争は、2004年10月21日にはじまりましたが、2005年
1月になっても両者の言い分は平行線をたどり、決着を見ること
はなかったのです。
最初から800MHz帯を新規参入者に割り当てるつもりのな
かった総務省は、2005年2月9日に正式に新規参入業者への
割り当ては行わずという方針を通知しています。孫社長の希望は
叶えられなかったのです。
これに関わるソフトバンクのやり方には多くの批判があること
は確かですが、何でもかんでも総務省が中心となって有力既存業
者との協議で物事を決めるこれまでの慣習にはじめて抵抗した勇
気は高く評価すべきであるといえます。
800MHz帯参入計画が失敗に終ると、ソフトバンクは一転
しておとなしくなります。孫社長自身も極力メディアへの露出は
避けて、ひたすらADSL事業の黒字化に専念するのです。そし
て2005年度中間期決算では、営業利益44億円を計上し、4
年半ぶりに営業黒字を達成したのです。
そのときソフトバンクに残されている携帯電話事業への参入の
道は、1.7GHz帯への参入しか残されていなかったのです。
そのためには「ひたすらおとなしくして世間を騒がせず時期を待
つ」作戦に転じたのでしょう。
この「大人のソフトバンク」戦略が功を奏し、2005年11
月10日にソフトバンクは正式に携帯電話事業参入の証書を手に
したのです。このときソフトバンクが総務省に提出した計画書に
よると、2007年4月1日から商用サービスを開始すると明記
してあるのですが、事態はそのようにはならなかったのです。
ここで、ソフトバンクの話はひとまずおいて、少し技術的な話
をしたいと思います。それが今後のケータイ・ビジネスを予測す
るのに不可欠であるからです。
固定電話でも携帯電話でも、そもそも電話というものは音声を
相手先に送ったり、受けたりするものです。ところで、音はどの
ように伝わるのでしょうか。
音は電磁波と同じ波なのです。音には高い音もあり、低い音も
あります。この音の高低は、やはり周波数を使ってあらわすので
す。例えば、楽器のチューニングには周波数が使われますね。ギ
ターの5弦は「A音」といい、チューニングのさいの基本になる
のです。A音は通常は440Hzに合わせるのですが、キーを高
くして演奏したいときは、441Hzとか442Hzに設定した
りするのです。
人間が聞き取れる音の周波数は、下限が20Hz、上限は20
KHz程度であるといわれます。それと携帯電話に使われる周波
数は880MHzや1.7GHz、2GHzなど、あまりにもか
け離れていますが、どうしてなのでしょうか。
携帯電話では、話した音声の情報がそのまま電波となって空中
を伝わっていくというわけではないのです。簡単にいうと、送受
信しやすい電波に音声情報を乗せて流すのです。この情報を電波
に乗せることを「変調」といいます。そして音声を受け取る側で
は変調されたものを元の音声に戻す「復調」を行うのです。
変調で使われる情報を乗せるための電波――これを「搬送波」
というのです。「搬送波」は英語で「キャリア」と呼ばれるので
すが、日本では通信事業者のことを「キャリア」というので、あ
えて難しい「搬送波」――はんそうは――という言葉を使うので
す。ラジオ放送やアマチュア無線の周波数は、搬送波の周波数そ
のものです。
つまり、音声はそのまま電気信号として電波にするのではなく
変調を行って相手側に電波として送信し、相手側はそれを復調し
て音声に戻す――こういうやり方で音声をやりとりするのです。
詳しい説明は避けますが、変調には次の3つがあることを知っ
ておくべきです。
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1.振 幅変調(AM) ・・・ Amplitude Modulation
2.周波数変調(FM) ・・・ Frequency Modulation
3.位 相変調(PM) ・・・ Phase Modulation
―――――――――――――――――――――――――――――
「振幅変調」というのは、文字通り振幅によって情報を表現す
る方法です。ラジオのAM放送はこの振幅変調を利用しているの
で、AM放送と呼ばれるのです。
「周波数変調」とは、周波数の高低を変化させることによって
情報を電波に乗せる方法です。音声情報の振幅が大きいときは搬
送波の周波数は高く、逆に振幅が小さいときは搬送波の周波数を
低くなるようにするのです。FM放送やテレビ放送はこの周波数
変調で情報を送っているのです。
「位相変調」とは、搬送波の位相を変化させることによって情
報を電波に乗せる方法をいいます。ところで、「位相」というの
は何でしょうか。
交流電気を例にとると、電流や電圧は時間とともに一定の周期
をもって変化しています。その周期運動の繰り返しを分析すると
同じ角度で波形を描いている個所が見られます。この同形の波形
のことを位相と呼んでいるのです。同形の波形と逆の波形にする
など――位相を変化させることによって、情報を表現する――こ
れを位相変調というのです。
変調にはこのほか、高速道路の料金徴収システムであるETC
の電波などで使われるASK変調(振幅偏移変調)などいろいろ
あるのですが、この話はこのあたりでやめた方がよいでしょう。
苦心のすえ孫社長が手に入れた1.7GHz帯――しかし、そ
の周波数の幅はわずか5MHzしかないのです。それに対して、
NTTドコモやauは15MHzと3倍です。これにどう対抗し
ていくかが難しいのです。ドコモやauはソフトバンクの参入を
恐れていましたが、5MHzなら大したことはできないだろうと
甘く考えていたのです。 ・・・・ [通信戦争/18]
≪画像および関連情報≫
・搬送波(carrier)とは何か
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変調と復調のメカニズムについて見ていくことにしよう。ア
ナログ信号の基本的な波形に搬送波がある。搬送とは、波形
や振幅が一定の波(正弦波)のことだが、この波の振幅(波
のゆれ幅)、周波数(単位時間に繰り返される波の数)、位
相(波の開始位置)を加工することで、さまざまな情報をの
せることが可能になる。例えば、音声をアナログの電気信号
へアナログ変調する場合、振幅の大小は声の大きさを伝える
ことができるし、周波数は声の高さを伝えることができる。
これらを用いることで、音声をアナログ変調し、アナログ伝
送路にのせて伝送することができるわけだ。
http://www.keyman.or.jp/3w/prd/10/30000810/?vos=nkeyadww10000801
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・図の出典/神崎洋冶・西井美鷹著、『体系的に学ぶ/携帯電
話のしくみ』より。日経BPソフトプレス刊