2011年07月07日

●「公務員改革はなぜ進まないか」(EJ第3093号)

 憲法によると、行政権は内閣に付与されています。つまり、法
律上は各省庁の大臣はその省庁のトップとして、その運営を担う
ことにができるわけです。しかし、日本の大臣は省庁の運営にか
かわることはない。省庁の官僚がそれを許さないし、運営しよう
としてもできるはずがないからです。
 つまり、大臣とは名ばかりで、各省庁の事務次官が実質的な権
力を握っているのです。したがって、大臣は余計なことにはかか
わらず、省庁のことはほとんど事務次官にまかせて自分は神輿の
上に乗って悠然としていれば、物事はスムーズに運ぶのです。神
輿に担ぐのは軽い方がよいといわれるように、むしろ無能の大臣
の方が物事はスムーズにうまく行くのです。
 少し力のある大臣であれば、与党内の勢力をバックに省庁の高
級官僚の人事に何らかの影響を与えて、政策決定の分野で自分の
影響力を示すことはできますが、よほどのベテランの大臣でない
限り、それは困難なのです。
 大臣は内閣改造や選挙によってその任期はきわめて短く、その
省庁における情報を吸収する時間はなく、実務に関しては、入省
してからずっとその省にいる事務次官にはとても対抗できないの
です。このように、ごく一部の例外を除いて、大臣のその省庁へ
の影響力はほとんどないといっても過言ではないのです。
 その一部の例外といえるのが、田中角栄元首相なのです。田中
角栄は官僚の扱いが非常に上手な政治家であり、大臣時代から事
務次官をはじめ多くの官僚は角栄のいうことであれば、どのよう
なことでも進んで協力したといわれています。
 田中角栄のエピソードとして伝えられていることはたくさんあ
ります。大臣には大臣機密費という自分の裁量で自由に使える機
密費がありますが、田中角栄は、郵政、大蔵、通産大臣のときは
それに一度も手を付けず、「部下の面倒も見なければならんだろ
う、自由に使ってくれ」とすべて事務次官に渡していたといいま
す。官僚が驚いたのはいうまでもなく、特に課長クラスには目を
かけ、飲み食いできる金額を人知れず渡していたというのです。
今の首相や大臣とは大変な違いです。
 小沢氏はそういう角栄の側近として仕えており、角栄の人使い
の見事さに感服はするものの、官僚が最も嫌がることはしない人
であり、それが角栄の限界とあると見抜いていたのです。これが
小沢氏が自民党を離党した大きな理由なのです。自民党にいては
政治改革はできないと悟ったからです。
 ここで知っておくべきことがあります。政治家には次の2つの
タイプがあるのです。
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           1.党人派政治家
           2.官僚派政治家
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 「党人派政治家」というのは生粋の政党員である政治家です。
これに対して「官僚派政治家」とは、官僚(かつては軍人、皇族
などを含む)出身の政治家のことです。
 明治政府が成立した初期は、薩長の藩閥出身者が政権の大半を
占めていたのですが、その後、藩閥の影響下にある官僚出身者と
自由民権運動に端を発する政党出身者が政権に加わるようになっ
たのです。これから、前者を官僚派、後者を党人派とする用語が
生まれたのです。したがって、これらの2つの言葉は明治時代か
らあるのです。
 第2次大戦前は、軍部が台頭し、軍人出身の政治家が多数を占
めたのですが、戦後は軍そのものが解体され、それに加えて、公
職追放によりその他の人材も大量に追放され、政治家が不足して
しまったのです。
 この事態に対処するため、時の総理の吉田茂は、代わりの人材
として自らの出身母体である官僚から政治家を大量に登用し、後
に公職追放から復帰した鳩山一郎などの党人派と対置されるよう
になったのです。
 こういう官僚派の政治家が古巣の省庁の大臣になる場合は、人
にもよりますが、少なくとも党人派の政治家よりもその省庁につ
いての情報もあるし、知己もいるので有利になります。
 しかし、そういう官僚派政治家への官僚組織の協力は、あくま
で彼らが官僚組織を毀さないということが条件であり、もしそれ
をやると、手痛い反撃を食う結果になるのです。
 例えば、公務員制度改革などをやろうとするには、官僚の気質
を知りぬいている官僚派政治家の方が本当はよいのですが、その
ようなことをする官僚派政治家はほとんどいないのです。
 「脱官僚」といえば民主党の専売特許のように考えている人が
多いですが、実は1962〜64年にかけて、第一次臨時行政調
査会(会長/佐藤喜一郎三井銀行会長)が、当時の池田勇人内閣
に脱官僚の提言を出しており、実に40年以上前から議論されて
きているが、何も実現していないのです。
 したがって、民主党が政権を取ると、たちまち尻尾を丸め、菅
内閣に至っては、脱官僚どころか官僚中心に回帰してしまってい
るのです。明治維新以来、大久保利通をはじめ多くの官僚派政治
家がそのシステムの維持のために心血を注いで守り抜いてきたも
のを力のない政治家が切り崩せるはずがないのです。
 それなら官僚にしたがった方が得策と考えて、自らの掲げた公
務員制度改革を骨抜きにしようと考えているように見えるのが現
在の菅内閣であるといえます。
 その典型が自らキャリア官僚でありながら、抜本的な公務員改
革を唱える古賀茂明氏の勇気ある行動を助けるどころか、国会で
恫喝し、退職を強要されているのを見て見ぬフリをする菅内閣の
姿勢です。「脱官僚」を掲げて政権交代を成し遂げながら、その
最大の功労者の小沢氏を座敷牢に閉じ込め、官僚に尻尾を振る菅
内閣の姿勢こそ「ペテン師」そのものであるといっても過言では
ないでしょう。       ── [日本の政治の現況/19]


≪画像および関連情報≫
 ●元行革大臣補佐官/原英史氏の言葉
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  ところで、ここまで「脱官僚」という言葉を使ってきたが、
  お気づきだろうか、鳩山総理(当時)は、総選挙前後から、
  「脱官僚」という言葉を意識的に避け、「脱官僚依存」と言
  い換えるようになった。「官僚に依存することがいけないの
  であって、官僚をすべて排除するわけではない」という論理
  だ。この論理は別に間違いではないが、当たり前のことだ。
  官僚を全員クビにして政治家だけで行政府を運営することな
  ど、国民は誰も期待していない。そんな誤解を心配するのは
  全く無意味だ。どうでもよいところで言葉を言い換え始めた
  ときは、たいてい裏がある。要するに、政権獲得を目前に、
  腰が引けたのだと思う。     ──原英史著/新潮社刊
    『官僚のレトリック/霞が関改革はなぜ迷走するのか』
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田中角栄元首相.jpg
田中 角栄元首相
posted by 平野 浩 at 04:12| Comment(1) | TrackBack(0) | 日本の政治の現況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする