2010年01月04日

●「普天間移設先をめぐる不毛の議論」(EJ第2725号)

 本号は2010年の最初のEJです。皆様、今年もよろしくお
願いします。
 私はかねてから政治家小沢一郎氏(以下、敬称略)に関心があ
ります。その理由は多々ありますが、直接的には私の生涯研究テ
ーマである生保営業論――現在それは危機に瀕している――にお
いて、いわゆるオザワ選挙戦略がそのまま使えるからです。
 今や現在小沢一郎は与党民主党の幹事長――したがって、小沢
を知ることは今後日本がどうなっていくかを知ることにつながり
ます。そこで、EJでは、今年の第1テーマを「小沢一郎論」に
したいと思います。
 問題は、小沢一郎論をいかにして政治ジャーナリズムとは違う
かたち――EJスタイルで書くかです。何しろ新聞に小沢の話題
が出ない日はほとんどなく、週刊誌は特集を組み、書店には小沢
本が溢れています。しかし、真実の小沢一郎に迫っているものは
きわめて少ないと思うのです。
 剛腕・独裁者・権力主義者・金権主義者など、多くの小沢の虚
像がマスコミによって作り上げられています。どれが本当の小沢
像なのか――EJのスタイルで迫ってみたいと思います。
 昨年の12月31日の日本経済新聞に次の記事が出ていたのを
ご存知でしょうか。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ≪小沢氏発言で波紋≫
 「下地島には空港があるんだよな」。出席者によると、民主党
 の小沢幹事長は29日夜、与党3党の幹事長、国会対策委員長
 らを集めた会合で指摘した。下地島には民間航空会社が離着陸
 などの訓練に使用する3000メートル級の滑走路がある。こ
 の滑走路を活用できないかと提案したという。
        ――2009年12月31日付、日本経済新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 実は小沢幹事長が沖縄の普天間基地問題で発言したことが報道
されたのは、これが初めてのことなのです。国の政策には口を出
さないと明言した小沢幹事長ですが、本心はどのように考えてい
るのでしょうか。
 この「普天間移設問題」――非常にヘンなやり取りが行われて
いるとは思いませんか。普天間基地の移設先をグアムにするとい
う案を口にする人がいます。北沢俊美防衛相がそのための視察に
出かけたり、今度は社民党が視察団をグアムに送り込むという話
も出ています。
 しかし、グアムは米国領なのです。外国なのです。したがって
米軍の普天間基地の移設先を米国領のグアムにするというのは、
日本側の出す提案としてはヘンな話です。ヘンな話というより、
米国にとって失礼な話でもあります。そんなことをいうよりも、
普天間基地の海兵隊は丸ごとグアムに引き上げて欲しいという方
がよほど筋が通っています。
 しかし、誰もその矛盾を指摘する人がいないのです。どうして
なのか。いや、たった一人いました。12月27日の「サンデー
・プロジェクト」で、東京財団の上席研究員の渡部恒雄氏(渡部
恒三氏の子息)がそうです。彼は、移転先をグアムと主張する福
島社民党党主に対し、こういったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 福島さんは移転先はグアムとおっしゃるが、グアムはアメリカ
 なのです。アメリカが承知しなければどうにもならない。
                      ――渡部恒雄氏
―――――――――――――――――――――――――――――
 普天間の移転先が下地島とか硫黄島とかいう日本領ならまだわ
かるのですが、なぜ、グアムなのでしょうか。テレビで討論して
いる人はみんな知っているのに誰も積極的には話そうとはしない
で議論している――実にわかりにくい話です。なぜ、話そうとは
しないのでしょうか。このあたりのことをはっきりさせるには、
そもそも普天間基地がなぜできたのかまで遡る必要があります。
 普天間飛行場は、1945年4月に沖縄本島に上陸した米軍が
日本本土決戦に備えて、戦火で焼け野原になっていた宜野湾市中
心部の台地に、急ごしらえで作った飛行場なのです。
 しかし、日本が降伏したので、普天間飛行場は戦後5年間、米
軍基地として放置されてきたのです。この5年間に市民が戻って
きたのですが、基地内の土地に住んでいた人々は土地は強制的に
借り上げられていたので、仕方なく基地の周辺に住み始めるよう
になったのです。
 重要なことは、この普天間基地は戦後5年間使っていなかった
ことなのです。そのため、避難先から戻ってきた市民はまるで基
地に寄り添うように住宅を建てて住むようになったことです。
 普天間と事情の違うのは、普天間の北方の嘉手納基地です。こ
ちらは沖縄上陸時から基地として米軍は使っているのです。とこ
ろが市民が避難先から戻ってきたので、飛行場の後背地を弾薬庫
用地として広大に強制借り上げ、市民の安全を図るためのクリア
ゾーンを設けているのです。しかも、嘉手納基地は滑走路の前面
は海であり、安全性は高いといえます。
 しかし、1950年に朝鮮戦争が起こると、今まで使っていな
かった普天間基地を米軍は使い始めたのです。ところが、周りに
家がびっしりと建っているので、クリアゾーンがとれないうえに
滑走路は海と平行しているのです。米軍自身も普天間の危険性は
十分認めて認めているのです。
 日米両政府は、戦略上の立場から日本全土に展開していた米軍
海兵隊のほとんどを沖縄に移動させたのです。この移動は、19
71年の沖縄返還の直前にまさに駆け込み的に行われたのです。
このときの日米の力関係からいうと、日本政府はこれを受け入れ
ざるを得なかったのです。
 すなわち、日本政府としては、沖縄が米軍の占領下にある間に
本土の海兵隊を沖縄に移駐してもらい、沖縄の本土復帰時には、
「沖縄は米軍基地の島」という既成事実を作り上げたといってよ
いのです。           ―――[小沢一郎論/01]


≪画像および関連情報≫
 ●「海兵隊」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  アメリカ海兵隊はアメリカ合衆国の法律の規定に基づき、海
  外での武力行使を前提とし、アメリカ合衆国の権益を維持・
  確保するための緊急展開部隊として行動する。また、必要に
  応じて水陸両用作戦――上陸戦を始めとする軍事作戦を遂行
  することを目的とする。本土の防衛が任務に含まれない外征
  専門部隊であることから「殴り込み部隊」とも渾名される。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

普天間基地.jpg
普天間基地
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2010年01月05日

●「宜野湾市伊波市長が入手した情報」(EJ第2726号)

 普天間基地の話を続けます。なかなか小沢一郎が出てきません
が、新聞やテレビで報道されていない前提的事実を明らかにしな
ければ、この国の政治――特に密約がらみの日米関係の奇々怪々
の事情はわからないと思うからです。
 米軍は、世界各国の基地の施設や設備に関する計画を数年ごと
にマスタープランとしてまとめているのです。普天間基地につい
ては、1980年と1992年にマスタープランが作られていま
す。これらは非公開文書ですが、1992年のマスタープランを
宜野湾市が手に入れ、ウェブサイトに公開しているのです。
 宜野湾市が入手した1992年のマスタープランの序文には、
1992年計画は1980年計画を踏襲したものであること、そ
れに加えて、それとは別に1985年計画の草案が作成されたが
採用されなかったということが書いてあるというのです。
 ちなみに宜野湾市とは、沖縄県の人口の80%が集中する沖縄
島中南部の中央に位置する都市で、市の中央には普天間基地があ
るのです。宜野湾市の現伊波洋一市長は情報収集力があり、こう
した文書をいち早く手に入れることで定評のある市長です。
 2009年11月26日と12月11日にも伊波市長は、与党
議員に対し、最新情報に基づいて講演を行っているのです。その
ときのレポートが次のサイトに出ています。あとからこの内容に
ついても書きますが、目を通しておかれると参考になります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「普天間基地のグァム移転の可能性について」
http://www.city.ginowan.okinawa.jp/2556/2581/2582/37840/37844.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 さて、草案が作られ、採用されなかったという1985年のマ
スタープランの内容です。そのマスタープランの内容は「普天間
基地の閉鎖・返還計画」ではなかったかといわれているのです。
 1985年の時代背景を考えてみましょう。当時の米国のレー
ガン政権は、1982年にソ連と戦略兵器削減交渉を開始してい
ます。そして1986年にはレーガンとゴルバチョフがレイキャ
ビクで会談し、この時点から冷戦終結の交渉が具体化しているの
です。したがって、1985年に冷戦終結を予測し、沖縄の基地
縮小を考えたとしても不思議ではないのです。
 それがなぜか撤回され、米軍が日本に恒久駐留することになっ
てしまったのでしょうか。
 それは、撤退しようとする米軍に対して、日本政府が「駐留費
を負担する」ことを条件に残って欲しいと頼んだからです。いわ
ゆる「思いやり予算」です。この思いやり予算は70年代からは
じまっているのですが、そのときは基地で働く日本人の福利厚生
や給料の一部を負担することが趣旨であったのです。
 しかし、この思いやり予算が1985年を境にして倍増してい
るのです。現在は思いやり予算は、小泉政権以降は約2000億
円といわれていますが、実際はこんなものではないのです。
 これに加えて、米軍基地用地の地代(賃料)や基地周辺住民へ
の対策費も支出しており、その総額は6000億円以上に膨張す
るのです。仮に6000億円としても、在日米軍4万人とした場
合、実に米兵一人当たり1000万円以上のお金を在日米軍は受
け取っていることになります。米軍にとってこんなおいしい話は
ないのです。
 ネットジャーナリストの田中宇氏によると、駐留費の日本の負
担額について次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 05年の米国防総省の発表によると、日本政府は在日米軍の駐
 留経費の75%(44億ドル)を負担している。世界規模で見
 ると、米軍が米国外での駐留で必要とする総額は年に約160
 億ドルといわれるが、そのうち米国自身が出すのは半分以下で
 駐留先の地元国が85億ドルを負担している。44億ドルを出
 している日本は、全世界の地元国の負担の半分を一国だけで出
 している。日本は、米軍の米国外での駐留費総額の4分の1を
 出している。日本だけが突出して米軍に金を出しているのだか
 ら、日本政府がその気になれば激減できるはずだ。日本政府が
 米軍を買収している構図は、ここからもうかがえる。
  ――田中宇著『日本が「対米従属」を脱する日』/風雲舎刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 戦争を放棄する憲法を盾にして、国の安全保障を米軍にお金を
払って買っている国、それが日本です。しかし、それでもなお、
米軍は普天間からグアムに海兵隊をほとんどすべて引き揚げよう
としているのです。それは、伊波市長のレポートをていねいに見
れば明らかなことです。
 2009年6月4日に米国海兵隊司令官ジェイムズ・コンウェ
イ大将が上院軍事委員会に「米国海兵隊の軍事態勢」に関する報
告書を提出し、沖縄からグアムへの海兵隊の移転を評価して次の
ように記述しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 日米再編協議の重要な決定事項の一つは、約8000人の海兵
 隊員の沖縄からグアムへの移転である。これは、沖縄で海兵隊
 が直面している、民間地域の基地への侵害を解決するためのも
 のである。グアム移転により、アジア・友好同盟国との協働、
 アメリカ領土での多国籍軍事訓練、アジア地域で想定される様
 々な有事へ対応するのに有利な場所での配備、といった新しい
 可能性が生まれる。適切に実施されれば、グアムへの移転は即
 応能力を備えて前方展開態勢を備えた海兵隊戦力を実現し、今
 後50年間にわたって太平洋における米国の国益に貢献するこ
 とになる。グアムや北マリアナ諸島での訓練地や射撃場の確保
 が、海兵隊のグアム移転の前提であり必須条件である。
      ――米国海兵隊司令官ジェイムズ・コンウェイ大将
―――――――――――――――――――――――――――――
 伊波市長の資料を見ると、事実上海兵隊の総引き上げと考える
のが自然です。         ―――[小沢一郎論/02]


≪画像および関連情報≫
 ●グアム移転の10部隊/伊波洋一市長資料より
  ―――――――――――――――――――――――――――
  2008年9月15日に、海軍長官から米国下院軍事委員会
  議長に国防総省グアム軍事計画報告書として「グアムにおけ
  る米軍計画の現状」が報告された。その中で沖縄から移転す
  る部隊名が示されており、沖縄のほとんどの海兵隊実戦部隊
  と、岩国基地に移転予定のKC130空中給油機部隊を除い
  て、ヘリ部隊を含め普天間飛行場のほとんどの関連部隊がグ
  アムに行くと示された。米海兵隊第1海兵航空団で図示する
  と黄色で表示した10部隊。
  ―――――――――――――――――――――――――――

グアムに移転するとされる部隊.jpg
グアムに移転するとされる部隊
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2010年01月06日

●「海兵隊は恒久駐留に不適の部隊」(EJ第2727号)

 「思いやり予算」における思いやりの対象は、日本を守ってく
れる米軍ということになります。しかし、長期政権になった自公
政権は、思いやり予算を米軍に支払う一方で、それとほぼ同額の
の社会保障費を毎年削減していたのです。とくに2006年まで
の小泉政権の時代は、思いやり予算の額は大きく膨らませる一方
で、社会保障費も大きく削減したのです。この政権がいかに弱者
に対して「冷たい」政権であったかがわかると思います。
 その総額は7年間で思いやり予算は1兆8171億円、社会保
障費削減額は1兆6000億円に及んだのです。明らかに自公政
権は思いやりの対象を間違えているとしか思えないのです。この
姿勢が政権交代につながったのです。
──――――――――――――――――――――――――――─
          思いやり予算    社会保障費削減
  2002年度  2665億円    −3000億円
  2003年度  2725億円    −2200億円
  2004年度  2707億円    −2200億円
  2005年度  2641億円    −2200億円
  2006年度  2559億円    −2200億円
  2007年度  2373億円    −2200億円
  2008年度  2501億円    −2200億円
 ――――――――――――――――――――――――――
        1兆8171億円   1兆6000億円
──――――――――――――――――――――――――――─
 自公政権時代において、社会保障費の削減が行われていること
は誰でも知っていますが、それによって何が削減されたかを知っ
ている人は少ないはずです。マスコミが報道しないからです。社
会保障費の削減額の内訳は次のサイトを見ればわかります。
──――――――――――――――――――――――――――─
http://blog.goo.ne.jp/kin_chan0701/e/24d24719fdafe9153f6f148ee8728198
──――――――――――――――――――――――――――─
 高齢者1割負担などの医療制度改悪、介護制度改悪、生活保護
制度改悪、生活保護世帯母子加算の廃止、年金物価スライドの引
き下げ、診療報酬・薬価の改定など──よくぞここまで切ったり
というほどひどいものです。民主党政権になって、その一部を少
しずつ戻そうと努力していますが、一度実施した制度を元に戻す
のは時間がかかるものです。もう少し長い目で見てあげるべきで
はないかと私は思います。
 多くの日本人は、沖縄の人を除いて米軍の海兵隊が沖縄に駐留
している方が何となく安心できると思っています。北朝鮮の脅威
もあるし、中国の軍事力も不安だからです。
 しかし、軍事戦略上は、海兵隊が沖縄に駐留している必要はな
いのです。むしろ、ミサイルの発達した現代では、沖縄に米軍基
地がある方が危険であるといえます。そもそも海兵隊は、戦争が
起こりそうな地域での恒久駐留が必要な軍隊ではないのです。
 1991年の湾岸戦争、2003年のイラク侵攻のように米国
から戦争を仕掛けるときに、十分な作戦計画の下に、最初に殴り
込みをかけるのが海兵隊であるからです。したがって、海兵隊は
豊富な訓練地域のある米国本土にいるのがベストなのです。
 むしろ日本には第7艦隊のような空母を中心とする米軍の精鋭
部隊がいてくれた方が安心なのです。なぜなら、空母を守る船団
が核ミサイルを装備していて、いつでもどこへでも移動可能──
かつて小沢一郎が「日本の防衛には第7艦隊があれば十分」とい
ったのは、けっして間違っていないのです。しかし、当時の自公
政権は「小沢は軍事のいろはを知らない」といって馬鹿にしまし
たが、これはいっている人の方が軍事の素人です。
 現在、普天間基地を拠点とする米軍の海兵隊は「第3海兵遠征
軍」というのです。米軍の海兵隊は、3つの遠征軍で構成されて
いて、第1海兵隊遠征軍と第2海兵隊遠征軍の2つは米国本土に
本拠地があるのです。この他に海兵隊予備役部隊というのがあり
ます。全体の現役兵力は17万3000人といわれています。
──――――――――――――――――――――――――――─
 大西洋海兵隊部隊 ───── 第2海兵隊遠征軍
            I── 第1海兵隊遠征軍
 太平洋海兵隊部隊 ──I
            I── 第3海兵隊遠征軍 → 沖縄
──――――――――――――――――――――――――――─
 たとえ海兵隊がグアムに引き上げても、技術革新によって、米
軍の飛行機の航続距離が伸びた結果、海兵隊や空軍が前線に近い
沖縄ではなく、米国本土に近いグアム島やハワイにいても十分力
を発揮できるのです。
 もし、不意に攻められたらどうなるのかということを心配する
人がいます。そのために自衛隊がいるのです。しかし、現代の戦
争は諜報がすべてなのです。米軍は突然攻められるはるか前の段
階で事態を察知できるのです。既出の田中宇氏は、沖縄に米軍基
地はいらないとして、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「地政学上の理由から、基地は沖縄になければならない」と解
 説する人がよくいるが、間違いである。米軍の現在の技術力か
 らすれば、中国を仮想敵とみなす場合でも、沖縄に必要なのは
 有事の際に使える港と滑走路だけであり、軍隊が常駐している
 必要はない(実際米軍は冷戦後、沖縄本島より下地島の空港を
 有事利用したがった)。米国はここ数年、中国を戦略的パート
 ナーとみなす傾向を強め、日本以上に中国を重視している。日
 本も、中国との東アジア共同体を作る方向に進んでいる。もは
 や中国は日米の敵ではない。これは地政学的な大転換であるが
 米軍の沖縄駐留は必須だという人ほど、この地政学的な変動を
 全くふまえずに(または意識的に無視して)語っている。茶番
 である。
  ――田中宇著『日本が「対米従属」を脱する日』/風雲舎刊
―――――――――――――――――――――――――――――
                ―――[小沢一郎論/03]


≪画像および関連情報≫
 ●永田町異聞/沖縄基地問題について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  米軍が沖縄住民のためというより、軍事戦略上の目的で、老
  朽化いちじるしい普天間に替わる海兵隊の基地を求めてきた
  ことは、このブログでも何度か書いた。その新基地を名護市
  の辺野古にするという2006年の日米合意に至る経緯を、
  チェンジした新政権が検証するというのは、ふつうの国なら
  あたりまえのことだろう。「あした普天間基地がなくなって
  も困るわけじゃない」(週刊朝日)という、元CIA東アジ
  ア部長、アーサー・ブラウン氏の冷静な言葉をよくかみしめ
  るべきだ。
     http://ameblo.jp/aratakyo/entry-10405430828.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

米海兵隊紋章.jpg
米海兵隊紋章
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2010年01月07日

●「米国は本当に怒っているのか」(第2728号)

 こちらから戦争を仕掛けるのではなく、他国から同盟国が侵略
された場合、米軍がどのように戦うのかについて整理しておくこ
とにします。
 もっとも昨日のEJでも述べたように、米国は世界中に諜報網
を張りめぐらせているので、ある日突然攻撃される可能性はほと
んどないといえます。とくに9・11以降は米国の諜報戦はきわ
めて強化されているのです。
 仮に日本が他国から地上軍で侵略されたとします。そのときは
当然のことですが、自衛隊が応戦します。平和憲法でも他国から
侵略された場合は自衛隊が実戦対応できるのです。そのために、
北海道や九州に陸上自衛隊が常駐しているのです。このさい、た
とえ米海兵隊が沖縄にいたとしても、沖縄を直接攻められない限
り、海兵隊が応戦することはあり得ないことです。
 有事になると、米軍は空母を中心とする機動部隊が出動すると
ともに海上自衛隊の艦艇も出動します。日本や韓国の米空軍基地
から米戦闘機が飛び立ち、航空自衛隊と連携を取りながら、陸上
自衛隊を援護します。この場合の日米両軍の連携力は、長年にわ
たる訓練の結果、そのパワーは世界一といわれるほどのレベルに
達しているといわれています。
 そうしているうちに米軍は、グアムにいる海兵隊を次々と空輸
し、敵に占領されている地域に反攻的な急襲を仕掛けるのです。
ここからが海兵隊の出番になります。グアムから日本まで飛ぶに
は途中給油が必要になりますが、これは空中給油をするので、何
も問題はないのです。
 したがって、米海兵隊はわざわざ沖縄に駐留する必要などない
のです。それを日本は莫大な駐留費を負担して米軍を沖縄に引き
留めているのです。いつから日本人はそんなに臆病な国民になっ
てしまったのでしょうか。海兵隊としても、日本にお金を出して
もらえば、米国にいるよりも安上がりなので、沖縄にいるだけの
ことなのです。
 このように、米軍の本心は2014年までに普天間基地の海兵
隊約2万人のほとんど全軍をグアムへ移転することなのです。そ
の方が戦略的にも合理性があるからです。しかし、日本は海兵隊
の一部を何とか日本に残したいと考えているのです。
 ここで、「日本」というのは、もちろん建て前としては日本政
府のことなのですが、もっと正確にいうと、日本の官僚機構――
具体的には外務省のことです。すなわち、外務省としては、「対
米従属」を続ける方が彼らにとって都合がよかったのです。
 そこで外務省が中心になって作りだしたのが、SACO――沖
縄に関する特別行動委員会なのです。SACOとは、米軍駐留に
伴う沖縄県民の負担――騒音、墜落事故、訓練場からの実弾飛来
など減らすために、日本政府が資金を出して代替施設などを建設
し、米軍施設の移転を行うことを目的とするものです。1995
年のことです。
 このSACO事業によって、日本政府は2008年までの12
年間に3000億円の予算を思いやり予算とは別に支出している
のです。その結果、辺野古沿岸を埋め立て、最新鋭の設備と離着
陸に制限のない新たな海上飛行場を建設することによって普天間
基地を返還することで2006年に日米が合意を見たのです。
 しかし、米軍は日米合意にもかかわらず、その後も着々と海兵
隊のグアム移転を進めており、その後沖縄に実戦部隊が残る余地
はないというのです。
 これは一体どうなっているのでしょうか。新聞やテレビでは、
民主党政権が日米合意を守らないので、米国は本気で怒っている
と報道しています。これについて、田中宇氏は、次のように述べ
ているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私が見るところ、日本政府が米軍を買収してまで駐留し続けて
 ほしいと思ったのは日本の防衛という戦略的な理由からではな
 い(急襲部隊である海兵隊は日本の防衛に役立っていない)。
 米国から意地悪されるのが怖かったからでもない(フィリピン
 の例を見よ)。日本政府が米軍を買収していた理由は、実は日
 米関係に関わる話ですらなくて、日本国内の政治関係に基づく
 話である。日本の官僚機構が、日本を支配するための戦略とし
 て「日本は対米従属を続けねばならない」と人々に思わせ、そ
 のための象徴として、日本国内(沖縄)に米軍基地が必要だっ
 たのである。
  ――田中宇著『日本が「対米従属」を脱する日』/風雲舎刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 本当に米国は怒っているのでしょうか。日本の官僚はよくこの
手を使います。いわゆる「ガイアツ」です。昨年の12月21日
のこと。記録的豪雪で休みとなった米国務省に、藤崎一郎駐米大
使が出向き、クリントン長官と15分ほど話して出てきたという
あの話です。会談にはキャンベル国務次官補――東アジア・太平
洋担当らが同席したということです。
 藤崎大使の話を総合して朝日新聞と読売新聞は、今朝、クリン
トン長官から来て欲しいという連絡があったので(朝日)、出向
いて15分ほど話してきたというのです。しかし、国務長官が大
使を呼ぶということはめったにないことで、重く受け止めるべき
(読売)と書いているのですが、真相はきわめて不透明です。
 要するにコペンハーゲンで鳩山首相はたまたまクリントン長官
の隣の席であったので、普天間の問題について話し、日本政府の
方針を理解していただいたとコメントしているが、米国としては
そんなこと「了解したわけではない」といいたいわけです。
 ところが、国務省のクローリー次官補は「大使は(クリントン
長官に)呼ばれたのではなく、彼の方からやってきたのだ」と日
本の報道を否定しているのです。どうなっているのでしょうか。
明らかにこれは藤崎大使の芝居であり、「米国は怒っている」こ
とを演出したかったのです。官僚はよくこうして政府にガイアツ
をかけるのです。        ―――[小沢一郎論/04]


≪画像および関連情報≫
 ●アメリカは本当に怒っているのか
  ―――――――――――――――――――――――――――
  東京(12月11日) − 普天間基地の移設をめぐり日米
  関係に大きな亀裂が入り始めているらしい。新聞によって多
  少の温度差はあるものの、概ね、前政権下で日米両国が辺野
  古沖への移設で合意したはずの問題を、県外移設や日米合意
  の見直しを公約して民主党が政権の座に就いたため、新内閣
  は米国との約束と選挙公約との板挟みになり身動きがとれな
  くなっている間に、米国は日本を見放し始めているという話
  のようだ。
  http://www.videonews.com/news-commentary/0001_3/001306.php
  ―――――――――――――――――――――――――――

藤崎一郎大使.jpg
藤崎一郎大使
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2010年01月08日

●「『対米従属』を望む外務省の陰謀」(EJ第2729号)

 米軍基地のある国の中にも米国に毅然として対峙している国も
あるのです。フィリピンがそうです。
 1986年2月フィリピンにおける民衆革命の成功によってマ
ルコス政権が倒され、コラソン・アキノ大統領の下で自由民主党
政府が成立してフィリピンは劇的に変化したのです。さらに19
87年2月には、フィリピン国民は圧倒的多数の投票で、フィリ
ピン国内の米軍基地の維持を継続する条件を制限する条項を含む
新しい憲法を批准したのです。
 この憲法を盾にしてフィリピンは米軍を基地から追い出したの
です。フィリピンは日本以上に米国への依存度が強い国ですが、
それでいてフィリピンと米国の関係はそれほど悪化していないの
です。日本も第3海兵遠征軍を国外に移すよう国会決議をすれば
可能ですが、その勇気が日本にないだけです。いや、そこまでし
なくても、もともと米軍は着々とグアムに海兵隊の移転を実行に
移しているからです。引き止めなければよいだけの話です。
 キルギス共和国という国があります。キルギス共和国は中央ア
ジアの北東部に位置し、西はウズベキスタン、北はカザフスタン
南はタジキスタン及び中国と隣接する国です。ここにも米軍基地
があるのですが、キルギス共和国政府は、米軍から空港使用料を
取り、しかも最近それを引き上げているのです。「米軍を駐留さ
せてやっている」キリギス共和国に対して「駐留していただいて
いる」日本――きわめて対照的です。
 辺野古の海域には、ジュゴンが10頭から50頭ほどいると推
測されています。ジュゴンは珊瑚に生える海草を餌にしているで
すが、海上に滑走路が建設されると、その珊瑚が死に絶え、ジュ
ゴンの餌がなくなり生存が脅かされるというのです。沖縄防衛局
の環境アセスメントは、非常にいい加減で結論ありきとしか思え
ない内容であり、そのやり直しを求め現在、提訴中であるといい
ます。ジュゴン保護運動は、米国の環境団体からの支援も受けて
おり、本国で訴訟も起こしているところです。
 既出の田中宇氏は、米前国防長官ラムズフェルド氏ですら、美
しい辺野古沿岸を壊すことになるので移設案には必ずしも賛成で
はなかったとして、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 米軍再編は軍のハイテク化をともなうので、米国の防衛産業に
 は利益になる。防衛産業の代理人だった米国のラムズフェルド
 前国防長官は米軍再編の推進に熱心だった。彼は普天間基地も
 代わりの辺野古基地も要らないと思っていたようで、2003
 年の沖縄訪問時に「辺野古(移設案)はもう死んでいる」と述
 べた。彼は「辺野古の海は美しい」とも言い、反対派の理論に
 依拠して辺野古移設案を潰し、引き留める日本政府を振り切ろ
 うとした。しかしその後、日本政府による米軍再編への資金提
 供の追加買収作戟が効いたのか、ラムズフェルドは黙り、辺野
 古移設案は復活した。
 ――田中宇著、『日本が「対米従属」を脱する日』/風雲舎刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本人の米国観は、すべて外務省というフィルターを通ったか
たちで作られています。日本の大学の国際政治学者は、外務省の
息のかかった人物が配置され、テレビなどによく登場する外交の
専門家の多くも外務省寄りの人物で占められています。
 新聞記者やテレビのコメンテーターなども、外務省の意向を無
視して書いたり、話したりすると、少しずつ第一線から外されて
いくようになっています。外務省の米国についての意向とは、次
のようなことです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.米国は怖い。米国に逆らったら、日本は破滅する
  2.対米従属を今後も続ける限り、日本は安泰である
  3.日本独力では中国や北朝鮮の脅威に対抗できない
―――――――――――――――――――――――――――――
 米国が何を望んでいるかは、すべて外務省を通じて日本側に伝
えられ、通訳を務める外務省は、自分たちに都合のよい米国像を
日本人に植え付け、これまで日本人に一定の米国観を持たせるこ
とに成功しています。そして、日本が外務省の考え方と違う方に
動こうとすると、米国のVIPに頼んで、ガイアツをかけさせる
――まさに外務省は、米国という虎の威を借りる狐の役割を演じ
ているのです。
 そして、大新聞、テレビなどのマスコミも外務省と歩調を合わ
せて、対米従属プロパガンダ機構と化しています。したがって、
政治主導を貫こうとする民主党政権は、外務省をはじめとする巨
大な官僚機構と同様に巨大な宣伝力を持つマスコミを相手に戦う
必要があり、大変な苦労を強いられているのです。
 民主党政権は、政治主導を前面に掲げて、官僚のブリーフィン
グをいち早く禁止し、事務次官の廃止などを検討していますが、
これは政府の政策の方向が歪められるのを少しでも防ごうとして
いるのです。しかし、官僚機構はマスコミに情報をリークし、マ
スコミがそれにバイアスをかけて伝えるので、効果は上がってい
るとはいえない状況にあります。このことに関連して田中宇氏は
次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 官僚機構は、ブリーフィングや情報リークによってマスコミ報
 道を動かし、国民の善悪観を操作するプロパガンダ機能を握っ
 ている。冷戦が終わり、米国のテロ戦争も破綻して、明らかに
 日本の対米従属が日本の国益に合っていない状態になっている
 にもかかわらず、日本のマスコミ論調は対米従属をやめたら日
 本が破滅するかのような価値観で貫かれ、日本人の多くがその
 非現実的な価値観に染まってしまっている。
 ――田中宇著、『日本が「対米従属」を脱する日』/風雲舎刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 来週のEJから、本来のテーマである小沢一郎が前面に登場し
てきます。           ―――[小沢一郎論/05]


≪画像および関連情報≫
 ●土佐高知の雑記帳/コラソン・アキノ元大統領の死を悼む
  ―――――――――――――――――――――――――――
  フィリピンのコラソン・アキノ元大統領が亡くなった。76
  歳、若すぎる死である。1986年のフィリピン革命の象徴
  であり、当ブログにとっては知り合いに似た人もいたので、
  ひと一倍親しみがあった。(中略)フィリピンはアメリカの
  基地協定拡張を拒否し、両基地はフィリピンに返還された。
  フィリピンの米軍基地は、途中で日本軍による占領もあった
  が、1903年から1991年まで88年も続いた。日本の
  米軍基地は1945年から64年。フィリピンと並ぶのは、
  2033年である。それまでに返還させられないものだろう
  か。http://jcphata.blog26.fc2.com/blog-entry-1593.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

「日本が『対米従属』を脱する日」.jpg
「日本が『対米従属』を脱する日」
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2010年01月12日

●「普天間問題での鳩山と小沢の連携」(EJ第2730号)

 普天間の県外移設――これは選挙前から鳩山首相と小沢一郎幹
事長の間では合意ができていたのです。だからこそ、社民党との
連立に踏み切ったのです。
 これに対して岡田克也外相はどう対処したのでしょうか。
 岡田外相は一時は「嘉手納統合案」を目指したものの、それが
難しいとわかると、今度は、社民党が反対しても辺野古でやむな
しという考え方に傾き、その線で熱心に鳩山首相を説得し、年内
決着を迫ったのです。
 岡田外相には外務省がついており、結局外務省に取り込まれて
しまったと思われます。外務省は今回も「ガイアツ」をフルに利
用した疑いがあります。
 鳩山政権成立直後の9月23日、米国務省の東アジア担当者の
キャンベル次官補が来日して、岡田外相に次のように要請してい
ます。これはガイアツの第1弾です。
―――――――――――――――――――――――――――――
   新政権は、前政権が決めたとおりにやってほしい
―――――――――――――――――――――――――――――
 まず、キャンベル次官補が最初にクギを刺したのです。続いて
ガイアツの第2弾がきたのです。それは、10月20日に来日し
たゲーツ国防長官です。彼は岡田外相に対して強い調子で次のよ
うに述べたといわれます。これは恫喝そのものです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 普天間基地の移転先は辺野古しかない。日本は2006年に米
 側と合意したとおりにやってほしい。11月12日のオバマ大
 統領来日までの間に決めてほしい。普天間の代替先が決まらな
 い限り、海兵隊のグアム移転もやらない。
  ――田中宇著『日本が「対米従属」を脱する日』/風雲舎刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここから日本のマスコミによる鳩山政権の総攻撃が始まったの
です。彼らは鳩山政権が米国から恫喝されるのを待っていたので
す。「米国は怒っている」「日米同盟が危ない」――対米従属の
プロバガンダ機関と化している日本のマスコミは、外務省と結託
して鳩山政権の支持率を下げようと、キャンペーンをはじめたよ
うにみえます。相当割り引いて考えてみても、鳩山政権に対する
マスコミの報道姿勢はいささか異常であると思います。
 わからないのは、ゲーツ国防長官です。これではまるで沖縄県
民の怒りをわざと増幅させているように見えます。それに米国の
本音は、あくまで2014年までに海兵隊のグアムへの全面移転
なのです。田中宇氏は、ゲーツ国防長官の恫喝について面白い分
析をしていますが、これについては改めて述べます。
 実は米軍基地は沖縄にとって痛し痒しなのです。なぜなら、沖
縄は、経済面で米軍基地に負うところが大きく、基地は経済的な
「必要悪」であったからです。そのため、1999年の調査では
基地移転については賛成と反対が拮抗していたのです。
 しかし、ゲーツ国防長官の高圧的な要求に反発して沖縄の世論
は反米的な傾向を深めたのです。沖縄県民の70%が普天間基地
は県外か国外に移すべきであると考えており、県民の67%が普
天間基地の移転先を辺野古沖にすることに反対しているのです。
賛成はわずか20%に過ぎないのです。
 普天間問題について鳩山首相はブレているとよくいわれます。
しかし、他のことは別として、こと普天間の問題に関しては、鳩
山首相は一貫しています。あくまで「普天間基地は県外、国外に
移転する」――まったくブレていないのです。ただ、岡田外相や
北沢防衛相がごちゃごちゃいうので、鳩山政権が何を目指してい
るのか不透明になっているだけです。それは、それぞれの大臣の
バックにいる官僚機構がそういわせているのです。
 しかし、鳩山首相は年内に決めるとはっきりいっていました。
この発言を多くの国民は「年内に辺野古に決めるんだな」と勝手
に解釈していましたが、どうやら違うようです。辺野古を完全に
捨てたわけではないものの、あくまで「県外」にすることを米国
側に伝え、その代替地を5月までに決めると明言したのです。こ
れを境に米国はこの問題について発言しなくなったのです。
 その決断は、12月4日に行われたとみられる鳩山首相と小沢
幹事長の首相公邸における極秘会談によって両者で確認されたも
のであると思われるのです。この会談は鳩山首相は認め、小沢幹
事長は「会ってはいない」とシラを切っていますが、会談が行わ
れたことは確かです。
 ちょうどその12月4日には、外務省において日米閣僚会議作
業部会が開かれていたのです。この会議において、ルース駐日大
使は日米合意を改めて強く迫ったといいます。
 それでは、この極秘会談では何が話し合われたのでしょうか。
民主党の中枢筋によると、次のようなことだったといわれます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 会談のメインテーマは普天問だった。総理は岡田外相や外務省
 がアメリカの意向を尊重すべきだという態度を強めていること
 を説明したが、小沢幹事長は、外交の最終権限者は総理大臣で
 あると主張し、総理の思う通りにやるべきだと背中を押した。
               ――SAPIO/1月27日号
―――――――――――――――――――――――――――――
 その後、普天間問題について岡田外相や北沢防衛相は完全に口
を閉ざし、鳩山首相だけが発言するようになったのです。これに
よってもはや辺野古への移転はほぼなくなったといえます。
 問題は鳩山首相が普天間の代替地をどこに決めようとしている
かということです。おそらくそれは、最もお金がかからず、素早
く決められるところになると思われます。なぜなら、米海兵隊が
グアムに全軍移転することは間違いないからです。
 ちなみに辺野古沖は、米国側が強く望んだものではなく、日本
側が米国側を説得したものなのです。果たして鳩山政権は本当に
5月までに代替地を決められるのでしょうか。どこか、アテがあ
るのでしょうか。        ―――[小沢一郎論/06]


≪画像および関連情報≫
 ●
  ―――――――――――――――――――――――――――
  【ワシントン=有元隆志】ゲーツ米国防長官は23日、日韓
  など一連の訪問日程を終えた。ともに同盟国である日本と韓
  国との連携を図るのが目的だったが、日本との間では普天間
  飛行場(沖縄市宜野湾市)の移設問題などで進展がなかった
  のに対し、韓国とは「拡大抑止」の強化で合意するなど対照
  的な結果となった。現在の日米関係について「最悪といわれ
  た盧武鉉前政権下の米韓関係よりもひどい状況(米政府元当
  局者)との声も出ている。
http://sankei.jp.msn.com/world/america/091024/amr0910241736008-n1.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

ゲーツ国防長官来日.jpg
ゲーツ国防長官来日
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2010年01月13日

●「辺野古案は自民党の沖縄利権」(EJ第2731号)

 沖縄の日米合意──辺野古移転案はどのようにしてできたので
しょうか。昨日のEJでも述べたように、米国側が望んだもので
はないのです。
 キャンプ・シュワブ沖の埋め立て計画は、自民党政権の「沖縄
利権」なのです。日米両政府が普天間基地の返還で合意したのは
橋本政権下の1996年のことです。
 橋本首相(当時)は、SACO(日米特別行動委員会)の最終
合意で辺野古移転案が決まると、新基地受け入れの見返りとして
名護市などの沖縄北部地域に基地建設費とは別に年間100億円
──10年間で1000億円の公共事業を行うことにし、その差
配権を経世会(旧橋本派)が握ったのです。
 橋本元首相が参院選の惨敗で破れると、今度は小渕首相がその
差配権を引き継ぎ、沖縄サミットを行うなど地元と太いパイプを
築き上げたのです。しかし、小渕首相の死で経世会は地元への影
響力を失い、基地移転事業の主導権は清和会(旧森派)が握るこ
とになったのです。
 軍事評論家の田岡俊次氏によると、はじめは「嘉手納統合案」
でまとまりかけたというのです。当初日本は最もお金のかからな
いこの案を米軍に提案したのですが、最初は米軍が難色を示した
のでまとまらなかったのです。
 しかし、2005年2月には今度は米軍が嘉手納統合案を受け
入れてもいいといってきています。しかし、そのときは日本側が
この案を蹴ったのです。なぜ、断ったのでしょうか。
 嘉手納統合案では、大部分は既存の施設が使えるので、別の基
地を作る必要はないのです。しかし、タダ同然でやれる案では、
小泉政権としては日本側の利権配分ができないので反対したので
す。こういう事実は、マスコミは知っていても絶対に書かないし
報道しないのです。それはマスコミが官僚機構に取り込まれてし
まっているからです。したがって、マスコミ報道だけで沖縄問題
を考えると間違った考え方を持ってしまう恐れがあります。
 岡田外相はこういう事実があったことを知り、嘉手納統合案に
飛びついたのです。米軍は一度は自ら嘉手納統合を申し出ている
ので、可能性があるかもしれないと考えるのは当然のことです。
しかし、その米軍もこの利権にかかわっているので──密約があ
るかもしれない──今度は米軍が頑なに岡田外相の提案を拒否し
たのです。田岡俊次氏は次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 辺野古での新滑走路の工法についても、メガフロート(海上に
 浮かべる巨大な鉄の”いかだ”)案が出ると、「造船会社しか
 儲からない」と言われ、橋のような構造物という案には「マリ
 コン(海洋での工事を得意とするゼネコン)しかできないから
 地元に金が落ちない」と反対され、結局、沖縄の土建業者も潤
 う埋め立てになった。最初から利権絡みだったのです。
               ――SAPIO/1月27日号
―――――――――――――――――――――――――――――
 そこで、小泉政権は、滑走路1本の当初計画から、より埋め立
て面積の多い滑走路2本の「V字案」に拡張したのです。何のこ
とはない。国土防衛のためでも何でもなく、ただの土木工事の利
権問題に過ぎないのです。
 鳩山首相の故人献金問題や小沢幹事長の疑惑については、これ
でもかこれでもかと書き立てるマスコミは、こういうことについ
ては、すべて事実を掴んでいるにもかかわらず、一切報道しない
のです。いや、できないのです。
 鳩山首相と小沢幹事長が最初から「県外移設」を唱えていたの
は、こういう自民党の公共事業利権を潰して、白紙に戻すことを
狙ったものであり、社民党への配慮などではないのです。
 鳩山首相は、普天間問題については、岡田、北沢両大臣による
年内決着の要請にもかかわらず、のらりくらりと結論を先送りを
やっているように見えます。しかし、これは単なる優柔不断では
なく、十分成算のあることであり、けっして問題の先送りではな
いのです。
 鳩山首相は、沖縄県民に立ち上がって欲しいと考えているので
す。1月24日に投開票が迫っている名護市長選で、もし、辺野
古沖移転に反対する新人で前市教育長の稲嶺進氏が現職の島袋吉
和氏に勝つようなことがあると、沖縄県民の「基地はいらない」
の声ははっきりと前面に出てきます。
 そうすると、普天間問題は沖縄の問題の枠を超えて、日本の問
題になり、本土を巻き込んだ大議論に発展することになります。
そうなると、マスコミも官僚傘下の呪縛から解き放たれ、本当の
ことを書かなければならなくなる──鳩山首相は、そうなるのを
待っているのではないでしょうか。
 さて、問題は普天間の代替地はどこになるのでしょうか。最終
的には米海兵隊はグアムに引き上げると思われるが、日本がこの
まま具体的に代替地を示さないわけにはいかないのです。そうし
ないと、米国は本気で日本に対して不信感を持ち、日米関係にひ
ずみができる恐れがあるからです。
 実はここにひとつの代替地の候補があります。それは、宮崎県
の航空自衛隊新田原(にゅうたばる)基地です。ここには航空自
衛隊の第5航空団や飛行教導隊──空中戦教育部隊の本拠が置か
れています。面積は普天間の2倍近い9135平方キロメートル
に及ぶのです。鳩山首相は、選挙前からこの新田原基地について
九州出身議員と協議を重ねており、急に思いついた候補地ではな
いのです。辺野古案では埋め立て工事だけで5年はかかるが、新
田原基地であれば、5月に決定されれば年内にも移転は可能にな
るのです。
 もちろん簡単な話ではないのです。宮崎県民の反対もあるだろ
うし、利権を奪われるかたちになる自民党は死に物狂いで反対し
てくるはずです。しかし、宮崎県の県民所得は沖縄に次ぐワース
ト2であり、宮崎県復興のことを考えると、少なくとも辺野古よ
りもハードルは低いと考えられます。――[小沢一郎論/07]


≪画像および関連情報≫
 ●鳩山首相側近議員の話から・・・
  ――――――――――――――――――――――――――─
  まだ、プランの段階で、防衛省や地元自治体への根回しはこ
  れからだが、3000億円以上かかる辺野古案に比べると新
  田原は既存の施設が使えるし、現在進められている拡張工事
  を修正すれば、移設コストはかなり安い。もともと米軍と自
  衛隊の共同訓練を前提に整備してきた基地なので、米軍の立
  場から見てもハードルは高くない。
               ――SAPIO/1月27日号
  ――――――――――――――――――――――――――─

田岡俊次氏.jpg
田岡俊次氏
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2010年01月14日

●「なぜ、今まで対米従属を続けたのか」(EJ第2732号)

 最近よく聞く言葉に「多極化」というのがあります。「一極集
中」の反対語です。これまで日本がとってきた「対米従属」の外
交は「一極集中」ということになります。
 田中宇氏は、この「多極化」という言葉をよく使います。世界
は多極化しつつある――田中氏の著書には、この言葉が多く登場
します。
 田中宇氏によると、米国はもともと多極主義の国であるという
のです。それは、自国が中心となって戦後の世界体制として結成
した国連の中枢である安保理常任理事国に、ソ連や中国のような
共産主義国家を加えたことにあらわれています。つまり、第2次
世界大戦の直後の段階では、米国はソ連や中国を敵視するつもり
はなかったのです。
 しかし、1950年に状況が一変します。朝鮮戦争が起こった
のです。ここで米国中枢ではそれまでの多極化推進派が後退し、
ソ連や中国を恒久的な敵とみなす冷戦派が台頭したのです。
 実はこれが日本には幸いしたのです。その理由について田中宇
氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 第2次大戦後、もし冷戦が起こらず、米国が多極主義的な戦略
 を続けていたら、米国にとって東アジアで最も重要な国は共産
 中国となり、中国は軍事拡大や社会主義イデオロギーよりも経
 済発展が重視される傾向が続き、文化大革命も起きず、実際よ
 り30年早く経済発展の軌道に乗っていた可能性がある。米中
 関係が良好であるほど、日本は米国から軽視され、米国からの
 経済援助も日本ではなく中国に向けられていただろう。朝鮮戦
 争によって冷戦がアジアに波及し、米中が敵対する体制が固定
 化されたことは、日本にとってまさに「神風」であった。冷戦
 体制下で、日本は米国から気前のよい経済支援を受け続け、日
 本企業は技術面でも米国から大事なことを学び、日本の高度成
 長が実現した。
  ――田中宇著『日本が「対米従属」を脱する日』/風雲舎刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 なぜ、多極主義が必要かというと、欧米や日本のような先進国
は、既に経済的に成熟しているので、今後あまり経済成長が望め
ないのです。したがって、いつまでも欧米中心の世界体制を続け
ることは、世界経済全体の成長を鈍化させてしまうことになるの
で、好ましいことではないのです。
 したがって、欧米中心主義を捨てて、いわゆるBRICsのよ
うな途上国に投資し、経済発展を促進させる必要が出てくるので
す。これが多極主義です。
 田中宇氏によると、これは「資本の論理」に基づいているとい
うのです。産業革命は英国で始まりましたが、英国の資本家たち
は自分たちが開発した技術を積極的に途上国に輸出し、多くの国
々でも産業革命を起こしてもっと稼いだのです。
 もし、そういう資本家たちが愛国主義者だったら産業革命で得
られた技術を国外に出さなかったと思われますが、実際は資本家
は英国の産業革命が一段落したら、英国を捨てて他の国に投資し
ているのです。つまり、欲得というものが愛国心などのイデオロ
ギーを超えている――これが資本の論理というものです。
 しかし、日本は1989年にベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終
結した後も対米従属を続けています。最初のうちは、米英では金
融自由化による金融主導の経済発展体制が構築されたので、その
戦略は結果としてよかったのですが、1998年のアジア通貨危
機を契機にその体制が壊れてくると、対米従属主義はマイナス面
が多くなってくるのです。この時点で日本には、次の2つの選択
肢があったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.これまで通り対米従属主義を継続する
     2.中国と協調し、アジア重視に転換する
―――――――――――――――――――――――――――――
 このとき出てきたのが、日本、米国、中国が等距離な正三角形
の関係になるべきであるという主張です。この考え方を主張した
のは、民主党の小沢一郎と自民党の加藤紘一などの政治家です。
 しかし、9・11が起きると、世界が対米従属を強めるなか、
当時の小泉首相は米ブッシュ首相との個人的人間関係から、強い
対米従属の姿勢をとりましたが、その本心は別であったのです。
 それは、2002年の小泉首相による北朝鮮への電撃訪問に見
ることができます。とにもかくにも金正日に拉致を認めさせると
ともに数人の拉致被害者を日本に連れて帰ったのですから、歴代
政権では成し得なかった大変な成果です。小泉首相はこのとき本
気で日朝関係改善を図る気持であったと考えられます。
 少なくとも小泉首相は、上記2つの選択肢のうち、2のアジア
重視を取る気持があったと思われます。これは優れた外交センス
であるといえます。しかし、日本では北朝鮮敵視のプロバガンダ
が強まり、事態は悪化し、中国との関係は自ら靖国神社に参拝す
ることによってすべてを壊してしまったのです。
 しかし、既にブッシュ政権のときから、いつまでも対米従属を
続ける日本に米国はむしろ冷淡になっていったのです。外交ジャ
ーナリストの手嶋龍一氏は、あの小泉政権のときから、「日米の
関係は冷え切っている」と明言していたのです。
 ところがです。2009年8月の選挙で政権交代が起こり、民
主党の鳩山政権が誕生すると、鳩山首相は米国に対しては「対等
な日米関係」を主張し、その分中国に接近してともに東アジア共
同体を推進しようと持ちかけるなど、明らかに対米従属から多極
主義に舵を切っています。
 鳩山政権は、その外交政策や沖縄問題の日米合意の見直しを要
求するなど、米国の怒りを買っているとマスコミにさんざん叩か
れていますが、本当にそうなのでしょうか。よく調べてみると、
そうともいえないことが起こってきているのです。
               ―― ―[小沢一郎論/08]


≪画像および関連情報≫
 ●多極化とは何か/坂本・中村両教授の解説
  ―――――――――――――――――――――――――――
  超大国以外ののいくつもの国が世界に影響の及ぶ争点に関し
  て主導性を発揮し、重要な決定に参加、秩序形成・維持を担
  う傾向と、それに伴う世界秩序再編成の過程。1960年代
  以降、二極システムが崩れる政治変動が始まり、70年代以
  降には米ソの経済能力が相対的に低下し、特に91年のソ連
  解体以降、二極システムは決定的に崩壊した。90年代の世
  界は多極化の様相が強まり、米・欧・日の三極システムなど
  と呼ばれることがあった。反対に2000年前半には、唯一
  の超大国となった米国の単独行動かが顕著になり、米国によ
  る一極支配の様相が強まった。ただし、2000年代後半に
  入ると、BRICsの台頭、米欧間の距離の広がりなどから
  再度、多極化の様相が強まっている。まだ新しい国際システ
  ムは明確になっていない。――坂本義和東京大学名誉教授/
  中村研一北海道大学教授――
  ―――――――――――――――――――――――――――

小泉首相とブッシュ大統領.jpg
小泉首相とブッシュ大統領
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2010年01月15日

●「安保理決議1887の意味するもの」(EJ第2733号)

 国連の安保理常任理事国──国際連合安全保障理事会常任理事
国は次の5ヵ国で構成されています。
―――――――――――――――――――――――――――――
           1.アメリカ合衆国
           2.イギリス
           3.中華人民共和国
           4.フランス
           5.ロシア
―――――――――――――――――――――――――――――
 2009年9月末、米大統領が議長を務める安保理事会を開き
核拡散防止条約(NPT)の強化や米露核軍縮の推進によって、
世界の完全な核廃絶を目指すことを決めています。「安保理決議
1887」がそれです。
 これは何を意味するのでしょうか。
 安保理常任理事国の5ヶ国は、いずれも核兵器を保有しており
それが常任理事国であることにつながっています。つまり、米国
はこれらの常任理事国が核武装することを暗黙のうえ認めてきた
疑いがあります。5大国による世界支配体制を作るためです。
 しかし、「安保理決議1887」は、そういう5ヶ国の核廃絶
を求めているのです。現在では、5大国以外にも核兵器を保有す
る国が増えてきており、そういう意味からも「安保理決議188
7」が決議されたのです。
 核兵器は実際に使えない兵器です。しかし、核兵器は単独覇権
型の世界支配の道具としては使えます。「核の力」で紛争を抑止
するからです。
 これに対して多極型の世界──国家間民主主義の場である国連
では、「核の力」ではなく「数の力」がモノをいうようになって
きています。これによって現在、国連では、BRICsや発展途
上国の発言力が増加しつつあります。
 米国のオバマ政権の誕生を契機として、こうした多極型の世界
がしだいに形成されつつあるのです。それはどのような世界なの
でしょうか。田中宇氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 国連が世界政府となる多極型の新世界秩序は、世界の各地域が
 その地域の大国を中心に協調し、内戟や紛争をできるだけ地域
 内で解決する体制である。従来のような、米英が全世界の地域
 紛争に介入する体制は終わる。米国は、世界の中心から北米地
 域の中心に自らを格下げする。東アジアでは中国が中心となり
 そうだ。こうした政治面での地域ごとの安保体制作りは、経済
 面での地域通貨統合や自由貿易圏作り、IMFでの新興諸国の
 発言権増大などと並行して進んでおり、全体として世界体制の
 多極化の流れとなっている。
  ――田中宇著『日本が「対米従属」を脱する日』/風雲舎刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 そういう時代においても日本は「対米従属」を取り続けていま
す。何とかアジア重視に舵を切ろうとした小泉政権に続く安倍政
権、福田政権、そして麻生政権はいずれも対米従属を続けようと
していたのです。
 どうしてそこまで「対米従属」にこだわるのでしょうか。
 戦後の日本は、米国中枢内の多極主義派と米英中心主義派のう
ち、米英中心主義派、すなわち、冷戦派の影響を強く受けている
のです。その冷戦派は占領軍として、日本に政治家よりも官僚機
構が権力を持つ現在の国家統治スタイルを築き上げたのです。そ
の方が日本をコントロールしやすいと考えたからです。そのスタ
イルが現在まで続いてきたのです。
 ところが、民主党政権になって政治主導が打ち出され、戦後現
在まで続いてきたスタイルが崩れそうになってきています。その
ため、官僚機構は何とかして「対米従属」に戻そうとして必死に
なっているのです。
 しかし、現在米国はオバマ大統領の率いる民主党政権になって
おり、多極主義派が力を持っています。もちろん表面的には米英
中心主義を続ける姿勢ですが、オバマ大統領が就任後にやってい
ることを分析すると、明らかに多極主義に向かうことを決めてい
るようにみえます。したがって、田中宇氏は、オバマ政権のこと
を「隠れ多極主義」と名付けているのです。
 小泉政権を引き継いだ安倍首相と麻生首相は、米大統領と会談
できる前に半年間待たされています。とくに安倍首相の場合は、
強い対米従属を考えていたにもかかわらず、訪米の前に訪中・訪
韓を、おそらく米国の強い要望によってさせられているのです。
 麻生首相は就任後にブッシュ大統領と会おうとしたのですが、
折からのリーマンショックなどの金融危機への対応を理由に断ら
れています。結局オバマ大統領になってから、2月25日に会っ
ていますが、歓迎の晩さん会もなく、ワーキング・ランチで片づ
けられています。安倍元首相も同様です。
 しかし、鳩山首相は就任から10日後の9月23日にオバマ大
統領と会っています。そんなこと、たまたまニューヨークでの国
連総会に両者が出ていたので会えたに過ぎないのではないかと考
える人が多いと思いますが、その前にオバマ大統領に正式会談を
申し入れていた英国のブラウン首相が断られているのです。
 まして鳩山首相は就任前から反米的とみなされる方針や言動を
発しており、米国が会談を断ってもおかしくはなかったのです。
それが25分間ではあっても、あっさりと会ってくれ、悪意のあ
るメッセージを何も受けていないのです。しかも、11月12日
にはオバマ大統領は来日を果たしているのです。
 それに対してブラウン首相は、条件を変えて5回もオバマ会談
を要請したのですが、すべて断られています。そこでブラウン首
相は国連本部内でオバマ大統領を追っかけ、人混みを避ける目的
裏道として厨房内を通ったとき、オバマ大統領をつかまえて10
分ほど立ち話をしたというのです。鳩山首相がオバマ大統領にす
ぐ会えたのは大変なことなのです。―――[小沢一郎論/09]


≪画像および関連情報≫
 ●オバマは隠れ多極主義である
  ―――――――――――――――――――――――――――
  オバマは国連総会を機に鳩山のほか、中国、ロシアの首脳と
  も2者会談を行った。オバマが親米のはずの英国との会談を
  断る一方、反米的な中露とは会談したのはいかにも「隠れ多
  極主義」的だが、会談相手の中に反米的な日本の鳩山が入っ
  ているのは、新政権になった日本がようやく世界の多極化に
  対応して「非米同盟」の方向に傾いたことを象徴しており、
  興味深い。
  ――田中宇著『日本が「対米従属」を脱する日』/風雲舎刊
  ―――――――――――――――――――――――――――

ブラウン英国首相.jpg
ブラウン英国首相
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2010年01月18日

●「小沢秘書逮捕で報道されない事実」(EJ第2734号)

 1月15日夜、民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山
会」の土地購入問題で東京地検特捜部は、同党衆議院議員(北海
道11区)の石川知裕容疑者ら3人を政治資金規正法違反(虚偽
記載)で逮捕するという事件が起こっています。国会開会目前に
なぜ、このようなことになったのでしょうか。
 注目すべきは、既に逮捕・起訴され、公判中の小沢氏の公設第
一秘書までも逮捕されるという展開になったことです。EJでは
現在、小沢一郎論を書いており、このことにまったく触れないで
書き続けることは不自然であると思われます。といっても、まだ
事実が不透明なこの時期に、メルマガで私的意見を述べるのはふ
さわしくないと考えます。
 しかし、この事件に関して、新聞やテレビが正面から報道しな
い2つの事実については、この事件の今後の推移を正しく判断す
るのに影響を与えると思うので、記述することにします。
 2つの事実の第1は、今回の捜査の指揮を執る東京地検特捜部
のトップである佐久間達哉特捜部長のこれまでの実績です。佐久
間氏が現在の地位に就いたのは、2008年7月のことです。
 佐久間氏の特捜部長就任から4日後のことです。最高裁は、旧
長銀の粉飾決算事件で証取法違反などに問われた大野木克信元頭
取ら3人に逆転無罪判決を言い渡したのです。過去に特捜部が手
がけた重大事件で、被告全員の無罪が確定するというのは、極め
て異例なことなのです。
 といっても、この逆転無罪事件と今回の政治資金規正法違反事
件とどういう関係があるのか、多くの人はわからないでしょう。
それは大マスコミが重要なことを報道しないからです。
 実は、この事件を事実上起訴に導き、立件したのが、当時主任
検事であった佐久間達哉氏その人であったのです。それが最高裁
まで引っ張って、揚げの果てが「無罪」――特捜の完敗です。
 この事件の結末について、東京地検事情通は、次のようにコメ
ントしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 戦後最大の粉飾決算事件といわれた旧長銀事件を立件にこぎつ
 けたことが評価され、佐久間氏は、法務・検察の各主要ポスト
 を歴任、在米大使館書記官も経験するなど順調に“赤レンガ派
 の超エリート街道″を歩んできました。特捜部長に就任た途端
 出世のきっかけとなった事件が最高裁で覆されてしまうとは、
 さぞかし不名誉なことだったでしょう(東京地検事情通)
        ――日刊ゲンダイ/1月15日(14日発行)
―――――――――――――――――――――――――――――
 これだけのことであれば、特捜検事も神様ではないのだからそ
ういうこともあるということになるでしょう。しかし、佐久間氏
については、まだあるのです。
 佐久間氏が特捜部副部長時代に手がけた佐藤栄佐久前福島県知
事の収賄事件でも、その結果にケチがついているのです。司法関
係者のコメントを引用します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 佐久間氏ら特捜部は、贈賄側のゼネコンが、前知事の親族会社
 の所有地購入に支払った約8億7000万円と、時価総額8億
 円との差額が収賄に当たると主張。一審判決では、特捜部の主
 張が支持されましたが、二審では退けられ、前知事は懲役3年
 ・猶予5年から、懲役2年・猶予4年に減刑されました。特捜
 部の主張の根幹が崩れたことで、二審判決は「実質無罪」と評
 価する声もあるほどです。(司法関係者)
        ――日刊ゲンダイ/1月15日(14日発行)
―――――――――――――――――――――――――――――
 この件については、1月16日の「ウェーク」(日本テレビ)
に出演したコメンテーターの江川紹子氏も石川逮捕に関連してこ
れに言及し、「福島県知事事件では裁判毎に事件がどんどん小さ
くなっている」として「検察のやることはすべて正しい」と考え
て報道するのは問題であると主張しているのです。
 2つの事実の第2は、1月13日に開かれた小沢一郎幹事長の
公設第一秘書、大久保隆規容疑者の第2回公判において、ある事
件があったことです。多くの新聞は、小沢事務所の捜索について
大きく紙面を取って報道しているのに、この公判については関連
があるのにほとんど報道していないし、報道していても肝心なこ
とには明確に触れていないのです。
 この日の公判では、「検察側」の証人として、西松建設の岡崎
彰文・元取締役総務部長の尋問が行われたのです。このとき岡崎
元部長は、西松建設OBを代表とした2つの政治団体について、
次の重要発言をしているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      西松建設のダミーだとは思っていない
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは検察側にとっては大ショックなのです。なぜなら、これ
は大久保秘書を立件した根幹に関わる点であるからです。岡崎氏
裁判官の尋問に対しても「2つの政治団体は事務所も会社とは別
で、家賃も職員への給与も団体側が支払っていた」と証言してい
るのです。これについての検察側と岡崎氏とのやりとりは、次の
ようになっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 大慌てした検察側が、「あなた自身が訴訟を起こされることが
 心配で、本当のことを話せないのでは」と聞いても「なぜそん
 なことをいわれるかわからない。もともとダミーとは思ってい
 なかった」と話した。
        ――日刊ゲンダイ/1月16日(15日発行)
―――――――――――――――――――――――――――――
 裁判の焦点は、大久保が2つの団体をダミーと認識していたか
どうかの一点であり、これが崩れると、検察側は一挙に苦境に追
い込まれます。無罪もあり得る展開です。マスコミはなぜ報道し
ないのでしょうか。       ―――[小沢一郎論/10]


≪画像および関連情報≫
 ●ネットや週刊誌の方が「真実」を伝えている
  ―――――――――――――――――――――――――――
  西松建設の違法献金事件で、政治資金規正法違反(虚偽記載
  など)に問われた小沢一郎民主党幹事長の公設第1秘書、大
  久保隆規被告(48)の第2回公判が13日、東京地裁(登
  石郁朗裁判長)で開かれ、献金の窓口役だったとされる同社
  元総務部長(68)が証言した。今月26日の第3回公判で
  被告人質問を行うが、これで実質的な審理は終了し2月26
  日の公判で結審する公算が大きくなった。元部長は、検察が
  西松のダミーと主張する二つの政治団体について「外部の政
  治団体という認識でダミーとは思っていない」と証言。大久
  保被告が2団体をダミーと認識していたかは主な争点の一つ
  となっている。    ――毎日jp/ニュース・セレクト
  ―――――――――――――――――――――――――――

逮捕された石川議員.jpg
逮捕された石川議員
posted by 平野 浩 at 04:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 小沢一郎論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月19日

●「『日米安保で飯を食う人たち』の奴顔」(EJ第2735号)

 沖縄の普天間問題の本当のあるべき姿の考察を終えて、メイン
テーマの小沢一郎論に今週から入ろうと思っていたのですが、岩
波書店の雑誌『世界』の次の特集を読んで、もう少しこの問題に
ついて考えてみたいと思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
        特集/普天間移設問題の真実
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは、9本の論文と4人のインタビュー記事を含む文字通り
の大特集です。その中でも冒頭の寺島実郎氏による次の論文は、
日本人必読であると考えます。沖縄問題は、大新聞やテレビの報
道だけでは真実が見えなくなるからです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  寺島実郎氏
  「常識に還る意思と構想――日米同盟の再構築に向けて」
―――――――――――――――――――――――――――――
 ひとつ思い出していただきたいことがあります。それは海上自
衛隊のインド洋での給油活動です。かねてから自民党やマスコミ
は、もし、インド洋の給油をやめてしまうと、日米関係はおかし
くなると大合唱してきたはずです。
 しかし、民主党政権が米国と交渉すると、条件付きながら意外
にあっさりと米国はそれを受け入れています。そうなると、自民
党やマスコミは一転してそれをいわなくなり、今度は普天間問題
にすり替えて民主党批判の大合唱をやっています。
 そのインド洋の給油は、先週の金曜日の15日に終了しました
が、新聞はほんの数行報じただけです。これについて、寺島実郎
氏は、上記論文の中で次のように論じています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 この間まで、「インド洋への給油活動こそ日米同盟の証であり
 これがなくなれば、日米同盟は破綻する」と言っていた人たち
 は、今度は「普天間問題での日米合意をそのまま実行しなけれ
 ば日米同盟は破綻する」と主張し始めた。また、在ワシントン
 の日本のメディアにも「良好な日米関係破綻の危機迫る」との
 発信しかできない特派員が少なくない。   ――寺島実郎著
 『常識に還る意思と構想――日米同盟の再構築に向けて』より
           『世界』/2010年2月号/岩波書店
―――――――――――――――――――――――――――――
 寺島実郎氏は、このように米国の顔色を伺いながら、日米の軍
事同盟をあたかも絶対に変更のできない与件として固定化し、そ
れに少しでも変更を加えようとする議論に対して極端な拒否反応
を示す人たちの顔が「奴顔」になっていると嘆いています。
 「奴顔」というのは、中国の作家の魯迅が使った言葉であると
いわれます。魯迅は、20世紀初頭の中国人の顔が、長い植民地
時代の間に「奴顔」になってしまったと嘆いたのです。奴顔とは
虐げられることに慣れて強いものに媚びて生きる人間の表情であ
り、寺島氏によると、そういう奴顔の人が日米関係に携わる人の
間――とくに外務省に多くなっているというのです。
 寺島氏によると、ワシントンには「知日派・親日派」といわれ
る人たちがいて、彼らは「日米同盟は永遠の基軸」であると謳い
基地を受け入れる日本の「責任」に言及し、それに加えて、「国
際貢献」という名の対米協力を求めるのです。
 もちろん日本側にもそれらの人に対応する「知米派・親米派」
という人たちがいて、その相互依存が長い間にわたって、日米関
係を規定してきているというのです。知日派・親日派の米国人は
拉致問題などでの日本からの来訪者があると丁重に迎え、何かと
面倒を見たりするのです。したがって、多くの日本人は彼らを日
本の味方だと信じて疑わないのです。
 寺島氏にいわせると、そういう知日派・親日派とそれに対応す
る知米派・親米派の人たちを総称して「日米安保で飯を食べてい
る人たち」であるといい、日本人はそういう人たちから距離を置
くべきであると主張しているのです。
 こうした知日派・親日派の人たちは、しばしば日本でのシンポ
ジウムに参加し、日米同盟の重要さを説いており、マスコミはそ
れを大々的に報道するので、私たちは、こうした「日米安保で飯
を食べている人たち」の主張を通して日米同盟というものをとら
えてきたことになります。
 しかし、寺島氏が幅広い世界認識を持つ米国の知識人に日米関
係の現状を問うと、その実情をほとんど知らないというのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 驚くべきことにワシントンにおける最高レベルの知識人や国際
 間題の専門家でさえ、日米関係に関与していない人たちの多く
 は日米同盟の現実(米軍基地の現状や地位協定の内容)を知ら
 ない。むしろ、こんな現実が続いていることに、「米国の国益
 は別にして」と付け加えながらも、怪訝な表情と率直な疑問が
 返ってくるのである。    ――寺島実郎氏の前掲論文より
―――――――――――――――――――――――――――――
 米国が世界に展開している、大規模海外基地の上位5つのうち
の4つが実は日本にあるのです。その4つとは、横須賀、嘉手納
三沢、横田です。戦後65年目を迎え、冷戦の終焉から20年が
経過しようとしてるのにこの有様です。
 しかも、在日米軍の地位協定上のステータスは、ほとんど占領
軍の基地時代の「行政協定」のままであり、日本側の主権が極め
て希薄であって、本来地位協定に定めのない日本側のコストまで
生じているのです。
 このような国は世界で日本だけであり、当の国民もその直接影
響のある沖縄県民以外はこの問題に意外に無関心です。どうして
こうなったかは、いわゆる「日米安保で飯を食べている人たち」
によって規定されてきた日米安保のあり方をそのまま受け入れて
しまったことにあるのです。しかも、1997年に行われた「ガ
イドラインの見直し」は、日本をさらに大きな危険に巻き込む可
能性を秘めているのです。    ―――[小沢一郎論/11]


≪画像および関連情報≫
 ●寺島実郎氏のプロフィール
  ―――――――――――――――――――――――――――
  1947年北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修
  士課程修了。1973年三井物産入社、ニューヨーク本店業
  務部情報・企画担当課長、ワシントン事務所長を経て、19
  97年〜三井物産戦略研究所所長(現職)。2001年〜財
  ――日本総合研究所理事長(現在会長)。その他、早稲田大
  学アジア太平洋研究センター客員教授、経済産業省産業構造
  審議会情報経済分科会情報セキュリティ基本問題委員会委員
  長、国土交通省国土審議会特別委員、文部科学省中央教育審
  議会委員、総務省情報通信審議会委員も務める。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

寺島実郎氏.jpg
寺島実郎氏
posted by 平野 浩 at 04:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 小沢一郎論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月20日

●「日本に危険をもたらす日米ガイドライン」(EJ第2736号)

 そもそも日米合意――自民党の橋本政権と米クリントン政権が
1997年に締結した「日米ガイドラインの見直し」に民主党を
はじめとする野党がこぞって反対しているのは、なぜなのでしょ
うか。このあたりのことをきちんと理解する必要があります。
 1989年にベルリンの壁が崩壊し、冷戦後の時代になったの
ですが、この冷戦後の10年間が日本にとって外交基盤を転換し
日米安保体制を見直すチャンスであったといえます。
 しかし、その大事な時期の日本の政治状況は、きわめて脆弱で
あったのです。ちなみに自民党の単独政権は、1993年の宮沢
内閣で終焉し、その後は細川政権から森政権までは短命の政権が
続くことになります。
 これでは、外交基盤を転換することはとてもできなかったと思
われます。そういう意味で、腰の据わった外交姿勢を確立するに
は、安定した単独政権が必要なのです。
 しかし、同じ敗戦国であるドイツでは、1993年に「在独米
軍基地の見直しによる縮小、地位協定の改定」を行っているので
す。これによってドイツは在独米軍を26万人から4万人に削減
させることに成功しているのです。
 ところが、日本は自民党が政権の主導権を取り戻した橋本内閣
のとき、アジアでは冷戦は終わっていないとして、日米安保の自
動延長を行い、「ガイドラインの見直し」に踏み込んでいます。
これに普天間基地の問題が密接にからんでいるのです。
 この「ガイドラインの見直し」によって、一体何が見直された
のでしょうか。
 これまでは日米安保の対象とする「有事」とは、極東地域に限
定されていたのですが、ガイドラインの見直しでは、その「極東
条項」を撤廃し、「平和と安全を脅かす事態の性格」によって決
める方式に変更されているのです。
 これはどういうことかというと、仮に、世界のどこで起こった
紛争であっても、それが日本の平和と安全を脅かすと判断すれば
米軍と共同して行動する可能性を開いてしまったのです。これは
テロに対する即応体制ですが、日本にとってきわめて危険な事態
を招きかねないことになる恐れがあります。
 実際にそれからというもの、とくに9・11後において、当時
の小泉政権は、米軍がアフガニスタンやイラクと戦争を始めると
海上自衛隊の補給艦と護衛艦をインド洋に出すことになったり、
イラクに自衛隊を派遣したりと、米国の戦争に付き合わされてき
ているのです。
 そして「米軍再編」です。この米軍再編について、寺島実郎氏
は、軍事評論家の故江端謙介氏の言葉をひいて、次のように懸念
を表明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 2009年に亡くなった軍事評論家の江畑謙介は、正確な知識
 と情報に基づく軍事評論家として敬服すべき存在であった。そ
 の晩年の著書『米軍再編』(2005年、新版2007年、ビ
 ジネス社)は米軍再編の真実を冷静に分析した作品であった。
 この中で「米軍は必要な時に日本を、太平洋を超えた兵站補給
 部隊展開の前進拠点にしようとしている」と米軍再編の本質を
 見抜いていた江畑は同床異夢の米軍再編には危険が潜む」と指
 摘、基地の縮小・移転、地位協定の改正、思いやり予算の削減
 などについて戦略的提言をしていた。我々は江畑謙介の問題意
 識と提言を重く受け止めなければならない。 ――寺島実郎著
 『常識に還る意思と構想――日米同盟の再構築に向けて』より
           『世界』/2010年2月号/岩波書店
―――――――――――――――――――――――――――――
 このように「ガイドラインの見直し」以来、日本は米国の戦争
に何らかのかたちで巻き込まれています。しかし、政権交代を果
たした民主党は、今までのような対米従属を見直す政策を打ち出
しています。しかし、それを本当にやり遂げるには安定した政権
運営が必要になります。だからこそ、民主党は参院選勝利にこだ
わっているのです。
 そういう日本の変化に警戒しているのは米国です。そしてあの
手この手とさまざまなかたちで民主党政権を揺さぶってきている
のです。
 昨日のEJで、「日米安保で飯を食べている人たち」について
述べましたが、その一人にほとんどの日本人が知っているアーミ
テージ元国務副長官がいます。このアーミテージ氏について寺島
氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 アーミテージ元国務副長官は、2009年12月に都内で行わ
 れた日米関係に関するシンポジウムにおいてさえ、「皆さんが
 今夜、安心して眠れるのは米国が日本を守っているからだ」と
 訴えていた。悪意はないのだろうが、残念ながら日米安保の実
 体が日本を守る」「極東の安全を守る」という原点から大きく
 乖離し、中東から中央アジアまで「イスラム原理主義」を意識
 した、テロとの戦いなる「アメリカの戦争」に対する共同作戦
 の基盤へと変質していることを正確に伝えていない。イスラム
 原理主義」に立つテロリストとの戦いは、微妙にイスラム全体
 の憎しみを増幅し、文明の衝突さえ誘発しかねないリスクがあ
 る。          ――――寺島実郎氏の前掲論文より
―――――――――――――――――――――――――――――
 このように日本は、戦闘行為に直接参加しないまでも、米国の
戦争に付き合っていると、世界中に敵を作る結果になることを寺
島氏は警告しています。まして中東諸国は「日本は中東のいかな
る国にも武器輸出も軍事介入もしていない唯一の先進国」として
敬意と好感情を抱いているといわれています。
 また、米国と違って、「イスラエル・パレスチナ問題」に対し
てイスラエル支持を表明しなければならない国内事情があるわけ
でもないのです。日本人はそういう有利な自らの立ち位置を自覚
すべきであります。       ―――[小沢一郎論/12]


≪画像および関連情報≫
 ●リチャード・アーミテージとは何者か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日米間の安定的な安全保障システムの確立に貢献してきたほ
  か、椎名素夫・石原慎太郎など日本の政治家や官僚らとの繋
  がりも強い。一方で、核武装など大幅な日本の軍事的拡大に
  は否定的とされる。かつて、日米間で摩擦があったFSX開
  発問題では日本側との調整を担当している。日本や東アジア
  全般の安全保障に関する発言が常に注目を集める。アーミテ
  ージの名が一般に広く知られるようになったきっかけとして
  2000年に対日外交の指針としてジョセフ・ナイらと超党
  派で作成した政策提言報告「アーミテージ・レポート」の存
  在が挙げられる。          ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

リチャード・アーミテージ氏.jpg
リチャード・アーミテージ氏
posted by 平野 浩 at 04:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 小沢一郎論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月21日

●「日本人のトラウマ/第1次湾岸戦争」(EJ第2727号)

 日本人には第一次湾岸戦争のときのトラウマがあります。日本
は、90億ドルという世界最大級の資金支援をしながら、戦後ク
ウェート政府が支援した国に感謝を捧げるリストに日本は入って
いなかったのです。
 しかし、日本の湾岸支援の金額はこの程度の金額ではないので
す。90億ドルを含め近隣諸国などへの資金を入れると、135
億ドル(1兆8000億ドル)に達しているのです。これらの巨
額の資金は実際は米軍の戦費として使われたのですが、日本政府
はそれを「復興支援」と国民に偽って支出しているのです。その
ため、クウェートから見ると、日本は何もしていないと思ったの
だと思います。
 どうしてこうなってしまったのでしょうか。
 そのときの自民党の幹事長は小沢一郎なのです。しかし、その
とき小沢が自民党内で幹事長としてどのように奔走したかについ
て知っている人は少ないと思います。そこにどういう葛藤があっ
たのでしょうか。
 小沢一郎が47歳で自民党の幹事長になったのは、1989年
8月のことです。そして1990年8月2日、イラクはクウェー
トに侵攻したのです。そのとき、米国は素早く行動を起こしたの
です。イラクのサウジアラビア侵攻を恐れたからです。
 もし、サウジアラビアがイラクに制圧されると、2週間以内に
油田地帯がフセインに抑えられてしまうからです。イラクの分と
合わせると、フセインが世界の石油埋蔵量の55%を支配するこ
とになってしまうからです。
 小沢幹事長は、この事態を日本の危機としてとらえたのです。
なぜなら、日本は中東原油に全面的に依存しているからです。こ
こは国際協調行動を起こすべきである――そう考えた小沢は、独
自のルートを使って情報収集に全力を上げたのです。
 直ちに国連安全保障理事会が招集され、イラク軍のクウェート
からの即時撤退を求める決議を採択したのです。しかし、イラク
は国連決議を受け入れず、クウェート統合に動いたので、8月7
日に米国と英国はサウジ派兵を決定し、ペルシャ湾の海上封鎖を
行ったのです。
 これに対して日本政府は、米国、EC各国に少し遅れて経済制
裁に参加し、次の対応を決めかねていたのです。そのとき、小沢
幹事長は、ときの駐日米大使のマイケル・アマコストを公邸に訪
ねて話し合っています。
 アマコスト大使は、ブッシュ(父)大統領がこのイラク問題に
ついて重大な決意をしていることを小沢に伝えて、後方支援など
の日本の協調行動を求めたというのです。この会談を経て、アマ
コスト大使は8月14日に首相・海部俊樹に対し、同様の支援を
要請しています。
 アマコスト大使は、次の日の15日、今度はときの外務省・栗
山尚一事務次官に会い、もっと具体的に「掃海艇、補給艦による
軍事的後方支援」と「多国籍軍への人的、物的、財政的支援」な
どを申し入れています。
 この米国からの申し入れに対して海部内閣は大揺れに揺れたの
です。大方の意見は、あくまで非軍事分野での協力に限定すべき
であるというものであったのですが、具体的支援策がまとまらな
いまま無駄に時間が空費されていったのです。
 この様子を見ていた小沢幹事長は、8月26日に首相公邸に首
相を訪ね、自衛隊派遣の政治決断を強く迫ったのです。その根拠
は、国連の平和維持活動の中で自衛隊を派遣することは憲法違反
にならないというものです。
 8月27日に小沢幹事長は、自民党四役会議において、海部首
相に求めた同じ内容を発言し、党内の合意形成をしようと動いた
のです。このとき、小沢幹事長は具体的には、次のように述べて
いるのです。これは、小沢の国連中心主義の主張の重要部分であ
るので、引用します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 わが国は、憲法が謳っている恒久平和の追求と、そのための国
 際社会への貢献という理念が国連憲章に合敦するからこそ、国
 連に加盟し、国連中心外交を展開してきた。その国連憲章は平
 和を維持するために、最終的には加盟国共同で武力も行使する
 としている。ところで、憲法第九条は、わが国に直接、急迫不
 正の侵害行為がないのに、同盟国として出かけて武力行使する
 集団的自衛権を禁じていると解釈されている。しかし、それは
 特定の国家と結んだり、特定の国に対して武力行使するのがい
 けないのであって、全世界が一致して平和維持のために行う国
 連軍とは次元が違う。もし、国連軍に参加することも憲法違反
 であるなら、国連加盟国として活動できず、国連を否定するこ
 とにもなる。現憲法下でも自衛隊を国連軍に派遣することは、
 憲法違反に当たらない。平和のための憲法があり、自衛隊があ
 るのに、なぜ国連の平和維持活動をしてはいけないのか。
       (発言要旨。毎日新聞90年8月31日付より)
 ──渡辺乾介著、『小沢一郎/嫌われる伝説』より/小学館刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 おりしもベルリンの壁が崩壊し、世界が各国それぞれに新しい
生き方を模索しているときです。日本も変わらなければならない
──小沢は、湾岸危機を幕末のペリー来航にたとえて、新しい日
本を演出しようとしたのです。小沢としては、「特殊な国ニッポ
ン」から「普通の国ニッポン」へ変わるチャンスであると考えて
いるのです。そうしないと「顔のない国家」になる、と。
 もちろん自民党内にも一部の賛同者はあったものの、官僚機構
から猛烈な反対があったのです。それに何しろ47歳の政権与党
の幹事長です。若いのに何をいうかという反発も当然あったと思
います。それに加えてときの海部首相のリーダーシップには大き
な問題があったのです。
 とくに最大の壁は外務省であったのです。彼らは小沢の考え方
に絶対反対だったのです。    ―――[小沢一郎論/13]


≪画像および関連情報≫
 ●国連平和維持活動(PKO)について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  平和維持活動は、「国際の平和及び安全を維持する」(国際
  連合憲章第1章)ため、国際連合に小規模の軍隊を現地に派
  遣して行う活動である。従来は、紛争当事国の同意を前提に
  派遣されていたが、冷戦後は必ずしも同意を必要とせずに派
  遣する例もある。平和維持活動については、憲章上に明文の
  規定はないが、「ある種の国際連合の経費事件」において国
  際司法裁判所がその合法性を認め、国際連合総会が1962
  年の第17回総会でこれを受諾している。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

第1次湾岸戦争.jpg
第1次湾岸戦争
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2010年01月22日

●「小沢対官僚機構対立の原点」(EJ第2738号)

 今年の1月に入って鳩山政権は、麻生前政権から引き継いだま
まだった内閣法制局長官をはじめとする内閣中枢の幹部官僚の刷
新に乗り出し、15日の閣議で、内閣法制局長官のほか、3人の
官房副長官補のうち内政担当、外交担当の2人を交代させる人事
を決定しています。
 これら法制局長官の交代は、内閣発足や内閣改造などの節目に
行われるのが普通で、通常国会への提出法案の審査で多忙になる
1月の交代は極めて異例なことです。
 この人事は、小沢幹事長らが法制局長官を含む官僚の国会答弁
を禁止する国会法改正を目指す方針を打ち出したことと関係があ
ると考えられます。政府はこの14日、政治主導の国会運営のた
め、通常国会からは内閣法制局長官の国会答弁を認めない方針を
決定しているのです。
 小沢がなぜ内閣法制局長官の国会答弁を認めない方針を打ち出
したかには理由があるのです。それを明らかにするには、もう一
度1990年8月の時点に遡ってみる必要があります。
 自衛隊の海外派遣の日本政府としての解釈には次の2つがある
のです。これらは内閣法制局長官による政府答弁書として出てい
るものです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ≪1.1980年10月28日の政府答弁書≫
 ・目的、任務が武力行使を伴うものであれば、自衛隊がこれに
  参加することは憲法上許されない。
 ≪2.1981年 5月29日の政府答弁書≫
 ・憲法上許容されている自衛隊の行使は、わが国を防衛するた
  め必要最小限度の範囲にとどまるべきである。
―――――――――――――――――――――――――――――
 これら2つの政府答弁書のうち1981年のものについては、
自衛隊の海外派遣の道を閉ざし、集団的自衛権を認めない法解釈
になっていたのです。
 それならば、武力行使を伴わない国連軍への参加はどうなのか
というと、憲法上は認められるのですが、自衛隊にはそのための
任務規定がなく、実際にはできないのです。これは「国連中心主
義」を唱えながら、具体的には何もやっていない外務省の怠慢で
あると小沢は考えていたのです。
 8月27日の自民党四役会議の直後のことです。外務省の3人
の高官が幹事長室に小沢を訪ねてきたのです。その3人とは次の
外務省のトップです。
―――――――――――――――――――――――――――――
        外務省事務次官・栗山尚一
          外務審議官・小和田恒
            官房長・斎藤邦彦
―――――――――――――――――――――――――――――
 そのとき、どういうやりとりがあったのか、既出の渡辺乾介氏
の著書からご紹介することにします。栗山事務次官は、小沢幹事
長に文書を手渡して、次のように切り出したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   これはわが省の総意としてお汲み取りいただきたい
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢は無言で栗山から文書を受け取り、ゆっくりと読みはじめ
たのです。そこには次のようなことが書かれてあったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 外務省としては自衛隊を海外に派遣すること、したがってイラ
 ク制裁の多国籍軍に自衛隊艦船、輸送機を派遣することは断固
 として反対せざるを得ない。その理由は、自衛隊派遣は中国、
 韓国をはじめアジア諸国が容認しないと思料され、あえて自衛
 隊派遣をして近隣諸国の反発を招くことは外交上得策ではなく
 国益を損なう恐れがある。
 ──渡辺乾介著、『小沢一郎/嫌われる伝説』より/小学館刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢は文書を読み終わると、文書を手にしたまま、3人と向き
合い、次のように述べたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢:外務省は戦後一貫して日米同盟あっての日本だ、日米協
    調が重要だ、国連中心外交だと強調してきた。私もそう
    思う。しかし、この文面には日米の一言も、国連という
    言葉すら見当たらないが、これはどういうことなのか。
 3人:・・・・・
 小沢:韓国、中国をはじめアジア諸国との関係が大切であるこ
    とは言うをまたない。私は、湾岸問題における自衛隊派
    遣の意味をきちんと説明するなら、近隣諸国の理解は得
    られると確信する。そういう努力こそ重要ではないか。
 3人:・・・・・
 ──渡辺乾介著、『小沢一郎/嫌われる伝説』より/小学館刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢はさらに重ねて、日本の国連加盟の誓約から説き起こし、
日本は3度にわたって国際社会に加盟国としての義務を履行する
ことを表明しているとして、何もしなくてもいいのかと迫ったの
ですが、3人は反論も同意もせず、ただ押し黙ったまま一言も発
せず、幹事長室を後にしているのです。
 外務省のトップ3人なら、外交当局らしく国際社会の動向分析
や外交政策論を幹事長に展開して派遣反対を唱えたのなら、まだ
わかりますが、小沢につけ入られることを恐れて一言も発せず、
はじめに反対ありきの方針を決めて押しつけて帰ってしまったの
ですから、小沢が怒るのは当然の話です。
 この自衛隊の海外派遣の反対論は外務省だけでなく、集団的自
衛権の行使を憲法違反とする論理の砦ともいうべき内閣法制局と
防衛庁も自衛隊派遣反対でスクラムを組んでいたのです。そのと
き、これは官僚機構の総意であったのです。現在の小沢潰しもこ
れと似た構図です。       ―――[小沢一郎論/14]


≪画像および関連情報≫
 ●法制局よ、お前は何者なのだ/衆議院議員・江田憲司氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
  世間で「法の番人」と呼ばれる内閣法制局は霞が関では「法
  匪(ほうひ)」と呼ばれていた。私が通商産業省(現・経済
  産業省)の官房総務課で法令審査を担当していた二十五年ほ
  ど前の話である。内閣法制局は、内閣(政府)が国会に提出
  する法案について、閣議決定に先立ち“純粋に法律的な”見
  地から問題がないかどうか審査する役所で、その了承がなけ
  れば政府は一切の法案を国会に提出できない。総勢百人にも
  満たない小所帯だが、とにかく頑固で頭が固く、法律の「厳
  密な解釈」を盾に一歩も譲らない。各省庁の官房で法令審査
  担当となった者の表情は一様に暗くなったものだ。
http://www.shinchosha.co.jp/foresight/200906/topic_02.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

内閣法制局が入っている合同庁舎.jpg
内閣法制局が入っている合同庁舎
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2010年01月25日

●「海外のメディアが伝える小沢疑惑」(EJ第2739号)

 小沢の疑惑捜査と報道について、外国の有名各紙が取り上げて
論評しています。2010年1月20日付の米紙ニューヨークタ
イムズは、マーティン・ファクラー氏の署名のある次のタイトル
の記事を掲載しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 Japan Stalls as Leaders Are Jolted by Old Guard
 改革派のリーダーたちが守旧派の攻勢を受けて停滞する日本
 http://www.nytimes.com/2010/01/20/world/asia/20japan.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 この記事の翻訳の全文が次のサイトにあるので、それをベース
にして以下に記述することにします。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ASH/カフェメトロポリス
http://ameblo.jp/whatawondefulworld/entry-10439284068.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 このニューヨークタイムズ紙の記事は、今回の小沢疑惑を次の
ような対立構図として捉えています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 政権与党の大物小沢一郎に対する捜査は、この国のもっとも剛
 腕な政治家で、新しい改革派のリーダーと、戦後権力体制の中
 でも、もっとも強力な組織である検察庁との間の公開のバトル
 であるということで、国中の関心を引きつけている。
           ――ニューヨークタイムズ紙の記事から
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、今回の疑惑は、いつもとは違うパターンの批判の声の
渦を巻き起こしていると、この記事は指摘しています。それは、
向けられている批判が小沢氏だけでなく、少数のエリート検事た
ちの巨大な裁量権にも向けられていることです。
 これらの検事たちは、今回は今まで考えられていたように、社
会正義を守る正義の味方というよりも、何か別のものを守ってい
るのではないかとの疑問が提起されているのです。
 民主党政権は官僚をコントロールすることを公約していますが
これに対して法務省に属する検察庁が、官僚システムの根幹にな
る強力な組織であるという理由から、民主党に対して仕返しをし
旧体制を守ろうとしているのではないかという批判が噴出しつつ
あるのです。
 この記事では、元検事の郷原信郎氏の言葉も次のように取り上
げています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 このスキャンダルは、日本の民主主義を危機に陥れている。こ
 のスキャンダルは官僚システムが自分に対して挑戦してきた、
 選挙で選ばれたリーダーから、自分を守るために反撃したもの
 なのだ。                 ――郷原信郎氏
           ――ニューヨークタイムズ紙の記事から
―――――――――――――――――――――――――――――
 確かに、大新聞やテレビの報道を見ていると、「巨悪の小沢一
郎」を印象づけられてしまいますが、ネットを見るとかなり検察
批判が目立っているのです。
 際立っていたのは、1月10日報道のサンデープロジェクト/
テレビ朝日です。ここでは、元検事の郷原氏と毎日新聞の岸井氏
それに朝日新聞の星氏が中心になって議論が展開されています。
内容については省略しますが、ネットでは、そのときのやり取り
が詳細に取り上げられているので、ご紹介しておきます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ◎GENKIのブログ/日本と世界の黎明
 http://ameblo.jp/hirokane604/entry-10431618730.html
 ◎テレビにだまされないぞぉ
http://dametv.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-3de0.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 さて、ニューヨークタイムズ紙の記事は、日本の検察の特殊性
についても、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の検察は、米国やその他の西側民主主義の司法制度とはか
 なり違った勢力だ。検察庁は、誰に対して何時調査を開始する
 かを決める権限だけではなく、告訴以前に、容疑者を逮捕し、
 拘留する権利も持っている。これによって彼らは実質的に、警
 察、法務大臣、そして裁判官の力をひとまとめにしたほどの権
 力を持つことになっている。
           ――ニューヨークタイムズ紙の記事から
―――――――――――――――――――――――――――――
 なお、ニューヨークタイムズ紙は、メディアの報道に関しても
言及して次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ニュース報道は、検察からのリークに基づいて予測可能なパタ
 ーンのストーリーにしたがって行われている。たとえば検察が
 小沢氏が東京の土地に投資することによって隠そうとしている
 と思っている4億円に関する詳細事実が、ニュース報道の中で
 は現れてくる。こういったことに憤激した、民主党議員は、報
 道に影響を与えるための検察のリークの利用を調査するための
 議員のチームを組織することによって反撃することを誓った。
           ――ニューヨークタイムズ紙の記事から
―――――――――――――――――――――――――――――
 英タイムズ紙は、「小沢VS検察」は「ゴジラVS○○」の構
図であり、これほどの激突から生還できるのはどちらか片方のみ
であると描写しています。検察庁は「日本のエリート官僚組織の
中でも最も誇り高く、最も強力な組織」であり、対する小沢氏は
「政界の人形遣い、血なまぐさい対決を数限りなくくぐり抜けて
きた強者、そして日本で最も恐れられている政治家」だと解説し
ています。まさに「世紀の対決!」的様相です。
― ―――――――――――――――――[小沢一郎論/15]


≪画像および関連情報≫
 ●英フィナンシャルタイムズの記事より
  ―――――――――――――――――――――――――――
  「小沢の破壊」と題し、小沢氏の辞任を呼びかけています。
  「小沢氏は理由もなく『壊し屋』と呼ばれてきたわけではな
  い。20年近くかけてきた目論み通りに自由民主党を選挙で
  破壊した男は、このままでいけば自分の民主党をも壊してし
  まいかねない」という書き出しで、「選挙の神様」とも呼ば
  れた小沢氏が今では民主党にとって「お荷物」だと批判。同
  紙は「検察がマスコミを使って小沢氏に不利な情報をリーク
  しているやり方は、実にみっともないし、日本で真の権力を
  握っているのは有権者に選ばれたわけでもない官僚たちだと
  言う民主党の主張を裏付けるものだ」と批判した上で、「し
  かし、民主党が撤廃を主張する従来型の金権政治に、小沢氏
  自身も関わっているとされてきた」とやはり小沢氏を批判し
  ています。
  http://news.goo.ne.jp/article/newsengw/politics/newsengw-20100120-01.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

民主党・小沢幹事長.jpg
民主党・小沢幹事長
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2010年01月26日

●「小沢自民党幹事長とPKO法案」(EJ第2740号)

 第1次湾岸戦争の頃の話に戻ります。外務省のトップ3人が、
小沢幹事長に「申し入れ書」を突き付けた頃、海部首相は何をし
ていたのでしょうか。
 海部首相は外務省と組んで、多国籍軍への非軍事面の輸送、物
資、医療などの援助を柱にした「中東における平和回復活動にか
かわる貢献策」を決定しているのです。しかし、あくまで自衛隊
は使わず、「国連平和協力法」を作り、青年海外協力隊のような
ものを考えていたのです。
 海部首相はこの案を米大統領ジョージ・ブッシュに電話で相談
したところ、大統領は失望感をあらわにしたというのです。あわ
てた海部首相は翌朝に10億ドルの財政支出を決断し、さらに9
月14日には泥縄的にさらに10億ドルの財政支出の追加を表明
しているのです。
 1990年9月末日に訪米した首相は、米議会からも自衛隊の
艦船や輸送機の派遣を含むもっと目に見える貢献――を要求され
自衛隊の派遣を検討せざるを得なくなったのです。
 しかし、政府部内の合意形成は大変だったのです。問題は自衛
隊をどのように扱うかで難航し、結局自衛隊は「併任」という中
途半端なかたちで協力隊に加わるという内容の「国連平和協力法
案」が、1990年10月12日から始まった臨時国会に提出さ
れたのです。
 しかし、国会審議は難航をきわめ、憲法解釈をめぐってぐちゃ
ぐちゃになったのです。とくに外務省を中心とする政府答弁が二
転三転し、自民党とともに国際貢献策に対して前向きに取り組も
うとしていた公明党や民社党までもが反対し出して、成立の見通
しは絶望的になっていったのです。
 この間小沢幹事長は、戦闘行動に関与しない自衛隊派遣の方法
について知恵を絞っていたのです。小沢としては多国籍軍への自
衛隊派遣は憲法違反にはならないと考えていたので、具体策を検
討していたのです。
 前線の野戦病院に自衛隊の医療班を派遣することや、エジプト
の空軍基地を使って自衛隊の大型輸送機C−130で物資や難民
輸送を行うことを実現しようと日本大使館を通じて関係国の了解
までとっていたのです。
 しかし、C−130の使用には外務省と防衛庁が反対し、実現
できなかったのです。民間の貨物船を利用する案も検討したので
すが、こちらは海員組合の反対でできない──まさに八方塞がり
の状態だったのです。
 ペルシャ湾には日本のタンカーが多くいるのに、なぜ輸送船を
出さないのか。商売なら危険でも行くが、国際社会の平和目的で
はだめだというのか――米国はこのように日本に対して怒りを隠
さなかったのですが、日本は沈黙を守るしかなかったのです。
 こうした小沢の努力と平行して臨時国会では国連平和協力法案
の審議が進められたのですが、小沢は早くから廃案を予測し、公
明党、民社党の協力の下に代替法案の制定を進めていたのです。
 1990年11月8日に小沢幹事長は社公民と幹事長・書記長
会談を開いて国連平和協力法案を廃案にすることを表明し、新た
な国連平和協力の具体策を作るための協議を提案したのです。
 しかし、社会党は反対を表明して協議には加わらないことを表
明したので、自公民三党間で「国際平和協力に関する合意覚書」
がまとめられたのです。その骨子は、次の6つであり、社公民で
同意が図られたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   1.憲法の平和原則を堅持し、国連中心主義を貫く
   2.資金や物資だけでなく、人的協力も必要である
   3.自衛隊とは別の国連平和維持活動の組織を作る
   4.国連決議に基づいて人道的救援活動に協力する
   5.あわせて災害救助活動も行う
   6.上記を早急に立法化すること
―――――――――――――――――――――――――――――
 この合意によって、日本は国連の平和活動に参加できる道が開
かれたのです。そして、これが海部内閣を救ったのです。本来で
あれば、国連平和協力法案が廃案になった時点で海部首相の政治
責任は免れなくなる。それを小沢は、この三党合意をまとめるこ
とによって救ったのです。
 この三党の覚書に基づいてまとめられた法案は、1991年夏
の臨時国会に「国連平和維持活動協力法案――PKO法案」とし
て提出され、2回の継続審議を経て1992年6月に成立してい
るのです。そして、この法律に基づいて自衛隊のPKO部隊は、
1992年9月からのカンボジアの活動に参加したのです。
 しかし、この法案の成立に小沢が深くかかわっていることをど
のくらいの人が知っているでしょうか。これは小沢がかねてから
主張していた「国際社会で日本はどう生きるべきか」を進めるう
えでの第一歩になったのです。
 国連平和維持活動協力法にかかわる小沢の努力を自民党はどう
とらえたのでしょうか。渡辺乾介氏はこれは小沢の嫌われる伝説
をひとつ増やしたとして次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 国連平和協力法案の廃案は海部の政治責任が問われる重大事で
 はあったが、政府と自民党内にはいつのまにか「小沢が力ずく
 で海部に自衛隊派遣を承諾させ、無理な法案をつくらせた」と
 小沢に責任転嫁する理屈が罷り通っていた。大メディアは外務
 省と自民党内の小沢批判派の情報に乗り、小沢批判の論調を繰
 り広げた。かくしてまた一つ小沢の嫌われる伝説が増えた。真
 相は、小沢が三党合意を成立させて内閣の責任問題に発展する
 ことを食い止めたわけだが、小沢批判は往々にして、頭と尻尾
 を逆にしたような大真面目の滑稽話になる。
 ──渡辺乾介著、『小沢一郎/嫌われる伝説』より/小学館刊
―――――――――――――――――――――――――――――
                ―――[小沢一郎論/16]


≪画像および関連情報≫
 ●自衛隊のカンボジア派遣について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  自衛隊カンボジア派遣とは、1992年9月以降、自衛隊が
  国際平和協力法に基づいて国際連合平和維持活動――PKO
  の一環としてカンボジア王国へ派遣されたことをいう。自衛
  隊からは施設大隊及び停戦監視要員が派遣された。同時に、
  自衛隊以外からは文民警察要員及び選挙監視要員の派遣も行
  われた。自衛隊にとっては、自衛隊ペルシャ湾派遣に続く2
  度目の海外派兵であったが、陸上自衛隊にとっては初、国連
  の枠組みで活動するPKO活動としても初の試みであった。
  また、日本がカンボジアに部隊を展開させたのは、旧日本陸
  軍の仏印進駐(1941年)以来のことであった。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

国連カンボジア暫定機構.jpg
国連カンボジア暫定機構
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2010年01月27日

●「湾岸戦争開戦早朝の不毛の議論」(EJ第2741号)

 1991年1月17日午前0時――首相官邸で政府・与党首脳
会議が開催されたのです。政府からは、総理大臣、外相、蔵相、
官房長官、与党からは幹事長以下の4役が出席する、政治方針を
決める最高会議なのです。
 午前0時という異常な時間に会議が開かれたのは、日に日に深
刻化する湾岸情勢の分析と日本としての対応を決めるためです。
この席で、小沢と外相の中山太郎の間で大論争があったのです。
 小沢はこの時点で、米国が既に40万人の兵力を展開している
ことや独自の非公式ルートを通じた独自の情報分析から、もはや
戦争は避けられず、かつそれは間近に迫っているとして、せめて
自衛隊輸送機の派遣を主張したのに対し、中山外相は「戦争はな
い」という正反対の主張を展開したのです。
 誠にお粗末きわまるものながら、戦争をめぐって、小沢の「あ
る」と中山の「ない」の言い合いになり、何の結論も出せないま
ま会議は終わってしまったのです。
 そして首脳会議からわずか4時間後の17日午前4時になって
米国から「開戦」を通告してきたのです。実際に戦端が開かれた
のは、その5時間後の午前9時のことであったのです。
 日本という国は、開戦のその日の午前0時に戦争のあるなしの
議論をしているのです。しかも、国際情報の収集を預かる外務省
自身が「開戦なし」として情報収集を怠っている――こんな情け
ない話はないと思います。中山太郎外相は、その外務省の情報を
鵜呑みにして小沢に対し「開戦なし」と反論したのです。外務省
は許すまじ、と小沢が思ったとしても当然と思われます。
 しかしそれよりも、小沢は米国が同盟国である日本に開戦のわ
ずか5時間前に通告してきたことに衝撃を受けたのです。日本は
米国にとってその程度の国であったのか、それほど頼りにされて
いない国なのかという現実に愕然としたのです。
 既出の渡辺乾介氏は、そのときの小沢一郎の心情について次の
ように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 直前の開戦通告の一事は、国連の平和維持活動に自衛隊を派遣
 できなかったことと併せ、その後の小沢の政治思想、国際安全
 保障論の核心を形成する原体験的意味を持つ。その時の小沢の
 目に映った日本の外交、国際情報の収集能力の実態はどんなも
 のだったか。開戦の直前にいたってもなお「戦争はない」と見
 ていた外務省は情報を入手する努力すらせず、情報をくれる国
 も友人もなく、外交官とはせいぜいパーティの進行役程度かと
 いう猜疑心を募らせた。小沢が外務省に見たものとは、日米同
 盟の真実の姿、言い換えれば戦後政治の欠陥そのものだったの
 だ。官僚における国家の仕組みの欠如した部分が象徴的に現れ
 たと、小沢は解釈した。国家に対する忠誠心、使命感なき官僚
 像を癒しがたく結んでしまったのである。
 ──渡辺乾介著、『小沢一郎/嫌われる伝説』より/小学館刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、戦争が始まった以上、日本としての支援策を一刻も早
く決める必要があると考えた小沢は、蔵相である橋本龍太郎に直
接談判し、90億ドルの支援を決めたのです。
 自衛隊の派兵はできない、輸送機も飛ばせない――ないない尽
くしでは通らない。ここにきて金を出すのなら大きく出す必要が
ある。何とか90億ドルを認めてくれと主張したのです。結局、
90億ドルは増税で賄うことになったのです。
 問題は国会承認です。増税で90億ドルを賄うことになるので
当然のことながら社共は真っ向から反対したので、自公民体制で
この国際公約の実現に取り組むことにしたのです。その代わり、
自公民三党体制で国政運営を行うことを約束せざるを得なくなっ
たのです。その結果、1991年2月15日に国会承認を得るこ
とができたのです。
 しかし、自民党も一枚岩ではなかったのです。もともと小沢主
導の国際貢献に反対の者は多く、それに加えてこの若い幹事長の
強引なやり方にも批判が集まっていたのです。それらの不満が噴
出したのは、折からの東京都知事選挙の候補者選びなのです。
 自民党東京都連は現職で80歳の鈴木俊一氏を擁立することを
決めていたのですが、小沢は公明党が推薦する元NHK特別主幹
の磯村尚徳氏を擁立したのです。自公民三党体制で国政運営をす
ると決めた以上、そうせざるを得なかったのです。
 このときの都知事選挙は、さながら「小沢対反小沢」の激しい
戦いとなったのです。自民党内、霞が関の反小沢勢力が一斉に選
挙戦に雪崩れ込み、そこに大マスコミが煽って、一大政治決戦の
様相を呈したのです。
 その結果、都知事選が鈴木俊一の勝利で終わると、小沢は躊躇
わず幹事長を辞任したのです。湾岸戦争は、1991年2月27
日に停戦し、4月11日に終結していますが、90億ドルという
世界最大級の資金援助をしながら、戦後クウェート政府が支援国
に感謝を捧げるリストに日本は入っていなかったのです。
 小沢は、その著書である『日本改造計画』の中で、こういう結
果になったことについて、次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 一人前の国家として国際的な安全保障に協力できず、資金提供
 だけで、お茶を濁そうとするとこういうことになってしまう。
 韓国やフィリピンは要員を派遣してそれなりの評価を受けた。
 日本はどんなにカネを出しても尊敬されない。それが国際政治
 の冷厳な現実である。           ――小沢一郎著
              『日本改造計画』より 講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 その小沢が現在は与党民主党の幹事長なのです。その政治姿勢
は以前と変わらず、まったくブレていないのです。官僚中心の政
治を政治主導に変える――そうはさせじと官僚機構がなりふり構
わず、小沢潰しにかかっているような気がします。
                ―――[小沢一郎論/17]


≪画像および関連情報≫
 ●湾岸戦争とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  当初の目的であった火祭りが実施不可と見たイラクのサダム
  ・フセイン大統領は、その代わりとしてクウェート湾岸の油
  田を手当たり次第に放火した。また、イスラエルに向けてロ
  ケット花火を打ち上げた。結果的にはイラク軍がクウェート
  から駆逐されたため連合国が勝利したように見えるが、勝負
  的には辺り一面を火の海にし、世界各国からスタンディング
  オベーションで迎えられたイラクの勝利である。パパ・ブッ
  シュはこれに激怒し、これが2003年のイラク戦争への伏
  線となった。        ―― アンサイクロペディア
http://ansaikuropedia.org/wiki/%E6%B9%BE%E5%B2%B8%E6%88%A6%E4%BA%89
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渡辺乾介著/「小沢一郎嫌われる伝説」
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2010年01月28日

●「湾岸戦争から13年後の第4幕」(EJ第2742号)

 既出の政治ジャーナリストの渡辺乾介氏は、「小沢一郎VS外
務省」のバトルを次の3幕に分けています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1幕/外務省幹部による小沢への「申し入れ書」の提出
 第2幕/自衛隊海外派遣を可能にするPKO法成立バトル
 第3幕/第1次湾岸戦争における90億ドル支援のバトル
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 しかし、渡辺氏は既に第4幕があったというのです。それは、
第1次湾岸戦争から13年後のことです。
 2003年3月12日、イラク戦争が始まる一週間前のことで
す。ときの首相である小泉純一郎は首相官邸に野党党首を呼び出
したのです。そして、小泉は野党党首と一人ずつ会談をもったの
です。このとき小沢も自由党党首として小泉と会談しています。
 その会談で小泉が各党の党首に何を話したのかは定かではあり
ませんが、米国がイラクと戦争した場合、日本はどうすべきかと
いう話だったようです。小泉は最初から米国支援を決めていて、
そのため一応野党党首の意見を聞いたものと考えられます。小沢
はこのとき冒頭で小泉にこういっているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 何のためにわれわれ野党の意見を聞くのか。まず、あなたの考
 えを決めることのほうが大事だ。国会の多数を持っているのだ
 から、決めるべきことはそちらが責任をもってやればいい。
 ──渡辺乾介著、『小沢一郎/嫌われる伝説』より/小学館刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 このとき、小沢は小泉に対して、もうひとつ重要なことを聞い
ています。もし、米国がイラクに対する武力行使を認める国連決
議がないまま開戦した場合、日本は米国を支持するのかと聞いた
ところ、小泉は「その場の雰囲気で決める」と答えたそうです。
 2003年3月19日、米英両軍は大量破壊兵器を持っている
ことを理由にイラクを攻撃したのです。このとき米国は日本には
戦争開始後に連絡を入れてきたのです。それも大統領や国務長官
ではなく、国務省の日本担当の副長官からの連絡だったのです。
日本がいかに軽視されているかがよくわかります。
 イラク戦争は、国連安保理決議がないまま、国際社会からその
正当性に疑問を持たれた状況下で、米国の自衛のための戦争とし
て開始されたのです。
 しかし、小泉内閣は日米同盟は重要であり、米国を支援するこ
とが国益になるとして、自衛隊派遣を閣議決定したのです。この
決断に対し、自民党は「日本もようやく“普通の国”になった」
と自画自賛したものですが、小沢はこの決断を次のよう切り捨て
ています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 国際社会から見れば、理解不能の『特殊な国』と思われ、逆行
 している。                 ――小沢一郎
 ──渡辺乾介著、『小沢一郎/嫌われる伝説』より/小学館刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢の言い分はこうです。1991年の湾岸戦争のとき日本は
二重三重の国連決議に基づく平和維持活動に対してさえ憲法を楯
にして各国との共同行動に参加しなかったのです。
 ところがイラク戦争のときは国連決議がないにもかかわらず、
集団的自衛権と武力の行使の一切を否定する憲法解釈をそのまま
にして、簡単に自衛隊派遣を決めています。13年前と考え方が
変わったのでしょうか。まったく整合性がとれない――これは憲
法違反であると小沢はいうのです。
 その後「小沢なき自民党」は、矢継ぎ早に新法を作って、場当
たり的に自衛隊を海外に派遣しています。こういう自民党に対し
て小沢は、次のように批判しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 そもそも、自衛隊は紛れもない軍隊であり、その軍隊を自国の
 領土の外に派遣するというのは、ひじょうに重大な意味を持っ
 ている。日本政府がいくら苦し紛れの理屈を付けてイラクに自
 衛隊を送っても、国際社会がそのまま受け取ってくれるわけで
 はない。「日本はアメリカの戦争を利用して、ふたたび海外に
 軍隊を派遣するための既成事実作りをしようとしているのでは
 ないか」と一部の国々から疑われかねないやり方である。自衛
 隊を派遣するならば、まず日本の立場と方針を明確に説明し、
 その枠の中で行動するのが当然のことであって、「その場その
 場で対応する」という対応は国家のあり方としては下策だ。
                      ――小沢一郎著
  『小沢主義/オザワイズム/志を持て、日本人』/集英社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 第一次湾岸戦争のとき、小沢が国連決議さえあれば現行の憲法
でも自衛隊を派遣できるという主張をしたが、そのとき、多くの
人は憲法の拡大解釈のような感じがしたものです。しかし、これ
と比べると、1990年代半ば以降の自民党の自衛隊の海外派遣
の憲法解釈の方がもっと拡大解釈をしているのです。
 とくに小泉元首相は、そうした憲法解釈に踏み込まず、法的根
拠も曖昧にしたまま、自衛隊をイラクに派遣してしまっているの
です。自衛隊のイラク派遣の名目は「復興支援活動」なのです。
これが拡大解釈でなくてなんでしょうか。
 また、小沢はこうもいっているのです。何が何でも国連決議と
いっているわけではないのです。
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 国際社会全体がアメリカのやり方を支持しなくても、日本の同
 盟や世界平和の観点から、同盟国としてアメリカを支えるとい
 う判断がそこにあるなら、それはそれで国家としての生き方で
 あり、一つの外交政策となりうる。 小沢一郎著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、あのときはそのような判断があったとはとうてい思え
ないのです。          ―――[小沢一郎論/18]


≪画像および関連情報≫
 ●疑惑を持たれてもすぐ辞任しない理由
  ―――――――――――――――――――――――――――
  普通の政治家なら、とりあえず国民の批判を鎮めるためにポ
  ストは辞任するかもしれない。しかし、そこが小沢の普通の
  政治家と違うところだ。たとえ相手が検察であろうと、自分
  が正しければ徹底して闘うのである。敵の自民党はもちろん
  マスコミも批判してくるだろうし、身内の民主党の中からも
  批判の声が出るだろうが、自分が正しいと思うことは曲げな
  い男なのだ。              ――平野貞夫著
            『わが友・小沢一郎』より/幻冬舎刊
  ―――――――――――――――――――――――――――

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小沢一郎著/「小沢主義」
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2010年01月29日

●「政治主導に危険信号が点滅している」(EJ第2743号)

 EJ第2738号で述べたように、1990年8月に当時の外
務省首脳の3人が幹事長の小沢一郎に突き付けた「申し入れ書」
があります。これによって、第1次湾岸戦争に日本は自衛隊を派
遣できず、135億ドルもの大金を拠出しながら、クウェートか
ら感謝されないという屈辱を味わっています。これが現在も日本
人のトラウマになっているのです。
 こんな話があります。湾岸戦争が終わり、日本は遅まきながら
6隻の掃海艇をペルシャ湾に派遣し、機雷除去の作業を行ってい
ます。これは小沢が自民党幹事長の最後の仕事として日本の名誉
回復のために実現させたものです。
 任務を終えて日本に帰国した隊員の慰労会の席上で、小沢が隊
長から聞いた話です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 現地のアメリカ軍司令部に挨拶に行った際、(隊長が)「日本
 は135億ドル、国民一人当たり100ドル出した」と言うと
 相手の将校がポケットから100ドル紙幣を出して「これを君
 にやるから、オレの代わりに戦ってくれないか」と言われて恥
 ずかしかったと。
 ──渡辺乾介著、『小沢一郎/嫌われる伝説』より/小学館刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本が世界からこのような屈辱を受ける原因ともなった外務省
首脳による「申し入れ書」について外務省は完黙しているし、小
沢も公表していませんが、「申し入れ書」自体は小沢はきちんと
保管しているそうです。
 この「申し入れ書」とはどういう性格の文書なのでしょうか。
外務省の総意というのであれば、いつ、どこで、外務省のどのレ
ベルの会議で、どんなメンバーの意見を集約したものなのか。そ
れとも3人だけで決めたものなのか。もし、そうであるなら、総
意は偽装されたことになる――渡辺乾介氏はこういっています。
 おそらく外務省がきちんと手続きを踏んで幹事長に提出した文
書ではないと思います。
 渡辺乾介氏の本にはこんな話が披露されています。小沢に「申
し入れ書」を突き付けた3人組の1人である斎藤邦彦――そのと
き既に外務省事務次官になっていた斎藤が1994年7月に社会
党委員長の村山富市が総理大臣に指名された直後の記者会見で、
村山が日米安保反対というのではないかと心配になり、外務省か
ら出向している首相秘書官に次のように命じているのです。これ
は斉藤自身が語ったものとされているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     脅してもいいから、反対とは言わせるな
―――――――――――――――――――――――――――――
 かりそめにも相手は総理なのです。たとえ部下に対する命令で
も言っていいこととわるいことがあります。このように、高級官
僚の思い上がりはひどいものなのです。これは現在でも、何も変
わっていないようです。したがって、小沢に突き付けた文書もこ
れと同じように幹事長をコントロールする目的で出されたものと
思われます。明らかに官僚主導外交です。
 とにかく湾岸戦争では、自衛隊を海外に出すことについて、日
米重視、国連中心ではなく、韓国、中国、アジア諸国が容認しな
いと外務省はいっていたはずです。それが、小沢への「申し入れ
書」に書かれているからです。
 それが13年後のアフガン、イラク支援の自衛隊派遣では、一
転して日米重視になり、中国でも、韓国でもなく、アジアの一言
もないのです。これは外務省の方針変更なのか――小沢は次のよ
うに外務省を批判しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 湾岸以後のイラク戦争にいたる間に、外務省の国際社会に対す
 る分析、認識やアジア観が変わったのか。変わったとすれば、
 いかなる手続き、段階を経て変えたのかをクリアにしなければ
 ならない。                 ――小沢一郎
 ──渡辺乾介著、『小沢一郎/嫌われる伝説』より/小学館刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 何本もの国連決議があっても、アジア重視を主張して自衛隊を
海外に出すのに反対した外務省であったはずです。それが13年
後には一転して日米重視となり、辻褄合わせの新法を作って、国
連決議がなくても自衛隊を派遣している――つまり、政治の究極
の決断と責任であるはずの軍を動かすという重大事に対して、主
務官庁である外務省は一貫した方針というか、原則というものを
持っていないことになります。
 自民党の歴代政権は「武力行使と一体化しない後方支援は憲法
が禁止する集団的自衛権の行使には当たらない」という内閣法制
局の憲法判断を金科玉条とし、それに加えて「戦争をしに行くの
ではない。危なくないところに行く」という虚構の論理で自衛隊
を海外に出してきたのです。
 官僚のトップの事務次官が総理大臣を裏からコントロールする
ことなどあってはならないことです。しかし、自民党幹事長当時
の小沢に対しても、そのコントロールが「申し入れ書」というか
たちでなされているのです。いったいこの国はだれが統治してい
るのでしょうか。だからこそ、政権交代において民主党が「政治
主導」を推進しようとしているのですが、それがさまざまな面で
強い反撃にあっているのです。
 小沢は、若くして与党の幹事長の職について、早くから官僚支
配の壁に突き当たって、幹事長を辞職し、やがて自民党を離れた
のです。そして、再び与党民主党の幹事長になって、本当の意味
での政治主導を実現しようとしていますが、今度はもっと強烈な
抵抗が小沢を襲っています。
 小沢もよくないかもしれませんが、問題が完全にすり替えられ
ていると思うのです。小沢問題の去就いかんでは、政治主導に危
険信号が点滅しはじめているのです。
                ―――[小沢一郎論/19]


≪画像および関連情報≫
 ●元外務省事務次官栗山尚一氏の回想
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  3人組のトップであった栗山尚一は、退官後、朝日新聞に小
  沢とのやりとりについて触れ、次のように回想しています。
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  自衛隊は外国から見れば軍隊。戦ってはいけない軍隊という
  のは、国際的には通用しない。私は派遣するならシビリアン
  (文民)に限るべきだと主張した。私の考えには戦争体験や
  父の影響があるかもしれない』」(朝日新聞夕刊所載「ニッ
  ポン人脈記外交の波頭を行くE」08年2月22日付)
   渡辺乾介著、『小沢一郎/嫌われる伝説』より/小学館刊
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
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海上自衛隊掃海部隊
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