2007年01月26日

なぜ、800MHz帯にこだわるのか(EJ第2007号)

 携帯電話が固定電話と比べて難しいのは、無線を使う点にあり
ます。無線通信を行うには「無線基地局(以下、基地局)」とい
うものが必要になります。
 ひとつの基地局から電波を発信したときに届く範囲は狭い範囲
に限られています。その基地局から電波の届く範囲のことを「セ
ル」というのです。このセルをめぐって、既存の通信事業者と新
規参入の通信事業者との間で大きな争いの原因になるのです。
 セルの大きさは、基地局から送信される電波の出力と周波数に
よって次の3つに分類されます。
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 1.マクロセル  ・・・ 半径数キロ メートル以上のもの
 2.マイクロセル ・・・ 半径数100メートル以上のもの
 3.ピコセル   ・・・ 半径数10 メートル以上のもの
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 この中で一番多いのが「マイクロセル」――人口密度の高い都
市部に多く置かれている基地局です。これに対して人口密度の低
い郊外などでは「マクロセル」が使われます。「ピコセル」とは
イベントホールや地下街などで使われる基地局です。
 日本では、いわゆる2Gの携帯電話――デジタル方式の周波数
を割り当てのさい、800MHz帯と1.7GHz帯を使うこと
にしたということは、昨日のEJで述べました。
 ところが通信事業者としては、1.7GHz帯よりも800M
Hz帯の周波数の方が使い勝手がよいのです。そのため、携帯電
話事業に早くから参入している通信事業者であるNTTドコモや
auはきわめて有利な立場にあるといえます。
 どうして使い勝手が良いのかというと、低い周波数帯の方が電
波が届きやすいことが上げられます。極端な例ですが、800M
Hzを音、1.7GHzを光であると考えて欲しいのです。音は
光より遅いですが、かなりの障害物があっても届きやすいのに対
し、光は高速ですが、直進性が強いので障害物に弱いのです。
 さらに、800MHz帯では主として都市部で使われる1.7
GHzの基地局の出力で比較的大きめのマクロセルが実現可能に
なることです。これは人口密度が低い郊外での基地局を作るとき
に効率がよいといえます。
 もし、1.7MHzでマクロセルを実現するには、出力を上げ
る必要があるのです。これはコストに直接響いてきます。それで
いて小高い山の反対側や建物の陰などの電波の届かないところが
出てきてしまうのです。これをマイクロセルでカバーしようとす
ると、多くの基地局を作る必要があり、これもコストアップの要
因になります。しかも、郊外は人口密度が低いので、基地局の効
率性は低くなります。
 逆に8OOMHzにおいてはセルを小さくすることは、効率は
わるくならないのです。なぜなら、出力を小さくしても単にマク
ロセルがマイクロセルやピコセルになるだけだからです。つまり
セルのサイズは大は小を兼ねるわけです。
 実はこの800MHz帯への参入をめぐって、総務省を巻き込
んで、ソフトバンク対NTTドコモ&auの間で大論争があった
のです。
 2004年9月6日朝のことです。日本経済新聞の朝刊にソフ
トバンクの次のような意見広告が載ったのです。孫社長の顔写真
付きで、新聞の全段をぶち抜いた大広告です。
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 いま声を上げなければ、この国の携帯電話料ずっと高いままか
 もしれません。
 携帯電話市場に、もっと自由な競争を。あなたの声をパブリッ
 ク・コメントへ。本日十七時まで。
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 同じ日の午後2時に孫社長は、帝国ホテルに報道関係者に集め
て緊急記者会見を開き、次のように述べているのです。
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 我々も800メガヘルツ帯での参入を希望していたのに、総務
 省の方針案では、既に事業者がNTTドコモとauに決まって
 いる。総務省はこの2社に決めた理由を明らかにせず、当事者
 だけで国民共有の周波数の使い道を決めている。
 ――日経コミュニケーション編、『風雲児たちが巻き起こす携
                  帯電話崩壊の序曲』より
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 同じ年の9月24日、孫社長は再び「ユーザーの声は圏外です
か」というタイトルの意見広告を再び出しています。結局3万通
を超える意見が総務省に集まったのです。そのほとんどは「ソフ
トバンクに新規参入を認めるべきだ」というものだったのです。
 これによっては総務省は、何らかの動きをせざるを得なくなっ
たのです。2004年9月30日、総務省は「携帯電話用周波数
の確保に向けた取り組み」と題する政策方針を発表しています。
 この方針では、800MHz帯への新規通信事業者の参入は認
めないが、その代わりに1.7GHz帯を用意するという内容で
あったのですが、孫社長はこれを無視してあくまで800MHz
帯への参入にこだわったのです。
 その後も総務省対ソフトバングの話し合いは続けられたものの
ソフトバンクはなかなか妥協に応ずる気配はなく、膠着状態が続
いたのです。そして、遂に2004年10月13日、孫社長は、
米マイクロソフトの独占禁止法問題を手がけた弁護士や米国政府
の通信分野のアドバイザーを務めた腕利きの弁護士などをずらり
と揃えて、総務省を提訴したのです。
 総務省提訴の会見を行った後孫社長は米国に飛び、旧知の米国
の通信規制機関FCCのマイケル・パウエル委員長(当時)と会
っています。そして、日本の周波数割り当て方針の不透明さを訴
え、米国から日本への圧力の要請までやったといわれています。
 そこまでやるか――総務省をはじめ、NTTドコモ、au関係
者は孫社長の執念を悟ったのです。・・・・ [通信戦争/15]


≪画像および関連情報≫
 ・周波数とは何か
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  周波数とは,1秒間に繰り返される波の数のことで,ヘルツ
  (Hz)という単位で表される。例えば、空気の振動数を指
  す場合は,耳で聞こえる音の高さとして使われる。人間の耳
  に聞こえる周波数はおよそ16Hz〜20KHzの範囲とさ
  れており,これ以外の周波数を直接聞くことはできない。携
  帯電話で使われる周波数は音でも商用電源でもなく「電波」
  のことである。通常,離れた機器同士で電気信号をやりとり
  するためには,導線となるケーブルが必要になる。しかし,
  両者に距離がありケーブルを引くことが物理的に困難な場合
  電気信号を空中に放射し,それをまた受信することで,無線
  による電気通信が可能になる。このときに利用されるのが,
  電波であり電気信号と電波を変換するのが送受信機である。
  電波は,通信だけでなくラジオやテレビの放送にも使われて
  いる。
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周波数とセルのサイズ.jpg

posted by 平野 浩 at 04:38| Comment(1) | TrackBack(0) | ケータイ通信戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする