2011年09月12日

●「なぜ官が政の上にいるのか」(EJ第3139号)

 2011年9月9日、鳩山政権発足と同時に廃止された事務次
官会議が事実上復活しています。ところで、この事務次官という
ポストはどういうポストなのでしょうか。
 事務次官とは、国家行政組織法によって各省におかれるポスト
であり、各省の官僚のトップのポストです。各省のエライ順にい
うと、大臣、副大臣、政務官の次が事務次官です。かつては、大
臣の下に、政務次官と事務次官が同列におかれていたのですが、
現在では、大臣の下に副大臣のポストがおかれ、政務次官が政務
官として、事務次官の上のポストになっています。大臣を含む3
ポストは、民間から登用されることはあるものの、基本的には政
治家が担うことになっています。
 このようにエライ順にいうと、事務次官は随分下のポストのよ
うに見えますが、事務次官は、実際に仕事をする各省の官僚組織
をすべて一手に握っている実力者なのです。
 この事務次官のポストについて、元通産官僚で改革派の噂の高
い原英史氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 官僚から見れば、事務次官こそが実権のある「社長」であり、
 大臣らはいわば非常勤の「会長」や「役員」、あるいはもっと
 実権のない「1日警察署長」の延長のようなものだったのだ。
                  ──原英史著/新潮社刊
    『官僚のレトリック/霞が関改革はなぜ迷走するのか』
―――――――――――――――――――――――――――――
 「官僚主導から政治主導へ」──これは民主党がマニュフェス
トに冒頭に掲げた国民との約束です。真の政治主導は官僚を外す
ことではなく、使いこなすことであるといいますが、仕事のこと
をロクに知らない大臣や副大臣、政務官が仕事のプロ中のプロで
ある事務次官以下の官僚を使いこなせるはずがないのです。
 事務次官は何人かの同期とともに入省し、さまざまな仕事をし
て豊富な経験を有しており、すさまじい同期との「戦い」を勝ち
抜いて、官僚最高のポストに辿りついたエリート中のエリートな
のです。したがって、事務次官が命令を下すと、官僚組織は一斉
に動くのです。上司よりも部下の方がはるかに優れているという
構図になります。
 このような官僚軍団を使いこなすことは、容易なことではない
のです。つまり、上司よりも部下の方が優れているのです。しか
し、このようなことは企業でもよくあることです。そういう場合
部下が奮起して上司を支えるのが普通です。そうしないと、組織
がもたないからです。
 既出の原英史氏は、企業でよくある部下が上司よりも主導権を
握っている状況は「現象」に過ぎないといいます。しかし、各省
における大臣らと事務次官との関係は、単なる「現象」の域を超
えて、「制度」に昇華していると指摘するのです。
 部下の方が上司よりも主導権を持つことは当然のことであると
いう意識を持っていて、たとえ大臣から命令があっても、官僚側
がやって欲しくないことは絶対にやらせないという「暴走」が起
こりつつあるというのが、「官僚主導システム」なのです。
 どうしてこうなってしまったのでしょうか。
 EJの前のテーマ「明治維新について考える」でも述べました
が、ことは明治維新に遡るのです。そのとき官僚は天皇に仕える
忠実な部下であり、官僚は国益のために働く存在として位置付け
られたのです。やがて政治家が登場するのですが、政治家は官僚
に比べると、低位におかれることになります。
 次の一文は1889年(明治22年)、大日本帝国憲法の発布
のさい、当時の総理大臣黒田清隆が行った演説の一部です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 所謂政党なる者の社会に存立するは亦情勢の免れざる所なり。
 然れども政府は常に一定の方向を取り、超然として政党の外に
 立ち、至公至正の道に居らざる可らず。各員宜く意を此に留め
 不偏不党の心を以て人民に臨み、撫ぎょ宜きを得、以て国家隆
 盛の治を助けんことを勉むべきなり。──原英史著/新潮社刊
    『官僚のレトリック/霞が関改革はなぜ迷走するのか』
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは「超然主義演説」として有名です。超然主義とは、外の
動静には関与せず、超然(平然)として独自の立場を貫く主義の
ことをいうのです。一般的には、大日本帝国憲法発布後、帝国議
会開設から大正時代初期頃までにおいて、藩閥・官僚から成る政
府がとる立場を指し、政府は議会・政党の意思に制約されず行動
すべきであるという主張であるとされています。
 黒田総理大臣の演説の意味は非常に難解ですが、原英史氏の解
釈によるとポイントは次の2つです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.議会人(政治家)は国益ではなく、私利私欲だけを考える
   低劣な存在であること
 2.官僚(当時は大臣を含めて官)は議会人の影響を受けずに
   国益のために働くこと
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは「官を尊び政を卑しむ」思想なのです。薩摩・長州の藩
閥勢力と対峙していた議会勢力に対抗するための思想です。しか
し、このときは頂点に天皇がおり、官僚はその天皇に仕える存在
として位置付けられていたので、それは正しいものとして受け入
れられてきたのです。
 これによると、もともと官僚の方が政治家よりも地位が上の存
在であり、太平洋戦争終了までこの状態が続くのです。しかし、
太平洋戦争が終結し、天皇が象徴天皇になると、官僚の上の存在
がいなくなってしまったのです。
 しかし、官僚たちはそれまでの地位を維持するために狡猾な方
法でその地位の保全を図ったのです。これについては明日のEJ
で述べます。       ─── [日本の政治の現況/65]


≪画像および関連情報≫
 ●事務次官のルーツは何か
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  事務次官のルーツは「次官」である。日本語における次官の
  語の使用は、律令制のもとですべての官司に置かれた四等官
  の第2位である「次官」(すけ)に遡り、大宝律令以来の官
  名である。近代以降の日本においては、大臣(各省大臣およ
  び大臣庁の長官たる国務大臣)の下に位置する官僚機構の最
  高責任者であり、戦後は事務次官と称する。これに対して大
  臣を置かない機関(警察庁)や外局(法務省外局の公安調査
  庁、国土交通省外局の海上保安庁、経済産業省外局の中小企
  業庁など)では、次官ではなく次長と称する。
                    ──ウィキペディア
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原英史氏の本.jpg
原 英史氏の本
posted by 平野 浩 at 03:06| Comment(1) | TrackBack(0) | 日本の政治の現況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする