2008年11月21日

●「教育バウチャー制度の真の狙い」(EJ第2456号)

 教育バウチャー制度というものがあります。安倍内閣が導入を
目指した教育制度です。この教育制度の発案者は、ミルトン・フ
リードマンなのです。
 教育バウチャー制度とは、行政が子ども1人にかかる公的教育
費を計算し、それを証票・利用券(バウチャー)として親に交付
することによって、親は子供が通う学校を自由に選択できるよう
にする制度です。親は、公立校・私立校を問わず行きたい学校を
選び、そこに利用券を提出します。学校側は集まった利用券の枚
数に応じて運営予算を国から受け取ることになるのです。
 この教育制度は、ちょっと考えると、家庭の経済力を気にしな
いで、行きたい学校を自由に選べる理想的な制度のように感じま
す。しかし、この教育制度は公教育に市場原理を導入しようとす
るフリードマンならではのアイデアなのです。要するにこの制度
の目的は「公教育のスリム化」の実現なのです。
 まず、いえることは、この制度は必然的に公立校の財源を圧迫
することになります。なぜなら、これは、私立校にも公的財源を
与えることになるので、本来公立校に向けられるべき教育費がそ
の分だけ少なくなるということを意味するからです。
 そうなると、公立校は私立校に比べて財政的に不利になり、教
師も不足し、それは教育設備や教育環境を悪化させることにつな
がってきます。このことは本来なら居住地の公立校に通うべき子
供がバウチャーを使って私立校に行ってしまうことも考えられる
ので公立校は苦しくなります。
 続いて、この教育制度は当然のことながら学校間の競争を激化
させることになります。親たちが自分の子供をよりよい学校に入
れようとすればするほど競争は激しくなります。その結果、教育
環境が劣化する公立校が淘汰される可能性が出てきます。
 しかし、居住地から遠く離れた学校に通わせようとすると、バ
ウチャーでは賄えない費用――交通費や転居費用などがかかるこ
とになり、いくら学校選択の自由があっても、それだけの収入の
ある家庭の子供しかそれを実現できないことになります。結局の
ところ、低所得者家庭の子供の選択肢は、居住地の劣化した公立
校以外に事実上残されていないことになります。
 しかも、米国では学校選択の条件として保護者に重い宿題指導
負担などを課し、時間的余裕のない低所得者層を排除するケース
が報告されているそうです。
 この背景には学校間の生き残り競争があるのです。学校として
は、目に見える成果をあげるために、学力の伸長が容易な生徒を
優先して入学させようとし、その可能性のうすい生徒は切り捨て
る――そういう競争が起きつつあるのです。これは必然的に深刻
な教育格差を生む温床になります。
 本来国は、選択の自由の名の下に教育の機会均等を保障する公
的責任があります。しかし、この教育制度は国に公的責任を放棄
させ、公教育を縮小して、結果としてその浮いた資金をエリート
育成に回すことになりかねないのです。
 昨日のEJで米国では公教育から体育や音楽や美術が消えつつ
あると述べましたが、これは公認会計士で経済評論家の勝間和代
氏が、既出のロバート・B・ライシュ氏の新刊書『暴走する資本
主義』の解説で述べていることをご紹介したものです。
 勝間和代氏の米国人の友人が日本の公教育の現場を見学したと
き、こんなに良質な教師と潤沢な設備があるのに、なぜ、日本人
は教育の後退を憂いているのか、びっくりしたというのです。日
本の教育の後退はひどいものですが、それでも今のところ米国よ
りもマシのようです。
 勝間和代氏は、米国の公教育の現状について次のように述べて
います。
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 例えば、アメリカでは公教育から、体育の時間や美術・音楽の
 時間が消えつつある。体育がなくなっているのは、公教育の予
 算不足から体育の道具、例えば跳び箱やサッカー用ゴールネッ
 ト、ドッジボールなどの用具が買えない。また、教師を雇う予
 算がないためだ。その上、マクドナルドのようなファストフー
 ドが給食のシステムとして入り込んでいる。結果、中流以下の
 地域の学校に通う子どもたちの間では肥満が増えている。一方
 このような状態を憂えるアメリカの親にとっての選択肢は、子
 どもたちを学費の高い私立学校に通わせるか、あるいは、学校
 への寄付が潤沢にある高級住宅地に移住するしか方法はない。
 そして、高級住宅地に住むため、年収の7〜10倍もの無理な
 ローンを組んで移住した結果、住宅ローンが払いきれなくなる
 ということはアメリカで当たり前に起こつている。
      ――ロバート・B・ライシュ著/雨宮寛・今井章訳
          『暴走する超資本主義』/東洋経済新報社
―――――――――――――――――――――――――――――
 こうした米国の教育の現状はけっして対岸の火事ではなく、一
定のタイムラグでこれから日本でも起こる現象なのです。いわゆ
る小泉・竹中政権とそれに続く政権によって進められた規制緩和
・構造改革が確実に日本社会を壊しつつあるのです。
 国民新党の亀井久興幹事長は、2008年の通常国会における
予算委員会で、当時の福田首相に対して「なぜ、自民党は長期政
権を保ち続けることができたのか。総理はどうお考えですか」と
質問したところ、福田首相から明確な返事がなかったので、次の
ように述べたといっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 それは市場経済の資本主義国では本来困難な総中流社会をつく
 ることに成功したからです。これが一番の原因です。
  ――森田実著、『崩壊前夜日本の危機』より/日本文芸社刊
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 小泉・竹中政権は、この「総中流社会」を破壊したことが最大
の罪であると亀井久興幹事長は述べています。日本社会は少しず
つ劣化しているのです。   ――[円高・内需拡大策/14]


≪画像および関連情報≫
 ●教育バウチャー制度について
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  米国最初の公的な私立学校バウチャー政策は1990年にウ
  ィスコンシン州ミルウォーキーで実施された。対象は公立小
  学校に通っている(あるいは通う予定の)低所得家庭の子ど
  もである。バウチャーを受け取る資格のある私立学校は、宗
  教系ではなく、市が定める最低限の基準を満たし、学費は無
  料で、生徒の選抜を抽選で行う必要がある。この政策は研究
  者の間で評価が大きく分かれている。 ――ウィキペディア
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亀井久興幹事長.jpg
亀井久興幹事長
posted by 平野 浩 at 04:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 円高・内需拡大策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする