2008年10月01日

●「FRBの資金供給とドル危機」(EJ第2421号)

 米経済および金融システム危機を回避するため、FRBはなり
ふり構わず大量の資金を供給し続けています。FRBが構築した
セーフティーネットの対象は、銀行と米政府証券公認ディーラー
――プライマリーディーラーに限られていたのですが、それを証
券会社や保険会社にまで拡大せざるを得なくなったのです。AI
Gへの最大850憶ドルの資金支援は、そのあらわれであるとい
えます。
 AIGへの貸出条件は、政府は24ヵ月もの長い貸出期間を与
え、AIG株の79.9 %を受け取り、これによって株主への配
当支払いを拒否する権利を握ったのです。その一方で貸出金利は
市中銀行間の金利に対して8.5 %を上乗せした高い水準に設定
しています。AIGが資産を売却することによって、少しでも早
い返済を期待した設定であると思われます。
 そもそもFRBはどのくらい資金を持っているのでしょうか。
そんなに貸し込んでも大丈夫なのでしょうか。FRBのバランス
シートについて、新生証券シニアアナリストである松本康宏氏は
次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 従来のFRBのバランスシートにおける貸出金は、総資産の5
 %程度しか占めておらず、約9割が国債だった。しかし、サブ
 プライムローン問題による金融機関の損失が表面化し始めた昨
 年夏ごろから、FRBの貸出金は増加し始め、昨年末から増加
 ペースが速まり、3月のベア・スターンズ破綻時点から急増し
 ている。5月末現在で、FRBの総資産は8947億ドル−約
 93兆円であり、貸出金はその32%にあたる2882憶ドル
 まで急増している。
   ――「週刊エコノミスト」/2008年9月30日号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは5月末の数字であり、そのあとAIGに緊急融資をして
いるので、5月末時点と総資産が変わらないとすると、貸出金は
総資産の50%近くを占める計算になります。このように、FR
Bの抱えるリスクは相当高いものであり、それはそのままドル危
機に結びついてくるのです。
 リチャード・クー氏は、2008年と2009年の2年間は、
世界経済にとって大変な試練の年になるといっています。現在ド
ルは下がっており、バーナンキFRB議長もドル安を指向してい
るし、IMFもドル安の重要性を表明しています。
 確かに米国は、巨額の貿易赤字――2006年には8170億
ドルを抱えており、こういう状況下ではドルを下げる必要がある
のです。しかし、ドルは基軸通貨なのです。世界のドル安に対す
る不信、警戒感は過去最高にまで高まっているといわれます。つ
まり、ドルを下げながら、今まで果たしてきている基軸通貨とし
ての役割が一気に崩壊しないようにしなければならないのです。
 米国の大統領は、米国にとって巨大な貿易赤字が重要な課題で
あることは認識しながらも、一期目はあえて手をつけず、二期目
になってはじめて手をつけるのが習性になっています。
 もし、一期目に貿易収支の改善に取り組み、もし、ドルが暴落
するようなことになったら、再選が困難になるからです。米国の
場合、大統領の三選はないことになっているので、困難なことは
二期目にやろうとするのです。
 現ブッシュ政権も、再選を果たした2週間後の2004年11
月19日に早くもグリーンスパン前FRB議長はトークダウンを
始めています。トークダウンというのは、ドルの為替レートが下
がるように誘導する発言をすることです。通常それに呼応してホ
ワイトハウスからも財務省からもドル誘導発言が加わると、ドル
は急速に下がってくるのです。
 しかし、2005年2月になって石油価格が上昇をはじめたの
です。今までは、石油価格が上がっても先物市場を見ると、先に
行くほど下がるという傾向がはっきりしていたので問題はなかっ
たのですが、このときは、石油価格の最期先物の価格も上昇して
いたのです。
 石油価格が上昇しているときにドル安が進むと、そこから大き
なインフレ圧力が出てきて、米国経済を正常に保てなくなる恐れ
があったのです。そこで、ブッシュ政権はトークダウンを止めた
のです。そうすると、ドルは再び上昇したのです。
 貿易赤字をそのままにしておけないブッシュ政権は、2回目の
ドル安にチャレンジしたのです。2006年4月末のことです。
今度は、FRB議長がトークダウンをするのではなく、IMFと
G7を使ってドル安誘導をやったのです。
 最初にIMFが「グローバル・インバランサス問題」の解消を
強く打ち出したのです。グローバル・インバランサス問題という
のは、世界的な貿易収支の不均衡のことです。これを解消するた
めにIMFは、貿易黒字国には内需をもっと増やすことを求め、
貿易赤字国に対しては内需を減らすことに加えてドルの大幅な引
き下げが必要であることを主張したのです。これを「内需のリ・
バランシング」といいます。
 IMFは、通常では為替レートに影響を与える発言はしないも
のですが、このときばかりは明確に「各国の通貨はドルに対して
大幅に上昇すべきである」とまでいっているのです。
 2006年4月末から5月にかけて行われたG7でもグローバ
ル・インバランサス問題の解消を打ち出しています。G7の声明
文というのは通常一枚ものなのですが、このときは2枚になって
おり、2枚目はすべて貿易不均衡についての懸念を表明する文書
になっていたのです。
 このようにしてIMFとG7のメッセージによって、2006
年5月からドルが全面安になったのです。しかし、それと同時に
株価が下り始め、米国はもちろんのこと、日本、インドも、世界
的に株価が急落したのです。これを見た米金融当局はあわててド
ル安政策を引っ込めてしまいます。結局このときも失敗に終わっ
たのです。    ――[サブプライム不況と日本経済/33]


≪画像および関連情報≫
 ●貿易収支の赤字・黒字について/情報経済研究所ブログ
  ―――――――――――――――――――――――――――
  貿易収支は、国際収支を構成する一項目です。簡単にいうと
  一年間に一国から輸出されるモノの合計価格が輸入されるモ
  ノの合計価格を上回っていると貿易黒字と呼び、反対なら、
  貿易赤字と呼びます。国際収支は、大きく分けて、経常収支
  資本収支、外貨準備増減、誤差脱漏になります。これらの項
  目を合算すると必ず0になります。これは簿記上のルールと
  一緒です。経常収支は、貿易収支、サービス収支、所得収支
  経常移転収支によって構成されます。
          http://yaplog.jp/infoecono/archive/39
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●表/FRBのバランスシート
  ―「週刊エコノミスト」/2008年9月30日号より

FRBのバランスシート.jpg
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2008年10月02日

●「バーナンキのドル安政策への批判」(EJ第2422号)

 ブッシュ政権による二度にわたるドル安誘導政策は結局成功し
なかったのです。サブプライム問題が起きる前のドルは、米国の
好調な経済と高い金利の2つがプラスとして働き、巨額な貿易赤
字はあったものの、好況と高金利によって少なくともドルは安定
していたのです。
 為替市場参加者は、巨額な貿易赤字というマイナス要因があっ
ても、米国の景気が良く、金利が高ければドルを買ってくれたの
です。ところが、サブプライム問題が起きると、2つのプラス要
因が一挙に消滅してしまったのです。
 それは、金利を下げたことと、金融危機を引き金として、景気
が減速を始めたことです。つまり、市場参加者がそれまでドルを
買う拠り所としていた2つのプラス要因がともになくなり、ドル
安に拍車がかかりつつあるのです。
 既に述べたように、バーナンキFRB議長は、今から約80年
前の大恐慌において、当時のニューヨーク連銀が1929年から
31年の2年間に十分な金融緩和をやっていれば、大恐慌は防ぐ
ことができたという論文を書いています。
 現在のバーナンキFRB議長は当時のニューヨーク連銀の立場
におり、自らの信ずるところにより、金融政策を実行することが
できるのです。実際にバーナンキFRB議長はサブプライム問題
が起きるや、超スピードで利下げを行い、その一方で大量の金融
緩和を既に行っているのです。
 しかし、住宅価格も経済もこれに何の反応もしないのです。こ
れはバーナンキFRB議長の理論が間違っていたことを意味しま
す。リチャード・クー氏のいうように、バブル崩壊後に発生する
バランスシート不況では、いくら金利を下げても借り手はあらわ
れず、金融政策は効かないのです。
 しかし、金融緩和に反応したのはドル安なのです。ドル安にな
れば輸出に有利であり、米国の輸出はこれによってかなり伸びて
いて、GDP成長率にプラス要因になっているのです。おそらく
バーナンキ議長は、金融緩和は直接的には効かなくてもドルを介
して効いており、ドル安のもたらす輸出増で米国経済を支えよう
と考えているものと思われます。
 しかし、バーナンキFRB議長のこの考え方は議員たちにとっ
て次の2つ懸念を生んでいるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.ドル安によって国際商品市況はそれに反比例して上がる
 2.70年代のようなインフレの再来を招く恐れがあること
―――――――――――――――――――――――――――――
 要するに議員たちはインフレを心配しているのです。OPEC
のヘリル議長――アルジェリアのエネルギー鉱業相はこれに関し
て次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   石油価格が上昇している最大の理由はドル安である
               ――ヘリルOPEC議長
―――――――――――――――――――――――――――――
 確かに、ここにきて小麦や大豆や石油といった人々の生活に不
可欠なものの値段が急騰しています。これは、バーナンキ議長に
よる急速な利下げと金融緩和によるドル安が原因ではないかと議
員はいっているのです。現在の米国経済ではインフレはとても無
視できるものではないのです。
 これは奇妙な逆転現象であると思います。今までは、日本や中
国などからの輸入で困っている企業を選挙区に持つ議員は、FR
Bに対してドル安を要求し、それに対してFRBが「強いドル」
がインフレ面から見て望ましいと答えるという応酬があったので
すが、最近ではこれが逆転しているのです。
 すなわち、現在ではバーナンキFRB議長がドル安のプラス面
を強調し、それに対して議員たちがその弊害を指摘するというよ
うになっているのです。
 バーナンキFRB議長は、2008年2月時点で次のように反
論しています。
 インフレに関しては、「コアインフレはそれほど悪くない」と
し、石油を含む商品価格の2007年の伸びは異常であり、この
ような伸びが2008年も続くとは思えないが、高値で安定する
ことはあり得るとしています。
 そして、仮にこれらの価格が高値安定することになっても、上
昇が止まって安定するのだから、インフレ率は下がるし、今後米
国の経済が減速していけば、商品価格が上昇する可能性は低くな
るといっているのです。
 ここで「コアインフレ」とは、食料品とエネルギーを除く物価
上昇率のことなのです。しかし、コアの中に含まれていない食料
品や石油の価格急騰を議員たちは問題にしているのであって、説
得力に欠ける話です。しかも、食料品や石油は少なくとも今年の
夏までは急騰を続けていて、バーナンキ氏の予測は当たっていな
いのです。確かに石油はここにきて少し下げてはいるものの、再
び上昇する可能性は高いのです。
 バーナンキFRB議長の経済分析に対して、リチャード・クー
氏は次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 通常の世界ならばバーナンキ議長は正しい。しかし、今回のよ
 うにドルに対する信用が根底から揺らいでいる状況ではそうは
 ならない。ドル安になった分、商品市況が上がりアメリカだけ
 はインフレがひどくなりかねないからである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 巨額の貿易赤字がある中で景気が悪くなり、しかも、金利が下
がっているとなると、市場がドルを買えなくなってドル安になり
米国は国内インフレを押さえ込むことは困難になるとクー氏は分
析しているのです。――[サブプライム不況と日本経済/34]


≪画像および関連情報≫
 ●インフレ指標をめぐる大論争/ビジネス・ウィーク
  ―――――――――――――――――――――――――――
  米国民は“嘘つき”を最も嫌う。インフレ率を計算する際は
  ともに急騰する食料品とエネルギーの価格を故意に除くが、
  これは普通の感覚なら嘘をつかれたと思うはずだ。食料品も
  エネルギーも生活必需品なのに、それらを除外してインフレ
  度合いを測るとは…。困窮する貧困層を無視するための陰謀
  か。はたまた、うわべだけの景気の健全性を演出しようとい
  うのか。
  http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080620/163024/
  ―――――――――――――――――――――――――――

バーナンキの苦悩.jpg
パーナンキの苦悩
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2008年10月03日

●「ドル安を放置すると何が起こるか」(EJ第2423号)

 もし、このままドル安が続いたらどうなるかについて考えてみ
ることにします。2つの問題があると思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
    1.海外の投資家がドル建て資産から逃避する
    2.石油のドル表示がユーロ表示になる可能性
―――――――――――――――――――――――――――――
 2008年2月の議会証言で、バーナンキFRB議長はこれら
2つの問いに答えています。1については「今ところ何も問題は
ない」とあっさりと懸念を否定し、ドル表示の変更については次
のように答えたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 表示通貨はシンボリックなもので、どの通貨で表示されよう
 と、たいして重要ではない。  ――バーナンキFRB議長
―――――――――――――――――――――――――――――
 FRB議長としては信じ難い答弁であると思います。これらの
バーナンキ議長発言について検証してみます。
 1の「海外の投資家がドル建て資産から逃避する」について、
バーナンキ議長は問題がないことの根拠として、長期金利がドル
安にもかかわらず急騰していないことを上げています。長期金利
というのは、償還期間の長い(1年以上の)債券――代表的なも
のは国債の金利のことです。
 クー氏の分析によると、海外投資家のドル離れが起きているこ
とは間違いないとしたうえで、それなら、なぜ長期金利が上がら
ないのかというと、国内投資家がサブプライムなどのリスクの高
い仕組み債から、安全な国債への移行を行っているせいであるか
らなのです。そのため、海外投資家のドル離れが長期金利に反映
されにくくなっているのです。
 これと同じような現象が1987年のブラックマンデーのとき
も見られているのです。このときも海外投資家のドル逃避は明ら
かにあったのですが、米国国内では暴落している株式市場から資
金が債券市場になだれ込んだので、長期金利は上がるどころか下
がったのです。
 したがって、海外投資家のドル逃避は間違いなく起こっている
ことなのです。FRB議長がこんなことがわからないはずはなく
発言の真意が問われています。
 Aの「石油のドル表示がユーロ表示になる可能性」についての
バーナンキ議長の反論――どの通貨で表示されようと、たいして
重要ではない――は、理解に苦しむところです。なぜ、重要では
ないのでしょうか。これに関するクー氏の反論をご紹介すること
にします。
―――――――――――――――――――――――――――――
 世界の他の諸国は石油がドル表示になっているため、例えば日
 本は為替市場で円を売りドルを買ってそのドルで石油を買って
 いる。ヨーロッパも同様に、ユーロを売ってドルを買い、その
 ドルで石油を買っている。ということは、石油がドル建てだっ
 たということで、かなりのドル買い需要が発生していたのであ
 る。ところが、仮に石油がユーロ表示になったら、この様相は
 一変する。そんな事態になれば、ユーロの売られる額は大きく
 減少し、他方ドルの売られる額が急増するからだ。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 もし、石油がユーロ建てになると、米国は貿易赤字国なので、
国内にユーロはないのです。したがって、米国が石油を買うには
巨額のドルを売ってユーロを買い、そのユーロで石油を買うこと
になるのです。米国とってこれほど屈辱的なことはないはずなの
に、バーナンキ議長はなぜ「たいして重要ではない」などという
のでしょうか。
 日本は石油を購入するために円を売ってドルを買い、同様にヨ
ーロッパはユーロを売ってドルを買い、それぞれそのドルで石油
を買うのです。石油を買うには世界中でこのように膨大なドル買
いが前提となります。
 しかし、石油がユーロ建てになると、そういうドル買いが一切
なくなってしまうのです。そうなると、もはやドルは基軸通貨と
はなり得なくなります。もし、ドルが基軸通貨でなくなったら、
ドルを保有するメリットがなくなり、一斉にドル売りが始まり、
ドル暴落は現実のものになります。
 バーナンキFRB議長がそんなことを知らないはずはないので
石油のユーロ建てなど起こるはずがないと考えているのだと思い
ます。しかし、その根拠は何でしょうか。
 バーナンキ議長が強気なのは、産油国の盟主であるサウジ・ア
ラビアが自国通貨リアルをドル・ぺッグしているからです。これ
が崩れない限り石油のドル表示は大丈夫であると考えているもの
と思います。
 しかし、現在産油国は、まだ1桁ではあるもののインフレで苦
しんでいるのです。中近東の産油国は原油高で景気が良く、ヨー
ロッパから大量に輸入しているのですが、ユーロの高騰から「輸
入インフレ」に陥っているのです。IMFはこの事態を懸念し、
産油国に通貨切り上げを勧告しているのです。
 既にクウェートは、ドル・ぺッグを外して通貨バスケットに切
り替えています。通貨バスケットとは、複数の外貨と連動した変
動相場制のことです。そして、クウェートは自国通貨を対ドルで
切り上げています。さらに2007年には、バーレーンもドル・
ペッグから通貨バスケットに切り替えたのです。
 こうした中でサウジ・アラビアだけがリアルをドル・ペッグし
ているので、石油のドル表示が続いているのです。しかし、サウ
ジ・アラビアもインフレで苦しんでおり、「ドル・ペッグは維持
できない」という声が出ているのです。サウジ・アラビアとてけ
っして盤石ではなく、サウジが通貨バスケットに移行することは
あり得るのです。 ――[サブプライム不況と日本経済/35]


≪画像および関連情報≫
 ●「通貨バスケット」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ドルやユーロ、円といった複数の主要通貨で構成する「バス
  ケット(かご)」に自国通貨を連動させる制度。貿易など自
  国との関係の深さに応じて通貨ごとの比重を決めて、バスケ
  ットを作る。組み入れられた各通貨の強弱が相場の動きを相
  殺するため、ドルなど単一通貨に連動させるより為替相場は
  安定する。アジアでは、シンガポールなどが採用しており、
  ロシアも2005年2月、ドルとユーロを組み合わせた通貨
  バスケットを導入した。(毎日新聞2005年7月22日)
  ―――――――――――――――――――――――――――

ドル・ペッグ制.jpg
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2008年10月06日

●「過去にもあった石油ドル表示危機」(EJ第2424号)

 実はかつてアラブ産油国は一度石油のドル表示をやめようとし
たことがあるのです。1978年〜79年のカーター政権のとき
の話です。第2次オイルショックがあったときです。
 当時の米国国内は2桁のインフレでドルは急落し、貿易収支は
赤字だったのです。そしてアラブ産油国は米国が支持するイスラ
エルと戦争をしていたのです。アラブ産油国にとって「敵の味方
は敵」というわけで米国は敵であり、なぜ敵である米国の通貨で
石油を売らなければならないのか、もう石油のドル表示はやめよ
うではないか――こういう疑問がアラブ産油国の間で噴き出した
のです。
 ところがこのときユーロがまだなかったので、SDR建てにし
ようとしたのです。SDRというのは、IMF加盟国の特別資金
引出権のことです。SDRについては、前回のEJのテーマ「金
の戦争」で取り上げているので、次のURLを参照していただき
たいと思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
http://electronic-journal.seesaa.net/archives/20080704-1.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 この情報を入手した米国はパニックに陥ったのです。石油のド
ル表示が廃止されると、ドルの基軸通貨としての価値は激減し、
それはドル暴落に発展する可能性があったからです。
 ドルを防衛しないと大変なことになる――FRBは政策金利を
一挙に22%まで引き上げたのです。これによってインフレは抑
え込まれ、ドル安にも歯止めがかかったのです。しかし、その大
変な後遺症として、米国内の建築業界は壊滅的打撃を受けること
になったのです。
 当時S&L――貯蓄貸付組合という金融機関が全米で6000
行もあったのですが、FRBが金利を22%に上げたことによっ
て一夜にしてそのほとんどが潰れてしまったのです。当時のS&
Lは短期の預金を集め、長期固定金利の住宅ローンを貸し出す業
務を専門にやっていたのです。
 そのときのS&Lの金利は30年固定金利で10%強でしか回
らないのに、FRBの金利は22%になってしまったのですから
とんでもない逆ざやが生じ、たちまちS&Lは債務超過に陥って
しまったのです。
 このとき米国は、建設業界とS&Lをすべて潰してもいいから
石油のドル表示を守るという国としての強い意志を示したので、
アラブ産油国は石油のSDR表示案を取り下げたのです。
 当然このとき米当局はS&L救済処理として、RTC――整理
信託公社を創設したのですが、これについてリチャード・クー氏
の前著から引用します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 S&L危機について言えば、数々のS&Lの破綻に直面した米
 国当局は、1989年、整理信託公社(RTC)という公的金
 融機関を設立して、破綻したS&Lの資産を一気に売却処理す
 るという手法を採った。連邦政府は貯蓄貸付組合のために、連
 邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC)という預金保険機構を作っ
 てあったのだが、あまりにも多くのS&Lが破綻してしまった
 結果、この預金保険機構まで破綻してしまったのである。そこ
 でどうしようもなくなって連邦政府が作ったのが、RTCとい
 う機関だった。    ――リチャード・クー著/楡井浩一訳
   『デフレとバランスシート不況の経済学』より/徳間書店
―――――――――――――――――――――――――――――
 今回の米金融危機を受けて米金融安定化法に盛り込もうとし、
最後までもめにもめたのがこのRTC構想なのです。このRTC
によって、今回の危機の引き金となった住宅ローンを中心に銀行
から不良債権の買い取らせる――こういう構想なのです。それで
も何とかまとまったのは、金融安定化法審議の最中に、S&Lの
大手であるワシントン・ミューチャルが破綻してしまったからで
あるといわれています。
 しかし、決定が長引いた分、さまざまな条件が付加され、ハー
ドルが高くなって、使い勝手の良くないものになったのは確かで
あり、その実効性が懸念されるところです。
 1970年代の米国の貿易赤字は現在と比べると、微々たるも
のであり、しかもユーロという強力なライバルもいないのです。
現在はそのときの30倍の貿易赤字を抱えて、しかもドルに代替
できるユーロが存在しているのです。
 このようなときにもし石油のドル表示が廃止されたら、国家の
存亡にかかわる危機であるといえます。しかも、今回の米金融危
機によってドルも大幅に下落しているのです。
 そうであるのに、バーナンキFRB議長は「ドル表示はシンボ
リックなもの」と呑気に構えているのは、理解に苦しむ発言であ
るといえます。実際にバーナンキFRB議長が今年の2月にそう
答えたとき、為替市場は反応し、ドルは急落しているのです。
 このところブッシュ大統領は2回にわたって、サウジを訪問し
ていますが、これは明らかにこの問題に関係があると考えられる
のです。クー氏のその解決策について次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 この間題にも解決法がないわけではない。一つの方法は、サウ
 ジ・アラビアがドル・ペッグは維持しつつ自国通貨のリアルを
 切り上げるという方法である。例えば、サウジ・リアルを15
 %上げても、ドル・ペッグは維持するのである。こうすれば、
 サウジ・アラビアがすぐにドルを放棄するわけではないから、
 石油のドル表示は維持できるかもしれない。もちろん、そうは
 ならないかもしれないが、最低限、アメリカはサウジ・アラビ
 アに対してこの方法を依頼すべきだろう。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
         ――[サブプライム不況と日本経済/36]


≪画像および関連情報≫
 ●IBタイムズ/ブッシュ大統領中東歴訪
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ブッシュ大統領とサウジアラビアアブドラ国王は5月16日
  にサウジアラビアで会談を行い、アブドラ国王に対し、エネ
  ルギー価格の高騰が米国含むサウジアラビア原油消費大国各
  国を苦しめていることに配慮を示すように話し、「原油価格
  高騰の影響に配慮すべきだ。エネルギー価格高騰が米国のよ
  うな世界各国で代替燃料開発促進の動きを高めている」と述
  べた。
  http://jp.ibtimes.com/article/biznews/080517/19687.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

中東を歴訪する米大統領.jpg
中東を歴訪する米大統領
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2008年10月07日

●「プラザ合意のアジア版をやれ!」(EJ第2425号)

 現在、明らかに米国の覇権が揺らいでいます。このままいくと
ドルが基軸通貨であり続けるのも時間の問題になりつつあるよう
に思います。もし、ドルが基軸通貨でなくなるようなことがあっ
たら、世界の国々にとってはそれぞれ利害得失はあるでしょうが
少なくとも日本が大打撃を受けることは間違いないことです。
 それでは、日本はどのようにすればよいのでしょうか。
 リチャード・クー氏は「1985年のプラザ合意のアジア版を
やれ!」と提案していますが、きわめて実効性のある提案だと思
うので、ご紹介することにします。
 基軸通貨としてのドル問題の根底には、米国の巨額な貿易赤字
があることは衆目の一致するところです。添付ファイルのグラフ
を見てもわかるように、現在は最悪の状態にあります。
 その最悪の状態を作っているのは、日本、中国、韓国、台湾な
どのアジア勢なのです。ドル決済の石油輸入を除くと、日本を含
む対アジアの赤字シェアは全体の59.6 %になります。
 一方のユーロはドルに対して十分高くなっており、米ポールソ
ン財務長官は次のように警告を発しているのです。2008年6
月9日のことです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 これ以上ドルが対ユーロで低迷するようなときは為替介入も
 辞さないであろう。      ――ポールソン米財務長官
―――――――――――――――――――――――――――――
 この発言には政治的なウラがあります。ユーロ圏は貿易赤字は
なく、足元の経済は好調であり、欧州中銀はサブプライム問題で
中断をしていた利上げをはじめようとしていたのです。これは、
ユーロが基軸通貨としての役割を果たそうとしているように米国
には感じられたのでしょう。
 このままではドルの基軸通貨の地位が危ない――ポールソン米
財務長官はそう考えて警告を発したと考えられます。しかし、ド
ル危機は、対ユーロの調整だけでは解決しないのです。ドル危機
を根底から回避するには、米国は対アジア貿易赤字が改善する水
準までドルを下げなければならないのです。
 そこで、リチャード・クー氏は次の提案をしています。アジア
通貨の15%切り上げ案です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 それには一つの提案がある。日本円を含むアジア通貨を現在の
 水準からすべて15%切り上げるのである。中国は共産党政権
 だから、当局がその気になれば明日にでも15%の切り上げは
 できる。日本や韓国、台湾の通貨は変動相場制になっているの
 でそうはいかないが、各国当局が同時に「今の水準から15%
 以内なら為替介入しない」という宣言を出せば、おそらくこれ
 らの通貨も人民元と足並みを揃えて切り上がっていくだろう。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 仮に、現在の為替レートが「1ドル=100円」であるとしま
しょう。15%切り上げるということは、円は「85円」まで上
昇することになります。
 今までの感覚ですと、「1ドル=85円」になったら大変とい
うことで、円売りドル買いで100円以上に戻すという介入がす
ぐ行われますが、これをあえて受け入れるのです。
 その代わりに日本が現在競争しているアジア諸国も15%の切
り上げを一斉に行うのですから、アジア内の貿易は一切影響を受
けないわけです。したがって、アジア諸国が一斉にこれを行うこ
とが条件であり、そこに意義あるわけです。
 実効為替レートで見ると、2008年の「1ドル=100円」
は1985年のプラザ合意時代の水準では「1ドル=210円」
に等しいのです。したがって「1ドル=85円」は、20年前の
水準でいえば「1ドル=190円前後」であり、何とかやれる水
準ではないかと思われます。リチャード・クー氏は、次のように
いっているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 我々がその7%の犠牲″を受け入れることによって、ドルの
 大暴落が防げるのであれば、これは安い買い物ではないか。現
 在のような状況を放置しておいて、ある日、本当にドルが崩落
 してから、「あの時になんとかしておけばよかった」と言って
 も遅いのである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 米国の貿易赤字が、とくにアジア諸国、なかんずく日本に対し
てここまで巨額になったのには理由があります。そこには、日本
の輸出業者の不断のコスト削減努力があるのです。
 わかりやすいモデルで考えてみます。「1ドル=100円」が
50円になったとしたら、それまで100円で輸出され、1ドル
で売られていた製品は、ドルの価値が半分になっているので、2
ドルになります。
 しかし、日本の業者は大変な努力をしてコストを下げ、100
円だった輸出価格を60円に下げて輸出したのです。そうすると
「1ドル=50円」になっても、米国における価格は10円しか
変わらないことになります。10円ほどの変化では米国の消費者
の行動はほとんど変わらず、貿易収支は改善しなかったのです。
 しかし、日本をはじめアジア諸国が一斉に15%切り上げを行
えば、米国はそれまでの感覚からいくと、ドルは倍の30%ぐら
い下がったようなインパクトを受けるはずです。そうなったら
米国の消費者も行動を変えざるを得ないでしょう。そして、米国
の産業界も自国の製造業の再構築が必要であることに気が付くは
ずである――クー氏はこのようにいうのです。
 以上が「1985年のプラザ合意のアジア版をやれ!」という
提案です。    ――[サブプライム不況と日本経済/37]


≪画像および関連情報≫
 ●「プラザ合意」について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日本の経済は、1985年頃まで輸出主導型で経済成長を遂
  げてきました。輸出企業が景気の先導役を担っていたため、
  為替が円安に向かうと株価が上がり、円高に向かうと株価が
  下がるという傾向がありました。ところが1985年9月に
  先進5カ国(米国、イギリス、西ドイツ、フランス、日本)
  は、協調して為替レートをドル安に進めることに合意しまし
  た。これをプラザ合意と呼んでいます。
            http://www.findai.com/yogo/0118.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

米国の巨大な貿易赤字.jpg
<米国の巨大な貿易赤字>
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2008年10月08日

●「欧州の住宅バブル崩壊とECBの対応」(EJ第2426号)

 グリーンスパン前FRB議長は、住宅バブルは自分の責任では
ないと、つねにいっていたのです。確かに住宅バブルは世界的に
発生しており、米国だけの現象ではなかったのです。そこで、欧
州における住宅バブルについて概観してみることにします。
 1990年後半の話です。欧州でもITバブルは猛威を振るい
EU最大の経済大国であるドイツは、完全にバブルになったので
す。そしてそのバブルは2000年に崩壊するのです。
 その結果、ドイツのナスダックといわれる新興株式市場ノイマ
ルクトは、ピーク時から96%も下がるという大変な事態に陥っ
たのです。日本の場合、6大商業地の地価は1990年以降、や
はりピーク時の水準から最大87%も下落したのですが、ドイツ
の場合は地価の下落は限定的であったものの、株価の方が暴落し
たのです。
 このときのドイツは、典型的なバランスシート不況だったので
す。添付ファイルの「ドイツ/部門別に見た資金過不足の推移」
は、EJで、リチャード・クー氏の理論を取り上げた『第2回/
「日本経済回復の謎」』の中で使った資料です。
 このグラフの見方を復習します。中央のゼロ線を中心に上が資
金余剰、下が資金不足をあらわします。したがって、一番望まし
いそれぞれの部門のポジションは次の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     家計部門 ・・・ 上方に位置している
     企業部門 ・・・ 下方に位置している
     海外部門 ・・・ ゼロ線の付近にいる
     政府部門 ・・・ ゼロ線の付近にいる
―――――――――――――――――――――――――――――
 グラフを見ると、4つの部門の位置が理想形をしていたのは、
ドイツでは2000年がそれに該当しているのです。つまり、バ
ブルの頂点であった年が理想形になっていたのです。
 2000年の時点でドイツの企業部門は、名目GDP比6.9
%の資金調達をしていたのですが、それが2005年には名目G
DP比1.8 %の借金返済にまわっていたのです。企業部門のグ
ラフがマイナス6.9 %を底として上昇し、2003年後半には
プラスに転じています。
 これは、資金不足で銀行から借り入れをしていた企業がバブル
が崩壊してバランスシートが傷んだので、キャッシュフローを借
金返済に回していることをあらわしているのです。
 つまり、ドイツは企業部門だけで名目GDP比8.7 %分の需
要が失われたことを意味するのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
       6.9 %+1.8 %=8.7 %
―――――――――――――――――――――――――――――
 これに加えて、折れ線の一番上の点線は家計部門をあらわして
います。2000年から2005年にかけてグラフは上昇してい
ますが、これは貯蓄率の上昇をあらわしているのです。
 ITバブル期の2000年には、GDP比で3.7 %であった
ドイツの家計貯蓄は、2005年には6.3 %まで2.6 %も拡
大したのです。
 その結果、企業と家計部門を合わせると、ITバブルのピーク
時に比べ、GDP比で11.3 %の民間需要が失われたことにな
るのです。これでは不況になるのは当然です。
―――――――――――――――――――――――――――――
       8.7 %+2.6 %=11.3 %
―――――――――――――――――――――――――――――
 バランスシート不況になると銀行にお金が積み上がるので、貯
蓄の取り崩しはそれが消費に回るという意味において経済にとっ
ては良いことなのです。しかし、ドイツでは企業部門は借金返済
というかたちで、家計部門は貯蓄というかたちでともにお金を銀
行に積み上げているので、それが消費に回らず深刻な事態となっ
ているのです。これが2000年からの5年間、ドイツ経済が全
く振るわなくなってしまった本当の理由です。
 ドイツの不況は必然的にヨーロッパの他の国に大きな影響を与
えたのです。ECB――欧州中央銀行は短期金利を2%まで下げ
たのです。この金利は、ドイツの中央銀行――ブンデスバンクの
それよりも低かったのです。
 米国の場合もそうであったように、この低金利がスペインやフ
ランスで住宅バブルに火を付けたのです。もともとスペインやフ
ランスは、ユーロ導入前はドイツに比べてずっと金利が高かった
のですが、それがユーロを導入したことにより、ドイツ並みの低
金利を享受することになったのです。
 これによって、スペインやフランスの人たちの借りられる住宅
ローンの元本額を引き上げたことによって、住宅ブームが起こっ
ていたのです。それに加えて、ECBが金利を引き下げたことに
よって、住宅バブルを加速させることになったのです。
 しかし、ECBが金利を下げてもドイツにはぜんぜん影響を与
えなかったのです。バランスシート不況下では金融政策は効かな
いからです。ECBの正しい政策としては、ドイツに財政出動さ
せ、ドイツの問題がECB全体の金融政策を狂わせてしまうこと
を避けるべきだったのです。そうすれば、スペインやフランスが
住宅バブルやその崩壊に遭うことを防げたことになります。
 しかし、ドイツの場合、マーストリヒト条約によって財政出動
を厳しく制限――メンバー国の財政赤字はGDPの3%以内――
されていてそういう政策が取れなかったのです。クー氏にいわせ
ると、マーストリヒト条約は経済が「陰」の局面に入ることを全
く想定せずにつくられた欠陥条約であるといっています。
 そこでドイツ企業がとった対策は、ユーロ圏内の景気の良い地
域に輸出を促進させることだったのです。ユーロ圏内なら同じ通
貨の世界であり、関税障壁もないので、これを活用したのです。
その結果、ドイツは日本を抜いて世界最大の貿易黒字国になった
のです。     ――[サブプライム不況と日本経済/38]


≪画像および関連情報≫
 ●マーストリヒト条約について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ヨーロッパ連合条約ともよばれる。ECは、1990年7月
  からドロール報告に基づいて3段階からなる通貨統合計画に
  のりだし、その完全実施のために必要な条約改正とその批准
  は第1段階のうちにしておく必要があり、また単一ヨーロッ
  パ議定書で政治協力も共同体の目標とすることをうたってい
  た。そのため91年12月、EC首脳はオランダのマースト
  リヒトで基本条約改正に合意した。これがマーストリヒト条
  約で、92年2月7日に調印され、93年11月に発効した
  のである。        ――MSN百科事典エンカルタ
  http://jp.encarta.msn.com/encyclopedia_1161578676/content.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ドイツ/部門別に見た資金過不足の推移.jpg

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2008年10月09日

●「ドイツが不況に対してとった政策」(EJ第2427号)

 ドイツの話をもう少し続けることにします。リチャード・クー
氏のバランスシート不況論に一番関心を示したのは実はドイツな
のです。ドイツ銀行のアッカーマン会長はクー氏の本を読んで、
ドイツ銀行のレポートに紹介したのです。これによって一挙に読
者が増えたといいます。
 これがきっかけで、クー氏はブンデスバンク――ドイツの中央
銀行に2回、ECB――欧州中央銀行に1回、「バランスシート
不況論」について講演をしています。
 ドイツに比べて日本銀行や日本の銀行は何をしているのでしょ
うか。リチャード・クー氏は野村総合研究所のチーフエコノミス
トなのです。彼の意見をすぐにでも聞けるところにいるのに、日
本政府や金融機関がやっていることは、彼をテレビなどのマスコ
ミから遠ざけていることだけなのです。おそらく彼に財政出動を
言い出されることが嫌なのでしょう。クー氏は竹中平蔵氏を名指
しで批判しているので、小泉政権から目の敵(かたき)とされた
ものと思います。
 バランシート不況に突入したとき、一番効果があるのは、財政
出動なのです。企業はバランスシート修復のために銀行に借金を
返済し、国民も貯金して銀行にお金を積み上げる――しかし、肝
心の企業はそれを借りに来ないのです。
 したがって、その積み上がったお金を政府が借りて使う――そ
うすると経済は回って行くのです。これが財政出動なのです。し
かし、当時のドイツにはそれが使えなかったのです。
 既に述べたように、ドイツはマーストリヒト条約によって財政
出動が厳しく制限されているからです。EUでは、メンバー国の
財政赤字がGDPの3%を超えることを禁止しているのです。
 昨日のEJでも述べましたが、マーストリヒト条約は、経済が
「陰」の局面に入ることを全く想定せずに作られた条約であり、
欠陥があるのです。
 「陰」の局面とは何でしょうか。
 クー氏は「陰」と「陽」のサイクルを使ってバランスシート不
況を説明しているのです。
 サイクルには「バブル発生」とそれが収まる「不況の終焉」と
いう段階があります。それぞれの間にはさらに4段階ずつがあり
景気循環のように循環します。そして、「バブル発生」を機に陰
のサイクルに入り、「不況の終焉」によって陽のサイクルに戻る
という循環を繰り返すのです。詳しくは、次のURLをクリック
してください。
―――――――――――――――――――――――――――――
http://electronic-journal.seesaa.net/article/48092709.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 世界はあまりにも金融政策一辺倒になっています。巨額の財政
赤字を伴うケインズ主義の財政政策のトラウマにとらわれている
ので、何かというとすぐ財政再建をいいだすのです。少し経済が
良くなると、すぐ財政再建をして経済を潰してきたのです。
 マーストリヒト条約は、その大きな間違いのひとつなのです。
クー氏はECBについて次のようにいっています。しかし、EC
Bは、財政政策論者のクー氏を講師として招いて彼の意見を聞い
ているのです。日本の当局もそういう度量を持つべきです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私が訪れたECBは、実はマーストリヒト条約をもとに設立さ
 れたという経緯がある。したがって、彼等に対してマーストリ
 ヒト条約には欠陥があるから改定しろということは、ECBに
 も欠陥があるというふうにもとられる。だから彼等はマースト
 リヒトの改定には猛反発する。しかし、そんなつまらないプラ
 イドとか意地にとらわれてバランスシート不況が発生している
 国や地域に対して均衡財政を強要するのは、誰の利益にもなら
 ない。それどころか、そのような局面にある国に、不適切な政
 策を強要することは、そこからくる不況の悪化から、その国の
 民主主義体制まで危険にさらすことになりかねない。
                  ――リチャード・クー著
     『「陰」と「陽」の経済学』 ――東洋経済新報社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 結局、ドイツはどうしたのでしょうか。
 ドイツは企業が不況を理由にしてリストラを進め、賃金カット
を行うことで、EU域内の輸出競争力を強化したのです。その結
果、ドイツは域内の輸出を大幅に伸ばし、2001年には日本を
抜いて世界最大の貿易黒字国になっています。
 その結果、何が起こったかというと、現在のヨーロッパでは、
ドイツの賃金は安すぎるという批判が巻き起こっているのです。
元はといえば、ドイツの住宅バブルが過熱したことが原因で、不
況に陥っているのです。したがってドイツは自国の責任で起こっ
た不況を近隣国に輸出するという近隣窮乏化策をとったというこ
とになるのです。
 自国が原因で起こったことは自国の責任において解決すべきで
あり、それを近隣国に対して輸出して迷惑をかけるべきではない
のです。もし、ドイツに財政出動ができていれば、自国内で影響
を閉じ込めることができたのです。
 EUの域内でのドイツのバランスシート不況の局地的な問題に
対してECBは金利を下げて対応しようとしましたが、これは本
来ドイツ独自の経済対策で対応すべきだったのです。しかし、マ
ーストリヒト条約はドイツの手足を縛っているのです。その結果
スペインやフランスで住宅バブルの発生と崩壊を呼んだのです。
 このドイツの取った考え方に近いことをバーナンキFRB議長
がやろうとしているように見えます。
 既に述べたように、ストロスカーンIMF専務理事の「米国を
含めて全世界で財政出動で対応すべきである」という証言を各国
の金融当局はどのように受け止めているのでしょうか。
 麻生首相も総合経済対策では赤字国債の発行はしないといって
います。     ――[サブプライム不況と日本経済/39]


≪画像および関連情報≫
 ●ECB/欧州中央銀行について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ECBの最高意思決定機関はECB政策理事会で、ECBの
  総裁・副総裁および4名の理事で構成するECB役員会と経
  済通貨同盟参加国中銀総裁(12名/2004年7月現在)
  によって構成されています。このうち、ECB役員会はEC
  Bの執行機関となっており、最高意思決定機関であるECB
  政策理事会が策定するガイドラインに従い、金融政策を実施
  することになっています。    ――日本銀行サイトより
  ―――――――――――――――――――――――――――

ECBのユーロ・タワー.jpg
ECBのユーロ・タワー
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2008年10月10日

●「『ドル高』にしがみつくのをやめる」(EJ第2428号)

 ドイツと違って日本は、一貫して輸出大国を目指してきていま
す。そのためには「円安/ドル高」の状況が不可欠なのです。し
たがって、もし市場が円安になると、日本の金融当局は市場に為
替介入して「円安/ドル高」の状態を保とうとします。
 そういう為替介入を日本が一番激しく行ったのは、2003年
から2004年にかけてなのです。このとき日本の金融当局は、
総額35兆円に及ぶ人類史上最大の為替介入を行っています。
 考えてみると不思議なことですが、日本国内では政府がこうし
た為替介入を行うことについて誰も異を唱えないことです。日本
にとって「円安/ドル高」が国益になるということが、周知され
ているからでしょうか。
 しかし、欧米の受け止め方はぜんぜん違うのです。ある海外の
エコノミストは次のようにいって日本を非難しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本政府の為替介入は人類史上最大の介入であり、人類史上最
 大の市場に対する暴挙である。  ――ある海外エコノミスト
―――――――――――――――――――――――――――――
 欧米の立場から見ると、巨大な貿易黒字国である日本が資金力
にものをいわせて為替介入し、円高を止めようとする行為は近隣
窮乏化策であるように映るのです。
 近隣窮乏化策というのは、国内の雇用拡大のために自国本位の
政策を取り、他国に失業などの負担を転嫁させるような政策のこ
とをいうのです。このため他国もそれに対する報復を行う可能性
があるため、国際経済関係が悪化する要因となるのです。
 1999年6月のことですが、当時大蔵省の財務官であった榊
原英資氏は、そのとき117円であった円ドルレートを122円
まで円安にすると公言して、3兆円もの公的資金を投入して円高
を止めようとしたことがあります。
 これに対して、当時米財務長官であったサマーズ氏は反発して
これに抵抗したのです。市場は日米両国の貿易収支の数字に注目
して、為替は逆に一気に1ドル100円の円高になってしまった
のです。サマーズ氏の怒りは次のようなものだったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 世界最大の貿易黒字国が自国通貨を下げて、輸出で稼ごうなど
 というのはとんでもない。そんな介入は認めない。
              ――サマーズ米財務長官(当時)
―――――――――――――――――――――――――――――
 これに対して現在のEUは、日本とは対照的な対応をしている
と思います。現在、ユーロが上がっています。ユーロの一番安い
ところから約80%上がっているのですが、ECB(欧州中央銀
行)は一回も為替介入していないのです。EUは責任を取って、
ユーロ高を容認しているのです。
 おそらくEUの首脳は、米国の膨大な貿易赤字を見て、これ以
上米国の市場に依存するべきではないと判断したものと思われる
のです。高度な政治的判断がそこに行われたのです。
 しかし、ヨーロッパの人々は、現下のユーロ高に悲鳴を上げて
いるのです。ヨーロッパの産業界では介入してユーロ高を止めて
欲しいという要求が多く出ているのです。何しろヨーロッパのホ
テルの朝食は日本円で一食5000円位になっているのですから
そういう要求が出ても当然です。
 最近の田中宇氏の「国際ニュース解説」によると、次のような
驚くべきことが出ています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 9月25日、ドイツの財務大臣が独議会での発言で「アメリカ
 は国際金融システムにおける超大国の地位を失う。世界は、多
 極化する。アジアと欧州に、いくつかの新たな資本の極(セン
 ター)が台頭する。世界は二度と元の状態(米覇権体制)には
 戻らない」と表明した。
―――――――――――――――――――――――――――――
 田中宇氏といえば、やがて現在の米国の一極覇権主義は崩壊し
て、世界は多極化するという持論の持ち主ですが、ドイツの財務
相が多極化を明言するというのはEUがしっかりした意思を持っ
て、そのひとつの極になろうとして、ユーロ高を受け入れている
ことをあらわしていると思います。田中宇氏は「世界の多極化」
について次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私は、米のイラク占領が崩壊した2004年ごろから世界の多
 極化を予測してきたが、ドイツのような米の主要な同盟国の大
 臣が「世界は多極化する」と予測した話を見たのは、これが初
 めてだ。キッシンジャー米元国務長官のような多極主義者の疑
 いがある米上層部の人々が曖昧に多極化を示唆するとか、ロシ
 アやイラン、ベネズエラなどの野心的で反米の指導者が、自国
 の台頭願望と絡めて米の覇権崩壊を予測するとかいったことは
 これまでにも時々あった。だが、これらの当事者ではなく、第
 三者であるドイツの議会で財務相がそれを語るとなると、もは
 や「たわごと」ではなく、現実味はぐんと強くなる。私が最近
 何度も書いている「金融崩壊が、米の覇権衰退と世界の多極化
 を引き起こす」という予測は、独蔵相の発言によって、確度が
 高いことが裏づけられた(自画自賛で恐縮ですが)。
  ――田中宇/国際ニュース解説/2008年9月30日より
―――――――――――――――――――――――――――――
 こういうEUに対してアジア――とくに日本は、米国の背中ば
かり見て、あらゆることを米国に依存してきています。EUがグ
ローバル・インバランサスを解消し、ドルの崩壊を防ぐために、
ユーロの上昇を受け入れているのに、自由貿易体制の恩恵を受け
たアジアは巨額な為替介入で、グローバル・インバランサスの拡
大につながるような行動をとっているのです。
 世界経済の安定成長のためにはドル安は不可欠なのですが、ア
ジアは必死にドル高を守ろうとしている――それがドルの崩落に
つながるのです。 ―― [サブプライム不況と日本経済/40]


≪画像および関連情報≫
 ●米国の衰退で世界から米軍が引き上げている
  ―――――――――――――――――――――――――――
  欧州や韓国から5万人以上の兵士が米国に撤退する。米軍は
  軍の新兵募集もできない状態で、イラク13万人の交代要員
  もなく、イラクからも撤退で8万人に減らさざるを得ない状
  況になっている。宇宙船ディスカバリーの打ち上げでも耐熱
  材の損傷をあり、今後の打ち上げが中止することになった。
  自動車産業でも日本と韓国に米国国内でシュアを減らしてい
  る。航空機産業でもEUとの競争が激しい。米国の企業が儲
  けると企業からの税で米国国家も潤うが、企業利益が減って
  いるために米国も苦しいことになっている。
     http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/k7/170802.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

榊原英資氏.jpg
榊原英資氏

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2008年10月14日

●「金融危機に対応する中国の動き」(EJ第2429号)

 米国発の世界金融危機が止まらず、米国の打ち出す金融安定化
法の制定などのさまざまな金融対策にもかかわらず、むしろ深刻
な状況は拡大しつつあります。そして、現在は、まさに「恐慌前
夜」といわれているのです。
 この記事は10月11日に書いているのですが、この時点では
G7における決定事項が入ってきていないのです。実際にこの後
何が起きるかわからない状況で、記事の内容が現実の動きとフィ
ットしないこともあることをお許し願いたいと思います。
 ところで、「恐慌」とは何でしょうか。
 「恐慌」とは、不況の一種のことで、そのもっとも深刻な状況
――金融危機を伴う不況のことをいうのです。不況には次の3つ
があるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.景気後退 ・・・・・ リセッション
     2.不  況 ・・・・・ デプレッション
     3.恐  慌 ・・・・・ クライシス
―――――――――――――――――――――――――――――
 資本主義経済では、利潤追求のため大量の商品を生産しますが
商品の生産には人件費をはじめコストがかかります。経営者は利
潤を高めるため、なるべくコストを低くしようとします。
 しかし、そのバランスを誤ると、生産が増大しても人々の所得
が充分に上がらない状況が起こります。そうすると、人々はもの
を買わなくなり、商品の過剰生産が起こり、価格暴落、破産、失
業などの景気循環の最悪の危機的局面が生ずることがあります。
これを「恐慌」というのです。
 この恐慌が世界中に広がるのが「世界恐慌」です。現在、世界
恐慌というと、1929年〜1933年の間に世界中の資本主義
諸国を襲った史上最大規模の世界恐慌――1929年10月24
日(木)のニューヨーク、ウォール街の株式市場の大暴落「暗黒
の木曜日・ブラック・サースデイ」に端を発し、全資本主義諸国
に波及した恐慌のことを指しているのです。既に世界中の株価は
暴落しており、こういう状況を考えると、既に恐慌に突入してい
るのではないかとも考えられます。
 10月10日の日経平均の終値は「8276円」という驚くべ
き株価になっています。株価が下がって、心配なのは実は生保会
社なのです。大和生命保険株式会社は破綻しましたが、ここは9
月末の決算が通っておらず、既に9月時点で破綻必至の状況だっ
たのであり、生保破綻が連鎖することはないといえます。
 次のデータは、大手9生保の保有株式の含み益がゼロになる株
価をあらわしています。数字が低いほど安全というわけです。し
かし、この数字は2008年3月時点のものであり、9月時点で
は、トップの採算ラインの生保会社も8000円台に落ちている
と考えられます。
―――――――――――――――――――――――――――――
        明治安田生命  7400円
        日本生命    7600円
        大同生命    8000円
        太陽生命    8270円
        第一生命    8600円
        富国生命    9300円
        三井生命    9400円
        住友生命  1万0400円
        朝日生命  1万2750円
       日刊「ゲンダイ」/2008.10.09付より
―――――――――――――――――――――――――――――
 さて、大和総研主任研究員の田代秀敏氏が、今回の金融危機に
対応する中国の奇妙な動きを伝えています。実は中国はファニー
メイ、フレディマック社債などのGSE債の最大の保有国なので
す。米財務省のデータによると、世界シェアの28.9 %を占め
3763憶ドルの(約39兆円)を保有しているのです。
 2008年7月にファニーメイ、フレディマックの株価が急落
したのですが、中国はこれらのGSE債を30憶ドル以上を売っ
て、米国債を130憶ドル以上買っているのです。
 株価の急落した会社の社債を処分してより安全な債券に乗り換
える――これはごく常識的な安全対策であり、日本も同じように
しているのです。しかし、そのようなことは黙って行えばよいこ
とであり、公表などしないのが普通です。
 しかし、中国は意外な行動に出たのです。北京五輪終了後の8
月28日、中国銀行は、同行が保有するファニーメイ、フレディ
マックの債46憶ドルを6月末までに売却したことを公表したの
です。中国銀行は中国第4の商業銀行であり、株式会社化されて
います。しかし、その株式の3分の2は中国政府が保有し、経営
支配権は中国政府にあります。
 ということは、中国政府の意思として8月以降もファニーメイ
とフレディマック債を売却して行くという意思表示をしたことを
意味しています。この公表にショックを受けた米国政府は、その
10日後にファニーメイとフレディマックを国有化するのです。
しかし、中国の揺さぶりはこれでは終わらなかったのです。9月
11日のことですが、中国は「ドル売り」にも言及したのです。
 中国最大の投資銀行である中国国際金融公司(CICC)のチ
ーフエコノミストは次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 中国当局は全部の卵をひとつの籠に入れておくのは悪い考えで
 あることを認識し、現在の危機によって、外貨準備の投資先の
 多様化が進展するだろう。  ――「文藝春秋」11月号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは明らかに外貨準備のドル資産を減らすことを示唆してい
ます。ちなみに中国国際金融公司のCEOは、朱鎔基前総理の長
男/朱レビン氏なのです。これは中国の米国に対する一種のブラ
フといえます。  ――[サブプライム不況と日本経済/41]


≪画像および関連情報≫
 ●マルクス経済学における恐慌論
  ―――――――――――――――――――――――――――
  商品経済と階級社会を特徴とする資本制経済においては、生
  産手段の私的所有と、生産の社会的性格が矛盾する。したが
  って、生産の決定は資本家が行うことになり、供給がもっぱ
  ら利潤拡大を念頭に置かれるとともに、労働者の搾取は激し
  くなる。このことから、生産の拡大傾向と労働者の消費制限
  の対立(生産と消費の矛盾)が生じ、生産と消費の不均衡が
  生じて経済が立ち行かなくなる。この不均衡を暴力的に解消
  し、再生産をもとどおり可能にさせる手段が、恐慌という装
  置である、と説く。         ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

中国国際金融有限公司CEO朱レビン氏.jpg
中国国際金融有限公司CEO朱レビン氏
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2008年10月15日

●「なぜ、『上げ潮派』というのか」(EJ第2430号)

今回のテーマは、リチャード・クー氏の新刊書『日本経済を襲
う二つの波/サブプライム危機とグローバリゼーションの行方』
(徳間書店刊)をベースとして、米サブプライム不況が日本経済
にどのような影響を与えるかについて書いてきています。
 書き始めたのが8月14日であるので、既に2ヶ月にわたって
書いていることになります。しかし、米サブプライム不況は今や
世界恐慌の兆しを見せてきており、日本としてこの未曾有の危機
にどのような対応を取るのかが問われています。
 麻生政権は、総合経済対策に続いて追加経済対策の検討を加速
させていますが、その財源として保利政調会長は赤字国債の発行
も視野に入れていると発言したのです。保利政調会長は8月25
日に日本記者クラブでの講演で、次のように発言したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (補正予算の財源について)赤字国債の発行には慎重でなけれ
 ばならないが、国民生活が危機にひんしているならば、きちん
 とした政策をとらなければならない。最後の手段として政府も
 考えるかもしれない」          ――保利政調会長
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、この発言に与党内部から批判されると、10月9日に
一転して発言を次のようにトーンダウンさせています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 [東京9日/ロイター]/自民党の保利耕輔政調会長は9日、
 財務省内で記者団に対し、麻生太郎首相から指示を受けた追加
 経済対策について、相当大型の補正予算をやらなければ対処し
 きれないとの認識を示した。ただ、赤字国債発行を是認してい
 るわけではないと述べた。一方、保利政調会長は「赤字国債は
 誰が考えても出したくないし、出すべき状況にないが、そのく
 らいの気持ちを持つべき」とも述べた。  ――保利政調会長
―――――――――――――――――――――――――――――
 このように日本は財政出動を口にしたとたんに批判を浴びるこ
とが多いのです。「財政出動=悪」の構図が出来上がっているた
めですが、財政政策は金融政策とともに国の取るべき重要な経済
政策であり、その片方しかできないのであれば、国として経済政
策の手足を縛られる結果になることを認識すべきです。
 ところで、自民党には「上げ潮派」という中川秀直元幹事長の
率いる不思議なグループが存在します。このグループはかつての
構造改革派のことで、自民党の総裁選では小池百合子元防衛相が
率いて戦った小泉改革派の流れを汲むグループです。
 この「上げ潮派」のネーミングですが、これはノーベル経済学
賞受賞者のペンシルベニア大学のローレンス・R・クライン博士
を中心とする次の著書から名前をつけたといわれています。
―――――――――――――――――――――――――――――
          『The Rising Tide』
―――――――――――――――――――――――――――――
 上げ潮派は、経済成長を目指しますが、「積極財政派」のよう
に財政赤字を積み上げるのではなく、同時に財政再建を目指すこ
とを目的としているのです。つまり、財政出動にはあくまので反
対の立場なのです。
 しかし、クライン博士は積極財政派の学者であり、いわゆる上
げ潮派の主張とは相容れないはずなのです。しかし、そのことを
知ってか知らずか、自民党の構造改革派はクライン博士に日本経
済の分析を依頼しているのです。
 2007年の話のようなのですが、当時自民党の構造改革派は
増税を主張する財政再建派と確執――中川秀直対与謝野馨の対決
――があり、日本経済にはまだまだ成長の余地があるということ
を権威あるクライン博士の見解として述べてもらい、それをバッ
クボーンにしようとしたフシがあるのです。
 このひとことを見ても自民党の構造改革派の議員たちが経済を
勉強していないかがわかります。当のクライン博士が自らが否定
する積極財政を主張する学者であることを知らずに依頼し、博士
の著書から名前を取って「上げ潮派」と命名しているからです。
 さて、財政出動というと、ケインズ経済学がそのバックボーン
になっていますが、ケインズという人は象牙の塔にこもって研究
するタイプの学者と違い、現実の経済に強い関心を持っていたの
です。そのため積極的に株式投資をやり、各国の政府顧問も務め
て実際に社会に役立つ研究をしたのです。
 ケインズの直系の弟子たちは、ケインズ理論にいろいろな修正
を加えたり、拡張を試みたりして、現実の財政政策として使える
ようにしているのです。そういう学者たちのグループは、「新古
典派連合――新古典派」と呼ばれたのです。サミュエルソン、ソ
ロー、クラインなどはこのグループに属する学者なのです。
 その後、いわゆるケインズ政策を完全に否定する経済学者のグ
ループがあらわれるのです。ミルトン・フリードマンとその弟子
たちです。
 フリードマンにとっての理想は、規制のない自由主義経済であ
り、したがって詐欺や欺瞞に対する取り締まりを別にすれば、あ
らゆる市場への規制は排除されるべきと考える「自由放任主義」
の立場――市場主義に立つのです。彼らは、ケインズ経済学を古
典的な自由主義の側から批判する理論なのです。
 こういうグループが出現したので、ケインズの弟子たちのグル
ープと区別するために次のようにいわれるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1. ネオ・クラシカル ・・・ ケインズの弟子たち
  2.ニュー・クラシカル ・・・ フリードマンの一派
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の場合、経済学者やエコノミストたちは、ニュークラシカ
ルの影響を強く受けているのです。したがって、彼らはケインジ
アンやネオクラシカルの政策を「バラマキ」といって馬鹿にする
のです。しかし、そういう人に限ってケインズ理論をよく研究し
ていないのです。 ――[サブプライム不況と日本経済/42]


≪画像および関連情報≫
 ●新古典派経済学について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  新古典派経済学とは、経済学における学派の一つ。近年盛ん
  になった新しい古典派――ニュー・クラシカルとの区別から
  ネオ・クラシカルと呼ぶこともある。もともとはイギリス古
  典派の伝統を重視したマーシャルの経済学をさしたとされる
  が、一般には限界革命以降の限界理論と市場均衡分析をとり
  いれた経済学をさす。数理分析を発展させたのが特徴であり
  代表的なものにワルラスの一般均衡理論や新古典派政調理論
  などがある。新古典派においては物事を需給均衡の枠組みで
  捉え、限界原理で整理し限界における効率性の視点で評価を
  行う。               ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

ローレンス・R・クライン博士.jpg
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2008年10月16日

●「クライン博士来日セミナーの波紋」(EJ第2431号)

 自民党の「上げ潮派」が日本経済の分析を依頼したというノー
ベル経済学賞受賞学者クライン博士は、「日本経済復活の会」の
主催で、2004年に来日し、九段会館でセミナーを開いていま
す。「経済コラムマガジン」/364号〜365号を参照して、
その内容についてご紹介します。なお、このセミナーにはリチャ
ード・クー氏も参加しているのです。
 このとき、クライン博士は「積極財政は必要であるが、将来の
日本経済の成長力のため、財政支出を教育関連に特化すべきであ
る」と主張しているのです。米国の1990年代の経済成長が理
系学生の教育強化の成果であるということを踏まえた提言である
と考えられます。
 しかし、このクライン博士の提言は、同じ積極財政派のクー氏
とはかなり違うのです。クー氏は財政支出は「額が大切であって
中身は基本的には問わない」という考え方です。要はお金が回る
ことが経済にとって必要なのです。
 もちろんどうせ巨額な資金を使うのですから、将来役に立つも
のに使うのは当然のことです。しかし、何に使うかという議論を
始めると議論がミクロになって全体が見えなくなるのです。必要
なのはスピードなのです。したがって、一番無難な投資は公共投
資ということになります。日本の社会的インフラの整備はまだま
だ十分ではないからです。
 それでは、クライン博士はなぜ財政支出に関して「教育に限定
して」という条件を付けたのでしょうか。しかし、これにはウラ
があったのです。
 クライン博士は、講演をするに当たり、面識のあるひとりの日
本の教授に情報提供を求めたのです。しかし、この教授は当時内
閣府の仕事をしていた政府寄りの学者であり、財政支出を増やす
ことには大反対の人なのです。現在日本のマスコミは、政府与党
の圧力によって、財政支出の増加を唱える学者やエコノミストを
マスコミなどから外しているのです。リチャード・クー氏もその
外された一人です。そのため、クライン博士のところには日本の
経済の実態とはかなり違う情報が集まってしまったのです。
 2004年10月19日に、主催者側はクライン博士やクー氏
を招いて会食を行っているのですが、ここで博士は注目すべき発
言をしています。また、そのとき博士が日本経済の実態をどのよ
うにとらえていたかが分かったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 クライン博士の話によれば、米国政府関係者や経済学者は「日
 本は公共事業を既にやり過ぎて、もう公共事業を行なうところ
 がない」と吹込まれている。そして博士は、それを本当のこと
 と信じていたという話である。クライン博士が教育投資にこだ
 わったのもこのようなことが背景にあったと考えられる。
           ――「経済コラムマガジン」/365号
―――――――――――――――――――――――――――――
 クライン博士は、このときのセミナーで実に内容のある提言を
しているのです。しかし、このセミナーには与党の議員はほとん
ど参加していなかったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 勉強会の最後に若手民主党議員から「日本は財政支出に頼るの
 ではなく、生産性の低い分野から生産性の高い分野に生産資源
 を移動させ経済成長を実現すべきという考えについてどうか」
 という質問があった。博士は「1,2 %の低い成長を目指すの
 ならそれでも良いが、4,5 %といった比較的高い経済成長率
 を達成するには、財政出動を考えるべき」と答えておられた。
           ――「経済コラムマガジン」/365号
―――――――――――――――――――――――――――――
 このセミナーは、講師が著名なノーベル賞受賞経済学者だった
にもかかわらず、これを取り上げた日本のマスコミはなかったの
です。しかし、フィナンシャル・タイムスは大きく取り上げたの
です。このあたりに日本のマスコミの閉鎖性が見られます。
 どうして日本という国は、財政出動についてはかくも神経質な
のでしょうか。それは、与党自民党とマスコミが結託した長年に
わたる財政再建キャンペーンによって国民も政治家も完全に洗脳
されてしまっているからです。
 このように書くと、800兆円の借金にさらに借金を重ねるの
かという批判がきますが、それが財政再建キャンペーンの成果な
のです。この財政再建派が主張する財政破綻論議について、早稲
田大学の若田部教授は『文藝春秋』2008年11月号で、次の
ように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私も財政再建は必要であると考えている。ただし、今の財政破
 綻論議は債務の総額に焦点を当てすぎていて誇張にすぎる。本
 来ならば政府の借金は、政府の資産から負債を差し引いた純債
 務を国内総生産(GDP)と比較して考えなければならない。
 また現在の「財政再建」物語は歳出と歳入の2つの変数だけを
 考えているようにみえる。しかし、ただ財政の帳尻を合わせよ
 うとしても、結果として帳尻は合わないだろう。増税は不況圧
 力になる。         ――若田部昌澄早稲田大学教授
            ――『文藝春秋』2008年11月号
―――――――――――――――――――――――――――――
 特別なことをいっているのではないのです。当たり前のことを
いっているのです。自民党の財政再建派の人は債務だけを強調し
政府の資産のことはいっさい口にしていないのです。それは、純
債務で計算すると、日本の財政赤字は心配するレベルにないので
増税論議ができなくなってしまうからです。
 したがって、国家が緊急資金を必要とするとき、政府が赤字国
債で資金を調達しても問題はないのです。これによって、景気が
回復するならば、それ自体が財政再建につながることは、過去の
データが証明しているのです。現在はまさにその緊急時――政策
を誤らないことです。―[サブプライム不況と日本経済/43]


≪画像および関連情報≫
 ●ローレンス・R・クライン博士について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  連戦・総統候補は1日、ノーベル経済学賞受賞のローレンス
  R・クライン博士を国民党・親民党連盟初の経済顧問として
  迎えることを明らかにした。将来的にはほかのノーベル経済
  賞受賞者も加え、顧問団を結成する予定だ。クライン博士は
  米国の著名な計量経済学者。カーター元米大統領のもとで経
  済顧問を担当した経歴を持つ。連戦候補は「台湾に必要なの
  は経済政策に注力する人々であり、その意味でクライン博士
  の顧問入りの意義は大きい」とコメント。宋楚瑜・副総統候
  補も「中華民国の経済を軌道に乗せる助けとなる」と期待を
  寄せた。
  http://news.nna.jp/free/tokuhou/040211_tpe/111_120/b117.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

「文藝春秋」11月号.jpg
「文藝春秋」11月号
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2008年10月17日

●「なぜ財政政策を嫌うのか」(EJ第2432号)

 2008年度補正予算案が10月16日の参院本会議で、与党
や民主党の賛成多数で成立しました。しかし、これは福田政権の
ときに作った補正予算案であり、あくまで「国の財政再建を阻害
しない範囲で」という条件付きの予算案なのです。
 そのため、公明党が主張する定額減税の額などは依然として決
まっていない状況です。現時点でも財源が明確になっていないか
らです。どこかから埋蔵金を探してきて、あくまで単年度で実施
する考え方のようです。そのようなことで、とうてい現下の景気
を回復させる力はないといえます。
 そのため追加補正予算案を組む必要性に迫られていますが、異
常なほど財政政策を嫌う政治情勢では、思い切った景気対策を打
つことは困難な状況といえます。
 とにかく現在の日本においては、国会議員をはじめ経済学者、
評論家、新聞記者、そして国民も800兆円の累積財政赤字を理
由として財政政策を目の敵として排斥しようとします.麻生首相
はリチャード・クー氏の意見を聞くほどですから、場合によって
は赤字国債を出してでもと考えているはずですが、反対が強くて
それをいい出せない状況です。
 10月15日発行の夕刊「フジ」に取材記者・町田徹氏による
「深彫り経済リポート」では、次の一文を載せています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 麻生首相も危うい発言を繰り返している。「政局より、経済回
 復、景気対策だ」との発言がそれで、政府・自民党は、道路料
 金の割引や定額減税を柱にした追加経済対策の策定に躍起だ。
 だが、恐慌の震源地が欧米であることを考えれば、そもそも効
 果が薄い財政に拘る愚かさがわかるはず。世界経済フォーラム
 の「2008年版世界競争力報告」で、日本の順位はまた1つ
 後退、9位に転落した。原因は、「政府債務の水準」が134
 カ国・地域中129位と最下位クラスの評価であることだ。実
 効のない財政出動で、政府債務をこれ以上膨らますことは絶対
 に許されない。      ――「深彫り経済リポート」より
―――――――――――――――――――――――――――――
 この記事の中でも「効果が薄い財政に拘る愚かさ」と財政政策
をこきおろしていますが、それならばどうすればよいのかと聞い
てみたい気持ちがします。
 小泉政権の時代に竹中平蔵氏の腹心といわれ、最近では「上げ
潮派」の理論的支柱になっている高橋洋一氏の新著には、この問
題に関する興味深い主張が出ているので、何回か取り上げてみた
いと思います。
 高橋洋一氏は、新著の冒頭で、「経済回復の特効薬は公共投資
だ」といまどき本気で信じている経済音痴の国会議員が多いのに
はいまさらのように驚いた――このように切り捨て、次のように
述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 金融政策と財政政策はマクロ経済政策の二本柱だといわれてい
 る。景気対策という言葉が示すように、日本では景気刺激には
 財政政策が効果的だと信じられていて重きが置かれるが、世界
 の主要国では逆だ。財政政策よりも金融政策を重視する考え方
 が主流になっているのである。金融政策は発動すればすぐに効
 果が現れる。それに対して、金融政策のラグに加えて、財政出
 動までには国会の決議などの手続きがあり、実施に移すまでに
 さらなるタイムラグがある。こうした「遅きに失する恐れがあ
 る」といったよくいわれる理由だけでなく、本質的に財政政策
 は景気対策という点では、いまやほとんど意味を失っている。
       ――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 高橋氏のこの主張の中でとくに違和感があるのは、「金融政策
は発動すればすぐに効果が現れる」という点です。高橋氏は、景
気対策に財政政策が効いたのは、はるか昔の固定相場制の時代で
あり、変動相場制のもとでは財政出動は景気浮揚に効果がないと
いっているのです。そして、高橋氏は次のように続けます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 変動相場制のもとでは、景気回復には金融政策のほうがはるか
 に効果がある。金融政策では金利を下げて需要を増やす。金利
 が下がると企業の設備投資が活発になる一方で、円安が進み、
 輸出増になる。この相乗効果によって景気が良くなるのだ。
       ――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 高橋氏は「金利が下がると企業の設備投資が活発になる」とい
うが、日本はとっくの昔に金利を下げていて、金融緩和も目いっ
ぱいやっているのです。まさに金融政策をやっているわけです。
しかし、企業の設備投資は一向に活発にならないのです。高橋氏
はこのあたりをどう考えているのでしょうか。
 高橋氏は経済学のテキストに書いてあることをそのままいって
いるのですが、それでは現状の説明にはならないのです。そのあ
たりのことをリチャード・クー氏は「バランスシート不況」と呼
び、金利が下がっても企業がお金を借りず、設備投資を活発化さ
せないことを説明しています。クー氏の説明なら、素人にも理解
ができますし、納得性があるのです。
 学者というのは自説にこだわるものです。高橋氏は「バランス
シート不況」をどのように考えるのでしょうか。認めると自説が
覆るので、無視しているのでしょうか。少なくとも彼の本を読む
限り、そのようなものは一顧だにしないという態度です。
 金融政策はバランスシート不況のもとでは効かない――このよ
うにクー氏はいっています。日本の金利は長くほとんどゼロであ
り、現在でも0.5 %です。この金利をゼロにしたとしても企業
設備投資は活発にならないと思います。それでも金融政策を打て
というのでしょうか。―[サブプライム不況と日本経済/44]


≪画像および関連情報≫
 ●日本経済は下振れリスク、景気回復は先ずれ/白川総裁
  ―――――――――――――――――――――――――――
  市場の一部には、相変わらず協調利下げ観測がくすぶってい
  る。これに対し、白川総裁は「金融政策については、効果・
  波及のタイムラグを考えながら、各国の経済・物価情勢に照
  らして、それぞれが有効と判断すると金融政策を実行してい
  くことが適当であるということが各国中央銀行の共通した理
  解だ」と強調。さらに「金融政策の協調という場合、各国の
  経済・物価の状況からすると本来は望ましくないことを協調
  して行うというのが「協調」という言葉のニュアンスだと思
  うが、そういう意味での協調は望ましくない」とも付け加え
  市場の見方をけん制した。
  ―――――――――――――――――――――――――――

高橋洋一氏の本.jpg

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2008年10月20日

●「財政再建に熱心でない財務省」(EJ第2433号)

 10月16日の東京株式市場で日経平均株価が再び1000円
を超える大幅な下落となり、9000円台を割り込んでいます。
世界の市場が動揺し、世界同時株安の様相を見せてきています。
 この経済の状態は既に「世界恐慌」といえなくもないのです。
しかし、一国のトップがそれを少しでも認めたら、そのときから
「世界恐慌」になってしまうのです。1929年、当時の片岡直
温大蔵大臣が国会において、「いま、東京渡辺銀行が破綻しまし
た」という事実誤認の発言をしたことが引き金になって、昭和恐
慌がはじまっているからです。
 しかし、麻生首相は、10月7日の衆議院予算委員会で世界経
済の現状について次のように述べたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1929年に匹敵する。欧州も巻き込んでいるので、日本への
 影響は必ず出てくる。            ――麻生首相
―――――――――――――――――――――――――――――
 これについて、16日発売の「週刊文春」は次のように書いて
います。経済に強いと自認する麻生首相としては、あまりにも不
用意な発言だったといえます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 世界中のトップが『恐慌ではない』と否定し、投資家の不安を
 抑えようと必死の中、麻生首相の恐慌発言は百年に一度の「大
 失言」です。トップが認めた瞬間に、現実化するのが恐慌。言
 わばガスの充満した炭鉱から安全に脱出しようと慎重に行動し
 ている時に、一人の男がタバコを吸おうとして大爆発を起こし
 たようなものです。    ――生活経済アナリスト水澤潤氏
             10月23日付、『週刊文春』より
―――――――――――――――――――――――――――――
 さて、先週末にご紹介した高橋洋一氏の本には、新聞や雑誌で
は絶対に知ることのできない財務省のウラの事情がわかります。
高橋氏は旧大蔵省(現財務省)理財局の出身なのです。
 現在、麻生政権では第2次経済対策として2次補正予算案を組
もうとしています。財源としては、赤字国債を出したくないとは
いうものの、それも視野に入れた検討が進んでいます。
 しかし、財務省はここまでのところ、まったく音なしの構えで
す。財務省によると現在の日本の財政は危機的状況にあり、「財
政再建」を急ぐ必要がある――そのためには消費税の増税は避け
られないというのです。麻生政権は、それに反する行動を取ろう
としているのに財務省はあえて反対は口にしていないのです。
 2006年9月に安倍政権が誕生しましたが、そのときにも財
務省はおかしな行動をとっています。2006年度は景気が回復
して税の自然増収が5兆円見込まれたのです。2006年度の財
政赤字は当初予算は29兆9730億円であり、もし、5兆円の
自然増収があればそれを差し引くと、2006年度の財政赤字は
25兆円まで減る計算になります。
 財政赤字を何とか減らしたい財務省にとって、こんないいこと
はないはずです。しかし、彼らはあることを企んだのです。それ
は、1.5 兆円の大型補正予算の編成を安倍政権に持ちかけてい
るのです。信じられるでしょうか。
 財務省は、どうしてそのようなことをしたのでしょうか。高橋
氏は次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 2006年度の財政赤字は、当初予算で29兆9730億円、
 約30兆円だった。仮にその年度に見込まれる5兆円の自然増
 収を全額、赤字減らしにあてれば、2006年度の赤字は25
 兆円まで減る。すると、次の年度は、25兆円を上回る赤字予
 算は組めない。もし、そんなことをすると、マスコミから安倍
 政権は財政再建を真剣に考えていないと批判される。歳出削減
 というハードルも一層高くなり、主計局は苦しめられる。そこ
 で増収分のうち1.5 兆円を補正予算で使う。すると2006
 年度の赤字は、約27兆円となって、翌年の歳出削減のハード
 ルは下がる。主計局にとって経済成長による税収増はしょせん
 臨時ボーナスのようなものでしかない。彼らが狙っているのは
 あくまでも、恒久的に自分たちの財布を確実にパンパンにして
 くれる増税だ。赤字の額を減らせなければ、増税の議論を持ち
 出しやすくなる。しかも、1.5 兆円の補正予算を組み、カネ
 をバラ撒けば、永田町への影響力も保てる。
       ――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 財務省にとっては、本当は赤字国債をなるべく出さないように
する、いわゆる改革路線内閣は嫌いなのです。安倍内閣が仮に大
型補正予算を出せば支持率低下は必至であり、改革路線内閣を潰
すことができる――ダメモトでやってみる価値はある――財務省
が補正予算を提案したのは、そんな事情があったのです。
 しかし、安倍政権は財務省の手には乗らず、補正予算の話は潰
れたのです。このように、財務省は税収増を使って本気で赤字を
減らそうとは考えていないのです。本気で財政出動を止めようと
はしていないのです。どうしてでしょうか。
 それは日本が財政危機などではないからです。財政危機を煽っ
て消費税増税を実現させ、恒久的に自分たちの自由になるカネを
たくさん握る。そうすれば、そのカネをばらまくことによって、
永田町への影響力を強めることができるからです。
 しかし、日本は834兆円の債務を抱えています。この数字は
GDPの160%にも当たるのです。財務省はこの数字を強調し
て財政危機を喧伝し、マスコミなどを使って増税の必要性を訴え
ているのです。この数字は自民党増税タカ派の増税キャンペーン
で使っているものであり、数字の信憑性には疑いがあります。
 もし、実際は財政危機でないのにそれを喧伝し、増税やむなし
の世論誘導をしていると仮定すると、それはとんでもないことと
いえます。    ――[サブプライム不況と日本経済/45]


≪画像および関連情報≫
 ●「昭和恐慌」について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日本経済は第1次世界大戦時の好況から一転して不況となり
  さらに関東大震災の処理のための震災手形が膨大な不良債権
  と化していた。一方で、中小の銀行は折からの不況を受けて
  経営状態が悪化し、社会全般に金融不安が生じていた。3月
  14日の衆議院予算委員会の中での片岡直温蔵相の「失言」
  をきっかけとして金融不安が表面化し、中小銀行を中心とし
  て取り付け騒ぎが発生した。一旦は収束するものの4月に鈴
  木商店が倒産し、その煽りを受けた台湾銀行が休業に追い込
  まれたことから金融不安が再燃した。これに対して高橋是清
  蔵相は片面印刷の200円券を臨時に増刷して現金の供給に
  手を尽くし、銀行もこれを店頭に積み上げるなどして、不安
  の解消に努め、金融不安はやっと収まったのである。   
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

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首相答弁/衆院予算委員会
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2008年10月21日

●「日本は財政危機ではない」(EJ第2434号)

 10月18日付の朝日新聞は、自民党を「財政再建派」と「景
気重視派」に分けて、追加経済対策をめぐるせめぎ合いを記事に
まとめています。
 こんな論議をしている国は日本だけです。他の国は必要なとき
は減税をするなどの財政政策をごく当たり前に使っているのに対
し、日本はこういうくだらない論議をして時間を浪費しているよ
うな気がしてなりません。
 赤字国債に関する麻生首相の発言は、当初の「基本的には出し
たくない」から「赤字国債に『極力』依存しない」にまで後退し
ています。このように首相の発言を後退させているのは、与謝野
経済財政相をはじめとする財政再建派なのです。与謝野氏は次の
ように発言しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (追加経済対策では)方向性を示し、具体的な税制の抜本改革
 を議論するという2段階を考えている。
                   ――与謝野経済財政相
―――――――――――――――――――――――――――――
 与謝野氏のいう「具体的な税制の抜本改革」とは何を意味する
のでしょうか。
 この「税制の抜本改革」について、福田内閣時代にサンデープ
ロジェクトで田原総一郎氏が与謝野氏に聞いたことがあります。
そのとき与謝野氏は、それが「増税」を意味することを認めたの
です。つまり、「定額減税などをやるときは、増税とセットで行
う」という意味なのです。田原氏はなぜ増税といわないのかと迫
ると、議員は選挙もあるので、増税という言葉は使いたくないの
でこういう表現を使うとぬけぬけといったものです。
 さらに与謝野氏は定額減税の財源を求められると、次のように
いっているのです。与謝野氏は確信犯です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 定額減税をやることになれば、やるべきだと主張した人は、税
 制抜本改革から逃げられない。    ――与謝野経済財政相
         2008.10.18付、「朝日新聞」より
―――――――――――――――――――――――――――――
 昨日のEJでも述べたように、財政再建派は景気回復による税
収増による財政再建は最初からやりたくないのです。もし、税の
増収分を財政赤字減らしに当てると、次年度はそれを超える予算
は組めなくなる――したがって、増税による赤字減らしがいちば
ん財務省にとって都合が良いわけです。
 ところで、なぜかくまでに財政再建にこだわるのでしょうか。
それは日本が財政危機であるからというのですが、日本は財政危
機などではないという着目すべき反対意見があります。かつて、
EJではその代表的意見である菊池英博氏の論文を紹介しました
が、今回は高橋洋一氏の意見をご紹介します。
 現在、財務省のいう834兆円は「粗債務/あらさいむ」と呼
ばれるものであり、民間企業でいえば、銀行などから受けている
融資や取引先への原材料費の未払い金などの負債のことです。
 しかし、企業は預金などの内部留保や土地などの資産を保有し
ているので、「粗債務」の数字がそのまま債務とはならないので
す。そうした金融資産を粗債務から差し引いた数字が真の債務に
なります。この数字を「純債務」といいます。高橋洋一氏は真の
日本の債務について次のように述べているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本政府も、現金・預金や有価証券のほか、年金資金運用基金
 への預託金などの金融資産と、国有財産や公共用財産(道路、
 河川など)などの固定資産を保有している。しかも、日本ほど
 政府が多額の資産を持っている国はない。政府資産残高の対G
 DP比で先進諸国と比べてみるとわかる。日本は150%程度
 なのに対し、アメリカは15%程度。一桁違う。EU諸国と比
 較しても、イギリス30%台、イタリア70%台と、日本の政
 府資産は桁外れに大きい。2005年度末に発表された額では
 日本の政府資産は538兆円にも上っている。これを粗債務か
 ら差し引くと、純債務は約300兆円まで減る。
       ――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 要するに、財務省は多額の金融資産があるのにそれは伏せてお
いて債務だけを強調しているのです。834兆円というのはそう
いう数字なのです。2005年の数字によると日本の政府資産は
538兆円もあるのです。したがって、これを834兆円から引
くと、296兆円になります。
 これに対しては反対はあります。換金できない性質の資産が多
くあるというのです。しかし、そんなことはない、換金できるも
のはたくさんあると高橋氏はいいます。さらに財務省が粗債務だ
けを強調するのは「現在保有している資産は手放す気はあれりま
せん」といっているに等しいというのです。
 そういいながら、2002年4月に国債格付け会社によって日
本国債の格付けが引き下げられると、財務省は一転して次のよう
反論しているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 慌てた財務省は「日本は世界最大の貯蓄超過国であり、国債は
 ほとんど国内で消化されている。また経常収支黒字国であり、
 外貨準備も世界最高である」との意見書を格付け会社に送りつ
 けた。   ――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 財務省の主張は何ということない。「純債務で見れば日本は財
政危機ではない」と認めているのです。つまり、国内向けと海外
向けとの発言は正反対なのです。
 ちなみに純債務のGDP比は60%に過ぎないのです。何も問
題はないのです。 ――[サブプライム不況と日本経済/46]


≪画像および関連情報≫
 ●財務省は海外に「粗債務」を働きかけている
  ―――――――――――――――――――――――――――
  財務省が国際機関であるIMFに圧力ならという話がある。
  もちろん確証があるわけではない。IMFは1990年代の
  途中まで純債務の各国統計を中心としていたが、ある時から
  粗債務のデータになっていった。これは財務省の影響だとい
  うのだ。ほかの国では、国が保有する資産もあまりないので
  粗債務も大きな差がなく、あまり頓着がなかったという話で
  ある。  ――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
  ―――――――――――――――――――――――――――

高橋洋一氏.jpg
高橋洋一氏
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2008年10月22日

●「時価会計は凍結すべきか否か」(EJ第]2435号)

 ここにきて「時価会計の一時凍結」問題が話題になってきてい
ます。今回のサブプライム問題では、「市場が消滅する」という
今までに経験したことのない事態が起きているからです。
 それはこれらのサブプライム関連の仕組み債市場が買い手不在
のため消滅してしまい、時価評価すべき価格がなくなってしまっ
たからです。このようなことは、世界が今まで体験したことのな
い事態であり、世界中が困惑しているわけです。
 これまで米国は、時価評価は市場の変動を反映するので正しい
として世界中に同調を呼びかけてきたのです。これに対して、日
本やヨーロッパは以前はどちらかというと原価主義(簿価主義)
を採用し、時価会計に距離を置いてきたのです。
 しかし、米国の好況が続いていたので、次第に国際会計制度の
中心に時価評価を据えるべきであるという意見が支配的になって
多くの国が時価評価を採用する動きが出てきたのです。
 そこで日本でも1997年の決算から、金融機関が保有株式な
どの時価会計を導入したのです。そのまま取得価格(簿価)を基
準にした決算を続けていると、本来の財務内容が見えにくくなっ
てしまうための決断です。確かに景気が良いときは、時価評価で
あれば、拡大均衡に向かうことになるので、都合がよかったので
す。リチャード・クー氏は次のように説明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 時価会計は、ある意味で短期保有を前提にしている。長期保有
 で最終的に債券が100で戻ってくるとすれば、いま直ちに市
 場評価をする必要はないからだ。その一方で、短期保有で利益
 をあげようとすれば価格変動のある債券だから市場評価の必要
 性が出てくる。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 時価会計の問題について、米バーナンキFRB議長はたびたび
発言していますが、実際にはどうしたらよいのか彼にもわからな
いようです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 バーナンキ議長は(2008年4月10日、リッチモンドでの
 講演後の質疑応答で「流動性が非常に低い市場で資産を売却す
 る動きが、評価損の計上、投げ売りといった事態につながった
 という意味では、時価評価が時に不安定要因として働いたと言
 える」と述べた。        ――バーナンキFRB議長
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、この発言を「時価会計見直し」と解釈したレポートが
世界中で出ると、9月23日に次のメッセージを出してそれを抑
えようとしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 [ワシントン 23日 ロイター] バーナンキ米連邦準備理
 事会(FRB)議長は23日、金融機関に証券化商品を時価評
 価させる時価会計ルールについて、ルール適用を一時的に停止
 しても、投資家の信頼をさらに低下させるだけだ、との見解を
 示した。時価会計は、サブプライムモーゲージ危機を受けた関
 連市場環境の悪化で巨額の評価損計上を迫られている金融業界
 に重しとなっている。上院銀行委員会で証言したバーナンキ議
 長は、銀行は時価会計をやめて、満期まで保有した場合の予想
 価格を採用する会計方式に変更したがっているが、そういう想
 定価格は信頼できない、と指摘。「正確な満期時点の価格など
 だれも分からない。したがって(時価会計からの変更は)投資
 家の信頼を損ねるだけだ」と述べた。
              ――Infoseek/楽天ニュースより
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本においても「時価会計の見直し」に向けての動きは確実に
出てきています。この原稿を書いている10月18日の日本経済
新聞では「時価会計の一部凍結/銀行業界は歓迎」というタイト
ルの記事が掲載されていますが、そこに書かれていることは次の
ような賛否両論です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ≪賛成論≫
 正常に価格が付かない商品の時価会計を凍結すれば、その分マ
 イナスの影響を避けられる。非常時の対応として評価できる。
 ≪反対論≫
 金融機関が抱える金融商品の損失が見えにくくなり、情報開示
 の流れに逆行する。/2008年10月18付、日本経済新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 青山学院大学大学院教授の八田進二氏は、日本はバブル崩壊後
の1990年代において、政治主導で株式評価損の計上を見送る
ことを決め、世界中からバッシングを受けたが、今度は同じよう
なことを欧米がなりふりかまわずにやろうとしているが、これは
会計にかかわる者としては不快感を覚えるといっています。
 自分たちに都合が悪くなると、スポーツでもルールを一方的に
変更するというのは欧米人のやり方ですが、今回もそういうこと
になる可能性があります。
 日本も含めて世界の金融市場が正常に機能していない状況が続
いています。それは金融機関同士がそれぞれ相手の銀行がどのく
らいの損失を抱えているのか信用できなくなっているからです。
 そういうときに、時価会計を凍結することは、金融機関が問題
商品をどのくらい抱えていて、どの程度損失が出ているのかを隠
す効果があり、投資リスクが見えなくなることを意味しているの
です。これでは、金融市場はますます機能不全になるだけである
といえます。
 しかし、日本にとって次の焦点は株式の評価です。邦銀の財務
にとっては、証券化商品などより、株式の方がはるかに影響が大
きいからであり、現状の株価では大半の銀行で株式の評価損益は
マイナスになります。―[サブプライム不況と日本経済/47]


≪画像および関連情報≫
 ●山崎元のマルチスコープ/時価会計見直し論
  ―――――――――――――――――――――――――――
  筆者は、時価で評価するという大原則はやはり曲げないほう
  がよいと考える。もちろんどのような「時価」が適切かとい
  う問題は議論があっていいが、それを市場での取引価格より
  も保有者にとって有利な価格に歪めることは不適切だろう。
  適切な時価とは何か、と考えると、それは、「現実に売れる
  値段」である。場合によっては、市場で取引された実績の値
  段よりも、適切な価値は安くなることがあるだろう。
         http://diamond.jp/series/yamazaki/10026/
  ―――――――――――――――――――――――――――

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時価会計を審議する中川財務・金融相
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2008年10月23日

●「将来世代にツケを回すなのロジック」(EJ第2436号)

 この記事は10月19日に書いているのですが、今私の机の上
のPCのディスプレイにはサンデープロジェクトの画面が映って
います。久しぶりにリチャード・クー氏が登場してきました。良
いことであると思います。麻生首相、中川財務・金融相との関係
が話題になったことがテレビ登場につながったのでしょう。
 「財政赤字は将来世代にツケを回す」――この言葉は赤字国債
を出すことの問題点としてよく使われます。または、「孫のクレ
ジットカード」論――財政赤字を出すことは孫のクレジットカー
ドを使うようなものであるという考え方です。
 この考え方は、人々が常識として多額の借金はすべきではない
という道徳的な見地から見ると、一見正しいように見えます。し
かし、一見わかりやすい事例で国民はよく騙されてしまうことが
多いのです。それは国の借金を家計(一般家庭)の借金にたとえる
手法です。財務省は次のようなストーリーで財政赤字の怖さを国
民に植え付けようとしています。これは、EJで過去に取り上げ
たテーマ「財政危機は本当か」からの引用です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の税収は40兆円しかない。しかし、使っているのは80
 兆円。40兆円の赤字である。月収40万円しかない家庭が、
 月に80万円の生活をしている。足りない部分はサラ金から借
 りているのだ。これなら、やがて、家計は借金の山となり、破
 綻する。日本の現状はこれと同じであり、やがて破綻する。
―――――――――――――――――――――――――――――
 一見正しいように思えるかも知れませんが、このロジックは完
全に間違っています。それは、次の2つ事実をベースにして考え
てみるとすぐわかることです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.国は一銭も稼いでいない。稼いでいるのは国民である。
 2.税金で取るのも国債で金を集めるのも同じことである。
―――――――――――――――――――――――――――――
 そもそも国の借金を家計――経済学では銀行に預金する主体の
こと――家計にたとえるべきではないのです。これについて、既
出の高橋洋一氏は、財務省の増税キャンペーンで国民に訴えるス
トーリーに関して、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 まず、国の財政を家計にたとえ借金があるという。一般に、家
 計とは資金供給主体であるので、借金があるのはそれほど一般
 的ではない。なぜ企業にたとえないのか。企業は資金調達主体
 であるので、借金は普通のことである。ただ、その借金が身分
 相応かどうかが問題であるが、企業にたとえるほうが実態に近
 い。家計にたとえて借金の多さを説明するのは、ミスリーディ
 ングになる。――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 赤字国債を出すということは、日本の場合、国債のほとんどは
その世代の日本国民が購入することになります。つまり、その世
代――国債を発行するときの世代は、自分の所得をすべて自分た
ちで使うことをせず、一部を国債を購入することに回すからこそ
政府は財政赤字を出せるのです。
 この国債の購入によって自分たちの使えるお金が減るという意
味で、財政赤字はその世代が負担している――そういってよいの
ではないでしょうか。
 このことをリチャード・クー氏は、次のように数字を使って証
明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 政府・民間それぞれ100円の所得・税収がある世界で、政府
 が20円分の国債を発行し、それを民間が買ったとする。そう
 なると現世代は民間が80円、政府が120円使えるので、合
 計が200円になる。将来世代は、20円分の国債が償還され
 るから民間の使えるお金は120円になるが、政府の使えるお
 金は80円となり、合計は同じく200円となる。両世代とも
 使えるお金の合計は同じ200円だから、世代間所得移転は起
 きていないことになる。この例における所得移転は、親世代で
 は民間から政府へ、将来世代では政府から民間へ生じているの
 である。       ――リチャード・クー著 楡井浩一訳
     『デフレとバランシート不況の経済学』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 断っておくが、この数値モデルについては、いくらでも反論で
きるが、それをやっても不毛の議論になります。将来世代に引き
継ぐのは負担としての債務残高ではなく、健全な経済こそ引き継
ぐべきです。そうするために、赤字国債の発行が必要であるとき
は積極的にそれを行い、経済を健全化して将来世代に渡すべきで
あると思います。リチャード・クー氏は、これについて次のよう
に述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (たとえ大きな財政赤字のツケを回されても)将来世代にとっ
 ては、たとえ莫大な財政赤字を抱えていたとしても、十分な対
 策が講じられて回復途上にある経済を引き継ぐほうが、財政赤
 字はないが傷口が開いたままで治療されておらず、瀕死の状態
 にある経済を引き継ぐよりもはるかに望ましい場合があるから
 である。             ――リチャード・クー著
     『「陰」と「陽」の経済学』より 東洋経済新報社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 19日のサンデープロジェクト――中川財政・金融相、榊原英
資氏、水野和夫氏、そしてリチャード・クー氏の討論では、クー
氏が正しい財政政策を積極的に打つべしと主張したのに対して、
榊原氏が同意したのに対し、市場主義者の水野氏は反対の姿勢で
あったように思います。しかし、今の経済状況において、赤字国
債の発行を躊躇うべきではないのです。久しぶりに意義のある討
論だったと思います。―[サブプライム不況と日本経済/48]


≪画像および関連情報≫
 ●財政政策について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ≪積極的財政政策≫積極的財政政策としては、不況時に乗数
  効果によるGDPの拡大や失業率の低下を図るために、道路
  や公共施設などの公共事業を増加させたり、減税によって消
  費や設備投資の刺激を図るものがある。景気が過熱すれば、
  逆に公共事業を減少させたり、増税によって消費や設備投資
  を抑制して、景気変動の幅を小さくしようとするのである。
  ≪消極的財政政策≫消極的財政政策としては、法人税や所得
  税の存在、失業等給付や生活保護の制度があげられよう。法
  人税は企業が利益をあげなければ課税されないので、不況期
  にはゼロとなり好況期には税収が増える。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

水野和夫氏.jpg
水野和夫氏
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2008年10月24日

●「麻生内閣は危機に対応できるのか」(EJ第2437号)

 10月21日――日本経済新聞朝刊の第1面に次の記事が出て
いました。
―――――――――――――――――――――――――――――
 【ワシントン=大隅隆】バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)
 議長は20日、下院予算委員会で金融危機を受けた経済情勢に
 ついて、「数四半期は経済活動が弱くなりそうだが、減速が長
 びく可能性もある」と語った。そのうえで、「議会が財政出動
 (による第二次景気対策)を考えているのは適切なことだ」と
 発言、財政による景気下支えを事実上、要請した。FRB議長
 が財政出動を求めるのは異例。
      ――2008.10.21付「日本経済新聞」より
―――――――――――――――――――――――――――――
 米バーナンキFRB議長といえば、ミルトン・フリードマンの
学統の継承者であり、ばりばりの金融政策主義者です。景気の悪
化に対しては一貫して金融政策で対応すべきだという主張の持ち
主であることはここまでに何度も述べてきています。
 そのバーナンキ議長が議会に対し、異例の財政出動を要請した
ことは、いかに米景気の現況が厳しいかのあらわれであると同時
に金融政策の限界をバーナンキ議長自らが示したことを意味して
いるのです。現在米国の金利は1.5 %であり、追加利下げの余
地がほんんどないからです。
 これに対して日本は、第2次経済対策の財源は赤字国債を使わ
ず、埋蔵金を使うといったり、与謝野経済財政相にいたっては財
政出動をするならば増税をセットで行うべきだなどと平気でいう
始末です。国民も既に洗脳されているのか、財政出動や赤字国債
という言葉が出ると、すぐ「バラマキ反対」といい出すなど、本
当に経済政策のやりにくい国になってしまっています。
 既に述べたように、あのIМFでさえ「世界が協調して財政出
動をすべし」といっているのです。これについては、19日のサ
ンプロに出演したリチャード・クー氏にいっていました。財政政
策はこういう危機に使うものなのだからです。
―――――――――――――――――――――――――――――
http://electronic-journal.seesaa.net/article/107347343.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本についてはもうひとつ心配なことがあります。それは国と
して経済運営のかじ取りをすべき麻生首相と中川財務・金融相の
「経済オンチ」ぶりです。これについては、20日発売の『週刊
朝日』10/31において、ジャーナリストの松田光世氏が指摘
していますので、ご紹介しておきます。
 麻生首相はG8サミットの開催を提唱しています。24日から
北京でASEANの首脳会合が開催されるので、その前夜に成田
でやったらどうかという提案です。
 日本はサミットの議長国ですし、提案はいいのですが、問題は
それを10月10日にいっていることです。10月10日といえ
ば週末を利用してG7などを開催し、週明け――日本は14日で
すが、他国は13日――の市場パニックをいかにして防ぐかと必
死になっているときです。タイミングも良くないし、ノーテンキ
です。そんなことは週明けの結果を見て決めるべき問題です。
 案の定というべきか当然というべきか、日本の提案は米国に断
られてオジャンになり、結局米国とフランスに主導され、「金融
サミット」は11月に米国で開催されることになったのです。日
本は今年サミット議長国であるのに馬鹿にされたものです。
 先のG7などの席で日本が90年代に経験した公的資金投入の
経験を話して主導権を取れと指示された中川財務・金融相はワシ
ントンに向かう飛行機の中で、白川方明日銀総裁と協議して「I
MFを通じた新興国への資金支援」を打ち出すことを決めていた
のです。
 ところが、中川財務・金融相はG7などの席で「外貨準備を活
用して」IMFに資金支援するといってしまったのです。しかし
これはできないのです。
 IMFに出資するために外貨準備として保有する米国債を売る
とドル暴落の引き金を引く危険があるし、政府短期証券を発行し
て市中から資金調達をすると国内の信用収縮に拍車をかけてしま
うからです。
 それではどうすればよいかというと、専門家は次のように説明
しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 IMFの信用を保証するのなら、外貨準備の活用ではなく、交
 付国債を拠出すればいい。10兆円も出せば、新興国の資金需
 要に対応できるはずです。         ――財務省OB
               『週刊朝日』10/31号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 交付国債というは、現金の代わりに交付するために発行される
国債のことであり、資金借入のために発行される通常の国債とは
性質が異なるのです。土地の買収や補償金などの現金支払に代え
て交付され、実際の現金の支払は要求があったときに予算措置を
行い支払いをすることになります。したがって、実際の現金の支
払いはを後年に繰り延べるのです。
 交付国債については、EJで取り上げたことがあります。詳し
くは次のURLをクリックしてください。
―――――――――――――――――――――――――――――
http://electronic-journal.seesaa.net/article/46005537.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 もうひとつ重要な指摘があります。麻生首相は空席だった日銀
副総裁に山口広秀日銀理事を昇格させる人事案を国会に提出して
いますが、日銀審議委員は人選していないのです。これはもしか
すると忘れたかも知れないのではという噂が広がっています。
 世界の中央銀行で、金融政策決定に関わる人数が偶数になるの
ははじめて――これは「異例の事態」なのですが、首相は知らん
顔です。     ――[サブプライム不況と日本経済/49]


≪画像および関連情報≫
 ●金融政策決定に関わる人数は奇数が原則
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日銀政策委員会は、日銀総裁と副総裁(2人)、日銀とは無
  関係の6人の審議委員(有識者、金融界・財界出身者など)
  合計9人で構成されています。ある政策決定において総裁以
  外の8人が4対4で割れた場合、総裁の1票で決定できるよ
  う必ず奇数が原則なのです。この政策委員たちは、すべて国
  会の同意に基づいて内閣が任命します。しかし、犯罪を犯す
  などのことがなければ、辞めさせることはできません。これ
  は、先ほど述べた「日銀の中立性」を維持するためのもので
  す。この政策委員会が何か重要な政策について決定する会議
  を「日銀政策決定会合」と呼んでいるのです。
  ―――――――――――――――――――――――――――

麻生首相と中川大臣.jpg
麻生首相と中川大臣
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2008年10月27日

●「経済危機脱出への提言/サミュエルソン」(EJ第2438号)

 ここにきて、急にリチャード・クー氏が注目されています。あ
れほどテレビも新聞もクー氏を締め出してきたのに一転して重用
するようになったのはなぜでしょうか。
 10月19日のクー氏のサンデー・プロジェクト出演に始まっ
て、25日には読売新聞朝刊に「市場大波乱/どう立ち向かう」
というクー氏の記事が出ています。日頃「バラマキを主張するエ
コノミスト」としてクー氏の主張を無視してきたことを考えると
明らかに手のひらを返しています。
 日本は少しでも景気回復の兆しがあると、必ずといってよいほ
ど財政再建をいい出して景気を失速させてきた前科があります。
橋本政権などは景気が悪いのにもかかわらず、それまでの減税措
置を撤廃し、消費税を上げ、大型補正予算を見送ったにもかかわ
らず、財政再建が進む前に経済が失速してしまったのです。
 それだけの苦労をして財政再建を進めたのにかかわらず、結果
的に財政赤字は倍増してしまったのです。リチャード・クー氏は
精一杯の皮肉をこめて次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 もしあの時、橋本首相が何もしないで首相公邸でプラモデルで
 もつくっていれば、日本は何百兆円もの政府債務の発生を防げ
 たであろう。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 政権与党はこの橋本政権の失敗を何も反省していないのです。
10月23日に麻生政権は「消費税4%上げ必要」を宣言してい
ます。これは定額減税を実施せざるを得ない状況にある政権与党
がバラマキ批判を恐れての措置であると思われます。
 しかし、いかに中期の政策であるとはいえ、この時期にいうべ
きことではないと思います。定額減税はやるけれども中期的には
増税をしますよといっているわけです。与謝野経済財政相がいう
「税制の一体改革」がこれだったのです。不況というのはある意
味において人間の気分の問題であり、せっかく財政政策を取ろう
としているときにそれに冷水を浴びせる恐れがあるのです。
 10月25日の朝日新聞朝刊にポール・サミュエルソン氏の論
文が掲載されています。「規制緩和と金融工学が元凶」というタ
イトルで経済危機の行方について論じているのです。
 サミュエルソン氏はもともとケインズ理論にいろいろ修正を加
えたり、拡張を試みたりして現実の経済に使えるようにしている
新古典派連合の経済学者の一人です。
 この論文の中の「赤字いとわぬ財政支出不可欠」という小見出
しの次の一節をご紹介しましょう。
―――――――――――――――――――――――――――――
  この危機を終わらせるためには何が有効なのか。それは、大
 恐慌を克服した「赤字をいとわない財政支出」だろう。極端に
 いえば、経済学者が「ヘリコプタ−マネー」と呼んでいる、紙
 幣を増刷してばらまくような大胆さで財政支出をすることだ。
  大恐慌を克服したのは戦争のおかげだという人がいるが、そ
 うではない。大恐慌当時、私はシカゴ大学の学生だったが、自
 分が学んでいる経済学と、社会で現実に起きていることとの大
 きなギャップについて、深刻に悩んでいた。周囲では、3人に
 1人以上が失業していた。それほど高かった失業率をひとケタ
 にまで減らしたのは、33年に就任したルーズベルト大統領の
 政策だ。それは戦争前のことで、戦争の脅威も切迫していない
 時点で着手されたのだ。    ――ポール・サミュエルソン
          2008年10月25日付、朝日新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 ポール・サミュエルソン氏は、今回の危機の克服には、結局財
政支出が拡大されることは不可避であるといっています。それで
もニューディール政策の経済の正常化には、7年以上かかってい
るのです。今回の経済危機はたとえ有効な手が打たれたとしても
10年はかかるという意見が少なくないのです。
 最後にサミュエルソン氏は、懸念として次のように述べていま
す。しかし、それがすべて終わったとき、もはや元の米国には戻
れないといっているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 懸念されるのは、ドルからの逃避、それも無秩序なかたちの逃
 避が起こるのではないか、ということだ。それが起こったとき
 には、外国人が米国市場から資金を引き揚げるだけではなくな
 る。米国のヘッジファンドが先頭に立ってドルを売り、外国通
 貨を買う事態になってしまうだろう。
          2008年10月25日付、朝日新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 リチャード・クー氏は、現在の日本の経済を評して、株と為替
の両方が大きく下落している多くの国と比べると、日本は円が買
われ、円高になっているだけマシであるといっています。
 これまでの円は「円高バブル」といわれるほど安かったので、
日本経済は外需依存になっていたのですが、ここにきて円が再評
価されているというのです。
 しかし、クー氏は、株安が金融機関を直撃し、貸し渋りが一層
ひどくなるのは注意が必要であるといっています。それを防ぐた
めに次の提言をしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 政府は銀行が保有する株式の価格が、市場の混乱で大きく下落
 した場合、公的資金で含み損を補う措置を考えてはどうか。株
 価が回復した時点で返済する仕組みにすればよい。英米主導で
 導入された時価会計も見直す必要がある。リチャード・クー氏
         ――2008年10月25日、読売新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 今一番求められているのは日本の経済の正しい舵取りです。
         ――[サブプライム不況と日本経済/50]


≪画像および関連情報≫
 ●ポール・サミュエルソン名言集より
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ノーベル賞経済学者ポール・サミュエルソンは、非常に冷静
  な目で投資の世界を見つめる、かなりの切れ者であることを
  最近知った。
  〜長期投資のリスク解説に対する批判〜
  投資機関が長くなれば、リスクは゛ロに向かって減少してい
  くというのは真実ではない。訪れる年はどの年も、残された
  全期間にとっての最初の年なのである。
  〜短期投資の誘惑に負けるな!〜
  手っ取り早く稼いだ誰かの話を聞いた日は、我が戦略の真っ
  当さをもういちどわが身に言い聞かせぐっすり寝ることだ。
    http://stojkovic.blog20.fc2.com/blog-entry-175.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ポール・サミュエルソン.jpg
ポール・サミュエルソン
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2008年10月28日

●「日本経済を襲う2つの波とは何か」(EJ第2439号)

 今回のテーマは、いわゆるサブプライム問題に端を発する世界
的金融危機について、リチャード・クー氏の次の新著をベースに
して論ずることが目的ではじめたものです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  リチャード・クー著
  『日本経済を襲う二つの波/サブプライム危機とグローバリ
  ゼーションの行方』   2008.6.30/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、既に50回を超えており、総まとめを行うところにき
ています。ところで、リチャード・クー氏の本のタイトルにある
「2つの波」とは何でしょうか。
 1つ目の波は、1990年度から2005年ぐらいまでの間に
日本を襲った不況の波のことを指しています。いわゆる「失われ
た10年」とか「失われた15年」といわれる不況期を指してい
るのです。
 クー氏は、この不況の波を「バランスシート不況」と名づけて
不況に対するひとつの新しい解釈――経済学のテキストに載って
いない経済分析をしています。
 しかし、2005年くらいから日本の景気は回復し、これから
順調に伸びようとしていた矢先に、米国発のサブプライム問題の
影響で日本経済も深刻な打撃を受けつつあります。先進国の中で
は一番影響が少ないといわれている日本の株式が他国よりも大き
く下げ、それに加えて円高が進んでいます。
 日本にとって一番大きい問題は、「内需が伸びていない」とい
う点です。設備投資にしても消費水準を見ても内需拡大は一向に
進んでいないです。なぜ、内需は拡大しないのでしょうか。クー
氏はその理由の1つについて次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 企業がキャッシュフローの一部を金融資産の積み増しに回し、
 家計も過去に取り崩した貯蓄を埋めようとして貯金を増やして
 いるからである。しかも政府まで「財政再建」を合言葉にして
 公共事業の切削に邁進している。政府から家計まで、みんなが
 内需を減らす方向に動いているのである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の貯蓄率は一時大幅に減少しましたが、ここにきて再び上
昇しています。健保問題や老後の年金・介護などの社会不安がそ
うさせる原動力になっていることは確かです。
 こういう状況から日本経済は異常なほど外需依存度が高まって
おり、サブプライム問題が起きると、外人投資家が現金確保のた
め、大量の日本株を売却しているので、株価が下落しているので
す。それに日本の当局は多少景気が悪化しても「財政政策=悪」
という考え方があるので、なかなか景気対策を打とうとしない。
そういうところも外人投資家に読まれているのです。
 さすがに今回は、世界的な金融危機になりつつあり、麻生政権
としては選挙対策もあるので、急に景気、景気と言い出してはい
ますが、財政政策としてはあまりにもへっぴり腰です。
 クー氏は、日本の内需が伸びないもう1つの理由として「グロ
ーバリゼーション」を上げています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 なぜ内需が伸びないのか。私は、その背景には「グローバリゼ
 ーション」の影響があるのではないかと見ている。そして、日
 本にとってのグローバリゼーションとは何かと言えば、それは
 「中国の台頭」に他ならない。中国人はやる気満々で、器用だ
 し、視力もいいし、ハングリー精神も充分に持っている。その
 うえ日本人の数分の一の給料で働く準備がある。教育水準も低
 くない。中国が台頭してきたことで、世界の先進国の合計とほ
 ぼ同量の労働力が、一気に世界の労働市場に流れ込んできたの
 である。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは大変面白い考え方であると思います。グローバリゼーシ
ョンは、理論的にはすべての先進国が同じ影響を受けることにな
りますが、実際にはそれにうまく乗れる国と乗れない国が出てき
てしまうのです。また、国の中でもこれに乗れる企業とそうでな
い企業に分かれてしまうのです。
 英語や中国語ができる優秀な人材を多く有している企業は有利
であるし、資金も潤沢にあれば資本に対するリターンは大幅に上
昇するはずです。つまり、グローバリゼーションは「勝ち組」と
「負け組」を必然的に作り出すのです。
 リチャード・クー氏によると、日本は他の欧米先進国に比べる
とこのグローバリゼーションのショックは大きいというのです。
なぜなら、欧米先進国はかつてこれと同じ体験を今までに日本の
の進出によって味わっているからです。
 日本は現在、中国やインドに追い上げられています。追う立場
から追われる立場への転換です。追い上げられる立場がどんなに
大変なものか――日本は経験していないのです。
 1965年頃カメラといえば、ライカ、ツァイス・イコンなど
を筆頭とするドイツ勢が世界を席巻していたのです。日本のカメ
ラも注目はされていたのですが、世界から見ればカメラはドイツ
だったのです。しかし、それからわずか10年の間に日本のカメ
ラが世界を席巻し、1975年にはドイツのカメラは世界市場か
ら姿を消してしまったのです。ツァイスにしろ、レチナにしろ、
すべて撤退してしまったのです。そういう急激に変化が中国やイ
ンドによって世界、とくに日本に対して起こってくる――これが
グローバリゼ―ションであり、日本を襲う2つ目の波ということ
になるとリチャード・クー氏はいうのです。これが「2つの波」
の意味です。   ――[サブプライム不況と日本経済/51]


≪画像および関連情報≫
 ●グローバリゼーションとは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  グローバリゼーション――この言葉は様々な社会的、文化的
  商業的、また経済的活動において用いられる。使われる文脈
  によって、例えば世界の異なる地域での産業を構成する要素
  間の関係が増えていること(産業の地球規模化)などの、世
  界の異なる部分間の緊密なつながり(世界の地球規模化)を
  意味する場合もあるし、グローバリゼーションの負の側面つ
  まり工業や農業といった産業が世界規模での競争(メガコン
  ペティション)にさらされることで維持不能になるなどの搾
  取の要素をさす場合もある。したがって最近ではマイナスの
  価値を示す言葉として語られることも多くなった。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

講演するリチャード・クー氏.jpg
講演するリチャード・クー氏
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2008年10月29日

●「日本は住宅の世界最大の資源浪費国」(EJ第2440号)

 サブプライム問題が起こったことで、テレビで米国の銀行に差
し押さえられた住宅物件を見る機会が多くあります。それを見て
感ずるのは、いずれも日本の住宅と比べると、サブプライムロー
ンで入手した家にもかかわらず立派な家であるということです。
広い庭があり、プールまである住宅もあるのです。床面積は広く
リビングも大きく、ゆったりとってある家が多いのです。
 米国をはじめとする他の国では、住宅は「半永久的に保つ」と
いう前提に立っているのです。欧米では住宅は何年経っても、建
物の価格はあまり下がらないのです。これに対して、日本は車と
同様に大幅に価値が下落するのです。つまり、日本では住宅は車
と同じ耐久消費財なのです。
 これに対して欧米の住宅は、耐久消費財ではなく、資本財とし
てとらえられているのです。米国では住宅は資本財というか貯蓄
の代替物なのです。したがって、人々は家を入手するとそれに付
加価値を付け、評価を高めようと努力するのです。
 屋根を修復し、外壁を塗り直し、設備を近代化するなど庭づく
りには時間をかける――こうして住宅にお金をかけるのです。も
ちろん、こうした投資は統計上は「消費」に計上されますが、そ
れに見合う十分なリターンがあるからです。その十分なリターン
とは、売る時に評価が上がることです。日本の場合はこういうよ
うにはならないのです。
 リチャード・クー氏は、同じように焼け野原から出発した日本
とドイツとを比較して、60年が経過した現在、日本人よりもド
イツの人たちの方が立派な住宅に住んでいると指摘しています。
日本は毎年「富」を捨てていますが、ドイツでは富に富を積み上
げてきた結果であるというのです。日本に関して、クー氏は次の
ように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 最近の日本の住宅建設費は毎年だいたい20兆円である。そう
 して建てられたマンションを売ろうとした時、上物の評価がゼ
 ロ(タダ)になるのに何年かかるかを算出してみると、約15
 年である。話を簡単にするために、ストレート・ラインでタダ
 になると考えれば、新しくできた家は1年目に15分の1の価
 値がなくなることになる。同時に、2年前につくられた家もそ
 の1年で当初の建築費の15分の1の価値を喪失する。3年前
 につくられたのも同様である。つまりトータルで見ると、1年
 に失われる「富」は、ちょうど1年分の建設費という計算にな
 る。言い換えれば、日本では1年で20兆円の富が煙のごとく
 消えているのである。ドイツが毎年20兆円を積み上げている
 のに、日本は毎年20兆円をドブに捨てていれば、60年もし
 たら両者の差は1200兆円にもなる。この差が両者の町並み
 の差であり、実質的な生活水準の差になるのである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 毎年20兆円――これは日本のGDPの4%に当たるのです。
こんなことをしていて国民が豊かになれずはずはない――クー氏
はこのようにいっているのです。日本という国が富の上に富を積
み上げるような政策をとってこなかったことに原因があります。
 この日本と欧米諸国との差をみると、日本の住宅政策がいかに
いびつであるかがよくわかります。添付ファイルは、日米英仏の
中古住宅市場をあらわしています。
 棒グラフの上のパーセンテージは、中古住宅のシェアをあらわ
しています。これをみると、日本の住宅市場がほぼ完全に新築の
みの市場である(中古住宅率13.1 %)のに対し、米国、英国
フランスはそのほとんどが中古市場であることがわかります。米
国にいたっては、77.6 %が中古住宅なのです。これは過去に
建設された住宅がきちんと補修され、付加価値が付けられた資本
財になっていることの証明です。
 それでもバブルが崩壊する以前では、地価が上昇していたので
住宅価格は大きく減価しなかったのです。住宅地の実質価格――
インフレ調整後の価格は、高度成長期は6大都市で年率11%で
上昇していたのです。
 当然名目価格は年率16.3 %も上がっていたので、住宅価格
というよりも土地価格として資産は形成されていたのです。それ
に日本は住宅を耐久消費財に入れているので、減価償却は27年
になっています。つまり、30年に一回は建て替えるという考え
方であるので、最初から30年程度しか保たない住宅になってい
るわけです。
 しかし、バブル崩壊後は土地価格が下落し、それが15年も続
いたのです。そのため、建物の減価分を地価の上昇で補うことが
できなくなり、住宅を保有している家計は大打撃を被ったことに
なります。
 もうひとつ気になる統計があります。米国では過去20年、人
口が年間250〜300万人増えているのに対し、住宅着工は、
150万戸前後なのです。これに対して日本では、人口増加幅が
減り続けて、ここ数年はゼロになったのに対し、住宅着工は年間
100万〜150万戸あるのです。これに対し、クー氏は次のよ
うに述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 人口が全然増えていないのに毎年100万戸近い住宅が建てら
 れ売られているということは、ほぼ同数の住宅が壊されている
 か放棄されているからである。こんなことをやっていて日本が
 欧米やアジアのようにリッチになることは永久にあり得ないだ
 ろう。日本は世界一の省エネ国家かもしれないが、こと住宅資
 産という観点では世界最大の資源浪費国とも言えるのである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
         ――[サブプライム不況と日本経済/52]


≪画像および関連情報≫
 ●住宅に関わる税制改正
  ―――――――――――――――――――――――――――
  国交省が創設を要望している新税制の一つ目は、「住宅の長
  寿命化(200年住宅)促進税制」というものです。欧米に
  比べて短命と言われる日本の住宅を長持ちさせるため、国が
  定めた耐久性や維持管理の基準に適合する住宅を認定し、登
  録免許税や不動産取得税、固定資産税を軽減しようという内
  容になっています。
  http://allabout.co.jp/house/mansionbeginner/closeup/CU20070831A/
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●図表/リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サ
  ブプライム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店
  刊より

世界の中古住宅市場.jpg

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2008年10月30日

●「なぜ日経平均株価は暴落したか」(EJ第2441号)

 この記事は10月27日夜に書いています。実は今回のテーマ
は明日で一応終了しますが、このテーマに関わる大きなニュース
が27日に起こったので、急遽取り上げることにします。
 いうまでもなくそのニュースとは、週明け27日の東京株式市
場が、急激な円高を受けて4営業日続けて株価が下落し、日経平
均株価(225種)は2003年4月28日に記録したバブル崩
壊後の最安値7607円88銭を5年6か月ぶりにあっさりと下
回ったことです。
 この日経平均株価の下げには、2つの理由が考えられます。
 1つはメガバンクが巨額の資本増強をはじめたことです。これ
によって、大手行を含め銀行株は軒並み売り込まれ、東証全体で
12銘柄が値幅制限いっぱいのストップ安となったことです。
 まず、三菱UFJフィナンシャルが1兆円規模の増資を検討し
ていることが伝えられたことです。三菱UFJは今年大きな買い
物をしてきています。ユニオンバンカル・コーポレーションとア
コムを子会社化し、モルガン・スタンレーに巨額な資本支援をし
たことです。その三菱UFJが増資に踏み切るというのですから
自己資本比率が厳しくなったということです。
 一方、みずほフィナンシャルは今年度予定していた2500億
円規模の自社株買いを延期すると発表しています。みずほフィナ
ンシャルは、2003年に実施した9400億円増資の優先株が
普通株に転換されて株が希薄化してしまうことを防ぐために自社
株買いをしようとしたのですが、それを延期するのはよほど台所
事情が苦しいからであると考えられます。いずれみずほフィナン
シャルは増資を余儀なくそれるはずです。
 ここで「優先株」について知っておく必要があります。
 なぜ「優先」という言葉がついているのかというと、優先株の
保有者が普通株の保有者より優先される債権者であるからです。
どういう面で優先されるのかというと、会社が傾いたとき、普通
株より優先してお金が返る可能性があるということです。発行者
である企業にとっては、優先株と普通株とでは、自己資本に対す
る扱いが違うので、優先株を発行した方がいいと判断するところ
もあります。
 問題は、その優先株が普通株に転換されれば、その分だけ普通
株の株主が増加して、会社が稼ぐ利益の1株あたりの割合が少な
くなります。これを「希薄化」というのです。普通株主にとって
は、会社の利益の金額は変わらないのに、急に株主が増えて損す
るのはけしからんと株が売られるのです。
 ちなみに、優先株は通常一般市場で売買されず、その株式は、
発行済み株式数にはカウントされないのです。したがって、優先
株が積み上がってもそれが優先株である限りは普通株が希薄化す
ることはないのです。
 2つは、円高が急進していることや、政府が発表した緊急市場
対策への失望感などから売りが加速したことです。このうち円高
はしかたがない面があります。円高問題は来週からの次のテーマ
で詳しく取り上げるので、ここでは政府の緊急市場対策について
述べることにします。
 政府の緊急安定化策の目玉は、金融機関に注入する公的資金の
予防注入枠を10兆円にするというものです。この場合、公的資
金の注入については銀行の経営者の責任は問わないということが
いわれています。
 もし、経営者の責任が問われるということになると、当然経営
者は嫌がり、それなら貸している資金を引き揚げる方が良いと考
えて「貸し剥がし」をはじめるからです。いや、既に銀行の貸し
剥がしははじまっているのです。
 しかし、専門家は政府のこの緊急市場対策に対して「30点」
をつけています。新鮮味はないし、単なる先送り策に過ぎないと
いっているのです。本当は株価が下がってから慌てて株価対策を
しても遅いのです。
 とくに気になるのは「証券化商品や株式に対する時価会計の見
直し」です。なぜなら、このような対策は劇薬であり、功罪が半
ばするからです。時価会計を凍結しても経営自体は改善されるこ
とはなく、単に問題が先送りされるだけだからです。
 2008年10月27日付の日本経済新聞は、時価会計の凍結
について次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 時価会計を凍結しても経営実態は変わらず、市場の不信を高め
 るだけという批判はもっともだ。しかし、金融機関の財務規制
 ルールの運用とも絡んで、自己資本規制や資産評価基準を緩め
 ることは政策判断としてあり得る。特に、時価評価の停止が金
 融機関に対する資産売却圧力を緩和する効果は小さくない。注
 意すべきは効果の半面で不良資産の処理を遅らせる副作用だ。
 不良資産の買い取り価格を高くすれば国民負担が増え、安くす
 れば資本注入が増えるジレンマと同種の問題を抱えている。信
 用収縮による実体経済への影響を考慮しっつ、不良資産の買い
 取り、資本注入などとの合わせ技により、金融機関の健全化と
 資産市場の正常化の道筋をつけるのは、政府に課せられた課題
 である。 ――2008年10月27日付の日本経済新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 銀行に公的資金を入れる――麻生首相や中川財務・金融相は、
「10年前の日本の経験を米国に伝える」と胸を張るが、それは
失敗の経験を伝えることであることを忘れてはならないのです。
 バブル崩壊後の日本が茫然自失して何をどうしてよいかわから
ずにいた1995年頃のこと――あのグリーンスパン氏が当時の
松下康雄日銀総裁に「銀行に資本注入をしないと不況がひどくな
り、深刻なデフレになる」とアドバイスしているのです。
 しかし、日本はグリーンスパン氏の忠告を生かせず、銀行への
資本注入に失敗しているのです。真に伝えるべきはその失敗の経
験なのですが、そのあたりを本当に理解しているのでしょうか。
         ――[サブプライム不況と日本経済/53]


≪画像および関連情報≫
 ●優先株式とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  優先株式とは、利益もしくは利息の配当または残余財産の分
  配およびそれらの両方を、他の種類の株式よりも優先的に受
  け取ることができる地位が与えられた株式である。優先株式
  はその有利な条件から買い手がつきやすく、資金調達に有利
  とされる。これに対して、上記の場合に劣後的取扱いを受け
  る株式を劣後株式(後配株式)といい、標準となる通常の株
  式を普通株式という。        ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

日経平均最安値更新.jpg
日経平均最安値更新

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2008年10月31日

●「現在は大恐慌の第4から第5ステップ」(EJ第2442号)

 サブプライムローン問題に端を発した世界金融危機は、日米欧
主要7ヶ国の金融当局が矢継ぎ早やに政策対応を行っているにも
かかわらず、なかなか終わりが見えない状態です。
 最近になると、今回の世界金融危機は、1930年代の世界大
恐慌に匹敵する深刻な景気悪化に発展すると予測する経済学者の
発言が目立つようになってきています。今年のノーベル経済学賞
を受賞したポール・クルーグマン米プリンストン大学教授や経済
恐慌の専門家であるバリー・アイケングリーン米カリフォルニア
大学教授たちです。
 ここで大恐慌とは何なのかということをある程度明らかにして
おく必要があります。経済危機はどのようなステップを踏んで大
恐慌にいたるのかについて、ドイツ証券シニアエコノミストであ
る安達誠司氏の論文「指標に見る大恐慌との一致点」(「週刊エ
コノミスト」11/4特大号)を参考に考えていきます。
 安達誠司氏によると、経済危機は次の6つのステップを踏んで
が大恐慌にいたるとしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
    第1ステップ:資産価値の下落と株価波及
    第2ステップ:逆資産効果で個人消費低迷
    第3ステップ:一部金融機関での経営危機
    第4ステップ:クレジット・クランチ発生
    第5ステップ:デフレ・スパイラルに陥る
    第6ステップ:経済活動リセット/大恐慌
―――――――――――――――――――――――――――――
 まず、資産価格の大幅な下落が起こります。住宅価格に始まり
これが株式に波及します。これが第1ステップです。もちろんこ
れは既に起こっています。
 続いて、これが「逆資産効果」を通じて個人消費に影響を与え
てきます。これが第2ステップです。逆資産効果とは、家計や企
業が保有する資産の価値が下落したとき、家計や企業は自分は貧
しくなったと考え、消費や投資を控えるようになります。これを
逆資産効果というのです。
 また、逆資産効果によるキャピタルロスの拡大は、金融機関の
自己資本を毀損させ、一部の金融機関では経営危機のリスクが発
生することになります。これが第3ステップです。
 続いて、金融機関間の短期的な金融融通の場である短期金融市
場が機能不全に陥り、金融機関の資金仲介能力が低下し、企業へ
の資金調達を困難化させます。いわゆるクレジットクランチ(信
用収縮)が起きるわけです。これは第4ステップです。
 これがさらに深刻化すると、中小企業の倒産が相次ぎ、経済活
動全般を悪化させます。その結果、金融機関の不良債権は増加し
金融機関による信用創造機能は大きく低下します。いわゆるデフ
レスパイラルに陥ってしまいます。これが第5ステップです。こ
の段階は既に「恐慌」であるといえます。
 恐慌が究極まで進行すると、政府によって経済活動をリセット
しなければならないところまできます。これが第6ステップであ
り、文字通り「大恐慌」ということになるのです。
 1980年代後半から1990年代初期にかけて起こった「S
&L/貯蓄貸付組合」の大量破綻とそれに伴う金融不況があった
のですが、今回のサブプライム問題とも似ているので、簡単に説
明します。
 S&Lというのは、個人の小口預貯金を原資として、それを元
手に個人向けに住宅抵当貸付を行って運用する中小金融機関のこ
とをいいます。S&Lのビジネスモデルは、個人の預貯金を集め
てそれをベースに20年〜30年という長期にわたって資金を貸
し付けるというものです。この場合、個人の預貯金は短期金利に
連動し、貸付は長期金利に連動するのです。
 当時は預金金利には上限があったのです。S&Lが資金を貸し
付けるさいの金利は、上限預金金利に数パーセントの利ざやを上
乗せした固定金利だったのです。
 しかし、米国はレーガン政権のもとで1980年代に金融の自
由化を実施したのです。そのさい、預金金利の上限規制が撤廃さ
れ、その結果、金融機関の預金獲得競争は激化したのです。19
83年10月1日のことです。
 金融機関は個人預金を獲得するため、預金金利を引き上げたの
で、当然短期金利は上昇したのです。そうすると、資金調達コス
トがかさむ一方において、既に貸し出している融資先から得られ
る収益は固定金利であるため変わらないことになります。このた
め、S&Lは逆ザヤとなり、収益が圧迫されるようになります。
 かかる事態に追い込まれたS&Lは、金融自由化の流れの中で
業務多角化によって収益確保を目指したのですが、うまくいかず
S&Lは次々と倒産したのです。さらに、このS&Lの破綻は一
般の商業銀行にまで及び、この結果、米国全土で金融機関の貸し
渋りが深刻化したのです。
 これは順調に推移していた米国の実体経済を直撃し、金融機関
によるクレジットクランチを引き起こし、1990年以降米国経
済は不況に陥ることになったのです。この危機は90年代半ば以
降の金融緩和とRTC(不良債権買い取り機構)の設立による公
的資金投入によって、第5ステップで危機は回避されたのです。
 では、現在の景気悪化は、どのステップまで進行しているので
しょうか。安達誠司氏は各種統計数値を検討のうえ、次のように
述べています。
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 現在の米国景気の状況は、段階では第4段階から第5段階に相
 当すると考えられる。大恐慌期では30年終盤から31年前半
 のころだ。    ――「週刊エコノミスト」11/4特大号
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 8月14日から54回にわたって書いてきた今回のテーマは本
日でひとまず終了し、来週から新しいテーマで経済について考え
ていきます。 [サブプライム不況と日本経済/54/最終回]


≪画像および関連情報≫
 ●クレジットクランチとは何か
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  クレジットクランチとは、金融システムが麻痺して危機的な
  状態となること。クレジットは信用、クランチは危機の意味
  である。つまり、金融システム全体が信用不安に陥り、金融
  機関にとって最も大切な信用創造(貸付と預金を繰り返すこ
  とで、世の中のマネー流通量がふくらみ、経済活動を円滑に
  させること)の機能が麻痺してしまう状態。この状態では、
  金融機関が酷く信用不信に陥り、貸し渋りをするため企業な
  どが高い金利を支払っても資金調達が難しくなってしまう。
  経済活動全体が沈滞化することでさらに信用不安を高めると
  いうスパイラル的に悪化傾向が進んでしまう可能性がある。
                ――ALLAbout/マネー用語集
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「週刊エコノミスト」11/4特大号.jpg
posted by 平野 浩 at 04:20| Comment(0) | TrackBack(0) | サブプライム不況と日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする