2008年10月09日

●「ドイツが不況に対してとった政策」(EJ第2427号)

 ドイツの話をもう少し続けることにします。リチャード・クー
氏のバランスシート不況論に一番関心を示したのは実はドイツな
のです。ドイツ銀行のアッカーマン会長はクー氏の本を読んで、
ドイツ銀行のレポートに紹介したのです。これによって一挙に読
者が増えたといいます。
 これがきっかけで、クー氏はブンデスバンク――ドイツの中央
銀行に2回、ECB――欧州中央銀行に1回、「バランスシート
不況論」について講演をしています。
 ドイツに比べて日本銀行や日本の銀行は何をしているのでしょ
うか。リチャード・クー氏は野村総合研究所のチーフエコノミス
トなのです。彼の意見をすぐにでも聞けるところにいるのに、日
本政府や金融機関がやっていることは、彼をテレビなどのマスコ
ミから遠ざけていることだけなのです。おそらく彼に財政出動を
言い出されることが嫌なのでしょう。クー氏は竹中平蔵氏を名指
しで批判しているので、小泉政権から目の敵(かたき)とされた
ものと思います。
 バランシート不況に突入したとき、一番効果があるのは、財政
出動なのです。企業はバランスシート修復のために銀行に借金を
返済し、国民も貯金して銀行にお金を積み上げる――しかし、肝
心の企業はそれを借りに来ないのです。
 したがって、その積み上がったお金を政府が借りて使う――そ
うすると経済は回って行くのです。これが財政出動なのです。し
かし、当時のドイツにはそれが使えなかったのです。
 既に述べたように、ドイツはマーストリヒト条約によって財政
出動が厳しく制限されているからです。EUでは、メンバー国の
財政赤字がGDPの3%を超えることを禁止しているのです。
 昨日のEJでも述べましたが、マーストリヒト条約は、経済が
「陰」の局面に入ることを全く想定せずに作られた条約であり、
欠陥があるのです。
 「陰」の局面とは何でしょうか。
 クー氏は「陰」と「陽」のサイクルを使ってバランスシート不
況を説明しているのです。
 サイクルには「バブル発生」とそれが収まる「不況の終焉」と
いう段階があります。それぞれの間にはさらに4段階ずつがあり
景気循環のように循環します。そして、「バブル発生」を機に陰
のサイクルに入り、「不況の終焉」によって陽のサイクルに戻る
という循環を繰り返すのです。詳しくは、次のURLをクリック
してください。
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http://electronic-journal.seesaa.net/article/48092709.html
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 世界はあまりにも金融政策一辺倒になっています。巨額の財政
赤字を伴うケインズ主義の財政政策のトラウマにとらわれている
ので、何かというとすぐ財政再建をいいだすのです。少し経済が
良くなると、すぐ財政再建をして経済を潰してきたのです。
 マーストリヒト条約は、その大きな間違いのひとつなのです。
クー氏はECBについて次のようにいっています。しかし、EC
Bは、財政政策論者のクー氏を講師として招いて彼の意見を聞い
ているのです。日本の当局もそういう度量を持つべきです。
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 私が訪れたECBは、実はマーストリヒト条約をもとに設立さ
 れたという経緯がある。したがって、彼等に対してマーストリ
 ヒト条約には欠陥があるから改定しろということは、ECBに
 も欠陥があるというふうにもとられる。だから彼等はマースト
 リヒトの改定には猛反発する。しかし、そんなつまらないプラ
 イドとか意地にとらわれてバランスシート不況が発生している
 国や地域に対して均衡財政を強要するのは、誰の利益にもなら
 ない。それどころか、そのような局面にある国に、不適切な政
 策を強要することは、そこからくる不況の悪化から、その国の
 民主主義体制まで危険にさらすことになりかねない。
                  ――リチャード・クー著
     『「陰」と「陽」の経済学』 ――東洋経済新報社刊
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 結局、ドイツはどうしたのでしょうか。
 ドイツは企業が不況を理由にしてリストラを進め、賃金カット
を行うことで、EU域内の輸出競争力を強化したのです。その結
果、ドイツは域内の輸出を大幅に伸ばし、2001年には日本を
抜いて世界最大の貿易黒字国になっています。
 その結果、何が起こったかというと、現在のヨーロッパでは、
ドイツの賃金は安すぎるという批判が巻き起こっているのです。
元はといえば、ドイツの住宅バブルが過熱したことが原因で、不
況に陥っているのです。したがってドイツは自国の責任で起こっ
た不況を近隣国に輸出するという近隣窮乏化策をとったというこ
とになるのです。
 自国が原因で起こったことは自国の責任において解決すべきで
あり、それを近隣国に対して輸出して迷惑をかけるべきではない
のです。もし、ドイツに財政出動ができていれば、自国内で影響
を閉じ込めることができたのです。
 EUの域内でのドイツのバランスシート不況の局地的な問題に
対してECBは金利を下げて対応しようとしましたが、これは本
来ドイツ独自の経済対策で対応すべきだったのです。しかし、マ
ーストリヒト条約はドイツの手足を縛っているのです。その結果
スペインやフランスで住宅バブルの発生と崩壊を呼んだのです。
 このドイツの取った考え方に近いことをバーナンキFRB議長
がやろうとしているように見えます。
 既に述べたように、ストロスカーンIMF専務理事の「米国を
含めて全世界で財政出動で対応すべきである」という証言を各国
の金融当局はどのように受け止めているのでしょうか。
 麻生首相も総合経済対策では赤字国債の発行はしないといって
います。     ――[サブプライム不況と日本経済/39]


≪画像および関連情報≫
 ●ECB/欧州中央銀行について
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  ECBの最高意思決定機関はECB政策理事会で、ECBの
  総裁・副総裁および4名の理事で構成するECB役員会と経
  済通貨同盟参加国中銀総裁(12名/2004年7月現在)
  によって構成されています。このうち、ECB役員会はEC
  Bの執行機関となっており、最高意思決定機関であるECB
  政策理事会が策定するガイドラインに従い、金融政策を実施
  することになっています。    ――日本銀行サイトより
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posted by 平野 浩 at 04:22| Comment(0) | TrackBack(0) | サブプライム不況と日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする