ベル経済学賞受賞学者クライン博士は、「日本経済復活の会」の
主催で、2004年に来日し、九段会館でセミナーを開いていま
す。「経済コラムマガジン」/364号〜365号を参照して、
その内容についてご紹介します。なお、このセミナーにはリチャ
ード・クー氏も参加しているのです。
このとき、クライン博士は「積極財政は必要であるが、将来の
日本経済の成長力のため、財政支出を教育関連に特化すべきであ
る」と主張しているのです。米国の1990年代の経済成長が理
系学生の教育強化の成果であるということを踏まえた提言である
と考えられます。
しかし、このクライン博士の提言は、同じ積極財政派のクー氏
とはかなり違うのです。クー氏は財政支出は「額が大切であって
中身は基本的には問わない」という考え方です。要はお金が回る
ことが経済にとって必要なのです。
もちろんどうせ巨額な資金を使うのですから、将来役に立つも
のに使うのは当然のことです。しかし、何に使うかという議論を
始めると議論がミクロになって全体が見えなくなるのです。必要
なのはスピードなのです。したがって、一番無難な投資は公共投
資ということになります。日本の社会的インフラの整備はまだま
だ十分ではないからです。
それでは、クライン博士はなぜ財政支出に関して「教育に限定
して」という条件を付けたのでしょうか。しかし、これにはウラ
があったのです。
クライン博士は、講演をするに当たり、面識のあるひとりの日
本の教授に情報提供を求めたのです。しかし、この教授は当時内
閣府の仕事をしていた政府寄りの学者であり、財政支出を増やす
ことには大反対の人なのです。現在日本のマスコミは、政府与党
の圧力によって、財政支出の増加を唱える学者やエコノミストを
マスコミなどから外しているのです。リチャード・クー氏もその
外された一人です。そのため、クライン博士のところには日本の
経済の実態とはかなり違う情報が集まってしまったのです。
2004年10月19日に、主催者側はクライン博士やクー氏
を招いて会食を行っているのですが、ここで博士は注目すべき発
言をしています。また、そのとき博士が日本経済の実態をどのよ
うにとらえていたかが分かったのです。
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クライン博士の話によれば、米国政府関係者や経済学者は「日
本は公共事業を既にやり過ぎて、もう公共事業を行なうところ
がない」と吹込まれている。そして博士は、それを本当のこと
と信じていたという話である。クライン博士が教育投資にこだ
わったのもこのようなことが背景にあったと考えられる。
――「経済コラムマガジン」/365号
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クライン博士は、このときのセミナーで実に内容のある提言を
しているのです。しかし、このセミナーには与党の議員はほとん
ど参加していなかったのです。
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勉強会の最後に若手民主党議員から「日本は財政支出に頼るの
ではなく、生産性の低い分野から生産性の高い分野に生産資源
を移動させ経済成長を実現すべきという考えについてどうか」
という質問があった。博士は「1,2 %の低い成長を目指すの
ならそれでも良いが、4,5 %といった比較的高い経済成長率
を達成するには、財政出動を考えるべき」と答えておられた。
――「経済コラムマガジン」/365号
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このセミナーは、講師が著名なノーベル賞受賞経済学者だった
にもかかわらず、これを取り上げた日本のマスコミはなかったの
です。しかし、フィナンシャル・タイムスは大きく取り上げたの
です。このあたりに日本のマスコミの閉鎖性が見られます。
どうして日本という国は、財政出動についてはかくも神経質な
のでしょうか。それは、与党自民党とマスコミが結託した長年に
わたる財政再建キャンペーンによって国民も政治家も完全に洗脳
されてしまっているからです。
このように書くと、800兆円の借金にさらに借金を重ねるの
かという批判がきますが、それが財政再建キャンペーンの成果な
のです。この財政再建派が主張する財政破綻論議について、早稲
田大学の若田部教授は『文藝春秋』2008年11月号で、次の
ように述べています。
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私も財政再建は必要であると考えている。ただし、今の財政破
綻論議は債務の総額に焦点を当てすぎていて誇張にすぎる。本
来ならば政府の借金は、政府の資産から負債を差し引いた純債
務を国内総生産(GDP)と比較して考えなければならない。
また現在の「財政再建」物語は歳出と歳入の2つの変数だけを
考えているようにみえる。しかし、ただ財政の帳尻を合わせよ
うとしても、結果として帳尻は合わないだろう。増税は不況圧
力になる。 ――若田部昌澄早稲田大学教授
――『文藝春秋』2008年11月号
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特別なことをいっているのではないのです。当たり前のことを
いっているのです。自民党の財政再建派の人は債務だけを強調し
政府の資産のことはいっさい口にしていないのです。それは、純
債務で計算すると、日本の財政赤字は心配するレベルにないので
増税論議ができなくなってしまうからです。
したがって、国家が緊急資金を必要とするとき、政府が赤字国
債で資金を調達しても問題はないのです。これによって、景気が
回復するならば、それ自体が財政再建につながることは、過去の
データが証明しているのです。現在はまさにその緊急時――政策
を誤らないことです。―[サブプライム不況と日本経済/43]
≪画像および関連情報≫
●ローレンス・R・クライン博士について
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連戦・総統候補は1日、ノーベル経済学賞受賞のローレンス
R・クライン博士を国民党・親民党連盟初の経済顧問として
迎えることを明らかにした。将来的にはほかのノーベル経済
賞受賞者も加え、顧問団を結成する予定だ。クライン博士は
米国の著名な計量経済学者。カーター元米大統領のもとで経
済顧問を担当した経歴を持つ。連戦候補は「台湾に必要なの
は経済政策に注力する人々であり、その意味でクライン博士
の顧問入りの意義は大きい」とコメント。宋楚瑜・副総統候
補も「中華民国の経済を軌道に乗せる助けとなる」と期待を
寄せた。
http://news.nna.jp/free/tokuhou/040211_tpe/111_120/b117.html
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「文藝春秋」11月号