2008年10月22日

●「時価会計は凍結すべきか否か」(EJ第]2435号)

 ここにきて「時価会計の一時凍結」問題が話題になってきてい
ます。今回のサブプライム問題では、「市場が消滅する」という
今までに経験したことのない事態が起きているからです。
 それはこれらのサブプライム関連の仕組み債市場が買い手不在
のため消滅してしまい、時価評価すべき価格がなくなってしまっ
たからです。このようなことは、世界が今まで体験したことのな
い事態であり、世界中が困惑しているわけです。
 これまで米国は、時価評価は市場の変動を反映するので正しい
として世界中に同調を呼びかけてきたのです。これに対して、日
本やヨーロッパは以前はどちらかというと原価主義(簿価主義)
を採用し、時価会計に距離を置いてきたのです。
 しかし、米国の好況が続いていたので、次第に国際会計制度の
中心に時価評価を据えるべきであるという意見が支配的になって
多くの国が時価評価を採用する動きが出てきたのです。
 そこで日本でも1997年の決算から、金融機関が保有株式な
どの時価会計を導入したのです。そのまま取得価格(簿価)を基
準にした決算を続けていると、本来の財務内容が見えにくくなっ
てしまうための決断です。確かに景気が良いときは、時価評価で
あれば、拡大均衡に向かうことになるので、都合がよかったので
す。リチャード・クー氏は次のように説明しています。
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 時価会計は、ある意味で短期保有を前提にしている。長期保有
 で最終的に債券が100で戻ってくるとすれば、いま直ちに市
 場評価をする必要はないからだ。その一方で、短期保有で利益
 をあげようとすれば価格変動のある債券だから市場評価の必要
 性が出てくる。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
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 時価会計の問題について、米バーナンキFRB議長はたびたび
発言していますが、実際にはどうしたらよいのか彼にもわからな
いようです。
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 バーナンキ議長は(2008年4月10日、リッチモンドでの
 講演後の質疑応答で「流動性が非常に低い市場で資産を売却す
 る動きが、評価損の計上、投げ売りといった事態につながった
 という意味では、時価評価が時に不安定要因として働いたと言
 える」と述べた。        ――バーナンキFRB議長
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 しかし、この発言を「時価会計見直し」と解釈したレポートが
世界中で出ると、9月23日に次のメッセージを出してそれを抑
えようとしています。
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 [ワシントン 23日 ロイター] バーナンキ米連邦準備理
 事会(FRB)議長は23日、金融機関に証券化商品を時価評
 価させる時価会計ルールについて、ルール適用を一時的に停止
 しても、投資家の信頼をさらに低下させるだけだ、との見解を
 示した。時価会計は、サブプライムモーゲージ危機を受けた関
 連市場環境の悪化で巨額の評価損計上を迫られている金融業界
 に重しとなっている。上院銀行委員会で証言したバーナンキ議
 長は、銀行は時価会計をやめて、満期まで保有した場合の予想
 価格を採用する会計方式に変更したがっているが、そういう想
 定価格は信頼できない、と指摘。「正確な満期時点の価格など
 だれも分からない。したがって(時価会計からの変更は)投資
 家の信頼を損ねるだけだ」と述べた。
              ――Infoseek/楽天ニュースより
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 日本においても「時価会計の見直し」に向けての動きは確実に
出てきています。この原稿を書いている10月18日の日本経済
新聞では「時価会計の一部凍結/銀行業界は歓迎」というタイト
ルの記事が掲載されていますが、そこに書かれていることは次の
ような賛否両論です。
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 ≪賛成論≫
 正常に価格が付かない商品の時価会計を凍結すれば、その分マ
 イナスの影響を避けられる。非常時の対応として評価できる。
 ≪反対論≫
 金融機関が抱える金融商品の損失が見えにくくなり、情報開示
 の流れに逆行する。/2008年10月18付、日本経済新聞
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 青山学院大学大学院教授の八田進二氏は、日本はバブル崩壊後
の1990年代において、政治主導で株式評価損の計上を見送る
ことを決め、世界中からバッシングを受けたが、今度は同じよう
なことを欧米がなりふりかまわずにやろうとしているが、これは
会計にかかわる者としては不快感を覚えるといっています。
 自分たちに都合が悪くなると、スポーツでもルールを一方的に
変更するというのは欧米人のやり方ですが、今回もそういうこと
になる可能性があります。
 日本も含めて世界の金融市場が正常に機能していない状況が続
いています。それは金融機関同士がそれぞれ相手の銀行がどのく
らいの損失を抱えているのか信用できなくなっているからです。
 そういうときに、時価会計を凍結することは、金融機関が問題
商品をどのくらい抱えていて、どの程度損失が出ているのかを隠
す効果があり、投資リスクが見えなくなることを意味しているの
です。これでは、金融市場はますます機能不全になるだけである
といえます。
 しかし、日本にとって次の焦点は株式の評価です。邦銀の財務
にとっては、証券化商品などより、株式の方がはるかに影響が大
きいからであり、現状の株価では大半の銀行で株式の評価損益は
マイナスになります。―[サブプライム不況と日本経済/47]


≪画像および関連情報≫
 ●山崎元のマルチスコープ/時価会計見直し論
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  筆者は、時価で評価するという大原則はやはり曲げないほう
  がよいと考える。もちろんどのような「時価」が適切かとい
  う問題は議論があっていいが、それを市場での取引価格より
  も保有者にとって有利な価格に歪めることは不適切だろう。
  適切な時価とは何か、と考えると、それは、「現実に売れる
  値段」である。場合によっては、市場で取引された実績の値
  段よりも、適切な価値は安くなることがあるだろう。
         http://diamond.jp/series/yamazaki/10026/
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時価会計を審議する中川財務・金融相
posted by 平野 浩 at 04:32| Comment(0) | TrackBack(0) | サブプライム不況と日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする