2008年10月23日

●「将来世代にツケを回すなのロジック」(EJ第2436号)

 この記事は10月19日に書いているのですが、今私の机の上
のPCのディスプレイにはサンデープロジェクトの画面が映って
います。久しぶりにリチャード・クー氏が登場してきました。良
いことであると思います。麻生首相、中川財務・金融相との関係
が話題になったことがテレビ登場につながったのでしょう。
 「財政赤字は将来世代にツケを回す」――この言葉は赤字国債
を出すことの問題点としてよく使われます。または、「孫のクレ
ジットカード」論――財政赤字を出すことは孫のクレジットカー
ドを使うようなものであるという考え方です。
 この考え方は、人々が常識として多額の借金はすべきではない
という道徳的な見地から見ると、一見正しいように見えます。し
かし、一見わかりやすい事例で国民はよく騙されてしまうことが
多いのです。それは国の借金を家計(一般家庭)の借金にたとえる
手法です。財務省は次のようなストーリーで財政赤字の怖さを国
民に植え付けようとしています。これは、EJで過去に取り上げ
たテーマ「財政危機は本当か」からの引用です。
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 日本の税収は40兆円しかない。しかし、使っているのは80
 兆円。40兆円の赤字である。月収40万円しかない家庭が、
 月に80万円の生活をしている。足りない部分はサラ金から借
 りているのだ。これなら、やがて、家計は借金の山となり、破
 綻する。日本の現状はこれと同じであり、やがて破綻する。
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 一見正しいように思えるかも知れませんが、このロジックは完
全に間違っています。それは、次の2つ事実をベースにして考え
てみるとすぐわかることです。
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 1.国は一銭も稼いでいない。稼いでいるのは国民である。
 2.税金で取るのも国債で金を集めるのも同じことである。
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 そもそも国の借金を家計――経済学では銀行に預金する主体の
こと――家計にたとえるべきではないのです。これについて、既
出の高橋洋一氏は、財務省の増税キャンペーンで国民に訴えるス
トーリーに関して、次のように述べています。
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 まず、国の財政を家計にたとえ借金があるという。一般に、家
 計とは資金供給主体であるので、借金があるのはそれほど一般
 的ではない。なぜ企業にたとえないのか。企業は資金調達主体
 であるので、借金は普通のことである。ただ、その借金が身分
 相応かどうかが問題であるが、企業にたとえるほうが実態に近
 い。家計にたとえて借金の多さを説明するのは、ミスリーディ
 ングになる。――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
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 赤字国債を出すということは、日本の場合、国債のほとんどは
その世代の日本国民が購入することになります。つまり、その世
代――国債を発行するときの世代は、自分の所得をすべて自分た
ちで使うことをせず、一部を国債を購入することに回すからこそ
政府は財政赤字を出せるのです。
 この国債の購入によって自分たちの使えるお金が減るという意
味で、財政赤字はその世代が負担している――そういってよいの
ではないでしょうか。
 このことをリチャード・クー氏は、次のように数字を使って証
明しています。
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 政府・民間それぞれ100円の所得・税収がある世界で、政府
 が20円分の国債を発行し、それを民間が買ったとする。そう
 なると現世代は民間が80円、政府が120円使えるので、合
 計が200円になる。将来世代は、20円分の国債が償還され
 るから民間の使えるお金は120円になるが、政府の使えるお
 金は80円となり、合計は同じく200円となる。両世代とも
 使えるお金の合計は同じ200円だから、世代間所得移転は起
 きていないことになる。この例における所得移転は、親世代で
 は民間から政府へ、将来世代では政府から民間へ生じているの
 である。       ――リチャード・クー著 楡井浩一訳
     『デフレとバランシート不況の経済学』/徳間書店刊
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 断っておくが、この数値モデルについては、いくらでも反論で
きるが、それをやっても不毛の議論になります。将来世代に引き
継ぐのは負担としての債務残高ではなく、健全な経済こそ引き継
ぐべきです。そうするために、赤字国債の発行が必要であるとき
は積極的にそれを行い、経済を健全化して将来世代に渡すべきで
あると思います。リチャード・クー氏は、これについて次のよう
に述べています。
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 (たとえ大きな財政赤字のツケを回されても)将来世代にとっ
 ては、たとえ莫大な財政赤字を抱えていたとしても、十分な対
 策が講じられて回復途上にある経済を引き継ぐほうが、財政赤
 字はないが傷口が開いたままで治療されておらず、瀕死の状態
 にある経済を引き継ぐよりもはるかに望ましい場合があるから
 である。             ――リチャード・クー著
     『「陰」と「陽」の経済学』より 東洋経済新報社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 19日のサンデープロジェクト――中川財政・金融相、榊原英
資氏、水野和夫氏、そしてリチャード・クー氏の討論では、クー
氏が正しい財政政策を積極的に打つべしと主張したのに対して、
榊原氏が同意したのに対し、市場主義者の水野氏は反対の姿勢で
あったように思います。しかし、今の経済状況において、赤字国
債の発行を躊躇うべきではないのです。久しぶりに意義のある討
論だったと思います。―[サブプライム不況と日本経済/48]


≪画像および関連情報≫
 ●財政政策について
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  ≪積極的財政政策≫積極的財政政策としては、不況時に乗数
  効果によるGDPの拡大や失業率の低下を図るために、道路
  や公共施設などの公共事業を増加させたり、減税によって消
  費や設備投資の刺激を図るものがある。景気が過熱すれば、
  逆に公共事業を減少させたり、増税によって消費や設備投資
  を抑制して、景気変動の幅を小さくしようとするのである。
  ≪消極的財政政策≫消極的財政政策としては、法人税や所得
  税の存在、失業等給付や生活保護の制度があげられよう。法
  人税は企業が利益をあげなければ課税されないので、不況期
  にはゼロとなり好況期には税収が増える。
                    ――ウィキペディア
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水野和夫氏.jpg
水野和夫氏
posted by 平野 浩 at 04:23| Comment(0) | TrackBack(0) | サブプライム不況と日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする