2010年03月01日

●「参議院鳥取一区で見せた小沢選挙」(EJ第2763号)

 営業をやったことのある人なら誰でも感ずることがあります。
それは、この仕事は何年続けてもつねに不安感がつきまとうとい
うことです。普通の仕事であれば、何年も続けてやればそこに何
らかの安定感のようなものが生まれるものですが、営業の仕事は
それがなかなか得られないのです。何年経っても営業は成果に対
する不安感が消えない仕事であるといえます。
 選挙も営業とまったく同じであり、いつもフワフワした感じで
安定感などとても得られない――これが、普通の選挙のイメージ
であると思います。組織頼み、風頼み、空中戦頼りの選挙をやっ
ているから、そうなるのです。
 小沢流の選挙は、田中角栄直伝といわれますが、対人コミュニ
ケーションを重視するもので、具体的には、次の5つになるとい
うのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.当選までに、候補者は有権者のもとへ三万回足を運び、辻
   立ち五万回をこなすこと
 2.支援してくれる組織に頼るよりも、まず自分一人の力で状
   況を切り開く
 3.演説は長時間ではなく、一分、三分、五分の短いものにす
   る。場所も人が集まるところでなくていい。たとえ人がい
   ない路地で演説しても、窓の向こうにいる人が聞いてくれ
   ていると信じて話をする
 4.世論調査は何度も繰り返す。つねに最新の数字をもとに、
   選挙運動、演説の中身を見なおす
 5.生のコミュニケーションを大切にする。テレビやインター
   ネットといったメディアよりも、一人でも多く、実際の有
   権者と会う
 6.頑固でもいい。自分の主張を通す。ぶれない。ふらふらし
   ない。強い主張と受けとめてもらうには、同じことを何度
   もいいつづけること
                ――野地秩嘉/小塚かおる著
      『小沢選挙に学ぶ/人を動かす力』/かんき出版刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢が重視しているのは「握手」なのです。民主党の若い政治
家は、少しでも長い時間をとって政策を話そうとしますが、小沢
は、演壇に立って長い時間話すよりも、一人ひとりと握手する方
が効果があると考えているのです。
 また、最近の政治家は政治のバラエティ番組にレギュラーのよ
うに出演していわゆる「空中戦」をやっています。テレビであれ
ば、大勢の人の目にとまるから有利だと考えているからです。
 しかし、既に述べたように小沢はそういう政治のバラエティ番
組にはいっさい出演せず、足を運んで多くの人と会い、握手を交
わすことに全力を尽くすのです。「ふれあいに勝るものはない」
と考えているからにほかならないのです。それに長い話をしてい
たら、多くの人に会えないので、話は極力短くして、一人でも
多くの人と握手を交わす方が効果があると説くのです。
 不世出の生命保険セールスパーソンといわれる原一平氏は、一
日15人に会うことを目的に活動していましたが、一人との面会
時間は3分から5分と極端に短かかったのです。それでいて、月
に30件以上の契約を成約していたのです。
 小沢にしても、原一平氏にしても大勢の人と会うということに
重点を置いており、そういう意味では同じことをやっているとい
えます。選挙も営業も多くの人に会うことは同じなのです。
 『小沢選挙に学ぶ/人を動かす力』の著者は、2007年の参
議院選において語り草となっている小沢の行動力を紹介していま
す。引用すると長くなるので、その概要を書くことにします。
 小沢は選挙初日の2007年7月12日、遊説先として参議院
一人区のひとつである鳥取一区を選んだのです。鳥取といえば自
民党の牙城のひとつであり、あの衆議院議員・石破茂氏の選挙区
です。そして、このときの参議院選も石破後援会が中心になって
動いていたのです。普通ならば民主党にとってとうてい勝ち目の
ある選挙区ではないのです。しかし、小沢はその自民党の牙城を
崩そうとしたのです。
 しかし、その7月12日は台風が日本を襲い、とても鳥取まで
行ける天候ではなかったのです。しかも、小沢が行こうとしてい
たのは、例によって川上に当たる鳥取県の山の中にある八頭町役
場前なのです。ここは米子空港に降り立ってから、車で何時間も
かかる場所なのです。そんな辺鄙な場所に台風の日に行ってもと
ても大勢の人が集まるとは思えないでしょう。集まってもせいぜ
い100人前後と予想されていたのです。
 スタッフは小沢代表に思い止まるよう説得したのですが、小沢
は聞き入れず、小型機をチャーターして台風をついて鳥取に飛ん
だのです。八頭町に着くと、何と2000名を超える人が集まっ
ていたのです。会場に着いた小沢は、話をはじめる前に会場に集
まっている一人ひとりと握手をはじめたのです。
 近くにいる何人かと握手を交わすのではない。2000人一人
ひとりと握手するのです。こんなことは前代未聞のことです。そ
のとき会場には石破陣営の人が偵察に来ていたのですが、その様
子を見て「これでは自民党は負ける」とつぶやいたそうです。
 選挙結果はその通りとなり、民主党の川上義博氏が勝利したの
です。川上氏は小泉郵政解散で造反し、自民党を離党して、20
06年に民主党に入っています。
 先に同じく自民党を離党して民主党入りした参議院議員に田村
耕太郎氏がいますが、田村氏も鳥取一区を選挙区としており、今
年が改選組なのです。小沢氏としては、そういう自民党の象徴的
な選挙区を潰すことで、自民党に壊滅的な打撃を与えることに成
功したのです。それは今年も続いているのです。
 自民党の石破茂氏が国会で鳩山首相や小沢幹事長の責任を声高
に攻めるのはこういういきさつがあるからなのです。
                ―――[小沢一郎論/39]


≪画像および関連情報≫
 ●参議院一人区――29選挙区
  ―――――――――――――――――――――――――――
  改選議席が1人のため、小選挙区的要素を持つ。二大政党制
  に近づくと、一人区は第一与党と第一野党の二政党で争われ
  ることが多くなる。大政党にとっては、自党候補が一人区で
  当選することは対立党候補の落選につながる。参議院選挙で
  は地方区選挙における一人区の数が多いことから、一人区の
  勝敗が選挙全体の鍵を握るとされている。1989年参院選
  の社会党のマドンナ旋風や2007年の民主党の民主旋風な
  どが起こると、選挙結果で参議院与野党逆転――ねじれ国会
  になることもある。         ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

川上義博氏と小沢一郎氏.jpg
川上義博氏と小沢一郎氏
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2010年03月02日

●「小沢戦略/小選挙区150の論理」(EJ第2764号)

 2月20日付の日本経済新聞は、日歯連の政治団体である「日
本歯科医師連盟」が、今年夏の参議院選で、初めて民主党の比例
代表候補を支援する方針を正式決定したと伝えています。
 このように今まで自民党を支援してきた大団体が次々と民主党
支援に切り替えています。この動きは、日本医師会や他の団体な
どにも大きな影響を与えるものと思われます。これらの工作も小
沢幹事長ならではの手腕であるということができます。
 小沢は、選挙において大衆を動かすときは一人でも多くの人に
会い、握手をする――しかし、演説には時間をかけない方針を徹
底します。しかし、組織を説得するときはそれとはまるで違う対
応をするのです。
 組織の説得には時間をかけてじっくり話すのです。場合によっ
ては宴席を設けてとことん話し込むこともある。そういうとき、
小沢はどのようにやるのでしょうか。『小沢選挙に学ぶ/人を動
かす力』の著者は次のように述べています。企業の管理職にきっ
と役に立つことが多いと思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢はまた、現場の労働組合の幹部と盃を交わすこともある。
 そういうときは必ず居酒屋を使う。ホテルの宴会場などではな
 い。民主党関係者は、その理由をこう述べている。
 「小沢さんは、いちばん狭い部屋を用意させるんです。体を寄
 せ合うくらいの距離で話し込む。そうすることで、はじめて一
 体感が生まれる」。小沢は、労働組合の幹部一人ひとりにお酌
 をしてまわり、じっくり話を聞く。しかも、必ず上着を脱いで
 ワイシャツ姿になるのだ。場が盛り上がり、雰囲気がいいとき
 は、帰りの電車や飛行機の時間にかまわず、小沢は同行してい
 る側近や職員にこう声をかける。「しかたない。泊まっていこ
 う。おい、二次会をセットしろ」。そして、カラオケに繰り出
 す。小沢の十八番は、八代亜紀の「舟唄」である。
                ――野地秩嘉/小塚かおる著
      『小沢選挙に学ぶ/人を動かす力』/かんき出版刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢の選挙戦略に「150の論理」というのがあるのだそうで
す。日本の衆議院総選挙の制度は「小選挙区比例代表並立制」と
いい、480議席を次のように分類します。このうち、小選挙区
は300議席です。
―――――――――――――――――――――――――――――
      小選挙区  ・・・・・ 300
      比例代表制 ・・・・・ 180
      ―――――――――――――――
                  480
―――――――――――――――――――――――――――――
 この小選挙区300のうち、150――つまり過半数を取れば
必然的に比例も過半数に近い議席数が取れるというのです。その
ために小沢は、勝てる選挙区を絞って、そこに集中的に人と資金
を注ぎ込むという「選択と集中」の考え方を徹底したのです。
 小沢が選挙を一元的に担当する前は、民主党は無駄なところに
経費を使い、効果を上げていなかったのです。例えば、政策をア
ピールするために、「おかしなことなくし隊」とか「ガソリン値
下げ隊」のためのキャラバン隊を作り、全国を遊説して回ったの
です。あくまで、政策で勝負しようとしたのです。
 しかし、そのために、5000万円から1億円も経費をかけて
いたのですが、それをやったからといって、どのくらい票に結び
つくか一向に把握できなかったのです。何となくムードアップの
ためにやっていたに過ぎないのです。これは売れない店舗にもお
金をかけてその分資金を無駄に使っていたことになります。
 そして2009年の衆議院選で小沢は何回も世論調査を繰り返
し行い、勝てないと思う選挙区は捨て、勝敗ラインぎりぎりの重
点選挙区には集中的に人と資金を投入し、勝ちに行ったのです。
 ちなみに小沢が2009年の衆議院選では勝てないと判断した
選挙区は東京では次の3つです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.東京 8区 ・・・・・ 自民党・石原伸晃代議士
  2.東京11区 ・・・・・ 自民党・下村博文代議士
  3.東京25区 ・・・・・ 自民党・井上信治代議士
―――――――――――――――――――――――――――――
 これらは、1996年に小選挙区制になって以降、自民党が議
席を死守してきているところばかりなのです。とくに8区と11
区にいたっては、自民党以外の政党が比例復活すらしたことがな
いという最強選挙区なのです。小沢はそういう選挙区は捨て、徹
底的な「選択と集中」の結果、民主党は221議席という圧倒的
な勝利を勝ち取ったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    ≪2009年衆議院選党派別小選挙区議席獲得実績≫
    自民党    ・・・・・・・・・・・・  64
    民主党    ・・・・・・・・・・・・ 221
    公明党    ・・・・・・・・・・・・   0
    共産党    ・・・・・・・・・・・・   0
    社民党    ・・・・・・・・・・・・   3
    国民新党   ・・・・・・・・・・・・   3
    みんなの党  ・・・・・・・・・・・・   2
    新党日本   ・・・・・・・・・・・・   1
    無所属    ・・・・・・・・・・・・   6
    ―――――――――――――――――――――――
                        300
―――――――――――――――――――――――――――――
 まさに「選挙の小沢」そのものです。現在は民主党に逆風が吹
いていますが、自民党の支持率は上がっておらず、夏の参議院選
までは時間があるので、小沢は勝利のために着実に手を打って行
くはずです。          ―――[小沢一郎論/40]


≪画像および関連情報≫
 ●衆議院総選挙の仕組み/基礎の基礎る
  ―――――――――――――――――――――――――――
  小選挙区制は「多数代表制」。1票でも多数の支持を得られ
  た人が当選するしくみです。要は、ナンバーワン、1人だけ
  が当選するしくみです。アメリカ両院、イギリスやカナダの
  下院は純粋にこの小選挙区制です。しかし、アメリカのよう
  な二大政党制ならいざしらず、日本のように小政党もある場
  合、たくさんの候補がしのぎを削り、「40%弱の得票率で
  当選」ということもあるのですね。それはいかがなものか、
  という議論もあります。ちなみに、下院で小選挙区を採用し
  ているフランスは過半数の得票率を獲得した候補がいない場
  合、1週間後、12.5 %の得票をしたもののみで決選投票
  をするようにしています(2回投票制)
  http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20050808A/
  ―――――――――――――――――――――――――――

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「小沢選挙に学ぶ/人を動かす力」
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2010年03月03日

●「小沢選挙を指導する秘書軍団」(EJ第2765号)

 小沢には最強の「秘書軍団」がついています。小沢選挙に欠か
せない存在です。しかし、この秘書軍団の詳細については詳しく
知られていないのです。その人数については諸説がありますが、
15人前後といわれています。
 この小沢秘書軍団――民主党の議員を正規軍とすると、ゲリラ
部隊という位置づけです。これらの秘書軍団は、そのほとんどが
小沢邸に住み込んで、小沢の身の回りの世話から寝食まで一緒に
する書生の経験者から構成されています。つまり、小沢イズムを
頭から叩き込まれているスタッフです。
 問題はこれらの秘書軍団の費用です。給与、宿泊代、交通費、
レンタカー代、ガソリン費、飲食代など、莫大な費用がかかりま
すが、そのすべてを小沢事務所が負担しているのです。党の選挙
のために働いているのですが、もちろん、民主党自体や候補者に
は、いっさい負担を求めていないのです。
 「小沢は億という単位のお金を何に使っているのか。私腹を肥
やしているのではないか」とメディアは何の根拠もなく書き立て
ますが、これだけの秘書軍団がいれば億単位のお金がかかっても
不思議はないといえます。
 『小沢選挙に学ぶ/人を動かす力』の著者は、これについて次
のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 2009年3月に、西松建設事件で公設秘書が逮捕されたさい
 の記者会見で、「多額の献金を集めて、何に使っているのか」
 とたずねた記者がいた。これに対し、小沢は憮然とした表情で
 答えた。「ほかの議員よりはるかにスタッフ(秘書)がいる。
 いろいろなお手伝いもしてもらっている。あなた(記者)のほ
 うが実態はわかっているはずです」。献金の一部は、全国に散
 らばる秘書軍団の活動経費にまわったのだろう。
                ――野地秩嘉/小塚かおる著
      『小沢選挙に学ぶ/人を動かす力』/かんき出版刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 これらの秘書軍団は小沢流選挙のプロです。選挙にかかわるこ
とはすべてやるのです。ポスター貼りにはじまって、辻立ちのや
り方、ミニ集会の開き方、後援者づくり、支持団体との付き合い
など、すべて候補者にその実践を教え込むのです。
 秘書たちには担当地域が割り振られており、担当地域について
は全責任を負わされています。評価は、候補者の当選ですが、そ
れだけでなく、その前提となる支持率の伸び、どのくらい票を集
められたかが厳しくチェックされるのです。したがって、秘書同
士の競争意識は大変激しいのです。
 小沢が各秘書について担当地域を決めているもうひとつの理由
は、地域ならではの情報収集を受け持たせているのです。彼らは
担当地域を這うように歩いているので、中央では入りにくいナマ
の情報が入手できます。これらの情報は逐一小沢にもたらされ、
小沢は居ながらにして全国の詳細な情報が入手できるようになっ
ているのです。ちょっとしたことで風向きの変わる選挙ですから
こうした秘書のもたらす情報には価値があるのです。
 秘書軍団の秘書は、完全に候補者の裏方に徹し、表には姿をさ
らさせないのです。ある秘書によると、候補者と移動するときは
候補者よりも30メートルほど後を歩くそうです。なぜ、そうす
るのか。それにはちゃんとした理由があるのです。
 選挙では、候補者が人が集まる商店街に入り、店主と話したり
する様子がよくテレビで報道されます。候補者というのは、本能
的に人の集まるところを歩きたがるからです。
 テレビに映っているので商店主は愛想よく応対していますが、
あれは商店主たちにとっては迷惑もいいところなのだそうです。
店の入り口を塞ぐのでお客は入らないし、何も買わないし、要す
るに邪魔者なのです。
 実際に候補者たちの一団が通り過ぎると、商店主たちはそうい
う文句をいっていることが多いのです。そういうとき、30メー
トル後を歩く秘書は「ご迷惑をかけて済みません」、「すみませ
んね」、「よろしくお願いします」と商店主に声をかけ、握手を
したりして、フォローして歩くのです。
 私は伝統的生保会社の出身で、生保営業を生涯テーマとしてい
ますが、この小沢の選挙戦略を知ったとき、これはそのまま生保
営業に応用できると感じたのです。
 選挙も生保営業も一人でも多くの人に会うという点では基本は
まったく同じであり、そのやるべきことはほとんど変わらないの
です。まさに生保営業も「どぶ板」をやるべきなのです。
 それにこの秘書軍団によるサポートチームは、多くの現場経験
者を擁する生保会社であれば、十分編成可能です。彼らは必要に
に応じてチームで重点地域に出張し、そこに必要な期間とどまっ
て、その地域の営業部隊に実地指導を施したり、現地経験の乏し
い新人マネジャーに地域開拓のノウハウを叩き込んで、成果を上
げるところまでやるのです。
 小沢は、「候補者は多くの人に会うべし」として次のように述
べています。その厳しさは、一般企業の営業担当者のはるかに上
を行くのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 まずはとにかく一軒一軒のドアを叩いて、自分自身で挨拶して
 回ることだ。「こんにちは、今度選挙に立候補する○×です。
 どうぞよろしくお願いします」。新人候補なのだから、誰も話
 を聞いてくれない。だから、せいぜい挨拶程度しかできないが
 これをやりつづける。一日フルに回れば、都市部なら300軒
 は挨拶できる。一戸当たり3人と考えれば一日で1000人。
 人口10万の都市でも100日、つまり、3ヶ月とちょっとあ
 れば全戸数を回ることになる。       ――小沢一郎著
          『小沢主義』/集英社インターナショナル
―――――――――――――――――――――――――――――
                ―――[小沢一郎論/41]


≪画像および関連情報≫
 ●大久保公設秘書にこんな話がある
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ゼネコン東北支店の幹部はある晩、小沢一郎民主党幹事長の
  公設第1秘書・大久保隆規容疑者(48)と酒席を囲んだ。
  ゼネコン幹部は公共工事の受注希望を大久保秘書に伝え、大
  久保秘書はパーティー券購入や選挙への動員を幹部に頼む仲
  だった。幹部は封筒に入れた50万円を出し、「背広でも作
  ってくれ」。だが、大久保秘書は「のどから手が出るほど欲
  しいが、これを受け取ったことがオヤジ(小沢氏)にばれた
  ら、自分は秘書でいられなくなる」。幹部はその時、小沢氏
  の秘書の「鉄の規律」を実感したという。
  ―――――――――――――――――――――――――――

大久保秘書と小沢幹事長.jpg
大久保秘書と小沢幹事長
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2010年03月04日

●「石川議員は本当に重罪なのか」(EJ第2766号)

 2月21日に投開票が行われた長崎知事選で民主党系候補が大
敗してから10日間、依然として小沢の幹事長辞任論が高まって
います。内閣支持率も政党支持率も下がっています。何かデジャ
ヴ(既視感)、昨年の繰り返しを見ているようです。
 小沢が責められているのは、本人は不起訴になったものの、小
沢事務所の秘書2人と元秘書である衆議院議員が逮捕されている
からです。監督責任があるし、同義的にも秘書のせいにするのは
許されないというわけです。小沢自身の不起訴についても、「嫌
疑なし」ではなく「嫌疑不十分」だから、黒に近い灰色であると
大マスコミは執拗に喧伝しています。
 しかし、小沢の秘書たちは、本当に逮捕されるような重い罪を
犯したのでしょうか。政治資金規正法をていねいに読んでみると
3人の起訴には大きな疑問が出てくるのです。
 以下、『週刊朝日』3/5日号を参照してこの問題について考
えてみることにします。
 政治団体の会計帳簿は、民間とは異なり、家計簿レベルの単式
簿記であり、非公表なのです。それに、収支報告書に公表しなけ
ればならない内容は、収支のすべてではなく一部です。
 会計帳簿の方は、借入金の日付、金額、借入先をすべて書かな
ければならないのですが、収支報告書には借入金の日付を書く必
要はないのです。政治活動の自由の確保を根拠とし、政治団体の
資金繰りは明らかにしなくてもいいことになっています。
 実際の制度の運用では、年末時点の資産と借入金がわかるよう
になっていればよいとして、総務省は会計責任者に「余計な金銭
の出入りは書かなくてもよい」と指導しているのです。
 ここで石川議員の逮捕容疑を調べてみると、次のようになって
いるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢氏から提供された4億円と陸山会の定期預金を担保に銀行
 から借りた4億円の合計8億円を収支報告書の収入に記載しな
 かった。            ――『週刊朝日』3/5号
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、これはおかしいのです。政治資金規正法第4条は政治
団体の「収入」を次のように定めているからです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「収入」とは、金銭、物品その他の財産上の利益の収受で、第
 八条の三各号に掲げる方法による運用(銀行預金など)のため
 に供与し、又は交付した金銭等の当該運用に係る当該金銭等に
 相当する金銭等の収受以外のものをいう
               ――政治資金規正法第4条より
―――――――――――――――――――――――――――――
 法律用語はわかりにくいが、要するに政治団体が手元資金を銀
行預金で運用し、それを担保に相当額を借り入れても、その借入
金は政治資金規正法上の「収入」には該当しないのです。
 そうであるとすると、政治団体の定期預金を担保にした4億円
の借入金は、収支報告書の記載すべき「収入」ではないというこ
とになります。しかし、その不記載を容疑として東京地検特捜部
は石川議員を逮捕しているのです。書かなくてもいいことになっ
ていることを書かなかったからといって逮捕される――考えられ
ないことです。
 それなら、小沢氏から提供された4億円については、どうなの
でしょうか。
 これについて、石川議員が保釈後に記者会見において次のよう
に述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  「記載すべき時期を間違えたが、意図的ではなかった」
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは、土地取引は2004年10月29日に行われたが、記
載はその2ヶ月後の2005年に行われているということをいっ
ているのでしょうか。
 これについて、『週刊朝日』3/5号は、次のように述べてい
るのてす。
―――――――――――――――――――――――――――――
 04年の土地取引を05に記載したのは確かに記載ミスだが、
 土地取引を隠そうとしたわけでもないし、陸山会の収支報告書
 によれば、小沢氏からの借入金残高は03年末は1億1854
 万9268円、04年末は4億9147万8416円と記載さ
 れている。差し引き3億7292万9148円借入金が増加し
 ていることがわかるが、その分の借入金収入が「記載漏れ」に
 なっていた。結果的に、04年分の陸山会の収支報告書はその
 分、帳尻が合っていない。    ――『週刊朝日』3/5号
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、『週刊朝日』は指摘していませんが、2004年の陸
山会の収支報告書には、次の記載があるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   2004年10月29日:小沢一郎 借入金4億円
―――――――――――――――――――――――――――――
 この記載の事実は、1月10日のサンデープロジェクトで郷原
氏が指摘したのですが、テレビカメラで拡大したものを私も見て
いるのです。しかし、なぜか、この事実を検察も新聞も週刊誌も
書こうとはしないのです。いっさい無視です。
 おそらくそういう記載があることをマスコミ自身が知らなかっ
たので、いいたくないのでしょう。しかし、それが「小沢=悪」
を間違って裏付けているのです。
 銀行からの借入金4億円は政治資金規正法第4条によって「収
入」には当たらないので、記載する必要はないのであるから、こ
れは文字通り小沢からの借入金4億円ということになります。そ
うであるなら、こちらはちゃんと記載があるので不記載ではない
――どうして石川議員は、逮捕・起訴されなければならないので
しょうか。           ―――[小沢一郎論/42]


≪画像および関連情報≫
 ●サンプロ出演者/財部誠一氏のコメント
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ジャーナリストの財部誠一氏からは「4億円の借入金の記載
  があるというのは衝撃的だ。新聞ではないと報じているでは
  ないか」というような声が上がったが、日頃からこの問題に
  ついて新聞、テレビで解説している新聞の解説委員は、「確
  認してみる」などと言っているだけで、まともに答えられな
  い。毎日新聞の岸井成格特別編集委員に至っては「捜査の仕
  方がなんか変だな」と言い出す始末だ。
      ――日経ビジネスオンライン/2010.1.13
  ―――――――――――――――――――――――――――

郷原信郎氏.jpg
郷原信郎氏
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2010年03月05日

●「小沢からの現金4億円の記載はある」(EJ第2767号)

 1月10日のサンデープロジェクト(テレビ朝日)において、
郷原信郎名城大教授・元検事が指摘した陸山会の2004年度収
支報告書の次の記載──これについて、大新聞、テレビなどのマ
スコミはいっさい触れようとしませんが、どうしてでしょうか。
―――――――――――――――――――――――――――――
   2004年10月29日:小沢一郎 借入金4億円
―――――――――――――――――――――――――――――
 なぜ、このことにこだわるのかというと、これを認めてしまう
と、石川議員は無罪、したがって小沢はなんでもなかったという
ことになるからです。そうなると、それとは180度違う報道を
してきた大マスコミの面子が丸つぶれになるからです。しかし、
記載されていることは紛れもなく事実であり、その記載部分を当
日のサンデープロジェクトではカメラで拡大して写して見せてい
るので、これは動かしようのない事実です。
 陸山会が土地取引をしたのは、2004年10月29日のこと
です。前後のお金の流れから見ると、土地を購入する資金が陸山
会にはなかったので、石川議員は小沢にそのことを話して、4億
円を現金で借り、陸山会に入金したのです。土地の代金支払いに
はその金が使われものと思われます。
 同時に石川議員は陸山会の小沢名義の定期預金を担保にして、
4億円を借り入れています。これは小沢に返却するための資金と
してそうしたものと思われます。おそらく今までそういうことは
何回もあったと考えられます。それを検察やマスコミは「不自然
な金の流れ」と表現するのですが、そのことは違法でも何でもな
いことであり、よくあることなのです。
 さて、収支報告書への記載ですが、これは陸山会が小沢から借
り入れた4億円でも、定期預金を担保にして銀行から借りた4億
円でも同じ記載になるのです。したがって、その記載が、小沢か
らの現金の4億円をあらわしているのか、銀行借り入れの4億円
なのかは特定することはできないのです。
 ところが、昨日のEJで述べたように、検察は小沢から借りた
4億円と、銀行から借り入れた4億円の計8億円を収支報告書の
収入として記載していなかったとして、石川議員を逮捕・拘留し
起訴したのです。
 しかし、小沢名義の定期預金を担保にして銀行から借り入れた
4億円は、政治資金収支報告書の「収入」には該当しないので、
記載する必要がないのです。しかし、小沢からの現金の借り入れ
は記載する必要があります。
 それは記載してある──石川議員はそう主張すべきだったので
す。そういわれてしまうと、検察としては反論のしようがないの
です。しかし、石川議員は、小沢からの現金の4億円は記載しな
かったと認めてしまったのです。それが本当だったからです。
 おそらく石川議員は、定期預金を担保にした借入金は、収支報
告書の「収入」には該当しないという事実を知らなかったものと
思われます。
 検察は、石川議員があくまで2つの4億円、すなわち8億円を
不記載にしたのは、現金の4億円の存在を隠蔽したかったからで
あると推測したのです。なぜ、隠蔽したのかというと、その4億
円の中に水谷建設からの裏献金5000万円が含まれているから
であるというストーリーを検察は作ったのです。その根拠は水谷
建設の元会長の供述があったからです。
 しかし、その水谷建設の元会長は、福島前県知事の佐藤栄佐久
氏の贈収賄事件のさい、ウソの証言をしたことを裁判において認
めているのです。検察はそういう信用性の低い証言を正しいと考
えて、小沢にいたる「階段」として石川議員を逮捕したのです。
 しかし、水谷側の証言がウソだと分かっても、佐藤栄佐久氏の
罪は少ししか軽くなっていません。これは不可解な話です。
 この不合理さについては、次の木村剛氏のブログに詳細に書か
れていますので、参照していただきたいと思います。こういうこ
とはマスコミはいっさい報道をしないのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
[ゴーログ]佐藤栄佐久氏の事件こそ報道せよ!
http://kimuratakeshi.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-f78b.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 分からないのは、定期預金を担保にした借入金は、政治資金収
支報告書の「収入」ではない──この事実を検察は知っていたの
かどうかという点です。
 法律の番人であるはずの検察ですから、まさか知らなかったと
いうことでは済まないでしょう。なにしろそれによって、現職の
与党の国会議員が逮捕され、起訴されているのです。政治生命を
奪っているに等しいのです。
 しかし、石川側にも弁護士がいるのです。裁判なれば、収支報
告書の4億円の記載は、石川氏の錯誤であって、実は小沢氏から
の現金の4億円に関する記載であったと主張したらどうなるので
しょうか。検察側としては反論できないと思います。
 そうなると、検察の攻めるべきことは、土地の取引が2004
年に行われたのに、記載は2005年だったという記載のズレだ
けになってしまいます。
 これについて石川議員は、「不動産の取得時期は登記の時点と
考えていたので、代金の支払いの時期に合わせた」と供述してい
るのです。このような単純ミスはよくあることであり、明らかに
形式犯です。この程度のことで逮捕されていいのでしょうか。
 もし、石川議員が実は無罪だったとしたら不当逮捕です。しか
も、それによって小沢は苦境に陥り、場合によっては幹事長を辞
任しなければならない可能性も十分あるだけに、これはきわめて
政治的な色彩の強い事件になります。
 どうして、新聞やテレビなどのマスコミは、このことを伝えな
いのでしょうか。小沢に不利なことは大々的に書くが、有利なこ
とは絶対に伝えない。最大の責めは検察よりもむしろマスコミの
方にあります。         ―――[小沢一郎論/43]


≪画像および関連情報≫
 ●石川知裕衆院議員が独占告白!
  「新聞・テレビはデタラメだらけ」
  ―――――――――――――――――――――――――――
  小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入
  を巡る事件で、政治資金規正法違反で起訴された元秘書で衆
  院議員の石川知裕氏が、ジャーナリスト上杉隆氏の単独イン
  タビューに応じた。検察の捜査手法に批判が集まるなか、石
  川氏は何を語ったのか?――動画付き
                  http://www.wa-dan.com/
  ―――――――――――――――――――――――――――

民主党離党を発表する石川議員.jpg
民主党離党を発表する石川議員
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2010年03月08日

●「大久保容疑者の第2回公判で何が起きたか」(EJ第2768号)

 2月21日の長崎県知事選の民主党大敗は、今回の小沢事務所
をめぐる政治とカネの問題が、いかに選挙に強い影響を与えるも
のかということを如実に示しています。すっかり「小沢=巨悪」
という構図が国民の間に根付いてしまっているようです。
 確かに2年連続で、小沢の秘書(現職国会議員を含む)3人を
逮捕・拘留・起訴し、マスコミがあれだけ書き立てれば、小沢自
身がたとえ不起訴でも、こういう結果になるのは当然であると思
います。自民党と官僚組織と大企業と大マスコミの連合軍の勝利
といえるでしょう。何が何でも小沢を潰すというのが彼らの戦略
なのですから・・・。
 現在の世の中は、大別すると、次の2通りの人たちがいます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.新聞・雑誌・TVは見るが、ネットはほとんど見ない
 2.新聞・雑誌・TVに加えて、ネットもていねいに見る
―――――――――――――――――――――――――――――
 1の人たちについては完全に「小沢=巨悪」と考えているのに
対し、2のネットもていねいに見る人たちは今回の小沢捜査は、
ちょっとおかしいのではないかと感じている人が多いのです。
 『週刊新潮』3/4日号の関連記事では、「政治デスク」なる
人物が次のようにコメントしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 これまで、幹事長辞任は5月の訪米後かといわれていましたが
 この敗北で時期が早まるのではないかという声が党内の反小沢
 系議員の間から出ている。昨年の西松事件で起訴された大久保
 秘書の公判が間もなく結審し、判決は4月頃になる予定。有罪
 は確実とみられ、そのタイミングでの辞任がベストというわけ
 です。          ──『週刊新潮』3/4日号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 勝手に小沢は辞任すると決め付け、大久保秘書の有罪は確実と
書いているところから見て、この政治デスクはネットの情報を信
用しないか、まったく見ていないなと思わざるを得ません。
 私がEJのテーマとして「小沢一郎論」を書いているのは、別
に小沢擁護派だからではなく、この一連の小沢をめぐる逮捕劇に
何かしら異様なものを感じているからです。
 私が不思議に思うのは、私のような部外者でも当然に感ずる疑
問を(小沢から距離を置く)民主党の一部の大臣たちが、ことあ
るごとに小沢に対して「もっと説明責任が必要だ」などと発言す
るのは、どうかと思うのです。彼らは、本当に「小沢=巨悪」と
信じているのでしょうか。それともこれを機会に小沢追い落とし
を狙って発言しているのでしょうか。
 そういうことをいっさい口にしない岡田外相は「小沢氏が必死
で戦っておられるときに説明責任をなんていえない」と発言して
いますが、これが民主党の大臣として当然の発言ではないかと思
うのです。ここまでの展開はあまりにも異常だからです。
 ところで、先ほどの政治デスク氏のコメントの中で気になるの
は、「昨年の西松事件で起訴された大久保秘書の公判が間もなく
結審し判決は4月頃になる予定。有罪は確実」という部分です。
なぜ、そんなことがわかるのでしょうか。この人物は現在大久保
裁判がどうなっているのか取材していないのでしょうか。
 実は、この大久保裁判にはある変化が起こっているのです。そ
れは、1月22日の次の新聞記事を見ればわかることです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 政治資金規正法違反事件で逮捕された小沢一郎氏の公設第一秘
 書、大久保隆規容疑者(48)について東京地裁(登石郁朗裁
 判長)は22日、今月26日から2月26日まで指定していた
 西松建設の違法献金事件の期日4回をすべて取り消した。次回
 は未定。大久保容疑者に対する西松建設事件の公判は2月にも
 結審する見込みだった。しかし、大久保容疑者に対する捜査が
 続いているため、検察、弁護側、地裁の3者が期日を取り消す
 ことで合意した。   ――2010.1.22付/産経新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 つまり、検察が大久保裁判の延期を申し入れたのです。その表
向きの理由は、検察が大久保容疑者を逮捕(再逮捕にあらず)し
たからです。
 推測ですが、検察は石川問題で本当は大久保氏まで逮捕するつ
もりではなかったと思われるのです。しかし、今年の1月13日
に行われた大久保容疑者の第2回公判で検察側がショックを受け
る思わぬことが起こったため、急遽大久保氏まで含めて逮捕した
のです。そうすれば、1月26日に予定されていた第3回公判を
「拘留中」という合法的な理由で延期できるからです。
 それでは、1月13日に行われた大久保裁判の第2回公判で何
が起こったのでしょうか。
 これについては次の記事と≪画像および関連情報≫をご覧くだ
さい。これについての解説は明日のEJで行います。
―――――――――――――――――――――――――――――
 13日、「政治資金規正法違反」に問われた小沢一郎の公設秘
 書第一秘書、大久保隆規(48)の第2回公判が開かれ、「検
 察側」の証人として出廷した西松建設の岡崎彰文・元取締役総
 務部長(68)の尋問が行なわれた。岡崎元部長は、西松建設
 OBを代表とした2つの政治団体について「西松建設のダミー
 だとは思っていない」と、検察側の主張を完全否定。さらに、
 裁判官の尋問に対しても「2つの政治団体は事務所も会社とは
 別で、家賃や職員への給料も団体側が払っていた」と、実体が
 あったと証言。大慌てした検察側が「あなた自身が訴訟を起こ
 されることが心配で、本当のことを話せないのでは」と聞いて
 も、「なぜそんなことを言われるのか分からない。もともとダ
 ミーだとは思っていなかった」と話した。
     http://octhan.blog62.fc2.com/blog-entry-1176.html
―――――――――――――――――――――――――――――
                ―――[小沢一郎論/44]


≪画像および関連情報≫
 ●第2回公判の模様を告げる読売新聞記事
  ―――――――――――――――――――――――――――
  準大手ゼネコン「西松建設」から小沢一郎・民主党幹事長の
  資金管理団体「陸山会」などへの違法献金事件で、政治資金
  規正法違反(虚偽記入など)に問われた小沢氏の公設第1秘
  書で同会の元会計責任者・大久保隆規被告(48)の第2回
  公判は、13日午後も、岡崎彰文・元同社取締役総務部長の
  証人尋問が行われた。岡崎元部長は、同社OBを代表とした
  二つの政治団体について、「西松建設のダミーだとは思って
  いなかった」と証言した。公判では、大久保被告が両団体を
  同社のダミーと認識していたかどうかが争点で、審理に影響
  が出そうだ。岡崎元部長は、裁判官の尋問に対し、「二つの
  団体については、対外的に『西松建設の友好団体』と言って
  いた。事務所も会社とは別で、家賃や職員への給料も団体側
  が支払っていた」と説明。前任者に引き継ぎを受けた際にも
  「ちゃんとした団体で、問題はないと言われていた」と答え
  た。昨年12月の初公判で、検察側は、同社が信用できる社
  員を政治団体の会員に選び、会員から集めた会費を献金の原
  資にしていたと指摘したが、岡崎元部長は「入会は自分の意
  志だと思う。私自身は、社員に入会を強要したことはない」
  と述べた。     ――2010.1.13付、読売新聞
  ―――――――――――――――――――――――――――

再び逮捕された大久保隆規氏.jpg
再び逮捕された大久保隆規氏
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2010年03月09日

●「無罪の可能性のある大久保容疑者」(EJ第2769号)

 小沢氏の公設第一秘書の大久保隆規氏が東京地検特捜部に逮捕
されたのは、2009年3月3日のことです。逮捕された容疑は
西松建設から献金を受けたにもかかわらず、別の政治団体から献
金を受けたようにして、収支報告書にウソの記載をした疑いがあ
るというのです。その政治団体とは次の2つです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.「新政治問題研究会」(95年設立、06年解散)
 2. 「未来産業研究会」(98年設立、06年解散)
―――――――――――――――――――――――――――――
 これら2つの政治団体は、西松建設のOBが代表を務めていた
政治団体ですが、団体としての実体はなく、西松建設のダミーの
団体だというのです。大久保秘書はその団体が西松建設であるこ
とを知りながら、献金を受けたとして逮捕されたのです。
 ところが、2010年1月13日の第2回公判で、検察側の証
人として出廷した西松建設の岡崎彰文・元取締役総務部長は「2
つの政治団体は事務所も会社とは別で、家賃や職員への給料も団
体側が払っていた」と、実体があったと証言したのです。
 実は、この部分がこの裁判の核心部分なのです。もし、これら
2つの団体がダミーではなく、本当に実体があったとすると、大
久保容疑者を逮捕する理由がなくなってしまうからです。
 大久保容疑者としては検察の取り調べに対し、一貫して西松と
は知らなかったといい切っているのですから、それに加えて検察
側の証人から団体は西松ではなく、実体があったといわれてしま
うと検察はきわめて苦しくなります。
 この事態に慌てた検察側は「あなた自身が訴訟を起こされるこ
とが心配で、本当のことを話せないのでしょう」と証言の撤回を
求めたが果たせず、裁判官もその点を岡崎彰文氏に確認していま
すが、岡崎氏の答弁は一貫していたのです。
 実は岡崎彰文氏も逮捕されており、調書はとられているのです
が、裁判では証言を翻しているのです。なぜ、こうなるのかとい
うと、検察側は勝手にストーリーを組み立てていて、その流れに
乗って容疑者を自白させようとしているからです。そしていった
ん調書を取ると、後から絶対に訂正に応じないので、容疑者は裁
判で供述を翻すことになるのです。
 これによって不利になったのは検察側です。このままいくと、
大久保容疑者は無罪になり兼ねないとして、16日に大久保氏を
逮捕しています。本当は15日に石川容疑者たちと一緒に逮捕し
たかったのでしょうが、所在がわからなかったので、一日遅れて
16日に逮捕したのです。一般的に逮捕するときは、事前に所在
をチェックしておくものなのですが、それをしていなかったとこ
ろに検察のあせりが見られます。
 東京地検特捜部が国民からの批判を覚悟の上で、再び陸山会に
家宅捜査に入ったのは、おそらく国民の目を大久保公判からそら
したいという気持ちのあらわれであったと考えられます。既に陸
山会には大久保容疑者逮捕のときに徹底的な家宅捜査をやってい
るので、めぼしいものが出ないことはわかっていたのでしょうが
そうせざるを得ない事情があったのです。
 そして、1月22日に検察側は大久保公判の日程をすべて取り
消し、延期をしてしまったのです。なぜなら、今までの日程で進
むと、3月後半には判決が出てしまうのです。もし、そこで無罪
ということになると、それまでの小沢捜査は何であったのかとい
う検察に対する国民の批判が巻き起ることになることを検察は何
よりも恐れたからです。
 検察の立場で考えると、大久保容疑者は絶対に無罪にはできな
いはずです。選挙前に最大野党の民主党の代表である小沢の公設
第一秘書を逮捕し、代表を辞任に追い込んだからです。もし、大
久保容疑者が無罪になれば、検察による究極の選挙妨害といわれ
かねない。そんなことは何としても避けたい――検察はそう考え
るはずです。
 しかも検察は大久保容疑者の判決が出る前に、その大久保容疑
者を含め、2人の秘書まで逮捕・拘留・起訴をしているのです。
それはあくまで大久保容疑者が有罪になるという前提でやったこ
とであるはずです。少なくとも一審では有罪にしないと、検察の
威信と信用は地に落ちます。
 ここで心配されるのは、福島県前知事の佐藤栄佐久氏の公判の
ケースです。この裁判にも水谷建設が深くからんでおり、石川議
員のケースと似ているのです。
 しかし、既に述べたように、逮捕の原因になった水谷建設元会
長の証言がウソであることが判明しており、本来なら無罪になら
なければならないのですが、なかなかそうならないのです。
 これについては、EJ第2767号(3月5日)で木村剛氏の
プログをご紹介しましたが、その核心部分を≪画像および関連情
報≫に引用しておきます。
 ところで、『週刊朝日』3/5日号は、障害者向けの郵便割引
制度が悪用された郵便不正事件にからんで、虚偽有印公文書作成
などの罪に問われた村木厚子・元厚生労働局長の公判で、大阪地
方裁判所では、信じられないようなことが起こっていると伝えて
います。検察による冤罪事件がこのところあまりにも多くなって
いるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1月27日の初公判以来、村木厚子・元厚生労働省局長の公判
 は、ほぼ過2回のペースで続いている。2月8日に、検察側の
 証人として出廷した村木被告の元上司、塩田幸雄・元障害保健
 福祉部長(58)は「供述内容は事実ではない」と言って、村
 木被告の無罪を訴えた。塩田元部長だけでなく、これまで検察
 に有利な証言をすると見られた、検察側が申請した証人たちが
 次々と「供述調書はウソ」などと法廷で証言を覆し、検察を批
 判し始めている。     ――『週刊朝日』3/5日号より
―――――――――――――――――――――――――――――
                ―――[小沢一郎論/45]


≪画像および関連情報≫
 ●佐藤栄佐久・福島前知事事件判決の異常さ/木村剛氏プログ
  ―――――――――――――――――――――――――――
  この判決の中身を詳細に見た時に、その内容の異常さに驚か
  される人は多いはずだ。判決文からは「無形の賄賂」や「換
  金の利益」などの驚くような言葉が次々飛び出してくるから
  だ。判決文は、佐藤前知事が一体何の罪で有罪になったのか
  が、全くわからないような内容になっているのだ。もっとも
  驚かされるのは、二審では一審で佐藤前知事が弟の土地取引
  を通じて得ていたと認定されていた賄賂の存在が否定された
  にもかかわらず「無形の賄賂」があったとして、裁判所が有
  罪判決に踏み切ったことだ。元々その賄賂の根拠というのは
  佐藤氏の弟が経営する会社が水谷建設に土地を売却した際、
  その売却額が市価よりも1割ほど高かったので、その差額が
  佐藤氏に対する賄賂に当たるというものだった。ところが、
  その建設会社はその後更に高い値段で土地を売却しているこ
  とがわかり、「市価より高い値段による賄賂」の大前提が崩
  れてしまったのだ。そこで検察は「換金の利益」つまり、仮
  に正当な値段であったとしても土地を買い取ってあげたこと
  が「無形の賄賂」の供与にあたると主張し、裁判所もそれを
  認めた。つまり、取引が正当な価格でなされていたとしても
  土地取引そのものが賄賂にあたると認定されたわけだ。
http://kimuratakeshi.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-f78b.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

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村木厚子元厚生労働局長
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2010年03月10日

●「『誰が日本国家を支配するか』の闘争」(EJ第2770号)

 長崎の知事選と町田の市長選の2つで民主党候補が敗れると、
新聞・雑誌・テレビなどのマスコミは、またしても世論調査を行
い、小沢の幹事長の辞任を70%の国民が望んでいるなど、民主
党の足を引っ張る論調に終始しています。
 したがって、あまり深く考えないで新聞やテレビを見ていると
民主党は例の小沢の政治とカネの問題で、相当厳しい状況に追い
込まれていると錯覚してしまいます。
 EJは民主党に肩入れするわけではありませんが、民主党はそ
んなに追い込まれているのでしょうか。そんなに嫌われているの
でしょうか。日本経済新聞社とテレビ東京が2月26日〜28日
に共同で実施した世論調査によると、「支持または好意を持つ政
党は」については、次の結果になっているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     民主党    41%
     自民党    24% ──
     公明党     5%  I
     共産党     3%  I
     社民党     1%  I
     国民新党    1%  I── 39%
     みんなの党   4%  I
     改革クラブ   0%  I
     新党日本    0%  I
     その他政党   1% ──
     支持政党なし 17%
     わからない   5%
          2010年3月1日付、日本経済新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 政党支持率で見ると、民主党の支持率は、他のすべての野党の
支持率を合計したものよりも高いのです。これだけ民主党が叩か
れているのに、自民党の支持率は相変わらず低位にあります。
 それに、選挙までには4ヶ月もあるのです。民主党の支持率回
復の可能性は十分あるでしょう。なぜ、大マスコミはそれなのに
民主党危うし、小沢辞任を!と迫るのでしょうか。大マスコミに
しては偏向が過ぎるのではないでしょうか。
 小沢は寡黙な人で不必要なことはいっさいしゃべらない。だか
らいろいろいわれるのでしょうが、きちんと目標を立てて、一歩
一歩着実にコトを進めているのです。
 かつて小沢は自民党を離党すると、新生党を結成して細川連立
政権に参画し政権交代──非自民7党一会派──を果たすと、政
権交代可能な選挙制度、小選挙区比例代表並立制を成立させてい
るのです。これは小沢にとって大きな一歩といえるでしょう。
 その後新進党を経て自由党時代になると、今度は自民党と組ん
で国会改革を進め、自民党がそれに魂を入れず形骸化させたもの
の、制度として定着させるなど、結局やるべきことを一歩一歩進
めているのです。
 そしてその仕上げをするべく、屈辱的な条件を飲んでまで民主
党に合流し、自らが代表となった2007年の参議院選で与野党
逆転を果たしたのです。そして2009年8月31日に衆議院選
で圧勝して政権交代を成し遂げているのです。
 残るは2010年7月の参議院選で過半数をとることだけが残
されているのです。この目標の達成については、今年の1月15
日に石川議員が逮捕されるまでは、ほとんど確実に達成されると
いう状況にあったことは確かです。
 小沢は、今年の自宅での新年会の席上、次のように決意を表明
しているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 今度の参院選、これが本当の改革の、国民の生活が第一、その
 政治を実行するための最終戦とそのように位置づ付けている。
 何としても過半数を取って、既存の勢力の抵抗を排除し、本当
 の意味の改革を実現しなければならないと考えている。
         ──2010年小沢邸での新年会の挨拶より
        日刊ゲンダイ/2010.3.2(1日発行)
―――――――――――――――――――――――――――――
 このままにしておくと、本当に小沢は天下を取る──自民党+
官僚機構+大企業+大マスコミの連合軍は、危機感を強めたと思
うのです。小沢は本気であり、ここで潰さないと、大変なことに
なると考えたとしてもおかしくないでしょう。
 ラスプーチンといわれる佐藤優氏は、今回の検察の動きと民主
党について、次のような独特の見方をしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 検察の動きをミクロ的に見ていると、かえって事態の本質をと
 らえることができなくなってしまう。本件について筆者は20
 09年8月30日の総選挙で民主党が308議席を獲得し、政
 権交代が起きた結果、「誰が日本国家を支配するか」を巡って
 起きている権力闘争と見ている。一般の国民の利害とは関係の
 ない「あの人たち」の権力闘争だ。
          ──『中央公論』/2010年3月号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 佐藤氏は明確にはしていないが、ここでいう「あの人たち」と
は、明らかに国家公務員上級I種試験や司法試験などの難しい資
格試験に合格したエリートを指していると思われます。彼らは、
少なくとも自民党政権下においては、実質上日本国家を動かして
いるのは上級官僚たるわれわれであると思ってきたし、現時点で
もそう思っているはずです。彼らは、一般国民を「無知蒙昧な有
象無象」として見下しているのです。
 しかし、民主党は、国家を支配するのは、国民により選挙され
た国会議員であるべきだと考えています。すなわち、政治主導が
行われるべきだと考えています。これは官僚組織にとっては、ま
さに一大事であり、多少無理なことをしても潰さなければと考え
ても不思議はないのです。    ―――[小沢一郎論/46]


≪画像および関連情報≫
 ●公務員上級T種とU種試験について/高級官僚
  ―――――――――――――――――――――――――――
  大学卒業等程度の試験と分類されているT種試験とU種試験
  の違いは、試験問題のレベルについてはT種試験は具体的に
  は大学卒業段階の知識・技術及びその応用能力を必要とする
  程度の試験とされ、大学卒業程度の試験とされているU種試
  験と異なり大学院レベルの問題も出題されること、T種試験
  が採用時から上席の係員である主任クラスとして採用される
  ことなどである。          ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●「写真」講演する佐藤優氏
佐藤 優氏.jpg
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2010年03月11日

●「『政治主導』の意味するものとは」(EJ第2771号)

 自民党時代に高級官僚──事務次官など――と政治家との関係
はどうなっていたのでしょうか。
 これについては、佐藤優氏が『中央公論』3月号で詳細に述べ
ているので、以下、それを中心にしてご紹介します。
 自民党時代においては、建前上、大臣、副大臣、政務官は、テ
クノクラートである官僚を指揮し、彼らを使って職務を遂行する
というかたちをとっています。要するに政治家は官僚を指揮して
職務を遂行することです。本来このようなことは企業では当たり
前のことです。
 ちなみに、もともとこの副大臣、政務官は、党首討論(クエス
チョン・タイム)などとともに、自由党時代の小沢が英国議会を
参考にして自民党と協議して実現させたものです。
 しかし、自民党時代は、制度自体に魂が入っておらず、小渕内
閣のときから制度は開始されたのですが、とくに副大臣、政務官
はお飾り的存在になっていたのです。
 実際問題として、その職務をこなす能力がない大臣、副大臣、
政務官も少なくないのです。仮に能力のある大臣であっても、何
か仕事をしようとする場合、官僚が情報を握っているので、官僚
の協力が得られないとやることはできなかったのです。ましてそ
れが官僚の嫌がる仕事であったときは、当然のことながら、さま
ざまな妨害をやった挙句、やろうとしないのです。厚生労働省所
管のあの「消えた年金の問題」などはその典型です。
 さらに、大臣、副大臣、政務官は役所の内部事項には極力干渉
しない――とくに課長級以下の人事には容喙しないという不文律
があります。要するに、官僚の協力を得るには彼らの嫌がること
をしてはならないのです。人事や予算に立ち入ろうとする政治家
は官僚の敵になります。
 しかし、局長以上の幹部クラスの人事については、内閣の了解
を得ることになっており、総理、官房長官、官房副長官は何かコ
トがあると、「人事や予算を認めない」というかたちで、内閣の
意思表示ができるようにはなっているのです。
 そのため、事務次官などの高級官僚は、自分たちが決めた局長
以上の人事や予算に政治家の横やりが入らないように、事前に周
到な根回しをして、事実上自分たちが決めた通りの人事や予算を
内閣に認めさせてきたのです。それが事務次官の仕事です。
 佐藤優氏によると、永田町には「俺は聞いていない」という用
語があるのだそうです。事前の根回しができていない案件につい
て政治家がよく発する言葉です。これは、逆にいうと、事前に根
回しをしておけば、局長以上の人事でも予算でもほとんどが彼ら
の決めた通りに決定できたのです。
 明治期の大日本帝国憲法においては、天皇と官僚は直接結びつ
いており、政治には憲法上大きな役割が与えられてこなかったの
です。天皇にすべての主権があって、天皇に直結する官僚が国を
動かすシステムだったのです。つまり、これまで日本は官僚主導
――官僚が国を動かしてきたのです。
 現在の民主党は、小沢幹事長を中心に今までの慣例をすべて打
破し、政治主導に切り替えようとしているのです。最初にやった
のは、事務次官会議の廃止ですが、事務次官というポストも廃止
する構えです。つまり、これは各省庁の司令塔を官僚から奪い取
ることを意味します。
 それから国会で、内閣法制局長官、外務省国際法局長が参考人
として答弁することができないようにしています。ところで、内
閣法制局長官の答弁を禁止することの意義は何でしょうか。
 これは、政治家が、憲法の有権解釈を行うことができるように
なったことを意味します。有権解釈とは、権限のある機関によっ
て行われる法の解釈のことをいいます。たとえば、集団的自衛権
の行使などの解釈については、今までは内閣法制局長官がやって
きたのですが、それを政治家ができるようになるのです。
 それでは、外務省国際法局長の答弁を禁止することの意義はど
こにあるのでしょうか。
 外務省国際法局長は、条約や協定の有権解釈をする権限がある
のです。日本という国家は、かつての天皇主権の国体から、戦後
は日米同盟を基本とする国体に変化しています。しかし、政治主
導になると、日米安保条約という戦後日本の国体を護持する役割
を政治家が担うことになるのです。
 しかし、「政治主導」とは、こういうことであるということを
民主党の政治家はわかっているのでしょうか。おそらくわかって
いないと思います。本当にわかっていて行動しているのは小沢だ
けであると私は思います。
 こういう政治主導について官僚は、政治家による国家権力の簒
奪であるとして、不安を通り越した恐れを抱いています。そのた
め、あらゆる手段を駆使して小沢を潰しにかかっているのです。
それが日本という国のためだと彼らは信じているのです。
 これに関して佐藤優氏は、特捜警察を21世紀の青年将校とみ
なして次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 国家の主人は官僚だと考える検察官僚にとって、民主主義手続
 きによって選ばれた政治家であっても、官僚が定めたゲームの
 ルールに反する者はすべて権力の簒奪者である。簒奪者から権
 力を取り返すことは正義の闘いだ。      ──佐藤優氏
             『中央公論』2010年3月号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 佐藤氏によると、1936年に2・26事件を起こした陸軍青
年将校たちは、財閥、政党政治家たちが簒奪している権力を取り
戻そうとして行動したのですが、今回の特捜警察による小沢捜査
はそれに似ているといっているのです。
 佐藤優氏はもともと優秀な外務省官僚であり、やはり官僚から
の見方という感じがします。佐藤氏は、小沢対特捜警察との決着
はまだついておらず、現在も続いてると考えているようです。
                ―――[小沢一郎論/47]


≪画像および関連情報≫
 ●内閣法制局長官とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  内閣法制局設置法第2条に基づいて置かれ、定員は1名。内
  閣法制局の事務を統括し、職員を任免し、監督することを職
  務とする。内閣法制局が単に法制局と呼ばれていた1962
  年以前は法制局長官と呼ばれており、その設置は1885年
  の法制局設置に遡る。旧憲法下では内閣書記官長と並び閣僚
  に列した。戦後、法制局が廃止された1948年から195
  2年までの間は、法務庁法制長官・法務府法制意見長官が法
  制局長官に相当する職としてあった。 ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

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「中央公論」3月号
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2010年03月12日

●「特捜検察は何をしようとしているか」(EJ第2772号)

 大新聞は書いていませんが、3月1日に東京地検の次席検事に
元最高検検事である大鶴基成氏が着任しています。2日発行の日
刊ゲンダイ/3月3日号は次のタイトルでこれを報じています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  懲りない検察/最強硬派の元特捜部長が東京地検に復帰
  小沢捜査に未練タラタラ――日刊ゲンダイ/3月3日号
―――――――――――――――――――――――――――――
 これで東京地検特捜部は、佐久間達哉現特捜部長とナンバー2
ポストの次席検事の大鶴基成氏がタッグを組むことになります。
これはいったい何を狙っているのでしょうか。
 実は2月22日に東京霞が関/法務合同庁舎で密かに検察首脳
会議が開かれたのです。出席していたのは次の7人です。
―――――――――――――――――――――――――――――
  樋渡利秋検事総長     東京地検岩村修二検事正
  伊藤鉄男次長検事     東京地検谷川恒太次席検事
  東京高検大林宏検事長   東京地検佐久間達哉特捜部長
               最高検刑事部大鶴基成検事
―――――――――――――――――――――――――――――
 会議は、小沢一郎を起訴するのか、不起訴にするのかを決める
会議だったのですが、大勢は不起訴に傾いていたのです。『週刊
文春』2月18日号は、次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「『小沢先生の了承を得た』と石川は認めています。偽装融資
 の書類に、小沢直筆のサインもある。起訴できるじゃないです
 か」。小沢一郎幹事長を不起訴とする方針がまとまり出すと、
 オブザーバー的に参加していた最高検刑事部の大鶴最高検検事
 はメガネの奥の目を怒らせながら、上層部にこう詰め寄ったと
 いう。政権与党の最高実力者に切り込んだ検察当局。その判断
 が注目された首脳会議を優位に進めたのは、次期検事総長のイ
 スをうかがう大林高検検事長を中心とした「法務官僚派」で民
 主党を刺激したくないとばかりに消極論をぶっていた。
               ――『週刊文春』2月18日号
―――――――――――――――――――――――――――――
 大鶴検事は1992年に東京地検特捜部検事になり、副部長の
ときに日本歯科医師連盟をめぐる1億円ヤミ献金事件を手がけて
いますが、献金の現場にいなかった村岡兼造元官房長官を逮捕す
るという奇妙な捜査を行っています。
 2005年には今度は東京地検特捜部長として、当時の佐久間
副部長と組んで長銀事件を担当して起訴しましたが、最高裁で全
員が無罪になるという結果になっています。それに加えて、この
2人のコンビは佐藤栄佐久・前福島県知事をめぐる収賄事件を仕
掛けましたが、証人の水谷建設の水谷功・元会長がウソの供述を
認めたことにより、現在裁判がおかしくなっているのです。
 そして今度の小沢関連捜査です。この捜査でも大鶴検事は最高
検検事でありながら、後輩の佐久間特捜部長の尻をたたき、小沢
起訴を最後まで狙ったのです。かなり無理筋で強引な捜査です。
 大林宏検事長や最初は積極的であった伊藤鉄男次長検事が捜査
が進むにつれて消極的になっていったのは無理筋だからです。そ
れに、もし小沢が生き残った場合、それも参議院選で民主党が過
半数を取った後の報復が怖いからといえます。
 その小沢起訴を狙っていた佐久間特捜部長と大鶴検事がタッグ
を組むということは何を意味するのでしょうか。
 この件に関し、ジャーナリストの魚住昭氏は次のようにコメン
トしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 一連の捜査で、国民は小沢氏を狙い撃ちするような検察の捜
 査の正体″を知ってしまった。その検察が2回失敗し、3回目
 にトライするというのは、司法の公正さを保つ意味でも、検察
 の信頼をさらに損なう恐れがあるという点でもリスクが高すぎ
 ます。   ――魚住昭氏/日刊ゲンダイ3月3日(2日発行)
―――――――――――――――――――――――――――――
 検察がなぜ小沢潰しにやっきになっているかというと、それは
検察が小沢幹事長に恐怖心を持っているからです。それは民主党
が7月の参議院選挙で60議席を取って単独過半数になった場合
のことです。そうなると、佐藤優氏によると、2つのことが起き
る可能性があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
         1.特捜部の解体・再編
         2.検事総長の政治任用
―――――――――――――――――――――――――――――
 検察が仕掛けた小沢関連捜査――いわゆる政治とカネの問題の
影響で、内閣支持率、政党支持率ともに下がっていますが、小沢
は風に頼らない組織選挙にも着実に手を打っています。
 昨年暮れのことですが、小沢幹事長は、高野山・金剛峯寺を訪
れ、全日本仏教会会長の松長有慶・高野山真言宗管長と会談して
います。この全日本仏教会には、102団体が加盟しているので
す。この会談後、小沢幹事長は次のように語っています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 キリスト教もイスラム教も排他的だ。排他的なキリスト教を背
 景とした文明は、欧米社会の行き詰まっている姿そのものであ
 る。その点、仏教はあらゆるものを受け入れ、みんな仏になれ
 るという度量の大きい宗教だ。     ――読売新聞の報道
             『中央公論』2010年3月号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 佐藤優氏によると、小沢のこのキリスト教批判発言は、周到に
練られた戦略に基づくものであるといっています。仏教の寛容さ
を称賛することによって、神道界にシグナルを送っている――こ
う佐藤氏はいいます。自民党の支持基盤になっている神道界を切
り崩そうとしているのです。そのうえで、創価学会を民主党に引
き寄せようとしています。    ―――[小沢一郎論/48]


≪画像および関連情報≫
 ●どうした!東京地検特捜部/ジャパン・ビジネスプレス
  ―――――――――――――――――――――――――――
  2000年以降、「鈴木宗男事件」「日歯連事件」「ライブ
  ドア事件」「防衛省汚職事件」「西松建設事件」など特捜検
  察が手がけた多くの事件の捜査が、検察にとっては不本意な
  結果に終わっている。そして、佐藤優氏の『国家の罠』、細
  野祐二氏の『公認会計士VS特捜警察』、堀江貴文氏の『徹
  底抗戦』など、起訴された被告人の立場で、検察の捜査や公
  判を批判する著書の出版が相次いでいる。そこで描かれてい
  るのは、事実とは異なる不合理な犯罪ストーリーを設定し、
  威迫、利益誘導などを用いた取り調べでストーリーに沿った
  供述調書を作成し、強引に事件を組み立てようとする特捜捜
  査の姿だ。
  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/1919?page=3
  ―――――――――――――――――――――――――――

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大林宏東京高検検事長
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2010年03月15日

●「政治家・小沢一郎の4つの側面」(EJ第2773号)

 『新潮45』4月号の別冊が次の「小沢一郎」の大特集を組ん
でいます。
―――――――――――――――――――――――――――――
    『「小沢一郎」研究』/『新潮45』4月号別冊
―――――――――――――――――――――――――――――
 一冊234ページすべて小沢一郎論――現在、いかに小沢が注
目のマトになっているかがわかります。EJは、1月4日からス
タートして本日で48回――終わりに近づいていますが、もう少
し続きます。
 現在最古参の議員はというと、40年勤続、連続当選14回の
次の4人しかいないのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
        民主党 ・・・・・ 小沢一郎
        民主党 ・・・・・ 羽田 孜
        民主党 ・・・・・ 渡部垣三
        自民党 ・・・・・ 森 喜朗
―――――――――――――――――――――――――――――
 この4人の中で、現在要職にあるのは政権与党の幹事長職の小
沢のみです。羽田、森両氏は首相、渡部氏は衆院副部長が最高位
ですが、小沢だけが現役の権力者の地位を保っているのです。
 政治ジャーナリストの岩見隆夫氏は、小沢一郎には次の4面性
があると分析しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
          1.利権的政治家
          2.破壊的改革者
          3.周到な戦略家
          4.独裁的政治家
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1は「利権的政治家」の側面です。
 小沢といえばつねにこの側面が強調されますが、彼はこの面で
罰を受けたことはないのです。2009年に民主党の代表を降り
ましたが、それは間近に迫った衆議院選挙を勝ちに行くためであ
り、本人が悪いことをして罰せられたわけではないのです。しか
し、今や小沢といえば「巨悪」の象徴です。
 第2は「破壊的改革者」の側面です。
 小沢は、1993年の自民党離党以降、新生、新進、自由の3
党を結党し、解党しています。そして、細川、羽田、小渕の3政
権の崩壊に直接かかわったことでわかるように、組織や秩序を容
赦なく破壊する破壊的改革者の側面があります。
 第3は「周到な戦略家」の側面です。
 小沢は、自民党の宮沢、麻生両政権から政権を奪取して、それ
ぞれ細川、鳩山両政権という2つの政権を誕生させています。そ
んな政治家がかつていたでしょうか。綿密に計画を立て、それを
長い期間をかけて一つずつ着実に実現させてきたのです。
 第4は、「独裁的政治家」の側面です。
 その結果として定着したのは、すべてを自ら発想し、強権的に
処理する手法です。現在の民主党幹事長としてもそういう手法は
使われているといえます。
 これら4つの側面は、小沢が体制の改革者であると考えると当
然持っていなければならない側面であると思います。しかし、小
沢を改革者としてみない人は多いようです。
 東大教授で政治学が専門の御厨貴氏は、「週刊朝日」の座談会
で次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 民主党内には「自民党の中で最も自民党的だった小沢さんが、
 なぜ改革を言っているのか」「改革は良いけど、あなたが推進
 力としてやるのはおかしいんじゃないか」という思いがある。
 民主党が小沢さんを切った、瞬間に、異種混合ではない政党へ
 の改造ができる。そこから全く違うエネルギーが出て、動いて
 いく可能性があると思います。――「週刊朝日」3/12より
―――――――――――――――――――――――――――――
 御厨貴氏は、明らかに小沢を「利権政治家」として見ており、
もっとも自民党的政治家とみなしています。私は御厨氏が司会す
る「時事放談」を見ていますが、はっきりとそれはいえると思う
のです。「時事放談」に出てくる政治家はどちらかというと、ア
ンチ小沢や小沢と距離を置く議員ばかりであり、民主党の出演者
は、渡部垣三氏をはじめ、仙石由人氏、藤井裕久氏、野田佳彦氏
などであり、明らかに偏っています。
 小沢が「最も自民党的」といわれるのは、田中、竹下、金丸の
一派ないし、その流れを汲む者とみなされているからです。私も
はじめはそう考えていましたが、今回のテーマを取り上げるに当
たって、さまざまな小沢本を読み、小沢観が変わったのです。
 小沢は、田中、竹下、金丸流の政治手法には強い疑問を抱き、
そういう自民党の中にあっては真の改革はできないと考えて、自
民党を離党したのです。
 その敵というか、改革のターゲットは官僚組織であり、それに
連合する自民党、大企業、大マスコミの連合軍なのです。それは
実に難敵であり、強敵です。政権交代はしたものの、連合軍の猛
烈な抵抗にあって、鳩山内閣、小沢幹事長率いる民主党は苦戦を
余儀なくされています。
 御厨氏の発言は、悪の象徴である小沢のDNAを取り除き、ク
リーンなイメージの「小沢と距離を置く面々」が主導権を取れば
きっと新しいエネルギーを持つ清新な政党に生まれ変わるといっ
ているのですが、小沢抜きで民主党は持たないと思います。
 同様なことをいっている人に片山善博氏です。この人も座談会
の参加者の一人ですが、彼は民主党はダーティーなDNAを持つ
小沢グループと、それに反対する清貧、クリーンなDNAを持つ
グループがあって、現在ダーティーなDNAが突出して批判を浴
びているといっているのです。しかし、御厨、片山両氏とも小沢
には偏見があるようです。    ―――[小沢一郎論/49]


≪画像および関連情報≫
 ●御厨貴氏とは何者か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  明治国家中期の政治史、とりわけ首都を含めた各地方の都市
  計画・開発を巡る政治過程の分析からスタートし、戦後の東
  京都政や国土開発など現代政治の分析にも手を広げた。アメ
  リカ流のオーラル・ヒストリーの手法を日本に持ち込み、多
  くの政治家や関係者の聞き取り調査を行っている。90年代
  後半からは論壇でも盛んに執筆、書評家としても知られる。
  近年はとりわけジャーナリズムでの活躍が目覚ましく、テレ
  ビのコメンテーターや解説、週刊誌などにも多く登場する。
  2007年4月からは政治評論家の岩見隆夫の後任として
  TBSテレビ「時事放談」の司会者を務めている。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

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『小沢一郎』研究
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2010年03月16日

●「小沢こそ体制改革主義者である」(EJ第2774号)

 小沢一郎は、1942年生まれの67歳、政治家経験は40年
に及びますが、岩見隆夫氏は、小沢一郎の政治家人生を「起承転
結」の4つに分けています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「起」・・ 69年の初当選から85年、自治省・国家公安委
       員長に就任するまでの15年間
 「承」・・ 官房副長官、幹事長を務めて、自民党を離党する
       までの8年間
 「転」・・ 新生党、新進党、自由党と渡り、2003年に民
       主党との合併に至る10年間
 「結」・・ 民主党代表代行、代表、幹事長などを歴任し、現
       在までの民主党時代の7年間
―――――――――――――――――――――――――――――
 「起」の15年間は、小沢はほとんど目立たない存在であった
し、将来有望な政治家であると期待されていたわけでもなかった
のです。小沢が初当選したとき、田中角栄は佐藤内閣の47歳の
若い幹事長だったのです。
 小沢は佐藤派入りを勧められたのですが、彼は自ら田中幹事長
を訪ねており、進んで田中派に入っています。小沢はこの時期か
ら、官僚政治に反発を感じていたからです。
 小沢は、この初当選当時のことを振り返って次のように述懐し
ているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 政界人りの最初から、政治改革をしなければならないと思って
 いたんですから。両親から影響を受けたから、潜在意識の中で
 は、体制に対する批判がものすごく強い。そこがわからないか
 ら、僕が改革論者だというと、みんな不思議に思うんでしょう
 ね、多分。代議士になって、僕は自分から求めて財界とつき合
 ったことが一度もない。体制のなかで適当にやろうと思ったら
 いくらでもできた。ほどほどに適当に「なあなあ」でやってり
 ゃいいんだもの。でも、僕のそういう面は世間に伝わらないん
 だろうな」――小沢一郎著『語る』より/文藝春秋・96年刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 このように、小沢は最初から体制変革を求めていたのです。小
沢のいう体制とは、既成の権力機構、権威的組織――それは自民
党の支持基盤そのものであるが――そういう体制に対して変革が
必要だと感じていたのです。
 それでは、小沢はなぜ田中派に入ったかというと、官僚主義が
跋扈している佐藤派に入りたくなかったのと、田中の人柄に親し
みを感じたこと、それから少しでも早く大臣になりたかったから
なのです。小沢は次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 田中のおやじはもともと貧乏の出で、僕の感覚にぴったりだっ
 た。ただ、田中さんは反官僚ではなく、官僚をうまく使いこな
 したんです。パッと先を読み、自分の考えでピッピッとやる。
 それを官僚も大歓迎した。だから、官僚の基本路線から外れる
 ことはしませんでした。田中先生は、ほかの人よりも活動的だ
 し、先を読めるし、ものすごく大衆受けする。(中略)人間的
 にもすごくいいおやじだし、面白いおやじだ。けれども体制を
 壊そうとした人ではない。僕は体制そのものを変えようとして
 いる。だから、僕にとっては反面教師なんです。
  ――小沢一郎著『90年代の証言/小沢一郎・政権奪取論』
                       朝日新聞社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 御厨貴氏のように、小沢を田中政治の継承者と見る人は多いで
すが、それは大きな間違いです。小沢自身「田中は官僚の基本路
線から外れることはしなかったし、体制を壊そうとした人ではな
い」と明言しているからです。
 ところが体制変革には時間がかかるので、小沢は少しでも早く
大臣になりたかったのです。しかし、1983年暮れに6回目の
当選を果たしても田中は小沢を大臣にはしなかったのです。小沢
がはじめて大臣になったのは、第3次中曽根内閣のときで、自治
大臣・国家公安委員長に就任したのです。このようにして「起」
の15年は過ぎ去ったのです。
 そして「承」の時期に入るのです。1985年2月、竹下登を
推すグループが創政会を旗揚げしています。これは、田中がロッ
キード事件で逮捕され、9年間も政権から遠ざかっていたので、
田中派のベテランがその閉塞感に耐えきれず、行動を起こしたの
です。小沢もそれに参加しています。しかし、田中はこれに激怒
し、そのため、脳梗塞で倒れたのです。
 創政会は、1987年には経世会になり、その年の11月、小
沢は、竹下登内閣で官房副長官に就任します。しかし、小沢は閣
僚経験者であり、これは異例の「降格人事」だったのです。竹下
は小沢に対して密かに警戒心を抱いており、ブレーキをかけたの
です。このあたりから竹下と小沢の間には、隙間風が吹くように
なっていったのです。
 その小沢が自民党幹事長になったのは、1989年8月のこと
です。それは金丸信が竹下に進言したからですが、竹下は最初は
猛烈に反対したのです。しかし、竹下は金丸との間がおかしくな
るのを恐れて、結局は承認したといわれます。
 小沢が「剛腕」といわれるようになったのは、幹事長時代から
です。それは、1990年の衆議院選のときに、経団連から党に
集中的に資金を集めたことと、米ソ冷戦後も続く日本の談合国会
運営の改革を巡って、社会党と対決姿勢を取ったことによって、
誰いうともなく、剛腕と呼ばれるようになったのです。
 そのため、湾岸危機に対応するため、公明・民社両党と接近し
たことから、都知事選候補を巡って自民党都連と対立し、結果と
して、都知事選に敗れたことから、幹事長を辞任するに至るので
す。これが小沢が自民党を離れるキッカケになったのです。こう
して「承」の時期が終わるのです。―――[小沢一郎論/50]


≪画像および関連情報≫
 ●田中派における創政会騒ぎについて
  ―――――――――――――――――――――――――――
  一連の動きで角栄が最も心を痛めたのは、小沢一郎・梶山静
  六・羽田孜など子飼の弟子が弓を引いたことであった。この
  事で角栄は深酒になりやがて脳梗塞で倒れることになるのだ
  が、田中派外様の代表格である田村元は、これを「創政会卒
  中」と周囲に漏らしている。一般的には田中支配転覆のクー
  デターに見られがちな創政会の結成であるが、小沢一郎はオ
  ヤジと慕う田中に弓を弾く気はなく、竹下を一時的に後継者
  に指名すればそれでよかったとも述べている(立ち上げの前
  日一晩泣き明かしたという)。梶山静六は派内後継者を決め
  ればそれでよく、田中支配を続けることに反対ではなかった
  という。羽田孜なども同様のことを言っている。また後藤田
  正晴は、角栄が倒れることがなければ、いずれ必ず機会を見
  てつぶされていただろうと語っている。――ウィキペディア
   http://www.youtube.com/watch?v=S2XUp10hHCM
  ―――――――――――――――――――――――――――

岩見隆夫氏.jpg
岩見隆夫氏
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2010年03月17日

●「小沢は目標を持っていない政治家か」(EJ第2775号)

 小沢一郎に関する昨日の「起」「承」に続いて、「転」以降に
ついて考えていきます。昨日指摘した御厨貴氏だけでなく、大学
の政治学の教授の中には、小沢一郎という政治家の見方を間違え
ている人が多くいます。拓殖大学大学院教授の遠藤浩一氏は、小
沢一郎を理念的正当性やまっとうな目的を持たない政治家と決め
つけ、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 新生党、新進党の頃は、構造改革の必要性を説き、日本を「普
 通の国」にせよと訴え、日米同盟の大事を力説していた。しか
 し、小泉純一郎総理に構造改革路線を攫われて以降は、自民党
 のやることなすことに、ただ条件反射的に反対したり差別化す
 るようになった。要するに「反自民」と「政権交代」が小沢氏
 の掲げる唯一つの疑似理念になってしまったのである。
     ――『「小沢一郎」研究』/『新潮45』4月号別冊
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢を理念や目的を持たない政治家と決めつけていますが、き
わめて一面的な見方であると思います。小沢一郎について書きな
がら、小沢自身についてほとんど調べていないような感じがしま
す。おそらく小沢を好きではないのでしょう。
 昨日のEJで述べたように、小沢は政治家になる以前から官僚
政治に疑問を持っており、体制変革を政治目標に政治家生活40
年間を過ごしてきているのです。そのほとんどは野党であったに
もかかわらず、さまざまな政治手法を駆使して、体制変革の目標
に一歩一歩近付けてきているのです。そういう意味で小沢は驚く
べき力量のある政治家であり、40年を経過してもつねに日本政
治の中心で現在も活躍しているのです。
 「転」の時代──小沢にとって「転」の時代の10年間は、変
転きわまりないものであったのです。1993年7月に実施され
た第40回衆議院選──これは自民党宮沢政権の不信任案可決を
受けての選挙ですが、新生党を結成した小沢たちにとって最初の
選挙となったのです。
 44人の自民党議員が離党して新生党を結成し、羽田孜氏が党
首になり、小沢は代表幹事に就任したのです。新生党の動きと前
後して、武村正義氏ら10人も離党して新党さきがけを結成、そ
の中には現首相の鳩山由紀夫氏もいたのです。その一年前には、
細川護煕氏が日本新党を旗揚げしており、それらが一斉に選挙に
挑んだのです。そして、選挙の結果は次のようになったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  自 民 党 ・・・ 223  民 社 党 ・・・  15
  社 会 党 ・・・  70  共 産 党 ・・・  15
  新 生 党 ・・・  55  さきがけ ・・・  13
  公 明 党 ・・・  51  社 民 連 ・・・   4
  日本新党 ・・・  35  無 所 属 ・・・  30
―――――――――――――――――――――――――――――
 このときの過半数は256議席であったのですが、自民党はそ
れを大きく割り込んだのです。しかし、それでも自民党は圧倒的
な第一党であり、当の自民党も世間も33議席以上を持つ政党と
連立を組めば政権は維持できると考えていたのです。
 しかし、自民党が茫然自失している間に素早く動いたのは小沢
なのです。投票日の翌々日、小沢は社会党の田辺誠前委員長、公
明党の市川雄一書記長、民社党の米沢隆書記長、それに連合の山
岸章会長を集めて会議を開いたのです。
 そのとき集まった面々は、選挙は負けたという認識を持ってい
たといいます。しかし、共産党を除く8党派の票を合計すると、
過半数の256を上回ることがわかったのです。
 しかし、このままでは、日本新党とさきがけは自民党と連立を
組んでしまうことはわかっていたのです。そこで、小沢は、この
2党の説得工作を引受けて動き出したのです。このときのことを
小沢は後で次のように述懐しています。
 社会党は70議席と議席を半減させ、茫然自失していたので、
うまくいったが、そうでなかったら、社会党を首班にしろといい
出してまとまらなかったかもしれない、と。
 しかし、小沢は、細川首相構想と最左派の土井たか子衆議院議
長構想を軸に一気に日本新党とさきがけを説得し、8党派をまと
め上げたのです。そして、1993年8月、細川非自民8党派連
立政権が誕生したのです。これをもって、自民党単独政権は38
年でピリオドを打ったのです。そして、この年の11月に田中角
栄は75歳でこの世を去っています。
 この細川連立政権において、小沢は自らの目標である体制変革
を行うための前提である「小選挙区比例代表並立制」を成立させ
年間300億円の政党交付金制度を成立させているのです。そし
て以後17年間、これら2つの制度が日本の政党政治に大きな影
響を与えることになるのです。
 後にこの「小選挙区比例代表並立制」の効果を聞かれた小沢は
次のように答えています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (大きな効果が)ありました。何の効果もないようなことをい
 う人がいるけど、細川政権で実現してから、自民党の退潮傾向
 が一気に強まった。もう元に戻ることはないだろう。
     ――『「小沢一郎」研究』/『新潮45』4月号別冊
―――――――――――――――――――――――――――――
 このようにいうと、「やはり小沢の目的は自民つぶしではない
か」といわれますが、小沢の最終目標は、民主党対自民党の2大
政党制ではなく、さらに大規模な政党再編を狙っているのです。
 しかし、今になって振り返ると、この細川連立政権のとき、小
沢のとった手法はあまりにも乱暴であり、その政治手法が警戒さ
れ、小沢は苦労することになるのとです。そして、2003年7
月に自由党党首として民主党の管直人代表と合併に合意するまで
の9年間に小沢のやったことは、政党を作っては壊し、壊しては
作るの連続だったのです。    ―――[小沢一郎論/51]


≪画像および関連情報≫
 ●政党交付金とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  政党交付金とは、政党の活動を助成する目的で国庫から交付
  される資金。日本においては政党助成法に基づいて一定の要
  件を満たした政党に交付される。なお、政党が政党要件を満
  たさなくなっても政治団体として存続する場合には、政党で
  あった期間に応じて特定交付金が交付される。政党助成金と
  も呼ばれる。            ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

小沢一郎民主党幹事長.jpg
小沢一郎民主党幹事長
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2010年03月18日

●「新進党という政党は何をしたのか」(EJ第2776号)

 「転」の時期の1994年の暮れに小沢の作った新進党につい
て、少し述べておくことにします。新進党というと、内部闘争を
繰り返し、結党後3年で解党に追い込まれたことを知っている人
は多いですが、この党が当時の自社さ政権に対して何をやったの
かについて明確に覚えている人は少ないと思います。
 新生党、日本新党、公明党、民社党――すなわち、細川連立政
権に参加した諸政党から、社会党とさきがけの2党を除いた政党
が集まって結成された政党です。
 議員数は、衆議院は178人、参議院は36であり、初代党首
は海部俊樹氏、幹事長は小沢一郎が務めたのです。小沢は、自民
党、新生党、細川政権、そして新進党――いずれも幹事長(代表
幹事)を経験し、そして現在の民主党でも幹事長を務めるという
とにかく幹事長職にかけては大変なベテランといえます。
 1995年の暮れのことです。伊豆長岡の温泉旅館に、村山富
市首相と武村正義蔵相が密かに集まり、密談をしたのです。その
とき、年明け早々に退陣することを決めています。
 なぜ、首相と蔵相が退陣するのでしょうか。
 それは「住専予算」が問題化して、国会運営ができなくなるこ
とがわかっていたからです。「住専」とは何でしょうか。
 バブルの時代に「住専」――住宅専門会社が次々と作られ、そ
こに官僚が天下りして社長になり、農林系金融機関や市中銀行が
杜撰な融資をしたのです。それがバブルの崩壊によって不良債権
化し、大きな社会問題になったのです。これがいわゆる「住専問
題」です。とくに政府が保証している農林系金融機関の住専に対
する融資には多くの不正があったのです。
 「住専予算」とは、それが発覚して問題化する前に、公的資金
を投入して処理するための予算だったのです。平成8年度(19
96年)予算には、そのための6850億円が計上されていたの
です。この仕組みを作ったのは加藤紘一自民党幹事長(当時)で
あったのですが、彼にはこれに関連する疑惑があったのです。
 しかし、この仕組みはすぐばれて「国民の税金で民間会社(住
専)を救済するとは何事か」というかたちで政治問題化したので
す。村山、武村両氏はこのことがわかっていたから、いち早く敵
前逃亡したわけです。同時に大蔵省の篠沢恭助事務次官も辞任し
ています。篠沢恭助事務次官は、当時参議院財政金融委員長をし
ていた平野貞夫氏に対して次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 平野さんだから申し上げます。住専予算に強く反対した西村銀
 行局長を、武村蔵相がクビにするよう命令してきたのです。私
 は「配置換えならできますが、辞めさせることは法令上できま
 せん」と抵抗しました。しかし、それでも住専予算が編成され
 たので、私が責任をとって辞めたのです。―篠沢恭助事務次官
       ――平野貞夫著『わが友・小沢一郎』/幻冬舎刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 このとき新進党の小沢は「金融機関全体の不良債権を処理する
ことが、日本の構造不況を改善させる根本である」と主張したの
ですが、自社さ政権は反対したのです。しかし、自民党内では梶
山静六氏氏がこれに賛同して連携を取ったのです。
 この小沢と梶山氏を中心とし、参議院の斎藤議長や当時日銀の
副総裁をしていた福井俊彦氏が協力して、次のような構想を作っ
たのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 衆参両院を併せて国会として「日本版ペコラ委員会」を設置し
 強制的な調査権、証人喚問権をもたせ、弁護士や公認会計士ら
 国会外部の有識者も参加させる。「金融、税制、財政および経
 済構造全般にわたる改革」を目的とする。委員長には中曽根元
 首相を起用し、メンバーには元首相や野党党首経験者という大
 物を加えるなどである。
       ――平野貞夫著『わが友・小沢一郎』/幻冬舎刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 「日本的ぺコラ委員会」とは何でしょうか。
 「ペコラ委員会」の詳細は≪画像および関連情報≫を参照して
いただきたいが、米国の証券市場調査のために設置された上院の
銀行・通貨委員会の小委員会のことです。日本的ペコラ委員会は
このペコラ委員会をベースに作ろうというものです。
 いろいろな曲折はあったのですが、新進党の小沢と政府・自民
党の竹下、野中との間で調整が行われ、1996年4月10日に
自民党と新進党の間で合意が成立していたのです。合意事項には
3項目がありますが、日本的ぺコラ委員会については、その第2
項目の特別委員会がそれに該当するのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 A銀行の金融、税制、財政制度および経済構造全般にわたる改
  革を行い、あわせて金融機関等の諸問題について協議し処理
 するための特別委員会を設置する。
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、この合意は結局のところ反故にされたのです。橋本首
相、加藤幹事長、社民、さきがけの幹部の会合で、そのように決
まったのです。なぜ、反故にしたかについては諸説がありますが
不良債権問題が国会で追及されることになると、加藤幹事長の法
的・政治的責任が白日の下にさらされることになるからであると
いわれています。それは、加藤幹事長が「住専スキーム」を作る
に当たり、農林関係金融機関の当事者との疑惑があったことが報
道され、政治問題化していたからです。
 平野貞夫氏によると、橋本首相は加藤幹事長に女性問題で弱み
を握られており、幹事長に反対できなかったといわれます。女性
問題とは、橋本氏の愛人といわれる「天ぷら屋の女将」に当時の
富士銀行が融資したというあの問題です。いずれにしても、新進
党は、小泉内閣で問題になる金融機関の構造改革の問題にも鋭く
迫っていたことがこれによってわかると思います。
                ―――[小沢一郎論/52]


≪画像および関連情報≫
 ●「ペコラ委員会」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ペコラ委員会とは、弁護士出身の調査官ペコラが指揮した株
  式取引と利益相反に関する聴聞会である。1929年の世界
  的な証券恐慌のあと、大統領のもとでアメリカ議会は、銀行
  倒産の原因究明と対策のために多数の聴聞会や委員会を組織
  した。そのなかの代表的なものであった。金融恐慌前の銀行
  の行動を調査対象として、銀行が証券子会社を使って投機的
  な投資、株価操作、証券会社融資を行い、証券価格の暴騰を
  引き起こし、その後の暴落により倒産に追い込まれたとして
  恐慌の原因の把握と分析を行った。こうした作業と検証の結
  果、マーケットの立ち直りが早まったといわれる。
                   ――証券用語辞典より
  ―――――――――――――――――――――――――――

村山・武村両氏.jpg
村山・武村両氏
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2010年03月19日

●「自自連立の政策合意というものがある」(EJ第2777号)

 1997年末の新進党解党に伴い、小沢は1998年1月に自
由党を結党します。結党時の党勢は衆議院43名、参議院12名
だったのです。
 小沢は、その年の7月に自民党に小渕内閣ができると、早速小
渕首相に働きかけたのです。小沢は小渕首相とならば話し合える
と考えたからです。しかし、簡単なことではなかったのです。
 大変な難産のすえ1998年11月19日に自・自連立が成立
したのです。そのときの政策合意書の付帯文書――「いま直ちに
実行する政策」があります。現在の民主党の政策にも関連するの
で、そのすべてを以下に掲載することにします。
―――――――――――――――――――――――――――――
 T、政治を国民の手に取り戻すために(政治・行政改革)
   政治が責任を持って諸改革を推進する体制を確立するとと
   もに、効率的で小さな政府を実現する。
  1、国会の政府委員制度を廃止し、国会審議を議員同士の討
    論形式に改める。そのために必要な国会法改正等法制度
    の整備は次の通常国会において行う。
  2.与党の議員は大臣、副大臣(認証官)、政務次官あるい
    は政務補佐官として政府に入り、与党と政府の一体化を
    図る。そのための国家行政組織法改正等法制度の整備は
    次の通常国会において行う。
  3.行政改革の一環である中央省庁の再編は、1府12省と
    する。ただし、閣僚の数は金融監督庁所管の大臣を加え
    て14人とする。なお経過措置として連立政権の発足に
    あたっては現行20人の閣僚の数を17人に削減する。
  4.国家公務員は平成11年度採用分から毎年新規採用を減
    らし、公務員数を10年間で25%削減する。
  5.衆議院、参議院とも、当面、議員定数を50ずつ削減す
    ることを目標として、自由民主・自由両党間で協議を行
    い、次の通常国会において公職選挙法の改正を行う。
 U、国民の命を守るために(安全保障)
   日本国憲法の理念に基づき、冷戟後に適した安全保障体制
   を確立する。
  1.わが国の平和と安全は、次の原則に従って確保する。
    A.わが国は、わが国が武力による急迫不正の侵害を受
      けた場合に限り、武力による阻止、反撃を行い、そ
      れ以外の場合には武力による威嚇または武力の行使
      は一切行わない。
    B.国際連合の総会または安全保障理事会で国連平和活
      動に関する決議が行われた場合には、国連の要請に
      従いその活動に参加する。
  2、前項の原則に基づいて法制度を整備する。
 V、国民の暮らしを守るために (税制改革)
   経済・社会の構造改革を進めるとともに、社会保障制度の
   基盤を強化するため、税制の抜本改革を断行する。その第
   一弾として、また直面する経済危機を克服するために、当
   面、以下の措置を実施する。
  1.消費税については税率・福祉目的への限定(基礎年金、
    高齢者医療、介護等)など抜本的な見直しを行う。
  2.所得税、住民税等の減税規模は10兆円を目途とする大
    幅減税を実施する。その内、法人関係税の実効税率は、
    40%に引き下げる。
 ──渡辺乾介著、『小沢一郎/嫌われる伝説』より/小学館刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 これをみると、現在民主党が取り組もうとしていることとほぼ
同様であることがわかります。もし、自民党がこの時点でこの合
意事項を守って実行していたら、現在のような自民党の凋落はな
かったと思われます。
 しかし、実際はそうはならなかったのです。自・自連立の翌日
から「あれは党首同士の約束であって、党対党の合意ではない」
として合意潰しに動き出したからです。小沢は党の5役が署名し
たので、ちょっと油断したのかも知れないと、渡辺乾介氏はいっ
ています。小沢は、その背後に官僚の意図や策動があることを読
み取っていたのです。
 いずれにせよ、自・自連立は第1次小渕改造内閣からスタート
し、1999年7月に政府委員制度を廃止する国会改革関連法が
成立、同年秋の国会から実施されたのです。しかし、それはあく
までかたちだけのものであり、魂が入っていなかったのです。
 1999年10月5日には連立に公明党が加わり、三党連立に
なったのです。そして自・公は急接近し、自由党外しに動き始め
たのです。自由党は自・自連立発足時の政策合意が守られないこ
とを理由として、2000年4月に連立を離脱するのです。その
直後に小渕首相が倒れ、森政権がスタートすることになります。
その後、政府委員制度は「政府説明員」と名前を変えて復活し、
官僚軍の巻き返しが始まっているのです。
 しかし、民主党が自民党から政権を奪取したことによって、官
僚組織は強い危機意識を持っています。しかし、彼らはあきらめ
ていないのです。警戒すべきは小沢だけでであり、小沢さえ潰せ
ば、あとはどうにでもなると思っています。
 事実政権奪取後小沢に対しては検察によって痛撃が加えられて
います。それに呼応した大マスコミの報道によって、「小沢=巨
悪」にされてしまっていますが、いささか常軌を逸していると国
民は思わないのでしょうか。
 誰がどう考えても検察による一連の捜査は「異常」ですが、マ
スコミによる尋常ならざる報道によって、それが正当化されつつ
あるような気がします。まさに「検察ファッショ」そのものでは
ないかと思います。政治家は選挙の洗礼を受けなければなりませ
んが、検察は官僚であって、国民はどうすることもできないので
す。だとすれば、検察にこそ「説明責任」が必要なのではないか
と考えます。          ―――[小沢一郎論/53]


≪画像および関連情報≫
 ●自・自連立の歴史的決断
  ―――――――――――――――――――――――――――
  平成10年11月19日、小渕恵三首相と自由党の小沢一郎
  党首が歴史的な会談を行ない、自自連立が合意した。しかし
  政策協議はなかなか合意に至らず連立解消という声もささや
  かれはじめた。自由党の二階俊博国対委員長は思った。〈両
  党が言いたいことを言っていれば壊れるに決まっている。そ
  の可能性もないことはない。自民党内には、心から連立政権
  の成立を願う人と、そうでない人がいる。「何が実行される
  かという担保、確約もないうちになぜ急いでいっしょになる
  のか」「小さな政党の自由党のいいなりになり、小沢の恫喝
  によって自民党は何もかも譲ってしまうのか」と言われれば
  両党ともに、さようでございますと言える政治家はいない〉
      http://www.nikai.jp/book/book07/new_page_31.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

小渕元首相.jpg
小渕元首相
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2010年03月23日

●民主党とはどのようにして誕生したか(EJ第2778号)

 ここで、現在の民主党という政党が、どのような政党なのかに
ついて知っておく必要があります。小沢は後から民主党に参加し
ていますが、その流れをみると、民主党という党も小沢の政治活
動の影響によって誕生した政党であるともいえるのです。
 1993年の宮沢政権崩壊によって新党が乱立します。小沢一
郎の新生党、武村正義氏らの新党さきがけ、細川護煕氏らの日本
新党などがそうです。そのとき、岡田克也氏は新生党、現総理の
鳩山由紀夫氏は新党さきがけにいたのです。
 そして行われた第40回衆議院選において、主として日本新党
から、現在の民主党の主要メンバーになっている、枝野幸男、前
原誠司、野田佳彦、小沢鋭仁などの各氏らが政治改革を訴えて当
選してきているのです。
 その選挙の結果、小沢は8党派連立による非自民・非共産連立
政権を樹立して、政治改革4法案を成立させたのです。しかし、
そのときの小沢の強引な党運営が災いして政党間の対立が表面化
し、新党さきがけと社会党が相次いで連立から離脱し、自社さ連
立政権が誕生したことは既に述べたとおりです。
 翌1994年、小沢は羽田氏や岡田氏らと野党に下野した勢力
の多くを結集させて新進党を結党します。本当はこのとき、自民
党対新進党の二大政党制が少し見えたのですが、ここでも小沢の
党運営手法をめぐって意見が対立し、羽田孜氏らが離党して太陽
党を結成し、公明党も離脱して新進党は瓦解してしまうのです。
1997年12月のことです。
 小沢は直ちに自由党を結成し、新進党の多くの議員は古巣の自
民党に戻ったのですが、そのまま野党にとどまる勢力があったの
です。彼らは新党を作ったり、院内会派を組んだりして野党とし
て政治活動をやっていたのです。
 一方、鳩山由紀夫氏、管直人氏らは新党さきがけに参加して、
自民・社民との連立政権の一翼を担っていたのです。菅氏は厚生
大臣に就任して、薬害エイズ問題の厚生省追及などで世論の脚光
を浴びたのですが、1996年9月に鳩山、菅、前原氏らの自民
党との連立に見切りをつけた議員が党首の武村正義氏と決別して
社民党の一部議員とともに新党の結成に動いたのです。これが、
現在の民主党の源流となる「旧民主党」なのです。
 1998年1月、旧民主党は、新進党から分党した民政党、新
党友愛、民主改革連合と院内会派「民主友愛太陽国民連合」――
民友連を結成し、合流に向けた協議を開始したのです。旧民主党
の枝野幸男氏、民政党の岡田克也氏、新党友愛の川端達夫氏が基
本理念をまとめる協議を行い、合意に達したのです。その結果、
誕生したのが民主党です。1998年4月27日のことです。
 2003年9月、この民主党に小沢の自由党が合併し、現在の
民主党となったわけです。合併とはいうものの、民主党による自
由党の吸収合併だったのですが、小沢もあまり条件をつけなかっ
たのです。小沢の戦略は「ひさしを借りて母屋を乗っ取る」であ
り、それは成功しつつあるものの、トラブルもあるのです。
 このような成立の経緯から見てわかるように、民主党という政
党は、自民党から旧社会党の出身者までが含まれ、それこそ右か
ら左までをすべて含んだ政党なのです。事務局には、社会党の最
左派、社会主義協会の職員も多くいたのです。
 この民主党の事務局長を務めたのが現・政治アナリストの伊藤
淳夫氏なのです。伊藤氏は元自民党職員で、羽田孜氏らと行動を
ともにし、太陽党事務局長も務めていたのです。
 民主党の結党当時は、事務局は「書記局」と呼ばれていたのを
反対を押し切りながら事務局に変更するなど、まともな政党にし
ようと伊藤事務局長は民主党の裏方として努力したのですが、や
がて袂を分かつことになるのです。
 「民主党は大政翼賛会化しつつある」――佐藤優氏はこのよう
にいっています。大政翼賛会とは何なのでしょうか。
 大政翼賛会とは、1940年10月12日から1945年6月
13日まで実際に存在していた政党です。公事結社、国粋主義的
勢力から社会主義的勢力までをも取り込んだ左右両方に大きなウ
イングを広げた組織のことです。かつて大政翼賛会を中心に太平
洋戦争下での軍部の方針を追認し、それを支える体制を「翼賛体
制」といったのです
 民主党の「左」から見て行くことにします。民主党は社民党の
連立を大事にしています。しかし、それよりも注目すべきことは
民主党が自公政権時代には反体制的であるとしていた人物を内閣
府の参与などに就任させているケースです。つまり、社民党だけ
でなく、新左翼系にまで幅を広げている点です。
 さらに、今年の1月12日、全日本鉄道労働組合総連合会――
JR総連の賀詞交歓会に出席した民主党の山岡賢次国会対策委員
長は、7月の参議院選挙でJR総連の組織内候補者を民主党とし
て公認すると約束しています。
 JR総連というのは、公安警察と緊張関係にある戦闘的な労働
組合なのです。これを体制内に取り込んでしまうと、民主党政権
に対立する左翼勢力は、日本共産党と新左翼主義のごく一部に過
ぎないことになります。
 それでは、「右」に関してはどうでしょうか。
 3月12日のEJ第2772号でも述べたように、小沢は全日
本仏教会にまでウイングを広げているのです。小沢は、自民党支
持の神社界――神道政治連盟を自民党から切り離す工作を行って
いるのです。
 このように、右中の右から新左翼勢力までのウイングを持つの
が現在の鳩山連立政権なのです。まさに民主党は大政翼賛会化し
つつあるといっても過言ではないのです。
 小沢は、二大政党制の1つとして、もはや自民党を考えてはい
ないのです。それだけではないのです。当の民主党も2大政党制
の1つとは考えていないと思います。いずれにしても7月の参議
院選で過半数を取って、すべてをガラガラポンとして、二大政党
の再構築を狙っていると思います。―――[小沢一郎論/54]


≪画像および関連情報≫
 ●大政翼賛会とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  1940(昭和15)年10月、近衛文麿総理大臣を中心に
  新体制運動推進のために創立された組織。総裁には総理大臣
  が当たり、道府県支部長は知事が兼任するなど官製的な色彩
  が濃く、翼賛選挙に活動したのをはじめ産業報国会・大日本
  婦人会・隣組などを傘下に収めて国民生活のすべてにわたっ
  て統制した。1945年国民義勇隊に再編され解散した。な
  お、42(昭和17)年4月30日の第21回総選挙では、
  東条英機首相招請の各界代表が結成した翼賛政治体制協議会
  による推薦候補者381名が当選して、全議席の8割余を占
  めたという。
  http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/taiseyokusannkai.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

政治アナリスト/伊藤淳夫氏.jpg
政治アナリスト/伊藤淳夫氏

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2010年03月24日

●海部元総理は小沢氏をどうみているか(EJ第2779号)

 ここまで書いてきて、つくづく小沢一郎ほど人から誤解を受け
る政治家も珍しいと思います。それは本人にももちろん責任があ
りますし、そういう誤解を解く努力も必要です。
 しかし、世の中には彼がやろうとしてきていることを理解して
いないばかりか、曲解している人も多いのです。その典型的な一
人に元内閣総理大臣の海部俊樹氏がいます。この人ほど小沢と行
動をともにして政界を転々とした人はいないのですが、最後は小
沢と袂を分かって自民党に復党しているのです。そして2009
年の衆議院選で落選し、政界を引退したのですが、そのくやしさ
もあるのか、今になって小沢をこき下ろしています。総理大臣ま
でやった人物として非常に残念に思います。
 簡単に海部氏の経歴をご紹介しておくと、1931年に愛知県
で生まれ、1960年に当時最年少の29歳で衆議院選に初当選
しています。そして、1989年には内閣総理大臣に就任。その
後自民党を離党し、自由改革連合代表、新進党初代党首、無所属
を経て自由党に入り、保守党最高顧問を歴任した後、自民党に復
党しているのです。そして、昨年の衆議院選で落選し、引退に追
い込まれたのです。
 海部氏は陸山会の4億円の動きを完全に理解しておらず、マネ
ーロンダリング的だと疑惑を増幅させ、そういう疑惑に民主党内
から声の上がらないことに関して次のように述べているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 民主党は、誰も彼に物を言えない状態のようですが、ようやく
 本当にようやく声が出てきましたね。今後、党内の自浄作用が
 どこまで働くのか。それにしても、岡田克也は、今こそという
 時なのに、なぜ、黙っているんだろう?彼は、とても顔つきが
 悪くなりましたね。立場を考えすぎているのか、あるいは、小
 沢の脅しがひどくなっているのか。岡田さんは正直な人だから
 自らの心に背いてしまうことに耐えられなくて、あんな顔にな
 っちゃたのかな。     ──『小沢一郎研究』/新潮社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 私は岡田克也外相を再評価しています。岡田氏は外相の就任時
に日米の核密約の解明を国民に約束し、それをきちんと実現させ
ています。また、選挙前からの民主党の公約であったはずの記者
会見の開放も外務省に関しては実現させているからです。
 それから党の幹事長の疑惑ですが、外部から見ていても検察の
捜査のやり方はかなり異常であり、不審な点はたくさんあるのに
内閣を支える閣僚が捜査の途中の段階で軽々しく幹事長に「説明
責任」を求めるなどあってはならないことだと思います。後ろか
ら鉄砲を撃つような行為です。
 実際に岡田外相は、「小沢氏が必死になって検察と戦っておら
れるときに、内閣を支える閣僚として、とても『説明責任』など
求められない」といっているのです。
 私はこの姿勢は立派であると思います。それに、小沢幹事長に
距離を置くとされる何人かの閣僚や副大臣が「説明責任を」と発
言していましたが、そのようなことは海部氏のいうような自浄作
用になどにけっしてつながらないと思います。
 それから、海部氏は、1991年の東京都知事選挙で小沢が擁
立した磯村尚徳氏が敗れると幹事長を辞めたことについて次のよ
うにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 海部内閣で闘った90年冬の総選挙では、小沢も奮闘してくれ
 て獲得議席275の圧勝でした。ところが、翌春の東京都知事
 選で、小沢が公明党と組んで磯村尚徳氏を擁立したことで、現
 職の鈴木俊一氏を推す自民党都連と対立してしまいます。党内
 分裂のまま行なわれた選挙の結果は、磯村氏の落選。すると、
 驚いたことに、小沢がいとも簡単に幹事長辞職を言い出したの
 です。名目は、都知事選の責任を取る。私は長時間さしで話し
 合いましたが、無駄でした。小沢は「政治改革法案だけは身体
 を張ってでも通す」と言い残して去って行きました。(中略)
 小沢幹事長は、辞める必要がない場面で逃げ出しました。小沢
 一郎という政治家の「どうしようもない性癖」を目の当たりに
 した最初の時でした。   ──『小沢一郎研究』/新潮社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 この海部氏の言い分ですが、あまりにも周辺が見えていないと
思います。何しろ第一次湾岸危機のさい、当時の海部首相のリー
ダーシップは完全に欠如しており、小沢幹事長が裏方としてどん
なに獅子奮迅の活躍をしたことを当の本人がまるでわかっていな
いと思うからです。
 上記の海部氏の言い分と関連する小沢の動きについては、EJ
の次の部分を参照していただきたいと思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
◎EJ第2738号
http://electronic-journal.seesaa.net/article/138995647.html
◎EJ第2740号
http://electronic-journal.seesaa.net/article/139345721.html
◎EJ第2741号
http://electronic-journal.seesaa.net/article/139397001.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 わからないのは、その海部氏が小沢幹事長が率いる新進党の党
首をなぜ引き受けたかです。これについての海部氏の言です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 正直言って、この時はもう、彼と腹の底から信頼し合う関係を
 築こうとは思いませんでした。「期待値を高めておいて、大き
 く翻る人」という過去の事実が、すでに私の頭にインプットさ
 れてしまっていたからです。しかし、「健全な新与党を作りた
 い」という周囲の声はとても熱かった。   ──前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 このように海部氏は述懐し、党首を引き受けたといっているの
ですが・・・。         ―――[小沢一郎論/55]


≪画像および関連情報≫
 ●神輿としての海部俊樹氏のその後
  ―――――――――――――――――――――――――――
  1997年末〜1988年はじめ、新進党解体工事が行われ
  た際には小沢が、政治改革のシンボルに丁度良いとして自由
  党最高顧問室への収蔵を希望したが、意思を持って拒絶した
  とされる。その後約1年無所属の会で保管された。しかし、
  1999年はじめ、自由党と自民党が連立した際には小沢の
  希望に応えて自由党最高顧問室に収蔵された。2000年4
  月の自由党分裂時には、連立継続派の保守党に所有権が移転
  した。具体的な扱いとしては自由党最高顧問室を保守党最高
  顧問室と改称するだけで済んだ。
                 ──アンサイクロぺディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

海部俊樹氏.jpg
海部俊樹氏
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2010年03月25日

●生方幸夫氏の小沢批判で思うこと(EJ第2780号)

 民主党生方幸夫副幹事長の解任、そしてその撤回と小沢執行部
が大揺れです。推測ですが、解任の断を下したのは小沢ではない
と考えています。筆頭副幹事長の高嶋良充氏です。高嶋氏の提案
を小沢は了承したのだと思います。この高嶋氏──重要人物であ
り、明日のEJで詳細に取り上げます。
 私は生方議員解任の断は間違っていないと思います。その理由
は以下に述べますが、よくぞ小沢が撤回したものです。よほどの
危機感があったものと思います。日経では、首相が小沢に指示し
たとありますが、そんなことはないと思います。撤回の件では小
沢が中心となって動いています。
 生方幸夫議員は、国対、防衛省を担当する副幹事長であり、党
の要職──役員クラスです。仕事ができる人だと思ったからこそ
小沢は任命したのだと思います。副幹事長の任命に小沢が関与し
ないはずはないからです。ですから、生方氏は新聞なとで「小沢
辞めろ!」というヒマがあったら、もっと仕事に精を出すべきで
しょう。副幹事長という仕事はそんなにヒマなのですか。
 民主党の松木謙公議員──国会対策委員会筆頭副幹事長は、生
方氏は国対担当でありながら、国対の会議にあまり出ておらず、
仕事をしていないことに不満を募らせています。それでいて「太
田総理」などのTV番組にはちゃんと出ているのです。
 もし幹事長に不満や要望したいことがあるなら、直接本人にい
うべきであります。3月20日のサンデープロジェクトに出演し
た生方氏は幹事長が出席する会合では、そういうことがいえる雰
囲気ではないといっていますが、これは論外です。いう度胸がな
いなら、いわなければいいのです。
 わざわざ新聞という媒体を使ったのは、「小沢辞めろ!」の世
論(?)を味方につけたいと考えたからだと思います。党の中の
小沢と距離を置く議員たちのバックアップも欲しかったのではな
いでしょうか。処分撤回で本人は「勝った」と思っているかも知
れませんが、多くの心ある国民は生方という議員はその程度の議
員なのかという厳しい評価を下すと思います。
 もうひとついうべきことがあります。生方氏が小沢氏について
次のようにいっていることです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 国民は小沢さんが不起訴になったから全部シロだとは思ってい
 ないんですよ。おそらく説明できないんでしょうね。小沢さん
 は前よりだいぶ権威づけられてきたというか、権力者になって
 きましたね。
 http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100317/stt1003170045000-n2.htm
―――――――――――――――――――――――――――――
 この種の発言が民主党の議員、閣僚や副幹事長の役職員から出
ることは残念なことです。自民党などから「自浄能力のない党」
といわれるので、調子に乗ってやるのでしょうが、そんなことは
党内で調査し、問題があるなら、たとえ幹事長であっても解任す
ればいいのです。わざわざマスコミに晒すことはないのです。
 党内できちんと調べて必要な処断をするのが本当の自浄能力で
あって、マスコミに向かって「説明責任を尽くせ!」とか「辞任
せよ!」とか声を上げることが自浄能力ではないのです。それは
パフォーマンス以外のなにものでもないのです。
 現在の日本では、起訴されても冤罪が出ることが日常茶飯事に
なっています。国民としては、検察が起訴する時点と冤罪が明白
になる時点とでは大きな時間のずれがあるので、事件そのものを
すっかり忘れてしまい、たとえ冤罪であっても容疑者を犯罪人と
みなしてしまうものです。なぜなら、多くの冤罪事件は最高裁ま
で行くことが常識であるからです。
 そうであれば、大久保秘書逮捕から1年間以上にもわたって検
察がトコトン調べて、結論が不起訴なら、たとえ「嫌疑不十分」
でも「問題なし」と考えるのは、同じ党の議員という身内同士で
あれば当たり前のことではないでしょうか。
 日本は既に検察ファッショになっているように思います。3月
20日のサンデープロジェクトで、榊原英資氏は、最近の企業経
営者は二言目には「法令遵守」を口にし、利益よりも法令を守る
ことに必死になっている──こんなことでは思い切った経営など
できないといっていましたが、まったくその通りであり、同感で
す。確かに経営者は口を開けば、コンプラ、コンプラといってい
ます。これを見ても既に検察ファッショそのものであります。
 小沢の集めている金が何億円とか何十億円という巨額だから悪
いという意見があります。額の問題ではないでしょう。けっして
自分の贅沢のためではない。作家の大下英治氏は、小沢側近の松
木謙公氏の話として次のように紹介しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 世間には、小沢が巨額の政治資金を集めていること自体が問題
 だという人がいる。しかし、松木謙公はそうは思わない。たと
 えば、小沢が毎日、違う色のベンツに乗っていたり、贅沢三昧
 をしているのであれば「いい加減にしてよ、小沢さん」といい
 たくなるだろう。が、小沢はまったく贅沢していない。乗って
 いる車はミニバン型乗用車である。外食も、大衆居酒屋の「庄
 屋」などを利用することが多い。食事に関しては松木の方が贅
 沢かも知れない。             ──大下英治著
       『小沢一郎の最終戦争』/KKベストセラーズ刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 今回小沢が生方議員の処分撤回に踏み切ったのは、このままで
は参議院選に勝てない──単独過半数が取れないと考えたからで
しょう。また、生方議員と一緒になって、批判の声を上げている
2人の閣僚に対して私は、その人物の「軽さ」を感じます。もは
や昔の仲良しクラブの民主党ではないのです。政権を担っている
という重い責任を感じて欲しいと思います。身内の批判発言は党
の人気を落とすだけです。
 おそらく小沢は、心の中では生方幸夫という人物を生涯許すこ
とはないでしょう。       ―――[小沢一郎論/56]


≪画像および関連情報≫
 ●3月21日付、「オリーブ─Xニュース」より
  ―――――――――――――――――――――――――――
 副幹事長を解任され選挙区で絶叫している生方某氏に言う。貴
 殿の政治資金収支報告書(20年度)の収入金額3248万円
 の中に実に1OOO万円ものお金がとある業界の企業経営者か
 ら献金されている。実に収入の三分の一である。貴殿の経歴か
 らしても、この1000万円の巨額献金は異様に映るが、我々
 国民に説明責任を果たされたい。政党助成金を除くと実に献金
 の50%以上をひとりの経営者からのカネが占めている。生方
 君。このカネは実は企業・団体献金では。
 生方幸夫 20年度政治資金収支報告書
 http://www.olive-x.com/news_ex/newsdisp.php?m=0&i=0
 ――――――――――――――――――――――――――――

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生方幸夫氏
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2010年03月26日

●「幹事長室/高嶋良充氏とは何者か」(EJ第2781号)

 生方幸夫議員の副幹事長解任の決断をしたのは、幹事長室の筆
頭副幹事長である高嶋良充(よしみつ)なる人物です。最終的に
は小沢と相談したものの、小沢が指示してやらせたわけではない
のです。高嶋良充氏は民主党参議院議員副会長であり、参議院幹
事長も務める小沢が信頼している人物の一人です。
 高嶋氏は普段はあまり表面には出ないが、日本経団連をはじめ
とする各種団体との折衝において、幹事長室の筆頭副幹事長とし
て辣腕を振るっているのです。今回のテーマも既に57回に達し
ていますが、小沢と日本経団連との関係に触れる必要があり、今
回は高嶋氏にスポットライトを当てて書くことにします。
 民主党の幹事長室は、この高嶋氏を筆頭に衆参各7人、計14
人の副幹事長がおり、それぞれの役割は次の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   ≪衆議院≫
    細野 豪志 ・・・・・ 陳情・選挙
    伴野  豊 ・・・・・ 官邸、財務省・金融庁
    阿久津幸彦 ・・・・・ 予算、国交省
   生方 幸夫 ・・・・・ 国対、防衛省
    吉田  治 ・・・・・ 議運、経産省
    樋高  剛 ・・・・・ 総務、法務省
    青木  愛 ・・・・・ 衆参連絡、厚労省
   ≪参議院≫
    高嶋 良充 ・・・・・ 陳情・選挙
    今野  東 ・・・・・ 官邸、内閣府
    広野 充士 ・・・・・ 予算、文科省
    一川 保夫 ・・・・・ 国対、農水省
    山根 隆冶 ・・・・・ 議運、外務省
    佐藤 公冶 ・・・・・ 総務、総務相
    富岡由紀夫 ・・・・・ 衆参連絡、環境省
―――――――――――――――――――――――――――――
 高嶋氏は昭和16年生まれ。大阪府枚方市役所に勤務し、職員
組合の活動に参加しています。以来一貫して自治労の活動に専従
し、枚方市労連、自治労大阪府本部役員を経て、1993年8月
に自治労の副委員長に就任しています。
 おりしもその同じ8月に細川連立政権が誕生しているのです。
その年の12月に、当時新生党参議院議員であった平野貞夫氏の
紹介で、高嶋氏は小沢一郎と会談する機会があったのです。
 高嶋氏が小沢に興味を持ったのは、小沢の書いた『日本改造計
画』を読んでからです。どうしてかというと、結論の部分が自治
労の考え方とよく似ていると感じたからです。その結論部分は次
の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 国の役割は、外交・防衛、危機管理、司法などに限り、生活に
 密着しているところは、すべて地方自治体に任せる。
        ──小沢一郎著、「日本改造計画」/講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 自治労の一丁目一番地の政策は「地方分権」なのです。高嶋氏
が興味を持ったのは当然です。小沢との会談の中で高嶋氏は、内
心小沢氏は関心がないとは思いながら、あえて「消防職員に団結
権を付与して欲しい」という要望を出したのです。
 ところが、小沢は世界の中で団結権を認めていない国は日本と
あと2ヶ国ぐらいしかないということをちゃんと知っていたので
です。高嶋氏は小沢の勉強振りに驚嘆するとともに、当初予定し
ていなかった願い事を小沢にしたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1994年1月初旬にILO(國際労働機関)のマイヤー次長
 が日本を訪問します。そのさい、細川総理と面会できるよう取
 りはからってもらえますか。        ──大下英治著
       『小沢一郎の最終戦争』/KKベストセラーズ刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 この高嶋氏の小沢氏への願い事は実現し、1994年1月10
日に細川総理は総理官邸でマイヤー次長と会っています。これら
のことを通じて高嶋氏は「小沢という政治家は頼りになる」と感
じ、信頼を深めたといいます。
 しかし、「消防職員の団結権付与」については、細川総理の計
らいで政労会談に消防庁も参加させることは実現したのですが、
消防庁と自治労の開きは大きく実現しなかったのです。
 1994年のILO総会で小沢のいっていた日本以外の2ヶ国
は改善措置をとったので、団結権を認めていない国は、日本だけ
になったのですが、現在もこれは実現していないのです。
 しかし、政権交代によって、原口総務相は、今年の1月19日
に有識者による検討委員会の設置を発表しています。政権交代が
起きると、こうした積年の問題がひとつ一つ解決の方向に向かっ
ていくのです。
 このようにして、小沢との親交を深めた高嶋氏は、自治労の書
記長、連合の中央執行委員を経て、1998年7月の参議院選比
例代表区に民主党から出馬し、初当選。2004年7月に再選を
果たし、今年の7月には三選に挑戦することになります。
 この高嶋氏が問題にしたのは、2005年9月に代表に就任し
た前原誠司氏です。前原氏は代表に就任するや、明確な世代交代
を進める一方で、労働組合との関係の見直しを上げ、民主党の有
力支持団体である連合を批判し、否定するような発言を繰り返し
たのです。国交相に就任したときと同じようなことを彼は代表の
ときにもやって顰蹙を買っていたのです。
 高嶋氏は常任幹事会の席上、激しく前原代表を批判することが
多かったのです。意見や批判は内部の会議でせよ──彼は生方氏
にこういいたかったのでしょう。この高嶋氏の発言を聞いて小沢
グループは高嶋氏に近づくようになり、高嶋氏は毎年小沢邸で行
なわれる新年会にも参加するようになっていったのです。
                ―――[小沢一郎論/57]


≪画像および関連情報≫
 ●消防職員の団結権付与について/原口一博総務相
  ―――――――――――――――――――――――――――
  原口一博総務相が労働三権──団結権、団体交渉権、スト権
  が認められていない消防職員に対し、団結権を付与する方針
  を固めたことが2009年10月29日、分かった。原口氏
  が28日、自治労の徳永秀昭委員長ら労組幹部と行った会談
  で明らかにした。会談では、自治労側が「消防職員の団結権
  問題を解決してほしい」と要請。これに対し、原口氏は「団
  結権のあり方は国民の理解の下、前へ進めていく」と述べ、
  付与の方向で検討を指示したことを明かした。総務省では今
  後、省内に検討会を設置して、消防職員の団結権のあり方を
  検討する。消防職員は、警察官や刑務所職員と同様に労働基
  本権が制限されているが、民主党は衆院選のマニフェストで
  公務員の労働基本権の回復を掲げている。
         ──2009年10月29日/産経ニュース
  ―――――――――――――――――――――――――――

高嶋良充氏.jpg
高嶋良充氏
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2010年03月29日

●小沢一郎は独裁政治家にあらず(EJ第2782号)

 先週末の次元の低い民主党の乱とそれに対するマスコミの報道
姿勢と世論調査、そして、それをほぼそのまま受け入れる国民を
見ていると、小沢一郎という人物がいかに世間から誤解されてい
るかがよくわかります。
 それに民主党党内でも小沢一郎という政治家を、自民党の田中
竹下、金丸らの田中派、経世会のやり方を継承する古いタイプの
金権政治家であると見ているものが多くおります。これは大きな
間違いであると私は思います。
 私はかねてから、小沢自身の書いた本、小沢一郎という政治家
について書かれた本──小沢を肯定する本も批判する本も含めて
ほとんど読み、今回のテーマの記事を書いています。私は小沢を
批判する人で、小沢一郎の書いた本を一冊も読んでいない人が多
いのに驚いています。人を批判するには、その人の考え方をよく
知った上で行うべきであります。
 しかし、幹事長室の副幹事長は、直接小沢の人物に触れ、小沢
の指導や指揮を受けることが多いので、次第に小沢の姿勢や考え
方が理解できるようになるといいます。
 小沢批判の騒ぎを起こした生方議員などは例外中の例外なので
す。想像するに彼は幹事長室では相手にされないので、外部に出
て今回のようなパフォーマンスをやるのです。生方氏の本来の役
割は国対と幹事長室を結ぶパイプ役なのにもかかわらずです。
 しかし、生方氏は解任撤回を受けた翌日の24日に朝から民放
3局にハシゴ出演し、懲りもせず小沢批判を繰り返しています。
24日は国対会議があったのに、それをスッポカしてテレビに出
ているのです。呼ぶテレビ局もテレビ局ですが、どうしてマスコ
ミは、こんな人物の片棒を担ぐのでしょうか。
 たまたまスッポカしたのではないのです。国対委員長代理の三
井弁雄衆院議員によると、この通常国会に入ってから29回の国
対会議をやっていますが、生方氏は今までに3回しか出席してい
ないというのです。理由は「朝に弱いから」ということですが、
そんなことは理由になりません。自分の職責をまっとうできない
人に政治家など任せられないし、人を批判する資格などないと思
います。幹事長室では相手にされないのは当然のことです。
 昨年12月のことです。幹事長室では、小沢を囲んで筆頭副幹
事長の高嶋良充氏と細野豪志氏が会議をしていたのです。16日
の午後開かれる政府と民主党の各種陳情・要望に関する意見交換
会のための打ち合わせです。そのとき、「子ども手当て」の扱い
が検討されたのです。
 これに対して小沢は言下に「所得制限を入れるべきだ」といっ
たのです。これに対して高嶋氏と細野氏は反対したといいます。
マニフェストには「すべての親に支給する」と書いたし、もし所
得制限を設けたら、来夏の参院選に影響が出るといったのです。
 そうすると、小沢は「きみたちは、国民の気持ちを分かってい
ない」として、2人を一喝したのです。
 後で高嶋氏と細野氏は、2007年1月29日において、安倍
晋三総理の施政方針演説に対する代表質問で、当時の小沢代表が
民主党の基本方針について次のように述べていたことを知り、自
らの不勉強を反省したというのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 第一に政治は生活。どんなに立派なことをいい、どんなに大き
 な事業をおこなっても、国民の生活が向上しないのであれば、
 よい政治とはいいません。また政治は本来、社会的、経済的に
 弱い人たちのために存在するのです。あえて極論すれば、強い
 人たち、いわゆる勝ち組には政治は手を差しのべる必要はなく
 むしろ勝ち組に経済や社会を支配させないように公正なルール
 を定めねばなりません。          ──大下英治著
       『小沢一郎の最終戦争』/KKベストセラーズ刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢には一本ちゃんと筋の通った考え方があり、それにブレる
ことはないのです。このように「国民の生活が第一」という基本
理念を掲げる小沢一郎が、なぜ、金丸や竹下といった自民党の政
治家を継承する金権政治家といわれるのでしょうか。自民党は勝
ち組に政治の手を差し伸べた政党だったのですから。
 民由合併してから、小沢は無役、代表代行、代表、幹事長、代
表代行兼選挙担当のように、いろいろポジションが変わっていま
すが、それぞれ職務に合った仕事をしてきていると私は思ってい
ます。しかし、小沢といえば、独裁者、権力の二重構造という報
道ばかりですが、実際はそれとは大きく異なるのです。
 つまりメディアや国民は、小沢のこれまでの役職に関係なく、
自民党幹事長、細川連立政権代表幹事、新生党・新進党幹事長、
新進党党首、自由党党首、それに一連の民主党の役職全体のイメ
ージを重ね合わせて小沢の虚像を創り上げているのです。実際に
小沢のいうようにコトが決まるのは、小沢のいうことがそれだけ
筋が通っているから、そう決まるだけの話です。
 子ども手当については、党が政府に重点項目を提出した直後に
党独自で世論調査を実施しており、的確に国民の意思を確認して
いるのです。ちなみに、子ども手当てに所得制限を設けることは
70%以上が賛成であり、高嶋・細野両氏はその結果に驚嘆した
といいます。
 暫定税率の維持については、ガソリン税を下げてくれという要
望はどのくらいきているのか、地方の財源を削られたら、大変な
ことになるという声がどのくらいあるのかについて、入念に調べ
た上で、暫定税率維持に踏み切っているのです。
 しかし、この暫定税率維持は、政府が「国債発行額約44兆円
以下」の閣議決定したので、小沢が子ども手当てなどの財源を確
保するため、鳩山政権に助け船を出したのです。つまり、自分が
独裁者と呼ばれていることを逆に利用してそれを重点要望の中に
入れたのです。しかし、この閣議決定「国債発行額約44兆円以
下」には、とんでもない財務省官僚の悪知恵というか陰謀が加え
られたのです。         ―――[小沢一郎論/58]


≪画像および関連情報≫
 ●2007年1月29日/安倍内閣への代表質問
  ―――――――――――――――――――――――――――
  [東京 29日 ロイター]安倍晋三首相の施政方針演説に
  対する衆院代表質問が行われ、初日の29日には民主党の小
  沢一郎代表が格差問題をテーマに論戦に臨んだ。小沢代表は
  消費税率を現行5%に据え置くべきなどと持論を展開した。
  また、企業から家計への波及の問題について、安倍首相は、
  景気回復基調を持続させることの重要性を強調した。衆院代
  表質問トップの小沢代表は、安倍首相が憲法改正について意
  欲を示していることについて「生活維新こそが全力で取り組
  むべき最重要課題だ」とし、その点に関して国会で議論した
  うえで、夏の参院選で国民の審判を仰ぐべきだとやや抑え気
  味に主張した。
http://jp.reuters.com/article/marketEyeNews/idJPnTK305871520070129
  ―――――――――――――――――――――――――――

安倍総理に代表質問する小沢民主党代表.jpg
安倍総理に代表質問する小沢民主党代表
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2010年03月30日

●「国債発行枠44兆円をめぐる攻防」(EJ第2783号)

 小沢は、鳩山首相が藤井裕久氏を財務大臣に起用しようとした
とき、少し難色を示したことはよく知られています。なぜかとい
と、藤井氏は財務省出身であり、結局のところ、財務省の官僚の
意のままになり、政治主導が果たせないのではないかと考えたか
らといわれています。しかし、民主党には他に財務大臣の適任者
がいなかっことも確かなことです。
 そして、その小沢の懸念は現実のものになったのです。藤井氏
は、大臣に就任するや国債発行枠を44兆円以下にすることを発
言しはじめたのです。鳩山首相も藤井発言に同調する姿勢を示し
それから報道は鳩山発言をめぐってゴチャゴチャになってしまう
のです。数値目標は書かないとか、書いても努力目標にするとか
いろいろな案が出て誰もわけがわからなくなったのです。
 この国債発行枠を設けることについて原口総務相は、鳩山首相
と平野官房長官に会い、次の表現を盛り込むことで意見は一致を
見たのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
       国債発行額を約44兆円以下とする
―――――――――――――――――――――――――――――
 ところが、12月15日に総理官邸で閣議が行われたとき、表
現は次のように変更されていたのです。いわゆる財務省官僚によ
る「官僚作文」です。「約」がとれ、「以下」が「以内」になっ
ているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
       国債発行額を44兆円以内とする
―――――――――――――――――――――――――――――
 この変更をめざとく見つけた原口総務相は、内容が変更されて
いるとして、サインを拒否したのです。すったもんだのすえ、国
債発行枠の制限の表現は、次のように改められ、政府は追加経済
対策として7兆2000億円を計上した平成21年度予算編成の
基本方針を閣議決定したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
       国債発行額を約44兆円以内とする
―――――――――――――――――――――――――――――
 実は小沢幹事長は、鳩山首相が新規国債発行額を約44兆円以
内に収める意向を固めるまで、マニュフェストの実現のためにも
国債発行額を44兆円以上にすることも考えていたのです。何し
ろ税収が36兆円しかないのですから、国債の発行枠に制限など
設けるべきではないのです。小沢としては計画が狂ったと考えた
のでしょう。中国訪問から戻った小沢は、不機嫌そうに高嶋副幹
事長らに次のようにいっているのです。もともと小沢は44兆円
は麻生政権の国債発行額を上回りたくないというもので、そんな
ことはくだらないと考えていたからです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 やむを得ないな。総理が決めたことに反対するかのように党が
 「50兆円にしろ」なんていったら国民から総すかんを食う。
 しかし、44兆円以内ということなら、すべてのマニフェスト
 を実現することは無理だな。        ──大下英治著
       『小沢一郎の最終戦争』/KKベストセラーズ刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 3月26日の参議院本会議で、「子ども手当て法案」が成立し
6月からの支給が決まったのです。しかし、党が要望した所得制
限はつかなかったのです。そのため、今まで児童手当を受け取っ
ていなかった年収1000万円の家庭の手取りが増えるという結
果になり、中所得者層を優遇するという民主党の当初の方針とは
異なるかたちとなっています。
 26日の参議院での採決に先立ち、自民党の丸川珠代議員は次
の反対意見を述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 何の効果があるかも考えずに、2兆3千億円をばらまけるほど
 我が国の財政に余裕はない。一人1万3千円を配ることそのも
 のが目的で、効果は不明。  ──丸川珠代自民党参議院議員
―――――――――――――――――――――――――――――
 子ども手当については賛否両論があります。支給を受ける層が
歓迎するのは当然のことですが、少子化対策に一定の効果がある
ことは否定できないでしょう。支給対象にならない家庭でもそう
考える人は多いと思います。
 少子化対策に担当大臣を置きながらも何もできなかった自民党
よりもマシといえるでしょう。自民党のいいたいことは、丸川議
員の発言の後段部分、要は参議院選を意識したバラマキではない
かといいたいのだと思います。
 この点に関して小沢はどう考えているかについて次のエピソー
ドをご紹介しましょう。
 幹事長室の高嶋筆頭副幹事長が「自民党や財務省の副大臣たち
が、子ども手当を満額支給すると5兆3千億円、防衛費と一緒で
すよ」と小沢に話したとき、彼は次のようにいったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 そんなもの、子どもが少なくなったら、自衛隊に入る奴は、誰
 もいなくなるぞ。子どもと自衛隊とどっちが大事だといってお
 け。                   ──大下英治著
       『小沢一郎の最終戦争』/KKベストセラーズ刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、子ども手当は、制度設計に大いに問題があります。こ
の制度の真の狙いは、日本人を増やすために日本人の子どもを対
象に手当を支給して子育て支援するというものであるはずです。
満額支給までに法案の改正を含めた議論が必要です。子どもが外
国に住む日本在住の外国人にまでなぜ手当を支給するのかについ
ては、制度の不備としかいいようがありません。
 いずれにせよ、国債発行額を約44兆円以内と決めたために暫
定税率の維持は不可欠だったわけで、この点に関する小沢の判断
は正しかったのです。      ―――[小沢一郎論/59]


≪画像および関連情報≫
 ●深沢敦教授の指摘/子ども手当法案について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  法案は親について、「日本国内に住所を有するときに支給す
  る」とだけ規定。このため、日本への留学生や数年だけ滞在
  する外国人研修生でも、母国にいる子どもの人数分だけ手当
  を受給できる。これは現行の児童手当と同様の仕組み。厚生
  労働省児童手当管理室によると、1972年に制度ができた
  児童手当は、当初は日本国籍を有する者に受給者を限定して
  いたが、国籍による差別をなくす国際化の流れの中で82年
  に撤廃した。児童手当には子どもの住所要件の規定がなく、
  子ども手当もこれを踏襲した形。欧米の社会福祉に詳しい立
  命館大産業社会学部の深沢敦教授は「そもそも無条件に海外
  に居住する外国人の子どもまで手当を支払うのは国際的に異
  例」と指摘。民主党が制度の参考にしたフランスでは、外国
  人の場合、子が国外に住んでいるケースでは支払わず、例外
  的に欧州連合(EU)加盟国など30カ国の人に限って支給
  しているという。
       ──2010年3月10日付、「中日新聞」より
  ―――――――――――――――――――――――――――

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原口総務相
posted by 平野 浩 at 04:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 小沢一郎論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月31日

●「藤井財務相辞任の真の理由」(EJ第2784号)

 藤井前財務相が小沢の不信を買ったことは確かであり、それが
辞任の原因になったと考えられますが、それは国債発行枠44兆
円の問題ではないのです。それよりももっと重要な小沢に対する
裏切り行為があったからです。
 民主党のマニュフェストを見ると、次の項目が載っています。
―――――――――――――――――――――――――――――
     税制調査会で租税特別措置を全面見直しする
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、税制調査会の会長である藤井財務相は、それをぜんぜ
ん行わなかったのです。それをもって小沢は藤井氏が日本経団連
や財務省のいいなりになっていると考えたわけです。
 小沢は、石油化学製品の原料ナフサに対する揮発油税の免税措
置を見直そうと考えたのです。この免税措置は長年続いており、
その減税規模は、3兆6千億円にもなるのです。全部は無理とし
ても一部課税しただけでも、財源難に苦しんでいる政府にとって
格好の恒久財源になるからです。小沢はそれをマニフェスト実現
のための財源として考えていたのです。
 既に述べたように、中小企業には免税を残すが、勝ち組の大企
業に免税してやる必要はないというのは、小沢の政治の基本的な
考え方なのです。
 しかし、日本経団連はナフサの免税見直しには、次のように全
面反対したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ナフサのような原料は、非課税が世界の常識だ。国際的な価格
 競争が激化するなか、日本だけ課税されれば業界にとって死活
 問題になる。               ──大下英治著
       『小沢一郎の最終戦争』/KKベストセラーズ刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、藤井税制調査会会長は、日本経団連の求める「ナフサ
免税措置」と「企業の研究開発税制」の延長・拡充を受け入れて
しまったのです。
 しかも、まずいことに、12月9日朝、財務省と日本経団連は
都内のホテルで意見交換会を開いているのですが、その次の日の
朝、小沢を名誉団長とする民主党議員団が中国に出発することに
なっていたのです。あたかも小沢が慌しいその日を狙って開催し
たかのようにとられても仕方がないタイミングだったのです。
 これ会合には、財務省の政務三役と日本経団連の御手洗会長と
副会長などが参加したのです。ちょうどその会合は、経団連が政
務三役にお礼を述べる会のようであったといわれているのです。
 12月16日夕方に政府と党の各種陳情・要望に関する意見交
換会が行われたとき、小沢が副幹事長を全員引き連れて出かけた
のは、予算編成にかかわった各省の政務三役に一言クギを刺して
おきたかったからなのです。
 しかし、重点要望事項にはナフサの免税措置見直しは入れてい
ないのです。もし、そんなことをすれば、確実に財務大臣のクビ
が飛ぶことになるからです。しかし、その分、小沢のいい方が少
しきつくなったことは予想できます。
 小沢は、政府と党の意見交換会でマスコミの頭撮りが終わった
あとで立ち上がってこういっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 まだまだ、官僚の影響力から抜け切れていない。もっと、しっ
 かりしなきゃいけない。私が悪役を引き受ける。だから、もっ
 と徹底して政治主導をやれ。ちゃんとやらなきゃならない。自
 分たちのところには2800もの陳情が届けられている。これ
 が、まさに国民の声なのだ。この国民の声を、よく聞かなけれ
 ば駄目だ。一回だけのことではないんだ。そのことを、果たし
 てみなさん、どれだけ思っておられますか? ──前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 このとき、小沢は経団連との付き合い方についてまで言及して
いるのです。「経団連とか、そういう連中と安易にやってもらっ
ては困る」といっているのですが、これは藤井財務相にとって、
耳の痛い言葉であったに違いないのです。
 その後の財務省との会合で、幹事長室高嶋筆頭副幹事長は政務
三役に次のようにいい渡しているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢幹事長は、租税特別措置の見直しで中小企業を苦しめるよ
 うなことをしておきながら、日本経団連が求めるナフサの減税
 措置を延長したことに憤りを感じている。幹事長とすれば「お
 前たちは強いところの味方なのか、国民の生活第一という理念
 がわからないのか」ということをいいたかったのだ。
                      ──前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 この高嶋氏の発言は確実に藤井財務相の耳に入っており、藤井
氏はそれで辞める決断をしたものと思われます。その後、財務政
務官の一人である古本伸一郎氏は、小沢のいうように確かにこれ
は不公平だと思い、ナフサの免税措置見直しに動いたのですが、
経済界を守る立場の経産省の根強い抵抗で頓挫しています。
 小沢と日本経団連とは自民党幹事長時代からの長い確執がある
のです。日本経団連といえば財界の総本山であり、これまで自民
党に資金提供することによって政権に強い発言力を有してきたの
です。そのため、日本経団連の会長といえば、「財界総理」と呼
ばれるほど強い権力の保持者なのです。
 実は小沢は16年も前から、自民党と日本経団連の引き離しを
画策してきているのです。2009年8月の総選挙でも小沢は経
団連に出かけて行き、支援を要請しているのですが、その対応は
きわめて冷たいものであったといいます。日本経団連としては戦
略を誤ったというべきなのです。
 小沢としては、自民党が作り上げた政官財のトライアングルを
崩すため、「脱官僚」と合わせて、「脱日本経団連」を推進しよ
うとしているのです。      ―――[小沢一郎論/60]


≪画像および関連情報≫
 ●ナフサ免税措置継続の決定
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  平成22年度の税制改正を議論する政府税制調査会は(会長
  ・藤井裕久財務相)12月3日、特定業界などを税制優遇す
  る租税特別措置(租特)見直し論議で最大の焦点となってい
  たナフサ(粗製ガソリン)の免税措置について、経済産業省
  の要望通り継続させる方針を決めた。ナフサは租特でも免税
  規模が最大の3兆7千億円に上り、幅広い石油化学製品に影
  響が及ぶため、産業界から免税措置の打ち切りに猛反対する
  声が上がっていた。
         ──2009年12月3日付、産経ニュース
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藤井前財務相
posted by 平野 浩 at 04:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 小沢一郎論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする