2008年10月02日

●「バーナンキのドル安政策への批判」(EJ第2422号)

 ブッシュ政権による二度にわたるドル安誘導政策は結局成功し
なかったのです。サブプライム問題が起きる前のドルは、米国の
好調な経済と高い金利の2つがプラスとして働き、巨額な貿易赤
字はあったものの、好況と高金利によって少なくともドルは安定
していたのです。
 為替市場参加者は、巨額な貿易赤字というマイナス要因があっ
ても、米国の景気が良く、金利が高ければドルを買ってくれたの
です。ところが、サブプライム問題が起きると、2つのプラス要
因が一挙に消滅してしまったのです。
 それは、金利を下げたことと、金融危機を引き金として、景気
が減速を始めたことです。つまり、市場参加者がそれまでドルを
買う拠り所としていた2つのプラス要因がともになくなり、ドル
安に拍車がかかりつつあるのです。
 既に述べたように、バーナンキFRB議長は、今から約80年
前の大恐慌において、当時のニューヨーク連銀が1929年から
31年の2年間に十分な金融緩和をやっていれば、大恐慌は防ぐ
ことができたという論文を書いています。
 現在のバーナンキFRB議長は当時のニューヨーク連銀の立場
におり、自らの信ずるところにより、金融政策を実行することが
できるのです。実際にバーナンキFRB議長はサブプライム問題
が起きるや、超スピードで利下げを行い、その一方で大量の金融
緩和を既に行っているのです。
 しかし、住宅価格も経済もこれに何の反応もしないのです。こ
れはバーナンキFRB議長の理論が間違っていたことを意味しま
す。リチャード・クー氏のいうように、バブル崩壊後に発生する
バランスシート不況では、いくら金利を下げても借り手はあらわ
れず、金融政策は効かないのです。
 しかし、金融緩和に反応したのはドル安なのです。ドル安にな
れば輸出に有利であり、米国の輸出はこれによってかなり伸びて
いて、GDP成長率にプラス要因になっているのです。おそらく
バーナンキ議長は、金融緩和は直接的には効かなくてもドルを介
して効いており、ドル安のもたらす輸出増で米国経済を支えよう
と考えているものと思われます。
 しかし、バーナンキFRB議長のこの考え方は議員たちにとっ
て次の2つ懸念を生んでいるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.ドル安によって国際商品市況はそれに反比例して上がる
 2.70年代のようなインフレの再来を招く恐れがあること
―――――――――――――――――――――――――――――
 要するに議員たちはインフレを心配しているのです。OPEC
のヘリル議長――アルジェリアのエネルギー鉱業相はこれに関し
て次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   石油価格が上昇している最大の理由はドル安である
               ――ヘリルOPEC議長
―――――――――――――――――――――――――――――
 確かに、ここにきて小麦や大豆や石油といった人々の生活に不
可欠なものの値段が急騰しています。これは、バーナンキ議長に
よる急速な利下げと金融緩和によるドル安が原因ではないかと議
員はいっているのです。現在の米国経済ではインフレはとても無
視できるものではないのです。
 これは奇妙な逆転現象であると思います。今までは、日本や中
国などからの輸入で困っている企業を選挙区に持つ議員は、FR
Bに対してドル安を要求し、それに対してFRBが「強いドル」
がインフレ面から見て望ましいと答えるという応酬があったので
すが、最近ではこれが逆転しているのです。
 すなわち、現在ではバーナンキFRB議長がドル安のプラス面
を強調し、それに対して議員たちがその弊害を指摘するというよ
うになっているのです。
 バーナンキFRB議長は、2008年2月時点で次のように反
論しています。
 インフレに関しては、「コアインフレはそれほど悪くない」と
し、石油を含む商品価格の2007年の伸びは異常であり、この
ような伸びが2008年も続くとは思えないが、高値で安定する
ことはあり得るとしています。
 そして、仮にこれらの価格が高値安定することになっても、上
昇が止まって安定するのだから、インフレ率は下がるし、今後米
国の経済が減速していけば、商品価格が上昇する可能性は低くな
るといっているのです。
 ここで「コアインフレ」とは、食料品とエネルギーを除く物価
上昇率のことなのです。しかし、コアの中に含まれていない食料
品や石油の価格急騰を議員たちは問題にしているのであって、説
得力に欠ける話です。しかも、食料品や石油は少なくとも今年の
夏までは急騰を続けていて、バーナンキ氏の予測は当たっていな
いのです。確かに石油はここにきて少し下げてはいるものの、再
び上昇する可能性は高いのです。
 バーナンキFRB議長の経済分析に対して、リチャード・クー
氏は次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 通常の世界ならばバーナンキ議長は正しい。しかし、今回のよ
 うにドルに対する信用が根底から揺らいでいる状況ではそうは
 ならない。ドル安になった分、商品市況が上がりアメリカだけ
 はインフレがひどくなりかねないからである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 巨額の貿易赤字がある中で景気が悪くなり、しかも、金利が下
がっているとなると、市場がドルを買えなくなってドル安になり
米国は国内インフレを押さえ込むことは困難になるとクー氏は分
析しているのです。――[サブプライム不況と日本経済/34]


≪画像および関連情報≫
 ●インフレ指標をめぐる大論争/ビジネス・ウィーク
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  米国民は“嘘つき”を最も嫌う。インフレ率を計算する際は
  ともに急騰する食料品とエネルギーの価格を故意に除くが、
  これは普通の感覚なら嘘をつかれたと思うはずだ。食料品も
  エネルギーも生活必需品なのに、それらを除外してインフレ
  度合いを測るとは…。困窮する貧困層を無視するための陰謀
  か。はたまた、うわべだけの景気の健全性を演出しようとい
  うのか。
  http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080620/163024/
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バーナンキの苦悩.jpg
パーナンキの苦悩
posted by 平野 浩 at 04:23| Comment(0) | TrackBack(0) | サブプライム不況と日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする