検討会議を始動さ
  せた。再生医療産業の育成は安倍晋三政権の経済政策「アベ
  ノミクス」の第3の矢になる成長戦略の柱の一つで、会議で
  は関連製品の安全を確保するルールを作成する。iPS細胞
  を発明した山中伸弥京都大教授がノーベル医学・生理学賞を
  受賞して注目された再生医療を日本発の医療産業として飛躍
  させ、日本経済復活につなげられるかに、大きな期待がかか
  る。会議は「再生医療等基準検討委員会」の名称で、経済産
  業、厚生労働、文部科学の3省の担当者や有識者で構成。座
  長には、岡野光夫・東京女子医科大教授が就任した。この日
  の会議では企業が再生医療に使う細胞を加工する際、製造施
  設に求められる衛生状態の基準などが必要との意見が出た。
  発展途上の再生医療の産業化には、安全性や品質の向上が欠
  かせないためで、会議では今秋をめどに再生医療製品の加工
  施設に関する安全・品質基準のたたき台をまとめる方針。日
  本メーカーによる製品の海外展開を進めるため、国際基準化
  もにらんで検討を進める。     http://bit.ly/1ld2xz9
  ───────────────────────────

TWInsを訪問する安倍首相.jpg
TWInsを訪問する安倍首相
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2015年05月29日

●「STAP細胞に関わる5人の関係」(EJ第4044号)

 人間関係が複雑になってきたので整理します。1998年当時
岡野光夫氏は、東京女子医科大学医用工学研究施設教授を務めて
いたのですが、同じ生体工学を研究する京都大学の筏教授との親
交により、岡野教授の施設に日本学術振興会の未来開拓学術研究
推進事業として、多額の研究予算が付くことになったのです。
 しかし、生化学の研究ができる人材がないので、岡野氏は東京
大学の林利彦教授に相談し、紹介してもらったのが、林教授の弟
子である大和雅之氏なのです。
 そういうわけで、大和氏は、東京女子医科大学医用工学研究施
設の助手として岡野氏の下で研究をはじめたのです。そして岡野
氏は、2001年に株式会社セルシードを設立します。
 大和氏は、2001年に講師、2003年に助教授に昇進しま
す。そして、岡野氏が2008年に東京女子医科大学・早稲田大
学連携先端生命医科学研究教育施設(TWIns)を設立し、初
代理事長に就任すると、大和氏は岡野氏の後を継いで、東京女子
医科大学医用工学研究施設の教授に就任したのです。
 TWInsは、東京女子医大と早稲田大学の共同事業です。な
ぜ、早稲田大学と組んだかというと、岡野氏自身が早稲田大学の
出身であることと、大学の知名度が高かったからです。それに早
稲田大学には医学部はなく、コラボレーションを組む相手として
は最適と考えたからです。
 一方、小保方晴子氏は、2007年に早稲田大学大学院理工学
研究科修士課程在学中に研究テーマを変更しています。おそらく
大和雅之氏と知り合い、説得されたものと考えられます。それで
は大和氏がなぜ小保方氏を知ったかですが、それは大和氏の指導
役である林利彦教授の退職後に奉職したのが帝京平成大学であっ
たことに関係があると思います。なぜなら、この大学には、小保
方氏の母親の小保方稔子氏が学科長をしており、無関係ではない
からです。
 大和氏と知り合ってから、小保方氏の運命は大きく変わり始め
るのです。まず、2008年には「日本学術振興会特別研究員D
C1」という奨学金を獲得したことです。この特別研究員は、博
士課程取得後の研究職への就職率が抜群に良いといわれるもので
「DC1」というのは、博士課程に在学中の34歳未満の学生が
該当します。小保方氏の場合はこれに該当するのです。
 特別研究員DC1に採用されると、研究奨励金として月額20
万円を3年間支給され、その他に年間150万円以内の科研費も
支給されます。日本学術振興会特別研究員のサイトには次の記述
があります。
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 「特別研究員」制度は優れた若手研究者に、その研究生活の初
期において、自由な発想のもとに主体的に研究課題等を選びなが
ら研究に専念する機会を与えることにより、我が国の学術研究の
将来を担う創造性に富んだ研究者の養成・確保に資することを目
的として、大学院博士課程在学者及び大学院博士課程修了者等で
優れた研究能力を有し、大学その他の研究機関で研究に専念する
ことを希望する者を「特別研究員」に採用し、研究奨励金を支給
する制度です。            http://bit.ly/1LKGCgs
─────────────────────────────
 特別研究員になるのは多くの博士課程在籍の若手研究者が応募
しているので、かなりの難関であり、小保方氏にはそれだけの能
力があることが認められたことになります。もちろん、大和雅之
教授が推薦人であり、バックに岡野光夫教授の力もあるので、通
常の申請者よりも有利とはいえますが、小保方氏には通常の申請
者とは違う何かがあったと思われます。たとえ強いコネがあって
もそれだけで、取得できる奨学金ではないのです。
 小保方氏にとってこの特別研究員DC1の取得は、その後の彼
女の運命を大きく変えたのです。小畑峰太郎氏は次のように書い
ています。
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 大和の小保方に対する期待は大きく、2008年には小保方は
難関とされる日本学術振興会特別研究員DC1という奨学金(奨
励費)を獲得し、同年9月から文科省による大学院生を対象とし
たグローバルCOEプログラムを利用して短期語学留学の形で渡
米。ハーバード大学関連病院のヴァカンティ医師の下で働くこと
となる。ヴァカンティは、刺激による細胞の初期化説のアイデア
を指導し、小保方も研究を開始する。    ──小畑峰太郎著
      『STAP細胞に群がった悪いヤツら』/新潮社刊
─────────────────────────────
 大和雅之氏は、東京大学出身の理学博士ですが、本郷の理学部
ではなく、駒場の基礎科学の出身なのです。ここで大和氏は組織
工学の将来性に目覚めるのです。そのきっかけになったのが「サ
イエンス」誌に掲載されたチャールズ・バカンティの組織工学の
論文を読んだことです。ちょうどその頃、指導教授の林利彦教授
に岡野光夫教授を紹介されたのです。ここまでの記述で、岡野光
夫、大和雅之、小保方晴子、チャールズ・バカンティの5氏がす
べてつながったはずです。
 チャールズ・バカンティについて述べておきます。既に述べた
ように、バカンティはジョセフ、チャールズ、マーティン、フラ
ンシスの4兄弟で、すべて生体組織工学の分野の学者なのです。
 なかでもチャールズ・バカンティは、1995年10月に「バ
カンティマウス」で一躍有名人になります。なんと、マウスの背
中に人間の耳の形を作ったのです。これがBBCテレビで報道さ
れ、その視覚的に強烈なインパクトにより、バカンティと生体組
織工学は広く世に知られるようになったのです。
 特別研究員DC1を取得した小保方晴子氏は、チャールズ・バ
カンティ氏の下で研究に従事することになります。そのとき、バ
カンティの部下である小島宏司医師とも知り合い、一緒に研究を
行うようになったのです。STAP細胞の原型はここで生み出さ
れることになるのです。――── [STAP細胞事件/017]

≪画像および関連情報≫
 ●小保方氏の指導教授「バカンティ氏」は何者か
  ───────────────────────────
  ハーバード大のウェブサイトに掲載されているバカンティ教
  授の略歴を見ると、所属はブリガム・アンド・ウィメンズ病
  院の麻酔科長となっている。これだけでは再生医療と縁がな
  さそうだが、どういうことなのか。米ボストングローブ紙電
  子版が2014年2月2日、バカンティ氏の研究者としての
  歩みを詳しく報じていた。小保方氏らが「STAP細胞」の
  研究成果を発表して時の人となった直後の記事だ。麻酔科医
  であることから「競争が激しく、変化のスピードが速い幹細
  胞研究の分野で実質的には部外者」と紹介。だがむしろ専門
  外だからこそ、枠にとらわれずリスクを負える、また多くの
  研究者が過ちを恐れて研究成果を話したがらないのと比べて
  自ら進んでオープンにするタイプだと好意的に評している。
  バカンティ氏の名が知られたのは「耳マウス」の発表だ。マ
  ウスの背中に「人間の耳」がくっついている姿は一見ギョッ
  とする。これは、軟骨細胞をポリマーの「型」に入れて人工
  耳をつくり、マウスの皮下に移植したもの。組織工学の研究
  成果として、バカンティ氏が開発した技術のデモンストレー
  ションをしたのだという。幹細胞の研究者は実験しようと思
  わない領域にも飛び込んでいく一例として、ボストングロー
  ブが挙げた。           http://bit.ly/1J7TWMM
  ───────────────────────────

4人の人間関係.jpg
4人の人間関係
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | STAP細胞事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする