2008年10月08日

●「欧州の住宅バブル崩壊とECBの対応」(EJ第2426号)

 グリーンスパン前FRB議長は、住宅バブルは自分の責任では
ないと、つねにいっていたのです。確かに住宅バブルは世界的に
発生しており、米国だけの現象ではなかったのです。そこで、欧
州における住宅バブルについて概観してみることにします。
 1990年後半の話です。欧州でもITバブルは猛威を振るい
EU最大の経済大国であるドイツは、完全にバブルになったので
す。そしてそのバブルは2000年に崩壊するのです。
 その結果、ドイツのナスダックといわれる新興株式市場ノイマ
ルクトは、ピーク時から96%も下がるという大変な事態に陥っ
たのです。日本の場合、6大商業地の地価は1990年以降、や
はりピーク時の水準から最大87%も下落したのですが、ドイツ
の場合は地価の下落は限定的であったものの、株価の方が暴落し
たのです。
 このときのドイツは、典型的なバランスシート不況だったので
す。添付ファイルの「ドイツ/部門別に見た資金過不足の推移」
は、EJで、リチャード・クー氏の理論を取り上げた『第2回/
「日本経済回復の謎」』の中で使った資料です。
 このグラフの見方を復習します。中央のゼロ線を中心に上が資
金余剰、下が資金不足をあらわします。したがって、一番望まし
いそれぞれの部門のポジションは次の通りです。
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     家計部門 ・・・ 上方に位置している
     企業部門 ・・・ 下方に位置している
     海外部門 ・・・ ゼロ線の付近にいる
     政府部門 ・・・ ゼロ線の付近にいる
―――――――――――――――――――――――――――――
 グラフを見ると、4つの部門の位置が理想形をしていたのは、
ドイツでは2000年がそれに該当しているのです。つまり、バ
ブルの頂点であった年が理想形になっていたのです。
 2000年の時点でドイツの企業部門は、名目GDP比6.9
%の資金調達をしていたのですが、それが2005年には名目G
DP比1.8 %の借金返済にまわっていたのです。企業部門のグ
ラフがマイナス6.9 %を底として上昇し、2003年後半には
プラスに転じています。
 これは、資金不足で銀行から借り入れをしていた企業がバブル
が崩壊してバランスシートが傷んだので、キャッシュフローを借
金返済に回していることをあらわしているのです。
 つまり、ドイツは企業部門だけで名目GDP比8.7 %分の需
要が失われたことを意味するのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
       6.9 %+1.8 %=8.7 %
―――――――――――――――――――――――――――――
 これに加えて、折れ線の一番上の点線は家計部門をあらわして
います。2000年から2005年にかけてグラフは上昇してい
ますが、これは貯蓄率の上昇をあらわしているのです。
 ITバブル期の2000年には、GDP比で3.7 %であった
ドイツの家計貯蓄は、2005年には6.3 %まで2.6 %も拡
大したのです。
 その結果、企業と家計部門を合わせると、ITバブルのピーク
時に比べ、GDP比で11.3 %の民間需要が失われたことにな
るのです。これでは不況になるのは当然です。
―――――――――――――――――――――――――――――
       8.7 %+2.6 %=11.3 %
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 バランスシート不況になると銀行にお金が積み上がるので、貯
蓄の取り崩しはそれが消費に回るという意味において経済にとっ
ては良いことなのです。しかし、ドイツでは企業部門は借金返済
というかたちで、家計部門は貯蓄というかたちでともにお金を銀
行に積み上げているので、それが消費に回らず深刻な事態となっ
ているのです。これが2000年からの5年間、ドイツ経済が全
く振るわなくなってしまった本当の理由です。
 ドイツの不況は必然的にヨーロッパの他の国に大きな影響を与
えたのです。ECB――欧州中央銀行は短期金利を2%まで下げ
たのです。この金利は、ドイツの中央銀行――ブンデスバンクの
それよりも低かったのです。
 米国の場合もそうであったように、この低金利がスペインやフ
ランスで住宅バブルに火を付けたのです。もともとスペインやフ
ランスは、ユーロ導入前はドイツに比べてずっと金利が高かった
のですが、それがユーロを導入したことにより、ドイツ並みの低
金利を享受することになったのです。
 これによって、スペインやフランスの人たちの借りられる住宅
ローンの元本額を引き上げたことによって、住宅ブームが起こっ
ていたのです。それに加えて、ECBが金利を引き下げたことに
よって、住宅バブルを加速させることになったのです。
 しかし、ECBが金利を下げてもドイツにはぜんぜん影響を与
えなかったのです。バランスシート不況下では金融政策は効かな
いからです。ECBの正しい政策としては、ドイツに財政出動さ
せ、ドイツの問題がECB全体の金融政策を狂わせてしまうこと
を避けるべきだったのです。そうすれば、スペインやフランスが
住宅バブルやその崩壊に遭うことを防げたことになります。
 しかし、ドイツの場合、マーストリヒト条約によって財政出動
を厳しく制限――メンバー国の財政赤字はGDPの3%以内――
されていてそういう政策が取れなかったのです。クー氏にいわせ
ると、マーストリヒト条約は経済が「陰」の局面に入ることを全
く想定せずにつくられた欠陥条約であるといっています。
 そこでドイツ企業がとった対策は、ユーロ圏内の景気の良い地
域に輸出を促進させることだったのです。ユーロ圏内なら同じ通
貨の世界であり、関税障壁もないので、これを活用したのです。
その結果、ドイツは日本を抜いて世界最大の貿易黒字国になった
のです。     ――[サブプライム不況と日本経済/38]


≪画像および関連情報≫
 ●マーストリヒト条約について
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  ヨーロッパ連合条約ともよばれる。ECは、1990年7月
  からドロール報告に基づいて3段階からなる通貨統合計画に
  のりだし、その完全実施のために必要な条約改正とその批准
  は第1段階のうちにしておく必要があり、また単一ヨーロッ
  パ議定書で政治協力も共同体の目標とすることをうたってい
  た。そのため91年12月、EC首脳はオランダのマースト
  リヒトで基本条約改正に合意した。これがマーストリヒト条
  約で、92年2月7日に調印され、93年11月に発効した
  のである。        ――MSN百科事典エンカルタ
  http://jp.encarta.msn.com/encyclopedia_1161578676/content.html
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ドイツ/部門別に見た資金過不足の推移.jpg

posted by 平野 浩 at 04:19| Comment(0) | TrackBack(0) | サブプライム不況と日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする