2011年08月16日

●「鳩山氏も『小沢外し』をしている」(EJ第3120号)

 鳩山・菅首相の下での民主党政治によって、せっかくの政権交
代が無意味になろうとしています。とくに菅首相は、内閣不信任
案可決の間際に追い詰められ、その場しのぎの退陣を口にして党
員を欺き、2ヵ月以上も政権に居座り続けて、今ごろになって、
やっと辞任を口にする始末です。
 2010年の参院選での大敗でも誰ひとりとして責任を取らず
不幸にして起こった3・11の東日本大震災や福島原発事故に対
しても政府は稚拙な対応を繰り返し、復旧・復興対策は大幅に遅
れ、被災地から強い不信を買っています。
 それに加えて首相がいったん辞任を表明しながら居座ったため
に生じた外交空白による国益の喪失、国民との約束のマニュフェ
ストの取り下げなど、失政に次ぐ失政を重ねてテンとして恥じる
ところがないのです。
 民主党がこういう事態に陥った最大の責任は、菅内閣の閣僚や
執行部に加えて、2010年9月の民主党代表選で「菅直人」に
投票した民主党の議員全員にあります。しかるに、現在ポスト菅
の有力後継者として名乗りを上げているのは野田財務相であり、
それを仙谷、前原、岡田の3人が支える構図になる可能性が十分
あります。彼らには既に前科があるように、「責任を取る」とい
う意識がぜんぜんない人たちのようなのです。
 どうして鳩山内閣と菅内閣は、このような失政を重ねることに
なったのでしょうか。
 結論から先にいうと、その原因は、両内閣ともに「小沢外し」
を画策したことにあります。このようにいうと、鳩山内閣のとき
は違うのでは・・と考える人が多いと思いますが、実は程度の差
こそあれ、鳩山、菅両氏ともに「小沢外し」を行い、結果として
政権運営に失敗しているのです。
 鳩山政権最大の失敗は、幹事長の小沢氏を政策決定の場から外
したことにあります。既に述べたように、民主党の議員は政権交
代をすると、一斉に小沢氏排除に乗り出しているのです。鳩山首
相は小沢氏に幹事長を引き受けてもらうことは考えていたのです
が、政策の決定には関わってもらいたくなかったのです。
 本当は、選挙前と同様の代表代行(選挙担当)をやってもらい
たかったのですが、それでは政権交代の功労者である小沢氏にあ
まりにも失礼であるとして、幹事長を打診したのです。しかし、
「選挙と国会運営」に限定して、政策決定には関わらせないよう
にしたのです。結果として、これが鳩山政権が窮地に陥ったとき
小沢氏が助けられなかった原因になるのです。
 新聞報道で間違っているのは、小沢氏が政策調査会を廃止した
としていることです。これは、鳩山氏の周辺にいる官僚出身議員
が、一般議員に政策を作らせると族議員化するからということで
政府に一元化することに決めたのです。これについても、小沢氏
に政策に関わって欲しくないということから決まったことです。
 これら一連のことを「小沢外し」といわずして、何というので
しょうか。与党政治がどういうものであるかを一番熟知している
小沢氏を外しても政権運営できるという思い上がりが鳩山政権を
迷走させたのです。
 しかし、小沢氏はそういう不当な条件をすべて受け入れている
のです。なぜかというと、民主党にとって一番重要なことは、次
の参院選(2010年7月)であり、そこで勝たなければ政治改
革は何も進まないと考えたからです。
 しかし、小沢氏にも誤算があったのです。まさか、自分の秘書
3人が逮捕されるとはさすがに考えていなかったからです。それ
は、官僚機構がそれほど小沢氏が力を握ることを恐れていること
を意味しています。
 しかし、鳩山内閣の支持率はどんどん下がり、小沢氏の秘書3
人の逮捕による影響も受けて、参院選を勝ち抜くためには、鳩山
内閣を退陣させ、党を立て直す以外に方法はなかったのです。そ
こで小沢氏は輿石参院幹事長と相談し、自分も辞めることを前提
に鳩山氏に退陣を迫ったのです。そのとき、小沢氏は、後継は菅
氏ということに決めていたのです。
 しかし、鳩山氏はなかなか辞めなかったのです。鳩山氏といえ
ども政権を簡単に投げ出したくはなかったので、辞めることにつ
いては聞く耳を持たなかったのです。そこで小沢氏は鳩山氏に花
を持たせる作戦に出たのです。このことについて、平野貞夫氏は
次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 鳩山首相を辞任させるにあたって、鳩山氏が自分も首相をやめ
 るから小沢氏にも辞任を迫った、と報じられているが、真実は
 逆だ。この辞任劇はすべて小沢氏の脚本、演出によるものだ。
 鳩山首相は辞任すべきであったのに、なかなか辞任しないこと
 に小沢氏は頭を悩ませていた。日本の首相として格好もつけさ
 せてやらなければならないから、小沢氏が悪役になることで、
 辞任の大義名分を与えてやったわけだ。   ──平野貞夫著
        『日本一新/私たちの国が危ない』/鹿砦社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 この時点で小沢氏は菅直人という人物を過大評価していたので
す。菅氏の下で挙党一致体制を築き、何よりも参院選を勝利する
計画を立てていたのです。狙い通り、鳩山・小沢のダフル辞任に
よって、菅政権の支持率は一挙に回復し、参院選の勝利は間違い
ないものと思われたのです。
 しかし、菅氏と仙谷氏一派は、これを小沢追い落としの絶好の
チャンスととらえたのです。菅氏は民主党の政策スローガンであ
る「国民の生活が第一」という理念を捨て去り、「強い経済、強
い財政」という新自由主義を復活させ、小沢政策を全否定に出た
のです。ここまでは、鳩山・菅の両氏は共同歩調をとっていたと
考えられます。そして、突如として消費税増税を打ち出し、参院
選に惨敗を喫することになります。さらに民主党はその後の選挙
で負け続けるのです。    ── [日本の政治の現況/46]


≪画像および関連情報≫
 ●鳩山首相辞任会見/極東ブログ
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  鳩山由紀夫首相は退陣すべきだと思っていたが、これまでど
  れほど失態しても嘘と無責任を貫いてきたので、このまま参
  院選で痛い目に合うしかないのだろうとも思っていた。しか
  も実際には、それほど痛い目に合うこともないのかもしれな
  い。そんな中、今日午前鳩山首相辞任と聞いて少し驚いた。
  小沢幹事長も辞任すると聞いて、もう少し驚いた。辞任の弁
  を聞いて、呆れた。会見では鳩山首相は涙ぐんでいるように
  も見えた。辺野古に新基地を押しつけた時点で辞任を考えて
  いたのかもしれない。が、実際に話を聞いていると、本当に
  ダメだったんだなこの人という思いを新たにした。産経新聞
  「鳩山発言詳報」より。
  http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/06/post-b7ca.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

鳩山首相と小沢幹事長(当時).jpg
鳩山首相と小沢幹事長(当時)
posted by 平野 浩 at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の政治の現況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする